第235話:真実は闇の中

 クルスが目を覚ますと掃討戦がほぼ終わりかけていた。思ったより多くの魔族が鏡で生み出された虚像であり、血肉の通った魔族も戦意を喪失し抜け殻のように立ち尽くすばかり。まるでとうの昔に擦り切れ、摩耗し切っていたかのように――

「起きた?」

「……ああ」

 防衛戦からここまで働きづめであったのだろう、疲労の色が濃いミラが隣に座り込んでいた。肩で息をしているところから見ても、少し前まで掃討戦にも参加してひと段落と言ったところか。

「今、メインの通りは全部終わったとこ」

「そうか……ご苦労様」

「別に。終了後はもう、人形を相手してるのと変わらなかったから」

「それでも、だ」

「……」

 悲喜こもごも、大事な者が生き残った人々は喜び、失った人たちは悲しみに暮れる。クルスらはもちろん、ミラや防衛戦に参加した騎士たち、各自最善を尽くした。尽くしても多くが零れ落ちた。

 それが戦場である。

 都市にダンジョンが発生すると言うこと。アースの時も、これほど大打撃でなくともこうした犠牲は、悲しみはそこかしこにあったのだろう。

 自分たちの視野が狭かっただけで。

「討伐者、クレンツェなんだって? よく譲ったわね」

「それしかなかった。俺で問題なく獲れる相手なら譲らなかったよ」

「殊勝かと思えば相変わらずじゃん」

「其処は変わらない。ただ、出来ないことに執着するのはやめる。少なくとも、現場に出た時点でできないのなら、その欲を満たすには準備不足だった。それだけだった。今後は二度と、その判断で迷わない。無様は、さらさん」

 女王の首に執着した結果、無駄な手数をかけた。出来るかもしれない、突破口を見出せるかもしれない。それで長引かせた。

 その十秒、二十秒で失った命があったかもしれないのに。

 今、見えない可能性にすがるのは大間違い。自分は其処まで可能性に満ち溢れてはいないのだ。今回、かなり早い段階で自分が盾となり潰れ役となれば肉薄できる、と考え付いていた。それをしなかったのは、もしかしてにすがったから。

 何よりも――

「目先の好機にすがるのも、二度と繰り返してたまるか」

「……まさかあんた、今回のこと好機だと思っていたわけ?」

「……」

「うっそ。品性疑うって。下品下品、ないわぁ」

「もっと言ってくれ。今は俺もそう思う」

「人間の屑、ゴミ、あほ、能無し」

「後半は事実無根だ。成績優秀だぞ、俺は」

 ミラがボロクソに貶してくれるのは今のクルスにとって少しばかり救いであった。『先生』に見透かされた品のなさ。格好悪さ、恥ずかしいと思う。

 野心は良い。野望もあって良い。欲も人間なのだ、誰しもにある。功名心だって、承認欲求だって、誰もが持ち合わせているものだろう。

 だが、それに振り回されるのは獣と同じ。

「一年も持たなかった座学の王がなんですって?」

「……さすが、痛いところを突いてくるな」

「ふはは、当然」

 騎士ならば律せよ。

 それに功を焦るのは自分への自信の無さ、その裏返しである。王女の御付きも、今回のダンジョンも、降って湧いた好機であることに違いはないが、それに全てを賭す考え方は間違っている。

「少し落ち着いた? 我が母校の星、クルス様は」

「……ちくちくだな」

「おほほほほ。何のことかしら?」

 ユニオンに入りたい、第七に入りたい、だから運にすがりつく。これでは自分は無能です、と言っているようなもの。真に有能な者であれば、如何なる状況でも目的に到達できるはず。新入団の際に無理でも転属する手もある。

 どうしても隊に不満なら、別の団に入り実力を、実績を身に着け中途で第七に引き抜いてもらえばいい。

 道はいくらでもある。自分の実力に自信があるのなら、尚更運にがっつくな。泰然と構え、自らの手で状況を打開すればいい。

 出来ること、出来ないことから目を逸らすな。

 運にすがるな。

 それが今回の教訓、である。

 ある意味、『先生』最後の教えかもしれない。


「きゃあああああああ!」


「なんだ?」

「あっちの方ね」

 クルスとミラは悲鳴が響くと同時に立ち上がり、そちらへ急行する。ほぼすべての魔族が機能を停止したからと言って、全部が全部戦闘をやめたとは限らない。

 残存戦力が残っていてもおかしくないのだ。

 彼らはざわつく、人が集まり始めた狭い路地の方に辿り着いた。メイン通りから一本入る、小さな路地裏。掃討の取りこぼしは充分あり得る。

 ただ、人だかりになりかけているのはその場合少しおかしいが。

(魔族なら逃げる。なら――)

 人の集まりを抜けた二人が見た『モノ』は――

「……え?」

 人の、残骸。

 何重にも切り裂かれ、バラバラとなった人であったもの。

 そんな中にも、その者が人であった時の手掛かりは見受けられ、

「うっ」

 蒼白となったミラがこみ上げる吐き気に襲われたところを、クルスが抱き寄せながら背中をさすり自らの体で彼女の視界を切る。見間違えようがない。

 そして自分よりも深い関係性であったミラがこうなるのも無理はないだろう。

 この残骸、かつて人であったものの名はエフィム。

 クゥラークの凄腕闘士である。

「そん、な。なんで、だって、決着、までは、確かに」

「落ち着けミラ。俺が状況を見る」

「だ、大丈夫。私も、騎士、だし、今日も何人も……う、ぐ」

「身内だろ。仕方がない。それに、人には許容量もある」

 ミラを現場から押し出し、離れさせる。尋常ならざる状況、それでなくても彼女は今日、慣れぬ修羅場を潜り抜けてきた。自分にも覚えがある。

 まあ、自分の場合は――

(……きつい、な)

 耐性があるから何とかなった。とは言え、クルスにとっても知らぬ相手ではない。彼のおかげで大きな学びもあった。

 恩人であり、師とも言えるだろう。

 その死は、堪える。

 されどクルスは自らを律する。ミラの手前、なおのこと――

「これはこれは、随分と悲惨な状況だね」

「ソロン。少し口調が軽ィな」

「そう睨むなよ。重かろうが軽かろうが、死体は死体、違うかい?」

「……交流のある人物だろうが」

「でも死ねば終わりさ。誰であってもね」

 人を押しのけ、ソロンが現れる。傷の手当は自分で済ませたのだろう。見た目にはしゃんとしているように見える。

「それにしても……見事な太刀筋。惚れ惚れするね」

「……ちっ」

 早速、死体を観察するソロン。それに続きクルスも現場の観察を始める。今すべきことは悲しむことではない。

 彼の死から何を汲み取るか、である。

「鋭く、無駄なく急所を刻んでいる。まあ、しいて無駄を挙げれば人体の急所全てを無駄なく切り裂く、と言う無駄かな。技を誇示するようだね」

「ああ。だが、押しつけがましくは感じないな」

「同感だ。でも――」

 ソロン、クルスの眼は一か所へ向けられていた。

「簡易な止血痕。布越しにもわかる」

「初手、片腕を取られて止血からの戦闘開始、かな? 路地の外壁を見るに、それなりにいい勝負をしていたんだろう」

「……容易くやられるような人じゃない」

「もちろん。畑違いとは言え俺を寝かしつけられる人だ。容易く死なれても困る」

 壁に刻まれた戦闘痕、かなり激しく戦ったことが見て取れる。ただ、どうにもわからないのが斬撃跡。型が読めない。型がない、ようにすら見える。

「魔族の線は?」

「ない、な。路地の狭さから見てもサシだろ。なら、女王の持ち駒に、この人に撤退すら許さず倒せる駒はない」

「黒い騎士は?」

「それが相手ならなおのこと一人じゃ戦わねえだろ。即退く」

「道理だね。さて、どうにも不思議な状況じゃあないか。単独で渡り合った。だが、結果としてこのザマ。状況が浮かばないな」

「……確かに」

 瞬殺、ならまだ飲み込めるのだ。対魔の経験が薄いクゥラークの闘士がわからん殺しをされるのは、エフィムと言う人物を思えば少し疑問は残るが、それでもわからない話ではない。だが、この戦闘痕は示している。

 ここでそれなりの戦いがあったことを。

 その事実が二人に答えを出させない。

 そんな二人の様子を、

「……」

 ディンは顔をしかめながら、込み上げるものを押さえながら見つめていた。ミラよりも付き合いはずっと浅いが、交流のあった相手である。

 それがこんな、無残な姿に変わってきつくないわけがない。

 それはきっとクルスも同じなのだ。

 それでも現場をじっくりと観察できるのは――

(場数の差、か。思ったよりでかいな、この差は)

 積んできた経験値の差であろう。それと一緒に悠々観察できているソロンはまあ、外れ値のようなもの。あれはそういう生き物である。

「どうしたんですか?」

「下がってろ、ボッツ。お前さんにゃまだ早い」

「え?」

 ディンは後輩を押し返す。こんな光景、なるべく見ない方が良い。実際、アカイアの騎士でも耐え切れず嘔吐している者もいる。それはこの戦場の至る所で見られていた。この戦場でも屈指の惨劇に加え、知り合いだと一生の傷となる。

 少なくともディンはしばらく肉を口にする気にはなれそうにない。

 あのミラが震え、涙を止められていない。おそらく隅で吐いたのだろう。うずくまり、顔を伏せている。それが普通であるのだ。

 しかも終わった、と緊張の糸が緩んだばかりなのだから。

 そんな中、


「「ここで消えた、か」」


 ソロンとクルスは痕跡を追い、すぐに壁にぶち当たった。

 すぐに駆け付けたクゥラークの面々、その怒りは凄まじく犯人の捜索が行われたが、結局二人が彼らに告げたように手詰まりとなった。

 何故なら、エフィムと戦ったであろう者の痕跡が少し離れたところで完全に途切れていたから。如何なる執念も、存在しない道筋は追えないのだ。


     ○


 王都の戦災復興と並行し、元々予定していた王都の外側、アカイア国内を王女が回る公務はつつがなく執り行われた。

 なお、其処にクルスの姿はない。

 クルスは――

「クルスさん、リンゴの皮が剥けましたよ」

「……一人で出来るから寄越せ」

「そうはさせません。友好国イリオスの王女様から頼まれたのですから、不肖このボッツ、全身全霊をもって先輩を監視する所存です」

「……クソが」

 強制的に入院させられていた。ソフィアに護衛の任務を放棄したことを改めて謝罪し、今後はこのようなことがないよう励みます、と誓った矢先のドクターストップ。まあこれに関しては仕方がない。

 どう考えても満身創痍であったから。

 ちなみにその間の護衛は修羅場を潜り抜けたイリオスの騎士団はもちろんのこと、アカイアの国王の計らいにより引き続きクゥラークの団長であるオーリンが手を貸すことになっていた。これ以上国内で他国の貴賓に迷惑はかけられない、と言う思惑もある。これには今回の殊勲が三人の学生、うち一人がイリオスの身内であったことに起因する。イリオスに助けられた形となったため、アカイアも其処は手抜き無し。

 本人のあずかり知らぬところで彼の活躍は役立っていた。

 なお、

「あーん、しましょうか?」

「一人で食えるッ!」

「ああん、いけずぅ」

「もう出ていけ!」

 クルスはボッツの監視に大分グロッキー、精神的に疲弊していた。それもこれも王女が無理をさせぬように、とよりにもよってこの男に言い含んでいたから。

 せめてディンなら、と思うが――

『報告書の提出は済ませたし、一回俺は実家戻るわ。色々思うとこあってさ』

 ディン・クレンツェ帰郷。

 ついでに、

『あのクソ姉が国に働き掛けて強制送還ぶちかましやがった。ちょっとぶっ殺してくるから新学期、また会いましょ』

 何とか元気を取り戻したミラもしばらくしてから突然、マグ・メルからアカイアへ強制送還させるように、との『お願い』が届いた。

 さすがの放任主義マグ・メルでも、一応王族の端くれ(序列はめちゃ低い)のミラがダンジョン災害に巻き込まれた、となれば動く模様。

 国家権力を介した以上、ミラ個人に選択肢はない。

 まあ、彼女の場合は少し空気を入れ替えるのも悪くないだろう。

 問題は、

「お見舞いに来たよ、クルス」

「せめて一日一回にしろや」

「暇だから。もう覚えるものは覚えたし、得られるものあまりないかな、と」

「ならログレスに帰れ」

「新学期が始まるまで暇だからねえ」

「……」

「君がテウクロイへ旅立つまでは一緒だよ。暇だから」

「……クソがぁ」

 御覧の通りソロンとボッツの波状攻撃を緩和する者が誰もいない、と言うことである。これでも模範学生、戦災復興を手伝いしっかり点数を稼ぎながら、傍目には戦友のお見舞いと言う名目でこれまた点数を稼ぐ。

 それでいてしっかりやりたいことをやっているのだから性質が悪い。

「本当は一緒にテウクロイも行きたいんだけどなぁ」

「残念だったな。俺はお仕事で新学期が始まっても王女に同行する。ここでさようなら、だ。つうかもう一生分会っただろ」

「来年から同じ職場だからね。もっと会うことになるよ」

「残念だが、隊が違えば仕事はほぼ被らねえよ」

「まだ君隊決まってないでしょ」

「うぐ」

 ソロンのチクチク言葉を受け顔をしかめるクルス。

「……ちっ。でも、第一はあり得ないだろ」

「あり得るよ。俺が今猛烈にプッシュしているからさ」

「道理を捻じ曲げようとするな、道理を」

 とんだわがまま野郎だ、とクルスはあきれ果てる。

「でも、クルスのやりたいことはさ、第一の方がずっと手っ取り早いと思うけどね。隊の格が高く、権力との結びつきも強い。つまり、上手く使えばそいつらを利用できるってこと。遊び放題さ」

「……俺は遊びたいわけじゃねえよ」

「言葉の綾、何かを変えたがっているのはわかる。それなら第一が一番、何より俺がいるからね。俺なら君の意を汲める。手を繋げば、二馬力だ。最強のね」

「そういうのは出世してから言え」

「俺が出世しないと?」

「さあな。少なくとも立場は他と同じだ。俺の方が先に出世する可能性もある。どちらにしろ、今の俺たちは顔じゃねえよ」

「……まあ、道理ではある」

 そう言いながらもがっかりした表情でソロンは立ち上がる。この男がどこまで本気で、何を考えているのか、未だにクルスはつかめていない。

 ただ、

「あ、そうだ。答えのすり合わせをしていなかったね」

「あ?」

「エフィムさんを殺した相手。あの不可解な状況を君はどう思う?」

「どうもこうもないだろ。何もわからない、これが結論だ」

「じゃあ、人の犯行かな?」

「……どちらとも言えない」

「あはは、いいね。『どちら』とも言えない。同じ意見だ」

 やはりどこか底知れないところがあるのだ、この男には。

「また来るよ」

「もう来るな」

 とりあえずさっさと退院したい、と切に願うクルスであった

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