第226話:騎士たちの戦い
「私が前を張ります。兵士級相手には必ず二人以上で当たること。常に数的有利を意識して動いてください」
「イエス・マスター!」
イリオス騎士団もまたユルゲン副団長補佐の指揮の下、戦場に参戦していた。王都直下型の突発型ダンジョンであり、あちこちで悲鳴が上がる地獄絵図。それなりの場数を踏んだ騎士ですら、なかなかお目にかかれぬ修羅場である。
全ては救えない。
「ヨナタン、陣形維持です」
「しかし!」
「陣形維持」
「……イエス・マスター」
悲鳴の方へ向かおうとしたヨナタンをユルゲンが止め、この通りの防衛に全力を尽くす。今の人員でできることは通り一つを抑えることのみ。
それとてこの軍勢相手にどれだけ持つか。
「補佐!」
「問題ありません」
列車では醜態をさらしたが、ここがダンジョン内とすればいつもの仕事場。この若さで友好国とは言え異国の者が出世しているのには訳がある。窮地に見えた急襲に対しても冷静に対応し、大したことではないと言わんばかりに場を整える。
彼の落ち着きが部隊に伝播し、いつも通りの連動を可能にするのだ。
「ヨナタン」
「……はい!」
一言、一瞥、そしてハンドサインにより、やるべきことを伝達しながら兵士級を相手に間を詰めながら相手の注意を引く。
捌き、しのぎ、さらに詰め、
「ふッ!」
充分に注意を引き付けたところでヨナタンが指示通り動き、兵士級の首を死角より刎ねた。敵は鏡のように砕け、散る。
「討伐数に追加しておきなさい。あとで陛下からはボーナスを頂きましょうか。私も討伐補佐として記憶しておきます。補佐だけに」
「は、はは、了解です」
(これを討伐としていいかは疑問ですが、まあそこは現場判断と言うことで)
普段寡黙で、必要なことしか言わぬ男であるが、現場においては存外おしゃべりとなる。それは彼が在学中、連携のスペシャリストであったリーグ先生より教わった極意にかかわるものであった。
まあ別に大したことではない。連携、チームワークの極意とは部隊の士気を保つこと、そして可能な限り落ち着きを持たせること、如何なる陣形も、地の利も、この二つがあって初めて意味がある。
それが世界のリーグ・ヘイムダルの教えであった。
ユルゲンはそれを忠実に再現しているだけ。時に厳しく、時にジョークを織り交ぜ、部隊を効率的に運用する。
「敵、さらに来ます!」
「む、無尽蔵すぎる」
「落ち着いてください。あの群れはここで打ち倒します。その後、一旦後退し防衛ラインを下げ、其処で息をつき立て直しを図りましょうか」
「イエス・マスター」
(それにしてもこの勢いは異様ですね。そして敵意が強い)
ユルゲンもそれなりに場数を踏んでいるが、明らかに今回の軍勢の勢いは凄まじいものがあった。ダンジョンが発生しても、その中から出てこない群れもある中で、今回は誰がどう見ても出し惜しみなしの戦力を投入していた。
その証拠に遠くに見える入り口から、逐次戦力が投入されているようには見えない。初手で一気に吐き出した。そうとしか思えない勢いである。
それに――
「あ、あいつら……よくも」
「落ち着いて。私たちはやるべきことをやりましょう」
群れを率いる兵士級、何処か女性っぽいしなやかなフォルムの異形は槍を掲げていた。其処には人間が串刺しに、重ねられていた。
まるで周囲に、見せつけるように――
(……敵意が、強過ぎる)
『■■■!』
狂気と狂喜を孕んだ叫びが轟く。
「冷静に……一匹ずつ処理して、殲滅しましょうか」
「イエス・マスター!」
騎士の怒り、その叫びもまた轟く。
○
アカイアの騎士、それにクゥラークの面々もまた王都の各地で激戦を繰り広げていた。ただ、普段警戒していなかったこともあり、この状況下での全体の指揮に関しては上手く回らず、その場その場での対応を余儀なくされていた。
特に都市外縁部を守っていた部隊は、突如現れたダンジョン、一気呵成に攻めてきた魔族を前に生き残るので精一杯。まともに戦うことも出来なかった。
全体としては劣勢、四方より来る軍勢に圧され、徐々に防衛ラインを引き下げるしかない。唯一、その流れに逆らうのは単身突破を図るクルス、ソロン、ディンの三名のみ。その彼らもある意味、群れの敵意に助けられている。反撃はあっても必要以上の追撃はないのだ。一人を追うよりも二人、三人を狙う。
その意思が群れ全体に行き届いており、引き付けることが出来ない。
「来いよ! クソったれ!」
ディンの叫びも虚しく、少し離れた場所でまた人が死んだ。逃げ遅れ、隠れていた老夫婦であっただろうか。遠くでよく見えない。
見えないが、殺されたことはわかる。
「……手の届く距離、無力だなぁ」
すでに獣級は数え切れぬほど、兵士級もとうに数えることをやめた。三学年の冬に体験した実戦、それに比べると自分も随分と強くなったようだ。あの仲間たちと共にいると、本当に自分は成長しているのかたまに疑ってしまう。
最悪の状況だが、おかげで腹が決まった。
「なら近づいて……手で、握り潰してやる。災厄ども!」
状況次第ではミラ同様、全体の援護に回ろうかとも思っていた。敵を誘導し、上手く全体の流れを制御できたなら、そちらの方が被害は少なくて済むから。
だが、敵はどうやら人の多い方、多い方へ流れていくらしい。それならそれで誘導の仕方はあるが、どちらにせよ先ほどの老夫婦のように逃げ遅れた者たちは救えない。今もきっと、隠れて怯えている人はいるはず。
耐え切れず、しびれを切らし、そして敵に捕捉され殺される。
そうさせぬために出来ることは一つ。
ダンジョンのヌシを討つこと。ただそれだけである。
そんな彼らの代わりに――
「こっちに来なさい! 大丈夫だから!」
「あ、ありがとうござ、います」
「礼は良いから走りなさい! で、その先の騎士に伝えて。十二、いや十、そっちに送りますってね」
「は、はい!」
「よろしく!」
三十を超えた群れが弱き民を蹂躙しようと襲い来る。其処にミラが飛び込み、極力流れを、進行を阻害するよう敵を斬り裂き、そのまま駆け抜けた。
と同時に急旋回、群れの背中を避けるよう家の壁面を、
「むがァ!」
足先に魔力を展開し、駆け抜ける。
自分に見向きもせず、弱き者たちを追おうとする群れの先頭に舞い戻り、
「どっせい!」
騎士剣を投げ、先頭の獣級を処理。着地と同時に、
「ふ、シュッ!」
さらに二匹、鋭いワンツー、拳で頭蓋の弱い部分を穿ち、破壊する。投げた剣で絶命した魔族が倒れ、丁度彼女の隣に倒れ伏す。
其処から剣を引き抜き、
「こんなもんでしょ」
ミラは前進でも後退でもなく、横方向へ移動した。群れの足を止め、民を逃がし、近くの騎士に間引いた分を送る。全部処理しても良いが、今は一刻一秒を争う状況である。使える手足は使わねば、何もかもが足りない。
本当なら自分も彼ら三人のようにダンジョンを踏破する、そう言い切りたかった。実際にソロンは「可能性は低いが四点同時攻略が必要な場合、多少の犠牲は許容してでもダンジョン狙いで動くべきだ」と言っていた。
多少の犠牲は仕方がない。その通りである。現に今、この瞬間にも犠牲は増え続けている。根本を断たねば、より多くが死ぬ。
最悪の場合、都市一つが滅ぶ。
それでも彼女は防衛側に加わり、少しでも多くを救う自己満足の道を選んだ。無論、それはあの三人への信頼もある。彼らなら出来る、そう思う。
それと同時に自分に出来るか、其処に即答できない自分もいた。
初の実戦、幾多の演習を経て其処に至ったが、笑えるほどに演習と実戦は違った。自分が死ぬかもしれない、それは割とどうでもいい。
問題は――
「助けてェ!」
「あー、もう! 忙しいッ!」
誰か見知らぬ者が死ぬ。それが一番きつかった。
「あり、が――」
「礼はあと! 全力で逃げなさい」
「は、はい!」
開戦からずっと全力稼働、自慢の足が千切れるほどぶん回しているが、救えた命はいったいどれだけか。あまりにも無力、それを彼女は噛み締めながら――
「雑魚狩り楽しい?」
敵の群れを潰して回る。
「私は全然、これっぽっちも楽しくないけどね」
裏方、騎士ミラ・メルが戦場を支える。必死に、貌を歪めながら、息を切らせながら、全力で駆け回る。
一人でも多くの、名も知らぬ者たちを救うために。
「……あの子、何者だ?」
その動き、立ち回りに本職の騎士たちは戦慄していた。彼女が群れを間引き、誘導、ついでに騎士隊への連絡も兼ねており、単身獅子奮迅の働きをしていることは誰の目にも明らかだった。あれが学生など誰も想像すらしていない。
ミラの存在が騎士たちを繋げ、何とか連動を生み進行の歯止めとなっていた。
「先輩はやっぱすげえや」
彼女たちの後輩、ボッツは誇らしげであった。自分たちの尊敬する黄金世代の先輩たち、彼女はこともなげに言うだろう。
自分の代なら誰でもこれが出来る、と。
実際にそれだけのスペックがたった一つしか違わない彼らの世代にはある。それが誇らしいし、少しばかり嫉妬心も疼いてしまう。
そも、座学が苦手だと言うミラの成績ですら、一つ下の学年ベースでもトップクラスなのだ。その上はもう、恐ろしくて直視できない。
そういう学年、そういう先輩たち。
「俺も、少しでも役に立たなきゃ!」
今、自分に出来ることを。ボッツもまた先輩に負けじと奮闘していた。彼もまた初の実戦、それでも今は先輩たちにダサい姿は見せられない。
その一心で働いていた。
その姿を、彼を学生と、まだ四学年と知るクゥラークの面々は、
「君も学生の身で普通に通用しているのは、大概だと思うけどねえ」
畏敬の念を浮かべ見つめていた。高い高い天井、百年に一度の最高の環境は、その代のみならずその下に続く者たちにまで波及していた。
我を捨てたミラを中心に、防衛ラインは少しずつ縮小していく。
「退いて、守って!」
「承知した!」
それはミラの、いや、彼女たちの狙い通りである。中心に逃げ延びた人々が集まる。それに魅かれ、敵の軍勢も集まってくる。
そうすれば本丸が、ダンジョンが空く。
(この私が我を捨ててんだから、さっさと決めなさいよ!)
そうすれば――彼らが勝つ。
○
クルス、ソロン、ディンはほぼ同時にダンジョンへ到達した。
中は――
「……空っぽ、か」
信じ難いことに一匹の魔族すらいなかった。どれほどの敵意があれば、巣を空にしてでも人を殲滅しようと考えられるのだろうか。
クルスは奥へと進む。
敵の返り血にまみれたが、まだ皮一枚の傷しか負っていない。自分の戦い方は省エネであり、集団戦に、長期戦にも向いている。
それが証明できた。
あとは、
「なるほど。やはり俺はくじ運が悪いな」
ヌシを討つだけ。
がらんどうな空間に突如、景色が発生する。チェス盤のような田園風景、其処に白と黒の、何かを象った岩が砕け、崩れていた。
その奥、黒のキングの位置に
『……』
漆黒の騎士が座禅を組み、瞑想をしていた。
よく見れば、自分の立ち位置は白のキング。
「騎士級、いや、あの時ほどの圧は感じない。ただ――」
開眼し、立ち上がり、構える。
「強い」
静謐なる構え。それは何処となく自分たちと同じものに見えた。
それと時を同じくして、
「面白い」
ソロン・グローリーもまた同じ景色の下、同じ騎士と対峙していた。
「……俺より強くね?」
ディン・クレンツェもまた、同じ。
まるで鏡写しのように、その騎士は三人へまったく同じ構えを取り、まったく同じ圧を発していた。強き騎士、鳥肌が立つほどの闘志を、浴びる。
『鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番強き騎士は、だぁれ?』
三者の視界に、カードが一枚はらりと落ちる。
其処には『死神』が刻まれていた。けたけたとした、笑い声と共に。
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