第225話:騎士たる者たち

『……■、っ』

 抗うかつての戦友、親友を背にレオポルド、いや、サブラグは自らの力を、魔障によって再現した神術をもって世界を繋げ、かの地を見据える。

 四方に展開された鏡面のダンジョン。

 それは――

「確かに千年経った。貴様の言う通り、もはや我々の怨讐をぶつける相手は存在しないのかもしれない。だがな、イドゥン。それを彼女に言えるか? 今なお微塵も揺らぐことなく、あの時代の復讐の燃える彼女たちに向かって」

 サブラグは哀しげに目を瞑る。

「俺や貴様の怒りが風化しつつあるのは認めよう。そういう個体が増えているのも事実だ。だがな、シャクスや彼女のように消えぬ者もいる。残っている。そんな彼らに飲み込めと言えるか? 確かに千年経ったのだ。しかし――」

 もはや友に言葉が通じるとも思えない。

 それでも語り掛けずにはいられなかった。すでに薄らぐ者も多い中、それでもこうして絶えず、燃え続ける者もいるのだ。

 なれば――

「ウトガルドの時は止まったまま、だ」

 ウトガルドの騎士たる己がすべきことは一つ。彼らの代弁者であること。誰もその言葉を拾えぬのなら、自分が拾おう。

 それが彼らを守ることすらできなかった、騎士である自分にできる唯一の償いであるから。その考えが揺らぐことはない。

「鏡の女王は甦った。そして、またしても貴様が其処に立ち塞がるか、クルス・リンザール。奇縁だな」

 彼らの怒りが全て、消え失せるその時まで――


     ○


「エフィム。陛下らの護衛は俺が務める」

「合点承知」

 だから戦ってこい、との意図を汲み取り、早速皆を率いてエフィムは出陣しようとする。その時、ある男とすれ違う。

「お先に」

「……」

 野心に満ちた目をする男と。

 そして男は、

「殿下、お願いがございます」

 自らが守るべき存在へ声をかけた。

「な、なんですか?」

 弱弱しく震えるソフィア姫。あまりの事態に怯えているのだろう。ダンジョンの発生に巻き込まれるのは二度目。今度は無事に済むとは限らない。

 護衛を任された者として、すべきことは一つ。

 だが、

「今この時、わたくしめに暇を頂けないでしょうか?」

 それでもクルス・リンザールはそう言った。ソフィアは目を見開く。震えが大きくなる。そうなることはわかっていた。

 それでも選んだ。

「今後、アカイアはイリオスにとって重要な友好国となります。そんな彼らの王都が今、危機に立たされているのです。私は騎士として殿下をお守りするだけでは足りぬと判断いたします。殿下も、この国も、守ってこその騎士です!」

 今の自分ならばできる。やって見せる。

 その自信が、自負が、クルスに強い言葉を選ばせた。

 そしてその強き言葉が、

「……暇は与えません。この、ソフィア・イル・イリオスの名において命じます。アカイアの民を守りなさい。我が騎士、クルス・リンザール」

 ソフィアに王族を取り戻させる。

 クルスは頭を下げながら笑みを浮かべ、

「イエス・ユア・ハイネス」

 王女の剣として堂々と戦地へ向かう。出来過ぎた配役である。出来過ぎた状況である。自分の優を示すにはうってつけ。

 しかも、王女の騎士としてその任につくのだ。

(これ以上はない。やるぞ、俺)

 これ以上はない。さあ、箔をつけに行こう。

 王女の騎士が出陣した後で、

「殿下、我々にも御命じください!」

 ヨナタンがソフィアへクルスに向けられたものと同じ命令を懇願する。出過ぎた真似である。実際にユルゲンは彼を無言でソフィアから遠ざけようと肩に手をやり、引っ張って止めようとしたが――

「殿下を守るのが我々の使命だ。我々が数人割いたところで現場の混乱を招くだけ。頭を冷やせよ、ヨナタン・シリー。出しゃばりの学生じゃないんだぞ」

 同じ補佐であるヴィルマーが強い言葉で叱責する。ユルゲンとしても同意見だが、彼の覚悟を貶すほどではない。騎士として正しいのは弱き者を少しでも多く守ろうとするヨナタン、ひいてはそうするため動いたクルスである。

 それに、

「私の判断が間違っていた、と言うことですか? マスター・アイヒンガー」

「い、いえ、そんなことは。言葉が、過ぎました」

 その判断を是としたソフィアにも泥をかけることになる。その辺り、少しばかり嫉妬心を制御できぬところが彼の弱い部分だ、とユルゲンは思う。

「マスター・コストマン」

「はっ」

「クゥラークの団長殿もいます。マスター・バシュ、マスター・アイヒンガーを残し、それ以外の者はアカイアの民を守りなさい」

「イエス・ユア・ハイネス」

 ソフィアの判断は間違っていない。かの練達の武人がおり、その上でイリオスの中では腕の立つ二人を残しておけば、守りとしては充分なものになるだろう。と言うよりも、それで被害が出るとすれば、その時点でアカイアの王都は陥落している。

 どちらにせよこの局面を打開するには――

(あのダンジョンを攻略せねば、か)

 四つのダンジョン、あれらを攻略せねばならない。


     ○


「あらよっと!」

 既存の盾、と同じような構造の手甲を装備したエフィムが飛び掛かってきた魔獣を殴り、破壊する。その辺の雑魚には負ける気はしないが、それでも彼らは対人に特化した戦闘集団であり、魔族相手は専門外である。

(さて、どうしたもんかな)

 ダンジョンに突撃すべきか否か、その判断には迷いがあった。

 其処に、

「エフィムさんたちは守備的陣形で敵の群れを抑えてください」

 専門家、を目指すクルスが現れた。

 流れるような所作で魔獣を切り裂き、彼らの戦列に加わる。と思いきや、そのまま突き進む。暴走だ、とエフィムが止めようとするも――

「……おいおい」

 水の流れは止まらない。魔獣の牙が、爪が、遠間から炎が、毒が降り注ごうともお構いなしに、騎士剣を振るいながらクルス・リンザールは前へ前へと流れていく。

 その轍には無数の死体が、生み出されていく。

「パンはパン屋、か。こりゃあ敵わん」

 魔獣が人を襲う時の力の流れは強力であるが、流れの方向性自体は人に比べシンプルである。複雑なフェイントなどもそうそうない。

 絶対に間違えない、その自信があれば人よりもずっと捌くのは楽である。

 ただ、相手が人よりも強い力を持つ分、たった一度も間違いで命を失うこともざら。ゆえに誰もがセーフティを設けながら、安全に立ち回ろうとする。

 しかし、クルスは違う。人相手も魔族相手も同じ。

 間違えない前提で、しかも無数を相手に立ちまわっている。全て皮一枚、紙一重での捌き。ここまで来ると戦慄するしかない。

 クルスが群れを切り開き、分断された魔族をエフィムらが処理する。最も勢いのあった部分をクルスが潰し、勢いを削がれた獣が相手なのだから彼らも楽。

 あっさりと一つの群れを潰し終えた。

「マスター・リンザール」

「……こそばゆいですね」

「ここにいる全員、君を学生とは思わんよ。とにかく助かった。それと――」

「ええ。敵の半分近く、斬ったら砕け散りましたね」

 斬り伏せた魔族の中に、血をまき散らし絶命する通常の個体と、鏡でも叩き割ったかのように砕け、消える個体があった。

「ああ。妙な相手だぞ」

「まあ、何となく仕掛けはわかりました」

「本当か?」

「ええ。それに、どうやら敵意が強過ぎて、攻めることしか考えていないようです。ほぼすべての戦力をこちら側に投入している」

「つまり?」

「ダンジョン内は手薄、と見ます」

「まさか攻め込む気か? 単身で?」

「そのつもりです」

「そりゃあ無茶だ」

「きついのはこちら側で守る役目ですよ。これだけ一気に戦力を吐き出してくるんですから。防衛に重きを置くべきなのは明白。だから――」

 クルスは苦笑しながらぐるりと視線を四方へ向ける。

「俺たちで崩します」

 其処にいるはずの者たちへ、と。


     ○


 猛烈な勢いで人の領地へ攻め込む魔獣たち。その苛烈さは、普通のダンジョンのそれとは違った。敵意が漲り、全てを蹂躙し尽くさんと彼らは駆け抜ける。

 その牙に、爪に、只人である民は太刀打ちすることなど出来なかった。

 ただただ、踏み潰され、食い千切られ、蹴散らされるのみ。

「ママぁ、ママぁ!」

 目の前で母を食われた少女が嘆く。血しぶきが少女の頬に降りかかる。優しく、いつも抱きしめてくれた母のぬくもりが、目の前で消えた。

 伸びた手は、虚空を掴む。

 絶叫、それに――

「間に、合えッ!」

 騎士剣を一閃、その騎士は魔獣を両断して中身を確認するが、其処に命はなく静かに唇を噛んだ。だが、嘆く暇はない。

「ママ、は?」

「ごめんね」

 少女を抱きかかえ、騎士は自慢の快足を飛ばしその場を離脱した。泣きわめき、駄々をこねる少女。されど騎士は微動だにせず、ただ少女を安全圏へと運ぶ。

「ボッツ! そっちの群れ、其処の路地へ誘導! その先にアカイアのぼんくら騎士どもがいるから、そいつらに対応させなさい!」

「い、イエス・マスター!」

 後輩に指示を飛ばし、救った少女をひとまずの安全圏へ移す。

「ここまで来たら大丈夫。人の流れに沿って。都市の中心を目指して逃げなさい」

「……ひぐ、うぐ、ままぁ」

「泣くな! 女は度胸、ママのためにも生きなさい。貴女を救うため、最後まで伸ばした腕の分も、貴女は生きなきゃいけないの。わかるでしょ?」

 騎士は少女を抱きしめ、そしてゆっくりと送り出す。

「……みんな、死なない?」

「もちろん。言っとくけどお姉さん、超強いから。それにね――」

 騎士、ミラ・メルは背中を向ける。

 積み上げてきた自信を、自負を見せつけるように。

「この私よりも強いのが三人もいるのよ。かたき討ちは任せなさいな。返り討ちにしてやるから、ね」

「おねがいします、騎士さま」

「まっかせなさい」

 実戦は初めて。自信なんて本当はない。それでも彼女は任せろと言った。やって見せると心に決めた。

 一人ならこの強がり、言えなかったかもしれない。でも、この都市にはいるのだ。自信過剰な自分すら認めるしかない、化け物が三人も。


     ○


「助けて!」

「応よッ!」

 助けを呼ぶ声に応え、真っ赤な炎が全てを薙ぎ払う。

「ここから先は一歩も進ませないが、一応危ないから全員避難してくれな。その際も、慌てず、騒がず、落ち着いて、安全に逃げること」

 剣を担ぐよう構え、敵が攻めてこようが退こうがお構いなしに振り回す。穏やかに話しながら、その攻めは苛烈極まる猛き炎。

 その背中が語る。

 全員、俺が守ると。

「あとは俺に任せとけ」

 不安が消し飛ぶ。

 炎の騎士、ディン・クレンツェが魔族の群れと対峙する。

『■■』

 人を超えた獰猛なる怪物たち。しかし、対峙する騎士もまた人を超えた超人であり、その中でも一握りの上澄み。

 その眼はすでに眼前の群れではなく、

「一個潰せば、あとはあいつらがやるだろ」

 その先のダンジョンへ向けられていた。


     ○


「万事、俺に任せてくれ」

 騎士が、民が絶句する。その男の強さに。かすり傷一つ負うことなく、男は殺気に満ちた群れを処理してのけた。

 噂には聞いていた。

 今の学生、五学年には凄いやつがいる、と。

 その中で最強、最優の男の名を、騎士ならば一度は聞いたことがある。ただ、その名は一度天から落ちたはずだった。なんだ、よくわからない無名のやつに負ける程度か、と。誰もがあの戦いを見られる環境であったわけではない。

 未だ基地局の整備が万全ではないため、網羅している国の方が少なく、それ以上に中継器であるテレヴィジョンの普及もまだまだ先。

 だから知らなかった。

 こうして目撃するまでは――

「これが……輝ける男、ソロン・グローリーか」

 圧倒的な制圧、殺意に満ちた群れからそれを消し飛ばすほどの圧倒的なまでの輝き、誰も勝ち目などない。隙も無い。

 万の剣が全てを蹂躙する。

 目指すは、

「競争だよ、クルス。どちらが二つ潰すか、だ」

 ダンジョン。すでにこの男にとって、眼前のダンジョンすら通過点であった。攻め寄せてくる軍勢、それらを観察し大まかな戦力を割り出すことに成功した。確かに大戦力、四つのダンジョンより来る恐るべき大軍は手強いが――

「もしくは、先に『本物』を潰した方が勝ち、だね」

 自分と彼の敵ではない。

 精々が遊び相手、少しでも楽しくなることを輝ける騎士ソロンは祈る。


     ○


「はは、何だ通用するじゃないか! 魔族にも、俺の剣が!」

 人間よりもよほど楽。どちらにせよ如何なる攻撃だろうが、この戦い方を選んだ時点で、間違えたら即死なのだ。

 ならば、力の大小など関係がない。

 要は正しい受け方が、流し方が出来るかどうか、それだけ。

「とは言え慣熟は必要だ。だから――」

 クルス・リンザールは魔獣の群れを抜け、兵士級の剣を、鎖でつながれた鉄球の一撃を流しながら、そのままの勢いで彼らを両断する。

 自分の力など要らない。彼らがいくらでもそれをくれる。

 自分は流すだけで良い。

 行きたい方向へ。

「俺の経験になれ、獣ども」

 冷徹なる騎士、クルス・リンザールが敵を押し流していく。


     ○


「あらら、強くなったと聞いていたけれどここまでとはね。やはりこの世代の一年二年の途中経過は当てにならないなぁ。そう思うだろ?」

 シャハルは背後に控える自分の護衛に視線を向けた。

「……」

 その凄絶な、嫉妬の表情が物語る。

「はは、それにしても三者、示し合わせたように単独アタックか。しかも一か八かじゃない。きちんと読みを入れた上で、やれると判断している。うん、素晴らしい。ボクは幸運だなぁ。観察が捗る捗る」

 シャハルは観察を続ける。この珍しきダンジョン、かなり古い文献で見たことがある。幾度も都市を滅ぼした四つのダンジョン、鏡の軍勢を従えし女王の国。

 打ち破るは漆黒の騎士。されど、その首届かず、ただ撃退するのみ。

「さあ、ボクの推しはどうかなぁ?」

 三人の騎士、伝説と戦った鏡の女王へと挑む。

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