第221話:鉄の国アカイアへ
アカイア王国、鉄の一大産地であり古くから鉄と言えばアカイア、と言われるほど鉄鋼業に強い。同時に鉄の生産、加工には多くの木材が必要であり、林業も盛んであるが今回の外交には関係がないので割愛。
国の規模としては歴史と伝統はあるが中堅、その理由は単純明快。平地の少なさにある。国土面積の多くを産地が占め、かつては一応少ない耕作地で自給自足をしていたが、近年では三分の一近くを輸入で賄っている。
木材を得るために樹木を切り倒し、耕作地の拡大に勤しんでいるが、それも人口の増加に追い付いていないため、今後も輸入は増えていく見込みである。
其処にイリオスが目をつけたのだ。
仲良くしましょうよ、と。
関税の引き下げは入り口を緩くするのと同義。小麦と鉄、双方の得意分野の流動性を引き上げ、交流を活発化する。
流通量が増え、共依存の関係になれば、下手な同盟などよりもずっと強固な絆となる。それが今回の外交、その主目的である。
ゆえに――
「ようこそ、アカイアへ」
当たり前だが出迎えは盛大であり、同時に国家の威信をかけたものとなる。
その証左として、
「この国を出るまでは我々も護衛に付かせていただきます」
「よしなに。お噂はかねがね」
「光栄です」
アカイアは自国の拠点を構える徒手格闘専門の騎士団である、クゥラークに応援を要請していた。自らの国では傷一つつけずに送り出す、その鉄の覚悟が現れている。何しろ今となっては大会にも顔を見せない団長自らが護衛の指揮を執る。
そして、
「また会ったな、少年」
「ご無沙汰しております、エフィム分団長殿」
「ははは、騎士っぽいじゃないか」
「今はそのつもりで任についていますので」
「頼りにしているよ」
団長の補佐役として分団長であるエフィムも加わる。さらにアカイアの騎士団も加わり、三騎士団が連携し滞在中のソフィアを護衛するのだ。
鉄壁の布陣である。
そもそも、
「油断をする気はありませぬが、現実的に刺客がアカイア本国にいる間、手を出してくるとは思えませぬ。我々の腕云々ではなく、道理として――」
刺客は主に三国の何処かが放っている。可能性としては三国と交流のある国家が、三国の交流が活発化することを忌避し、と言う可能性はあるが、それほど可能性は高くない。この交流はあくまで挨拶代わり、大局に影響するのはまだまだ先のこと。他国が強硬手段を取るのは少しばかり早過ぎる。
何より看破された場合のリスクがデカい。
メリットとデメリットを天秤にかけ、やはり濃厚なのは今回の絡みで直接割を食う者たち。もしアカイアが主犯であれば小麦関連の豪農、もしくは耕作地を多く抱える領地持ち、辺りか。
どちらにせよ、アカイア国内で仕掛けるのは悪手である。実際、先の刺客も仕掛けてきたのはイリオスの外に出てからであった。
それは偶然ではなく、狙った上でのことだろう。何しろ、今回の件は三国全てが勝つ話である。三国の外であればイリオスの騎士しかいないが、アカイアやテウクロイ国内であれば、国そのものが姫を守る盾となる。
今、こうしてアカイアの騎士たちとクゥラークが共同で護衛に付くこともそう。
ゆえに例えアカイアに害意を持つ者が潜んでいたとして、彼らは本来味方であるはずの本国の戦力をも敵に回すことになりかねず、足もつきやすい。
動くならやはり国境を越え、無関係の他国で、となるか。
「とは言え、貴賓である殿下の御身は責任をもって守りますとも。其処はパンはパン屋にお任せくださいな。閉所での戦闘は我々の得意とするところですので」
団長の発言の後、エフィムがプロに任せとけ、と付け加えた。
「よろしくお願いいたす」
「副団長」
「恥も外聞もあるものか。任務を果たすのが最優先、だ」
イリオスの副団長マリウスは皆に頭を下げる。すでに道中刺客に襲われたことは彼らにも共有している。アカイアへの協力を仰ぐと共に、それらを退けた旨を様子を窺っているかもしれない敵に伝えるために。
かなり手をかけた一手であった分、それを凌いだことは大きい。
「こちらこそ教養不足故至らぬこともあるだろう。共に足りぬ部分を補い、無事任務を果たそう。我らは味方なのだから」
「うむ」
クゥラークの団長とマリウスが握手を交わす。その後、アカイアの騎士団長もまた握手を交わし、改めて協力関係を確認した。
蟻の入り込む隙間すらない。
およそ考え得る限り最高のメンバーに、
「それに将来有望な若者もおりますしな」
「恐縮です」
此度の襲撃、それをほぼ独力で撥ね退けた『四強』クルス・リンザールもいる。腕自慢のクゥラーク、エフィムを除くほぼ全員から興味を向けられていた。
興味と言うには少々獰猛な気もしたが――
「その年で成るか。あの子らと言い、恐ろしい世代だ」
「……あの子ら、ですか?」
「はは、打倒クルス・リンザール。心当たり、あるだろ?」
「……」
茶化すエフィムの言葉にクルスは顔をしかめた。クゥラーク、パンクラチオン、其処に自分を打倒すると言う目的まで重なれば、まあ該当者はそう多くない。
それは自分をよく知り、急所を見抜いた者であるはずだから。
一人、ないしは、もう一人。
○
「「へっくち」」
丸太が衝突したような轟音と共に、可愛らしいくしゃみが重なるも、それは当然の如く誰の耳にも入らなかった。
何しろ、これほどの迫力で、歪な姿勢での拮抗をしているのだ。
そちらの方に嫌でも視線がいく。
「な、何なんですかね、あれ」
「クルス対策でしょ」
互いに剣を片手で握り、もう片方の手は互いの腕を掴む。そして足は軸足を残し、蹴りながら相手を絡め捕ろうと衝突していた。
どちらも完全に同じ思考で、同じやり方に、同時に至る。
「なるほど。水を人間に戻すために、手足を固定する、ね」
「え、ええ!? ヤバいじゃないですか!」
二人の攻防を、クルスの一番弟子を自称するボッツ君に締め技をかけながら見つめるミラ。剣で戦いながら、そのままシームレスに組み技へ移行する。その大胆な発想に、二人同時に行き着いた。
「クルスもそれぐらい考えてるでしょ。でもま、忘れがちだけどやっぱあのゴリラもバケモンね。ガタイもよけりゃあれで頭もいいから厄介なのよ」
ミラはため息をつく。今更、あそこに混じる気はない。自分がパンクラチオンを学ぶ理由も根は彼らと同じだが、彼らは拳ではなく剣で勝とうとしている。
剣にパンクラチオンを加え、攻略法を生み出そうとしている。
クルスに勝つためだけに新たな道を今まさに開拓しているのだ。その熱意には勝てない。そもそも、あの二人は現在地点からしてはるか先。
「……少しは腕を上げたみたいだね」
「そりゃあどうも。そっちは頭の切れ、落ちたか?」
「安い挑発だ」
「でも、少し意地になったな? 力の入れ具合でわかるぜ。意外と子どもっぽいんだな、ソロンよ」
「はは、なら一本でも取ってみなよ、ディン」
「それも目標の一つ、さ!」
『四強』が一角、未だ翳らぬ栄光、ソロン・グローリーは顔をしかめる。単純な膂力は、鍛え抜いた自分よりも上。使い方も組手を重ねれば重ねるほどに良くなっていく。こちらを観察する眼、今更本気のそれを向けてくる。
(君もスタディオンと同じだろ? クルスの熱を貰わねば、その眼も出来ないまがい物だ。たかが贋物が、俺たちの間に入ってくるな!)
かつて折り、砕き、消し飛ばしたはずの期待してい『た』男。
もう過去の存在であった。
それなのに、それが猛追してくる。
(逃げるな、俺! クソほど強いし、上手いし、へこまされてばかりだけどよ、次逃げたら一生、追いかけるなんざ言えなくなる。だから、向き合え!)
どれほど積み上げたらここまでに成るのか。目眩がする程遠い。同じ才能なら、とても追う気にならなかった。近いタイプだからこそ、そう思う。
でも、これは両親に感謝するしかない。
(戦えッ! 俺!)
しかと向き合いわかった。力の差はある。努力の質も、量も大きな差があった。
しかし才能だけは、生まれ持った素質だけは、おそらく自分の方が上。だからこそかつては折れたが、今はそれが希望である。
全力で追いかける。そうすれば間に合う。間に合って見せる。
もう二度と、才能を無駄にしない。
ディン・クレンツェは必死に追いすがる。怪物じみた速度で。
○
「クルス」
「唯今」
社交の場、当然御付きであるクルスもまたソフィアのそばで彼女を守るのだが、少し離れただけで不安そうにクルスを探し、常にそばにいようとする状況はどうにもよくなかった。あまり政治的な話が絡むと御付きの役とは言え、学生の自分が聞くべきではない話もあるだろう。それでもお構いなし、である。
列車での一件からずっと、こんな調子なのだ。
「おお、対抗戦の主役ですな」
「恐縮です」
「いやはや、うちの学校は今年三回戦まで行ったのですが、やはりその先はあまりにもレベルが違いましたな。どうですか、一つうちの若いのに稽古をつけていただくとか。勉強させていただけるとありがたいのですが」
「私如きがお役に立つとは思えませぬがご用命とあらば。無論、殿下から色よい返事を頂ければ、ですが」
「ふふ、素晴らしい考えですね。前向きに考えましょう」
「御意」
「おお、早速手配しましょう!」
素晴らしい考えだ、と嬉々とする姫と政治屋の貴族に、クルスは内心苦笑いするしかない。学生、若造の自分に剣で敗れる彼らのことを思うと可哀そうに、と思う。
手心を加え形作りをしたとして、勝利まで譲る気はないから。
全員相手でも――
「負担をかけていますか?」
「いえ、私は今、殿下の御付きなのですから。共に在るのは当然のことです」
「そうですよね! ふふふ、頼りにしていますよ」
「ご安心ください」
列車の件を経て、どうにも依存が強くなってきた。ディクテオン領にいた時から、距離感は近かったが、それでも一線は引いていたように見えた。
今は、それが揺らいでいる。
(……面倒なことにならなければいいんだが)
ユルゲン辺りは勘付いているが、今回の目的は箔付けである。列車での襲撃は上手くやった。騎士団の醜聞ゆえ、それが表沙汰になることはないだろうが、少なくともクゥラークとアカイアの騎士団には共有された情報である。
人の口に戸は立てられぬし、騎士の、プロの矜持を解せぬ政治屋のおかげで公に自らの優秀さを誇示することが出来る。
彼らの言葉が、ユニオンに届けば――
(とは言え、面倒ごとが起きなきゃ逆転はない。我ながらクソみたいな護衛だな、何か起きろと祈りながら御付面しているのだから)
まだまだ足りない。それにどう考えてもこれで終わり、もないだろう。アカイアの社交の場、こちらを窺うような視線のほかにいくつか、明らかに敵意を込めたものがある。彼らが敵とは思わないが、やはり今回の件、容易くはない。
「姫様、あちらで」
マリウスがソフィアに声をかける。目配せし、アカイアの王を含めたこの国の重鎮たちが会場を離れ、別室に移動し始めていた。
そういう話を、と言うこと。
「クルスは?」
「こちらでお待ちしておりますよ」
「そう、ですか。すぐに戻りますね」
「はは、すぐ戻られず、実りあるお話をしてきてください」
「そ、そうですね。その通りです」
クルスはソフィアを見送り、心の中でため息をつく。御付きとして信頼されるのは良いことだが、それが過ぎれば厄介なことになりかねない。
この仕事に就く気はないのだから。
「リンザール」
「マスター・シリー。どうされましたか?」
そんなことを考えていると、姫を待つクルスにイリオスの若手、ヨナタン・シリーが声をかけてきた。出発からこれまでずっと敵意を向けられてきたのだが、今はそれが落ち着いている。まあそれもそうか、とクルスは思う。
あれだけ見事な失態をかました後なのだから。
「殿下を寝所に送ったあと、時間あるか?」
「ええ。夜勤のヴィルマー殿らに引継ぎをした後なら」
「そうか。では、少し付き合ってくれ」
「承知しました」
クルスは心の中でさらにため息を重ねた。彼の立場上、敵意を向けられるのは当然であるが、それでも仕事なのだから上手くやってほしい。
そして出来れば察してほしい。自分がイリオスの騎士団に入る気がないことを。
そうすれば敵意の理由がなくなるのだから。
○
クルスはヴィルマーやクゥラークの面々と引継ぎを終え、呼び出された場所へ向かう。何人か待ち構えていることも覚悟していたが、其処はヨナタン一人であった。
ヨナタンは「ついてこい」と言って街中を歩く。
そして辿り着いたのは――
「……」
「込み入った話をするならここに限る」
「自分は、そう思いませんが」
バキバキの大衆居酒屋。
「おごりだ、気にするな」
「それは別に気にしていません」
クルス、何故か居酒屋に初入店。
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