第232話:かの地の名は――
「ただいま戻りました。世界一美しき我が女王アリス陛下」
「……もう、やめてくださいと何度も言っているでしょうに」
先ほど対峙していた白の騎士、それと同じ格好の美丈夫が遠征から戻り、女王の待つ王宮へ帰還する。鏡の国、女王アリス。それが彼女の名である。
大好きなおとぎ話から名づけられた名を、彼女は物語と同じく愛していた。ただ、自分にはちょっとふさわしくないかな、とも思っていたが。
「私は嘘偽りなくそう思っているのだがね」
「私にそのような器量はありません」
女王は白の騎士、その誉め言葉に困り顔を浮かべていた。確かに美しくないわけではないが、世界一美しいかと問われたなら、首をひねる顔立ちであろう。
「彼は王配、つまり女王の配偶者だ」
「騎士が、ですか?」
「ああ。陛下同様、彼もまた人格者だった。少し愛妻家が過ぎるところはあったがね。あの御方を、本気で世界一美しいと思っているし、彼女のためなら、彼女が愛するこの国を守るためなら、命とて惜しくない。そういう戦士でもあった」
「……」
仲良く笑い合う夫婦、周囲も二人を立て、貧しくも豊かで、穏やかな空気が流れていた。白の騎士は荷物をほどき、何かを取り出す。
それを女王へ差し出し、
「回廊から流れてきた書物だ」
本を手渡す。
「あら、可愛らしい杭ですこと。また蔵書が増えますね」
「それも皆が大好きなおとぎ話だよ。きっと。これは、はて、何と読むのやら。でも挿絵は可愛らしい。きっと子どもたちも気にいるはずだ」
「では、私と神官たちで解読しておきましょう」
「ああ、頼むよ。私はこのまま本国へ向かい、『獅子王』らと話してくる。どうにも先日、龍脈が乱れてから回廊の様子がおかしい」
「回廊が。どのように、ですか?」
「繋がる先に変化が生まれているのかもしれない。少し前に比べて、本が流れてくることも減っただろう? 昔はほとんど本、それもおとぎ話ばかりだったのに」
「そうですね。確かに、話し合う必要があるかもしれません」
「だから、行ってくるよ」
「よろしく頼みますね」
「任せてくれ。私は君の騎士なのだからね」
「国の騎士ですよ」
「同じ意味だとも」
「もう」
夫婦の会話、これ以上は無粋と思い二人は離れる。
時は巡る、早回しのように――
「……先ほど、彼女は所を杭と言いましたが」
「ああ。ウトガルドとしかほとんど繋がらない時代には珍しいと思うが、昔の回廊は様々な場所へ繋がり、その形も様々であった。ヌシもね、本来は魔族である必要などないし、生物である必要もないんだ。小さな本や絵画、機械仕掛けの怪物もいたなぁ。我々の力が通じず、結局回廊ごと陛下の力で消し飛ばしたことも」
(笑って話すことか、それ)
今の常識とはまるで異なる世界。
それにもう一つ、
「神官とは、何ですか?」
「おや、妙な部分を気にするんだね」
「……あの女王が自分を見て、自分のルーツであるようなことを言っていたので」
女王が自らへ溢した言葉。少し気になっていたが、それどころではなかったため後回しにしていた。ただ今は多少の余裕はあるようなので問うてみた。
「ふむ。神官とは土地と結びつく、いわば聖職者だね。かつて、この地には無数の国家が乱立していたが、どの国にも神官はいた。彼ら、彼女らが土地と対話し、繋がりを深め、神術の力を高めていたんだ。その役割もこの頃には形骸化し、研究職のような役割になっていたけれど」
「何故、ですか?」
「我々は土地と繋がること、世界と繋がることを軽んじていたのだ。それが当たり前のことだと、そう考えていた。愚かな、ことにも」
珍しく顔を歪める『先生』。このように気配を荒げたことすら、クルスはあまり見たことがない。感じたことすらなかった。
「神官は男女ともにいたが、どちらかと言えば女性が多くてね。そして、もう少しでわかるが……この地からミズガルズに渡った人間はね、圧倒的に女性が多い」
怒気が、その熱が、揺らぐ。
それに――
「っと、いけないな。怒りは、ただでさえ少ない時間を削ってしまう」
再燃しかけた怒りの炎、それをもう一人の存在が留め、保つ。傍目にはわからないが、この二人はこうして百年、意識を保ってきたのだ。
「さあ、雲行きが変わってくるよ」
「……最初の、邂逅」
「ああ。君はどう思った? この処置を」
言葉も通じぬ者に多少の土産を渡し帰す、平和的外交。
それを見て、
「悪手ですね。あれが責任のある国の代表かどうかもわからぬのなら、土産を持たせる意味がない。わかるまで拘留してでも、情報を引き出すべきでしょう」
クルスは顔をしかめる。
「はは、君は正しい。我々は間違えた。それは驕りもあっただろう。数多の世界と繋がり、その全てに勝利してきた自負。多くの戦死を失えど、それでもなお負ける気など微塵もなかった。それはね、この場全員そう思っていたのだ」
回廊、廻廊、その全てが一過性のもので、本格的に彼らは外側の者たちと交戦したことはなかった。今回の件も、これから先ずっとではなく、しばらくの間異常が続くだけ、そう考えていた者もいるかもしれない。
危機意識の欠如、そして強さへの自負が、彼らの上品な行動を取らせた。
その結果――
「……これ、は」
「回廊、いや、大規模な廻廊が世界中で繋がり出した。しかも、その全てはミズガルズと繋がり、彼らもまた未知へ踏み出したのだ。それが、土産を持って帰った者の影響なのかはわからない。わかることはただ一つ、二つの世界が繋がり――」
世界が混濁する。ここは女王の記憶ではなく、『先生』の記憶が混じっているのだろう。襲い来る醜悪なる略奪者、同じ人とは思えぬ下品な獣の群れ。
「彼らはロマンあふれる新天地への冒険に踏み出した。彼らをミズガルズでは冒険者、と呼ぶ。ギルドに登録された者や、そうでないイリーガルな者、まあ誰であろうとこの地は彼らにとって無法の土地。縛るものは何もない」
ロマンあふれる冒険。富を求め、危険を顧みずに彼らは廻廊に、ダンジョンに飛び込む。そして生き残った者が持ち帰るのだ。
未知の土地で得た宝を。
それがまた、人を呼ぶ。地獄のような負の螺旋。
「異なる文明の物品はそれだけで希少性を持つ。それに我々は同じ人間、共通の宝が、売れる商品が、こちら側にもたくさんある」
黒髪の女性を引きずり回し、歓喜の叫びをあげながら帰還していく冒険者たち。それを見て、クルスは顔をしかめた。
品がない。あまりにも、品性が欠け過ぎている。
これがミズガルズの、同じ人間の姿だとでも言うのだろうか。
「黒髪の女性は稀少で、高く売れたそうだ。それは歴史が示している。多くの国が、その時代のことを禁書としているがね。私がユニオン騎士団に属し、唯一の役得と言えば、この封ぜられた真実の一端を知ることが出来た、と言うこと」
「……え?」
「ユニオンは知っている。この惨劇を。私とウーゼルはグランドマスター候補であったから、先代から引継ぎを受けていたのだ。負の、遺産を」
「……この先、は」
「秘匿する理由がある。君が今、想像している通りの、ことが」
「……」
ミズガルズにとってのお宝や、高く売れる女、最初は労働力になりそうな男も連れて行ったが、途中から売り辛くなったのか、男の多くは皆殺しにあっていた。
騎士は、傍目にも凄まじい力を持っている。特に『先生』の記憶であろう、黄金の炎を操る騎士の力は他を隔絶していた。
だが、所詮はただ一人。
手の届く範囲にも限りがある。
「全力で潰して回った。でもね、運が悪いことにこの時代、ミズガルズでは人余りが起きるほど、人が溢れていた。間引きで戦争を起こすほどにね。だから、彼らはリスクを冒してでも、人生に勝利するために必死だったのだろう。見知らぬ土地の、言葉も通じぬ者たちへ気遣う余裕が、彼らにはなかったのかもしれない」
窮した人間、それは時に恐ろしい行動を取る。そういう弱さを、クルスは多少知っている。目をそらしたくなるほどの光景であるが――
「これも人間、ですか」
「そうだ。哀しいが、ひと皮剥けば獣、それが人だ」
ゆえに騎士は口酸っぱく、律せよと伝えられるのだ。どの学校でもそう。
紳士たれ、この光景はその言葉の重みを伝える。
「それでもまだ、この時の被害は限定的だった。統一し、傘下に入った各国の戦士たちが、騎士たちが、死力を振り絞り戦っていたから」
それでも数が足りない。じわじわと減る戦力、無尽蔵に湧き出てくるミズガルズの人間たち。果てなき戦い、いつ終わるのか、誰も答えられない。
これも『先生』の記憶なのだろう。
一人、真夜中に玉座で苦悩する王の姿があった。
そして――
「総力を結集し、攻め込もう!」
誰かが言った。その言葉に、多くの騎士が、戦士たちが賛同した。疲弊していたのだ。果てなき戦いに。恐れていたのだ。いつ自分の大切なものが、隙を見て奪われるのではないかと。誰もが冷静さを欠いていた。
「彼を知り己を知れば百戦殆からず。ナーストレンドに流れ着いた金言である。賛同はせぬ。が、やるならば戦う。それが我らの意見である」
「ギュルヴィ殿に賛成です。まずは相手を知りましょう。私たちはまだ、会話すら出来ていないのですから。話せばわかります、きっと」
不死の王、そして鏡の女王、どちらの言葉も少数派でしかなかった。
それに、
「心配せずとも大丈夫だよ、我が君。我らには最強の『獅子王』陛下と、『神炎』、『天剣』殿らを筆頭とした至高の騎士団が味方だ。勝つとも、必ず」
女王の味方であるはずの白の騎士もまた強硬派についていた。
彼もまた恐れていたのだ。愛する女王が自らの留守の間、蹂躙され、凌辱されるかもしれない、と言う恐怖に。
だから、彼は自らの槍を持って戦う覚悟であった。
命を賭してでも――
そして始まる大遠征。この地の総力を結集した最大戦力は、
「な、何故だ? 天よ、地よ! 何故応えてくれぬ⁉」
繋がって当たり前、そう思っていた彼らに神術はなく、その時点で撤退を具申する者は何人もいたが、今更後に引けぬと多くの戦士が帰らぬ者となった。
それでも『神炎』、『天剣』らが率いた騎士団は神術なしでも多くの敵を屠り、いくつかの国の王を討つことで、国崩しまで達したが――逆にそれが良くなかった。
その結果、今までは散発的であったミズガルズが一つにまとまり、今度はギルドではなく国家が主体の軍を興し、完全な戦争となったのだ。
多くが散り、数で優るミズガルズに圧し返され、敗走。
その中で、
「あああああああああああ」
愛する夫である白の騎士はミズガルズの地で帰らぬ人となった。三日三晩、彼女は失意の底にいた。絶望の淵に立っていた。
それでも彼女は四日目の朝、立ち上がり国民のために為政者として必死に現実と抗い、少しでも多くを守ろうと頑張った。
もはや騎士団、戦士たちの手は足りない。届かない。
神官たちと共同で様々な神術を練り上げ、元々彼女の持っていた理を見通す神術『鏡』に攻撃的な性能を備えた。義勇兵を募り、本来戦士ではない者たちに戦うための武器を授け、自衛力を高めた。
出来ることは全てした。
だけど、
「最近、黒髪の女もあんまり高く売れないよなぁ」
「本ばかりだ、この国。こんなもん持って帰っても重いだけでリアにもならねえ。どうせ建物燃やすんだし、その薪代わりに使おうぜ」
「いいねえ。よく燃えそうだわ」
必死の抵抗虚しく、数多の本が様々な世界から流れつき、おとぎ話の国と謳われた鏡の国は、紅蓮の炎に呑まれた。
『お願いします、どうか、どうか皆の命だけは!』
「何言ってんのかわかんねえよ、ブス!」
最後の最後まで民のために奔走していた女王は、最後には糧食も尽きやせ細り、柔らかな気配を失っていた。蹴られ、殴られ、犯されても、それでも彼女は民の命だけは、と叫び続けた。だけど、言葉は通じない。
何を言っても、
『何を、するの? やめて、やめてェェェエ!』
「うるせえ! こいつどうせ高く売れねえし、ここで殺してこうぜ。『あいつら』みたいにさ。この国、面倒だった割には全然旨味ねえわ」
届かない。
ボロボロの女王、その目に飛び込んできたのは――
『あづいよぉぉ! べい、がぁぁあああ!』
『ああああああああああああ!』
愛する国民が、焼かれ、命を失っていく姿。売れない商品を持ち帰っても仕方がない。だから、子どもはよほどの器量よしを除き、全て燃やされた。老人は男女問わず火にくべられた。女も、器量よしでなければ――
「テメエも死んどけ」
『あっ』
女王もまた、炎に投げ込まれる。
肌が刺すように痛い。息が、出来ない。息をしようとすると、炎が口の中に入り、五臓六腑を焼き尽くす。
嗚呼、死ぬのだ。
民と共に、蹂躙され、凌辱され、だれ一人守ることも出来ずに――
「……」
「さあ、始まるよ。一つの世界の、終わりが」
その時、蒼空が一気に反転し、闇の帳が下りる。天が、地が、大き過ぎる願いに対し、彼らなりの答えを返したのだ。
「……なんだ、これは」
人が、続々と裏返り、獣と化していく。人の姿を失い、黒々とした異形の怪物に、成っていく。信じ難い、あまりにも信じられない事実。
人が――
「神に頼り、神にすがり、そして梯子を外された世界。いや、もしかしたら、これもまた彼らなりに願いを叶えてくれた結果なのかもしれない。この日、かの地は闇に落ちた。光射さぬ、地獄のような世界」
魔族と成る。
「ここがウトガルドだ」
ミズガルズにとっても悪夢、多くの人が移住できたであろう新天地は今、魑魅魍魎が支配する魔窟と化した。
世界中で、反転攻勢とばかりに悲鳴が響き渡る。
逃げ場であった多くの廻廊も、この天変地異によって元々の杭が消え、
「なぜ消える!? これさえ、これさえあれば、良いんじゃなかっ――」
杭さえあれば消えないはずのダンジョンは失われた。逃げ場をなくしたミズガルズの軍勢、冒険者たちは皆、怨讐の獣に食い散らかされていく。
そんな悲劇の、一幕。
それが――
『嗚呼、嗚呼、ありがとうございます、天よ。我らの、わらわらの願いを叶えてくださって。嬉しいわ、本当に、本当に嬉しいのよ』
炎の中、すでに狂っていた鏡の女王は狂気と共に正気を持ちながら、混沌の怪物と成った。女王アリスは、ジャバウォックになってしまったのだ。
ミズガルズへの憎しみ、それが絶えぬ炎となる。
間に合った自分と、間に合わなかった民。その躯を、形を失った灰を抱き、彼女は怨敵どもへと眼を向ける。
「ひ、ひい⁉ 化け物!」
『あらあら、何を言ってるのか、わかりませんわよ』
尾で四肢を奪う。簡単には死なせない。死なせてなるものか。極力長く絶望を噛み締めさせ、地獄の底へ叩き落としてやるのだ。
其処でさらに恐怖するが良い。
『わらわも其処へ行きますから、しばしお待ちくださいまし』
地獄の底でも、許さない。
四本の腕が、丁寧に、折り紙でも折るように、民を傷つけた者たちをへし折り、千切り、絶望を刻み込む。
でも足りない。全然足りない。
神様ありがとう。
天よ地よ、感謝します。
『さあ、共に堕ちましょう? 地獄の底へ』
怒りが、留まらない。
逆襲の蹂躙は続く。
「……因果応報、か。それにしても救いが無さ過ぎる」
「そうだね。その通りだ」
「……『先生』は?」
無言で『先生』は遠くを指さす。
其処では天を揺るがすほどの、凄まじい戦いが巻き起こっている、ようであった。彼方からも見えるほどに、感じるほどに、想像を絶するほどの規模の戦い。
「私の戦いはどうでもいい。大事なのは彼女の、そしてウトガルドの怒りを、君にも知ってほしかったんだ。ミズガルズとウトガルドの歴史を、二つの世界の真実を、君と言う騎士に知っておいて欲しかった」
『先生』が手を打ち、景色が消える。
二人は元の、陽炎の領域へ戻っていた。
「……何故、俺なんですか?」
「君が何も背負わぬから。出自や立場が人にフラットな視点を失わせる。この真実を公表しないのも、全てはミズガルズの秩序のため」
「自らの罪が、跳ね返ってきた」
「不都合な真実だ。まあ、そもそもこの時点の彼らは何が起きて、どうなったのか、誰もそれを知り得なかったから、この真実がわかるのはずっと先、五百年後のこと。ミズガルズに、騎士が生まれた後の話だ」
『先生』は意味深な笑みをクルスへ向ける。
「ウトガルドは滅んだ。千年の時を経て、今なお残るのは亡霊のみ。討つべきだ。討たねばならない。そうしてあげねば、彼らに救いの時は来ない」
「……俺は」
「わかっている。無用な重荷だ。それでも――」
「そうじゃありません。俺は、薄情な男です。我欲のためなら、きっと奴らと同じことをする。現に今回も、俺には功名心しかなかった。だから――」
「なるほど。背負うに値しない、そう言いたいのか。はは、君は本当に――」
『先生』はクルスに近づき、頬をぬぐってやる。
其処に流れた滴を、すくうように。
「優しい子だ」
「……っ」
「ありがとう。彼らのために泣いてくれて。それで充分なんだ。それ以上を求めるのは、やはり求めすぎだよ、ゼロス」
『先生』は一歩後ずさりして、
「君は薄情じゃない。情もあるし、欲もある、普通の人間だよ。だけど、一応訓練でその感情を操作できるようにしただけ。切り替えられるようにしたんだ、私がね」
自らの設計を作品であるクルスへ告げる。
優しい愛弟子が、真実を知っても戦い続けられるように。様々なものを背負ってでも、立ち上がれるように。
そう鍛えた。
「集中、ってね」
「……あっ」
澄み渡る、集中。ゼロは自分一人で辿り着いたわけではない。優しい少年が、力なき少年が、立ち上がれるようにと彼らが授けてくれていたのだ。
大事な大事な、最初の一歩で。
「さあ、そろそろ時間だ。最後に何か聞きたいことは?」
『先生』が終わりの時を告げる。聞きたいことは山ほどあるのだ。出来ればひとしきり泣いた後、一週間、三日、いや、せめて一日は欲しい。
だって、随分とあれから旅をしてきたのだから。
それでも――
「……彼らが使えないはずの神術を使う理由を、教えてください」
クルス・リンザールは目元をぬぐい、今必要なことを聞いた。
それを聞き、『先生』は微笑む。
「あれは魔道だ。魔障の力を使い、神術を模倣しているに過ぎない」
「魔道? 魔族の研究のことですか?」
「いや、それは後々、そう定義づけられただけだ。神術の贋物、魔族が魔族たる根本の魔障による戦う力、それが魔道。自らの力をそう名付けた御方に聞いた話だから、間違いないと思うよ。言葉は時と共に移り変わる。難しい話じゃない」
「ありがとうございます」
「他には?」
「……大丈夫です」
名付け親とやらのこと、『先生』のこと、根掘り葉掘り聞きたいこともある。だが、今の優先順位は目の前の怪物を打破することである。
其処に迷いはない。
「そうか。じゃあ、あの御方のこと……騎士クルスに任せるよ」
「イエス・マスター」
「はは、教え子が騎士になった時に、ずっと言われたかった言葉だなぁ。ありがとう、クルス。君は私の、私たちの……後を任せてもいいかい?」
「……はい」
「本当に、君でよかった」
『先生』の姿が、薄くなっていく。
クルスもまた自分の体に戻り、時が動き出すのを待つ。
夢の時間が終わる。
やるべきことに変わりはない。
だけど、心は違う。
「では最後に……集中」
「イエス・マスター!」
時が動き出す、陽炎の夢、その最後の瞬間にクルスは感情を置き去りにする。師への感謝を、最大の敬意と共に包んで――いつか来る対峙の時。その時に剣が鈍らぬように。彼らが教えてくれた魔法の言葉で切り替える。
集中、その言葉と共に騎士は澄み渡る。
そして時が動き出し――
「「クルスッ!」」
上方よりの剣すら捌き、クルス・リンザールは零度の眼を女王へ向ける。
同情はある。どうしてあの悲劇を受け、あの絶望を、失意の底を経験した者を恨めようか。だが、それは剣を握れば関係がない。
『……馬鹿な』
達すべき目的がある。足元には守るべき者たちがいる。そして、何よりも、終わらせてあげねばならないと、強く思った。
だから、削ぎ落す。
「違うぞ、ディン」
「お、おお、よく今のをしのいだな」
「俺が壁になる。お前ら二人が、首を取れ。それ以外の勝ち筋はない」
最も壁に、盾に適した者が風よけとなる。
流す方向を上手く操作すれば、背後の二人を守り切ることは可能。と言うよりも、それ以外の手がないのだ。
それは少し前から見えていた。
だが、
「良いのかい、こだわっていただろう? 討伐者になることに。討伐補佐と討伐者じゃ、価値が違うから」
我欲が、僅かに判断を濁らせていた。
「お前らにそれが出来るなら、押し付けてでも俺が討伐役になっていたさ」
「俺なら出来るかもしれないよ」
「でも、やらねえだろ。テメエは。人が困ってんのを面白がりやがって。俺が潰れ役するんだ。こっから一回でもクソ舐めプしたらぶっ殺すぞ」
「最高だね。でも、了解。従おうじゃないか、その覚悟に敬意を表して」
「……俺はお前を尊重するぜ、クルス」
「征くぞ」
「「イエス・マスター」」
クルスが一歩前に進み出る。冷たく、ただ相手の喉元を見据えて、やるべきことを見据えて、女王の咆哮、今は少しそれが哀しく聞こえる。
彼女の力、その原体験を見てしまったから。
だけど、その想いは削ぐ。
(集中)
今は、要らないから――
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