第230話:ミズガルズの騎士たち

 神術『天』を模した魔道にて戦況を見つめるサブラグ。

 三人の騎士と鏡の女王、その戦いを見る目は鋭く、戦闘が続くほどにその眼光の鋭さは増していく。

 先ほどまで抱いていたものは疑念、あの漆黒の騎士、あの戦い方が弟であり戦友でもある『人剣』のシャクスに近く、それなのに技がミズガルズの騎士、その基礎に忠実かつ『名人』クリュニーを彷彿とさせる技量に多少驚きがあった。

 戦闘が後半戦に移り、戦闘が雑になってからは騎士としての見どころに欠けたよう見えたが、何故かそちらは見えない傷が疼くような気がした。

 それに、

(……大盾を使う男が、見えた。何の記憶だ、これは)

 隙だらけ、取るに足らぬ手合いに堕した黒き騎士。だが、其処にもう一人いれば存外悪くない組み合わせであろう。

 あくまで悪くない止まり、騎士としてコンプリートしているのは明確に前半戦の黒騎士であり、もう一人いようが評価自体は前半の方が上、とサブラグは見る。

 単独で完結していない者を、ウトガルドの騎士は騎士と見做さないのだ。たとえその組み合わせが個よりも圧倒的に強くとも。

 だからこそ、この謎の疼きが気になるのだが――

(切り替えろ。問題は今だ)

 黒き騎士と渡り合った三人の騎士、未だ学生であるのに一線級の実力を持つのは事前の情報通り。素晴らしい技前である。

 すでに個の力は隊長格に並ぶ、か。もちろん隊長格もピンキリだが。

(クルス・リンザール。一対一と変わらず、集団戦でもその戦型を通す気概は買おう。水が如し、捌きをゼロ地点で行うのは正気の沙汰にあらず。特筆すべきは精神力、死地での落ち着きは頭抜けている、か。逆に言えばそれだけ、だが)

 集団戦でも捌きの位置をゼロ、つまり全身を使い捌くことで余裕を生む彼独自の戦い方。間違えれば即死、それを試合ではなく実戦で用いる精神力はもう、人の域ではない。が、彼の場合はそれしかない、ただそれのみを頼りに突き抜けた。

 怖さはある。だが、現時点で負ける気は微塵もしない。

 それは他二名も同じであるが。

 ただ――

(水を支える手の内の柔らかさは、ふっ、悪くない。これはイドゥンも、シャクスも全然駄目であったからな)

 精神力ほど大きな要素ではないが、彼の武器と言える手の内の柔らかさ、それにサブラグは思い出し笑いを浮かべる。

 よく、好敵手であるイドゥンにコツを聞かれたものだから。

 それを語ったかどうかは、覚えていないが――

(逆にソロン・グローリーは戦型をいくつ持っているのやら。数多く手札を持てばいいわけではないが、この男の場合はどれも一級品に仕上げている。その上、さすがの意識の高さと言うべきか、対人と対魔で同じ戦型を使ってもその実同じではない。獲物が違うのだ、最善手が同じであろうはずもなし。それがわかっている)

 多種多様な戦型を操りながら、さらに対人と対魔まで分けている万の天才。学生レベルでないのはもちろん、ユニオンを見渡してもそれを意識的に行っている者がどれほどいるだろうか。ここまで完璧な使い分けはおそらく、皆無。

 ここまでくれば雑食と言うよりも、彼独自の領域であろう。

 輝ける男、噂以上の怪物である。

 この中では一番警戒に値する。サブラグの評価も高い。

(ディン・クレンツェは精度でリンザールに劣り、器用さでグローリーに劣る、も、総合力では見劣りしない。むしろ器だけならエウエノル、エリュシオン、ヴァナディースに次ぐものがある、か。疑問は一つ、何故この男が出なかったか、それだけだな。明らかに一つ上のレベルだろう、ヴァナディースよりも)

 成長への期待か、大器の開花を願ったか、どちらにせよ対抗戦を見渡し、こちらが出ていれば綱渡りする必要はなかった。

 政治的な部分を考えるならリンザールではなくナルヴィが出ていたはず。どっちつかずの選択、のようにサブラグの目には映る。

 それだけ高いクオリティを、安定して出し続けているのだ。其処がサブラグの評価ポイント、どれだけピークが高くとも、其処に波がある騎士は戦場で使い物にならない。騎士足りえない。獅子王が王であり、騎士ではなかったことと同じ。

 女王が騎士足りえぬのと同じ。

 力の大小ではない。在り方が違うのだ。

(クレンツェは想定以上、他二人も対人と変わらぬ輝きを見せている。リンザールに至っては対魔の方が上手く捌けている、やもしれんな)

 この三人は騎士足りうる。

 その上で――

(とは言え個の力は所詮ミズガルズ。怖さはない。ただ、この連携は厄介だ)

 個の力で負ける気は微塵もしない。

 だが、連携、連動、チームワークの精度は多少の警戒に値する。

(クレンツェが二人の間を取り持ち、バランサーとして機能する。最初はこれを事前に取り決めていたのかと思ったが、状況の変化に従いバランサー役がリンザールに、グローリーに、と流動的に役回りを変えている。三人ともリーダーで、三人とも歯車、どちらの役回りも完璧に遂行できるからこそ、これか)

 寡兵で多勢に突っ込むのは愚の骨頂。乱戦で孤立させられ、技量で優る騎士がそうでもない者たちに囲まれ、命を散らす光景を何度も見てきた。数の利とはかくも大きい。よほどの戦力差がなければ、二対一は二が勝つ。

 その数的有利を作るものを、人は戦術と呼ぶのだ。

 孤立させてしまえば、四方八方を囲まれた個に出来ることは少ない。ただ、この三人に関しては、それをさせるのが非常に困難であるのだ。

 三人とも、背をぴたりとくっつけ、小さく狭く戦っているわけではない。時には大きく展開し、孤立に見える動きとなることもある。しかし、それは孤立になっていないのだ。きちんとその動きに呼応し、二人がスライドして出来たスペースを必要な分だけ消し、立ち位置を変えるだけで互いが互いを支え続けている。

 それが途切れない。どれだけ乱戦に成ろうとも、広い視野で、冷静な思考で、ミズガルズの騎士、力なき彼らが練り上げ、磨き上げたチームワークの理想形を常に体現し続ける。理想論であるはずなのに、彼らには当たり前でしかないのだ。

 全員がリーダー、全員が歯車、迷いなく最善を実行し、それに絶対応えられる人材がいるのなら、もうコーチングやハンドサインすら必要ない。

 下手すればアイコンタクトすら不要。

(個の力は取るに足らんが、群れると怖さが出るのはくしくも、昔と同じ、か)

 鏡の女王を見つめ、サブラグは顔をしかめる。

 叩いても叩いても、あちらこちらからゴキブリのように出てきて、弱き者たちから奪い、去っていく獣ども。長き戦乱による戦士不足、それを危惧して行われた調査不足の大遠征、繋がりのない土地では神術が使えず、返り討ちに会い戦士の多くが散り、より被害は広まった。統一の際、守ると誓った者たちを守れぬほどに。

 あちらを守れば、こちらが空く。

 如何に『天剣』とて同時に二か所、三か所と存在は出来ない。

 何かを守れば、何かを失う。そういう状況だった。だから、王は耐えかねてより大きな力を求めた。騎士の大半も、それに賛同した。

 苦い記憶である。

 自分たちは平和を愛し、統一を掲げる自分たちの理想に呼応してくれた、無血にて傘下に、統一国ウトガルドに入ってくれた彼女たちを守れなかった。

 千年にも渡る怨讐、それを作ったのは――

「……申し訳ございませぬ」

 嘘つきとなった自分たちの弱さ。浅はかさ。確かに耐えがたい状況ではあった。少しでも早く根を叩く必要もあった。それでも調査はすべきだったのだ。回廊を渡り、ミズガルズを調査していれば、少なくとも何とか耐え忍ぶことは出来た。

 彼女らはイドゥン同様話し合うべきと言った。不死の王らは相手を知らねば戦えぬと慎重論を語った。だが、自らの力に驕り高ぶった己は――

 何が『天剣』か、サブラグは歯噛みする。


     ○


『も、申し訳ございませぬ、女王、へい、か』

 長帽子を被り、黒い燕尾服に身を包んだ処刑人の大鎌はソロンに届くことはなく、逆に懐に飛び込んだソロンの剣が彼を貫く。

『だが、我が、身、ほろぶ、とも――』

 ソロンの背後、突如地面に処刑人が落としていた猫の首から体が生え、にゅっと立ち上がり彼の背を襲った。

 死角からの奇襲、その上処刑人は死力を振り絞り、彼の腕を掴んでいる。

 見えていない。何故なら彼は手を引き抜く動きすら見せていないから。

 勝った、そう思っていたが――

『■?』

 猫の頭を貫くは紅蓮の騎士剣、ディンがソロンの死角を代わりに埋め、少し離れながらも対応していたのだ。

 その上、無手となったディンをクルスが守る三連動。

 三つの目が全方位をすべて埋めている、ゆえに隙は無い。

 こんな敵を彼らは知らなかった。少なくとも彼らの長き戦歴に、このような緻密な、隙の見出せぬ立ち回りをする者たちなどいなかったのだ。

 あの騎士ですら孤軍であった。騎士とは個、だから集ですり潰してきた。

 鏡の王国は負けなしであったのに――

「献身的な盾だ。そのせいでなかなか近づけないなぁ」

 ソロンは騎士剣で相手を貫いたまま捻り、刃筋の位置を調節し、そのまま軽い手さばきで処刑人が自らを掴む腕ごと、彼の体を縦横無尽に断ち切る。

 この騎士剣の性能もまた、彼らにとっては初見であった。

 勝利を王国に与えてきた女王の輝ける剣、ヴォーパルソード。本来は怪物を屠るための剣を、女王はその手に、皆に分け与えて勝利を手に入れてきた。

 蒼き槍も含め、おとぎ話から生まれた、女王の想像力から生まれたそれらは、ミズガルズの獣が持つ武器よりも遥かに上であったはずなのに、今では彼らの方がよほど化け物じみた攻撃力を、その手に握っているのだ。

「仕方ねえだろ。敵の統率が取れてんだ。孤立は出来ねえ」

 ソロンの感想にクルスがツッコミを入れる。集団戦を有利に進める彼らであったが、それは女王への肉薄を一旦諦めた妥協の連携であった。

 ふざけた見た目より精強であり、連携も取れた群れ。個で切り開くには少々厄介だと、乱戦に持ち込んですぐ彼らは各々判断し、互いに利用し合った。

 傍目には美しい連携であったが、その内実は妥協ゆえ特にクルスの表情はずっと、苦虫を噛み潰したようなものであった。

「まあまあ、それに……さすがに敵さんも方針転換だ」

 ディンの言う通り、三人の連携が手に終えず数を減らすばかりの兵隊たちは下がり、代わりに前を張るべき灼熱の薔薇より生まれた動物たちも、味方であるカードの兵隊、殺し切らずに手足だけを斬り捨て残した『盾』を、迂闊に近づき殺さぬよう前に出れていない。圧倒的多勢であるのに、その優位は消されていた。

 たった三人の騎士を相手に。

 今までの相手とは違う。違い過ぎる。あの騎士によって追い詰められ撤退し、傷を癒している間に、あの騎士ほどの力はなくともそれ以上に恐ろしい者たちが生まれていた。あの騎士は同胞であったが、彼らは正真正銘ミズガルズの獣。

 一人、混じっている者とて大半はそちらの血であろう。

『……退きなさい、我が愛しき国民たち』

 女王は皆に命じ、下がらせる。森と、灼熱の薔薇による檻を残したまま、群れだけが消えた。ただ――

『……』

『……』

 白の騎士のみは女王の隣で、物言わず立っていた。

 それを怪物の瞳が哀しく、見据え――

『私は大丈夫。負けませんよ、あなたを、見つけるまでは』

 白の騎士は何も答えない。その中は、がらんどうであるから。

 女王は三人の騎士へ向き直る。

「観念したと思うか?」

「ありえない。開戦からの敵意、このダンジョンの仕掛けにも見える確実に殲滅する、と言う強い意志、最後までやるさ。そうでなきゃつまらない」

「……だよなぁ」

 ディンはやる気満々のソロンと、おそらく何も言わないがソロンと同じ気持ちのクルスを見てため息をつく。

 今更気にしても仕方ないが、少しぐらい徐々に近づく足元も気にしろ、と思う。

『鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのは……だぁれ?』

 女王が何かを口ずさんだ途端、森を埋め尽くすほどに大小さまざまな形の鏡が現れ、それが女王を、騎士たちを映していた。

 すでに仕掛けを大体把握していた三名は顔を歪ませる。

 なるほど、これは――

『幕を引きましょう。このくだらぬ物語に』

「来るぞ」

「「わかっている」」

 最終決戦である。

 先ほどまで兵隊たちに配られていた武器は全て女王の手に戻り、彼女自らが振るう。一つは二つに、二つは四つに、合わせ鏡が無数の武器を増やしながら、

「本当に……何でもありだな、こいつは!」

 鏡を渡り、あらゆる方向から女王の操る武器が飛来する。

 かわしても、別の合わせ鏡が吸い込み、別の鏡からその武器が出てくると言う始末。戦闘の速度が先ほどよりも、数段跳ね上がる。

 この三人の処理能力をして、パンクしかけるほどに。

「く、そッ!」

 クルス、ソロンほどに明確な視野を持たないディンが一番苦しい。こればかりは現在進行形で鍛えているが、すぐに高まるものでもないのだ。

 幼少から必要と思い鍛えていたソロン、師から知らぬ間にそれを鍛える訓練を施されていたクルス、幼少期に生まれた差はなかなか埋まらない。

 後天的技能にはそういう類のものがあるのだ。幼い内に習慣づけておかねば、あとで体得しようとしてもなかなか手に入らぬものが。

「ディン!」

「す、すまん。俺が足引っ張ってんな」

 自らが視野を確保し埋めるべき死角を埋め切れず、飛来した槍に貫かれかけたところを、クルスが割って入り槍を叩き切った。

「馬鹿言え。この相手じゃ三人いないと話にならねえよ!」

 だが、その貌には渋面が浮かぶ。

 それはソロンも同じ。

 計算が狂ったのだ。あの群れを率いている女王なら、首に届く算段があった。その意識は三人に共有されていたし、だからこそ多少余裕もあったのだ。

 いくら何でも、これ以上はないだろう。

 その当てが外れた。

 この女王、孤軍の方が強いのだ。

「くそが!」

 ここに来て初めて、クルスとソロンにも焦りが出始めていた。

 その隙を――

『……』

「ぐっ」

 女王の隣で微動だにしていなかった白の騎士が、埋めてきた。飛来する剣、槍を切り裂くタイミングで、死角から襲い掛かられたのでは如何にソロンとて手の打ちようがない。先ほどまでは互いのそういう部分を他二人が補完していたのだが、この速度感の中ではさすがに理想形は保てない。

 ゆえに、

「……よくも、俺に、傷を。玩具風情が」

 白の騎士、その純白の槍がソロンの腹を抉る。さすがソロン、それでもなお致命傷は避けたが、どう見てもかなりの深手である。

 その上、あろうことか――

「は? おい、馬鹿野郎!」

 他の剣、槍を完全に無視して、鏡へ逃げようとする白の騎士を掴み、力ずくで引っ張る。飛来する剣に腹を貫かせながら、別方向から来る槍を白の騎士でガードした。先ほど、クルスが切り裂き中身がないことは確認済み。

 貫かれたとて――

「俺を傷つけていいのは一人だけなんだよ、鉄くずが」

 その槍が作った僅かな隙間、其処に手を差し込み、力ずくで白の騎士、その鎧を引き千切った。剣に貫かれ、更なる深手を負いながら、それでも怒れるソロンはこの状況で優先する必要もさしてない相手をゴミクズにする方を優先した。

 明らかな悪手である。

 彼らしくない。

「ソロン、わかってんのか!」

 クルスは敵の攻撃を掻い潜りながら、彼の愚行を咎めた。今更何を言っても無駄だが、それでも言わずにはいられない。

 三人でも苦しいのに、今この男に抜けられたら、絶対に勝てない。

「問題ない。剣の方も臓器を外したし、このまま傷を蓋してもらう。落下までなら持つさ。何も問題はない。ただ――」

 ぎょろり、と殺意に満ちた目をソロンは女王へ向ける。

「あの醜い化け物は俺が殺す」

 それに対し、

『■■■ッ!』

 女王もまた怒りの眼を、叫びを向けていた。

 ソロンの力技によりガラクタとなった白の騎士、それを失い攻撃はさらに苛烈さを増す。怒りで前掛になるソロン、処理量を越えつつあるディン。

 そして足元の景色は近づくばかり。

 クルスは思案していた。

 選択肢は二つに一つ、取るべき道は一つしかない。

 それでも――

「クルス、俺が盾になる。お前が決めろ! 何としてでも俺が運んでやる!」

 ディンの決死、彼なら、もしかしたら死と引き換えに届かせてくれるかもしれない。本来なら一蹴すべき提案である。

 それでも、この千載一遇の好機に――

 女王は崩れた連携に笑みを浮かべた。一度崩れてしまえば彼らミズガルズの獣は必ず本性を現す。生きるために、醜い選択を取り始める。

 それが見たい。それを見たら安心できる。

 この復讐が正当なものであると、そう信じ抜くことが出来るから。

 だから――

『今となっては一番、危険な者を、除く』

 女王は的を一人に絞った。

 鏡の向きを調節し、焦点を合わせる。

 狙われたのは、

『幕引きよ』

 クルス・リンザールであった。

 数多の槍は囮、本命は束ねた剣。数で押せぬのなら、力で圧し潰す。

 か弱い獣にはうってつけ、であろう。

 一気に数を増した槍に手を取られ、

「「クルスッ!」」

 輝ける剣が天より顕現し――

「……なんだ?」


 突如、全てが停止した。


 捌かねばならぬ槍も、クルスに向かい叫ぶ二人も、何よりも何でもありの女王すら、止まっている。薄く、揺らぐ陽炎の中で。

 それが小さな膜のように、世界を包んでいた。

 何故かクルスは、その匂いを知っているような気がした。

「素晴らしい。上の剣も見えていたね、クルス」

 そして停止した世界に響く声は、

「……『先生』?」

 声の主は、クルスのよく知る人物であった。ただ、仮面は失われており、かつてウーゼルの部屋で見た写真の人物の顔が、其処に在った。

「なんで、ここに。いや、違う。何ですか、これは?」

 止まった世界、クルスもまたその場からは動けない。目の前に突然現れた『先生』もそう、この状況に疑問を持つのは当然である。

「私の神術、と言ってもわからないか。我が友が回廊の力を、『天』を操るように、私は回廊が発生する際に生まれる揺らぎ、例外の陽炎を少しばかり扱うことが出来る。世界を繋げる際に発生する、熱、ほんの少しのラグのようなものだ」

「神術? 『天』? 回廊って――」

「時間がない。何重の意味でも……それでも話をしよう。大丈夫、君にはとうに取るべき道が見えている。騎士ならば、すべきことはわかっているだろう?」

「うっ」

 クルスは『先生』の深い瞳、自分の醜い内面が見透かされた気がして顔を歪めた。それを見て、『先生』は笑みを浮かべる。

 それは仮面で見えなかったけれど、想像通りの穏やかで優しい笑顔であった。

「私は手を貸さない。貸す意味もない。だから、話をするだけだ。私の時間がある内に、ね。クルスにだってあるだろう、私に聞きたいことが」

「……ええ、もちろん」

 『先生』と対面し、クルスの頭が嘘のように晴れる。『先生』のことを考えると、何処か靄がかっていた、陽炎に閉ざされた思考が戻ってきた。

 だから、聞きたいことは山ほどある。

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