第216話:みんながんばってます

 クゥラークの本拠地はアカイアという国にあった。まあ彼ら自身各地を転々としており、闘技者が本拠地に戻ってくることは年に二、三度程度なのだが。

 まあ団長やその下の管理職は本拠地にいることが多い。

 夏季はどの騎士団も研修の手配などで忙しくなるが、クゥラークはそれほど忙しくしていない。何故なら研修と言っても組手をして徒手格闘のレベルを見る程度。護衛の仕事に関しては入団後、みっちり教え込む方針である。

 なので、

「やるじゃん、ミラ」

「ぐぎぎ」

 分団長クラスの方々がみっちり徒手格闘を学生に叩き込む時間がある。現在、分団長の紅一点である大先輩にミラが組み伏せられていた。

 褒められる動きをしたはずなのに、あっという間に形勢逆転、抑え込まれてミラはただ歯ぎしりしかできない。

「でもまだウェイト足そうか。太れって話じゃないよ。除脂肪体重ね、要は筋肉のみで純増2、いや、3キロ目指そう!」

「あ、んの、抑え込みながら、提案しないで、くだ、さい」

「絞め落としてからの方が良かった?」

「ぎぎぎ」

 悔しさと苦しさで泡を吹きそうになるミラ。それを見て大先輩は満面の笑みを浮かべていた。闘技者と言うのはそういう気があるのかもしれない。

 そんな中――

「失礼します!」

 やたら大きく快活な声が修練場に響く。

 薄れゆく意識の中、ミラは見た。

(ご、ごりら)

「ディンだ!」

 何故か以心伝心、コメディが成立したことにほっとしたのか、大先輩の宣言通りにすぅっとミラの意識が消える。

 気道を絞め、意識に重点を置いた攻めをすると人間は簡単にそれを失ってしまう。失わせることが出来る。

 それが何でもありの――

「返事を待たずに来てしまい申し訳ございません! ただ、自分は――」

 ディン・クレンツェがクゥラークに単身飛び込んできた。

 狙いは、

「おんやぁ? ここに来て初めて可愛げを見せたね」

「……っ!?」

 この男と同じ。

「テイクダウン。さあ、寝技の時間だ、と言いたいところだけど、それどころではなさそうだからこの攻防はここまで、と言うことで」

「……」

「な、なんで、お前が!?」

「……それはこちらのセリフだけどね」

 たった今、第二分団長であるエフィムに寝かされた男、ソロン・グローリーは何とも言えぬ表情で立ち上がり、かつて同じ学び舎にいた学友を見据える。

「パンクラチオンを学びに来た」

「理由は?」

「……たぶん、お前さんと同じだよ」

「ほう」

 愚問だった、とソロンは苦笑する。喉元過ぎれば驚くまでもないこと。ログレスで一年、自分と張り合い続けた男である。

 自分と同じ答えに辿り着いてもおかしくはないだろう。

「ここが本命じゃない奴は帰れ!」

 意識を取り戻したミラ。早速挨拶代わりのディスをかます。

「そーだそーだ!」

「よく言った! クルス信者!」

「任せてください!」

 ミラと彼女らの一つ下、クルス・リンザールの自称弟分であるボッツ君が二人に口撃するも、特に効いた様子はない。聞いた様子すらない。

「手紙、届いているよ。実力者は大歓迎だ。共に技を磨こう、ディン君」

「よろしくお願いします!」

 ゼロの、水の攻略法。それは彼らの引き出しにはなかった。ならば、其処を漁っても仕方がない。新しい視点がいる。新しい技術がいる。

 無論、理屈もある。まず、あの水は動きによって生み出されている。当たり前だが、肉体が固定されているのなら、それはただの肉と骨の集合体。

 そう、動きを止め、固定してしまえばいい。

 遠間ではするりと抜ける水も、無手の距離ならば幾分か捕まえられる余地がある。掴み、組めば、水と化した魔法は解ける。

 超接近戦、彼『ら』が見出した攻略法。

 何でもあり、形にこだわらずに、水を、ゼロを潰す。

 そのためのクゥラーク、そのためのパンクラチオン。

 そしてディンにとって僥倖であったのは――

(ありがてえ。どっちか迷っていたんだ。トラウマか、親友の背中か、どっちも重要だけど、俺は明日を取った。そうしたら、はは、昨日も釣れたぜ!)

 同じ考えをソロンが抱き、自らと同じ場所にいるということ。これ以上はない。最高の夏になるとディンは挑戦的な笑みを浮かべる。

 ソロンは一息ついてから、仮面を被り直し、

「よろしく、ディン。再会できて嬉しいよ」

 心にもないことを言った。


     ○


 クルスと騎士団との情報共有。実際、仕事に就くのは王都に戻ってからとなるが、それは形式上の話。出来るだけ早く、出来るだけ多くの情報を共有し、団に対する理解と仕事に対する理解を深める必要がある。

 これはクルスとしても望むところであった。

(イリオス、アカイア、テウクロイ、この三国間に渡る外遊。遠交近攻、後者はさておき、遠くの国と交流を深めるのは昨今のトレンドだ。列車網の拡充、素早く大量の荷を遠方へ送ることが可能となったから)

 イリオス、アカイア、テウクロイはどの国もそれなりに離れている。すべて陸路、客車は乗り継ぎを含めたらどの国から、どの国へ移動するにも、数日は擁することになるだろう。ちなみに貨物車は夜中に直行便があるため、客車よりもかなり早く目的地に到達できるのだが、これは完全に余談である。

「列車の編成はどうなっておりますか?」

「通常の八両編成、姫様は全行程、先頭車両を貸切る手筈となっております」

「なるほど。警備は唯一の出入り口で固めるわけですね」

「そうなります」

 先頭車両であれば前は停車時を除き運転手のみに注意を払えばいい。後ろに蓋をしてしまえば、比較的容易に安全は確保できるだろう。

「自分は遊撃として全車両を定期的に見回りたいのですが」

「その必要はない! 貴様は此度、姫様の御付きなのだぞ。その任を放棄してどうする? スタンドプレーは慎め!」

 クルスの提案を一蹴するのは、先日からずっとクルスへ敵意を向けている騎士であった。ただ、ここはクルスも譲れない。

 その様子を見て、

「見回りの理由は?」

「昨今、魔導兵器の性能向上により、列車内部から線路ごと爆破しもろとも破壊するケースが出てきました。人は出入り口の封鎖で防げますが、盤面全てをひっくり返される可能性もあります」

「そのような話、聞いてことがない!」

「ううむ、私も聞いたことがないなぁ」

 副団長であるマリウスもそれに同調するが、

「ですが、可能不可能で言えば、可能だと思います。それにどうにも、具体的な事例もクルス君の頭にはある様子。ユニオン絡みの情報封鎖でしょうかね」

 ユルゲンは逆にクルスを立てる。

「なるほど。そういう事件があったと広まれば模倣する者が出てくる。魔導兵器による自爆、やりようによっては、一般人が騎士を殺害することも可能、か。ユニオンがもみ消しに動くのも無理はなかろう。ただ――」

 それを聞きマリウスもクルスに偏るも、

「ええ。クルス君はやはり姫様の護衛に徹してください。御付きの騎士とはそういう役割です。その役回りは私たちが受け持ちましょう」

 クルス側であったユルゲンと共にクルスが動くことに関しては否定の立場を取る。クルスとしても、其処への警戒を割いてくれるのなら異論はない。

「承知しました」

 彼らの仕事にどれだけ信頼が置けるか、は別だが。

「他に何か気になる点はありますか?」

「テウクロイでは――」

 こうして少しずつ情報を、やり方を共有していく。仕事とは実行前に全て段取りが整っているべきであり、その上で必ずと言ってもいいほどに発生するイレギュラーに、どれだけ上手く対応できるかが仕事の手腕となる。

「……ちっ」

 ここでも第七での経験が活きる。アドリブで動ける人材を揃えながらも、段取りに関しては鉄の如くがっちり固める。

 それがクロイツェルの流儀である。


     ○


 外遊対策会議は夜までぶっ通しであった。クルスもそうだがユルゲンも細かいところまで詰めておきたいタイプらしく、マリウスの「この辺にしておこう」と言う提案を五回も蹴り飛ばしていた。

 アスガルド卒は似るのかもしれない。

 とクルスは一瞬思ったが、

『ぶっ殺すわよ!』

 段取りとか蹴り飛ばしそうな人物を思い浮かべ、それはないなと一人微笑む。

 そんな姿を、

「ご機嫌クルス」

「……ちょっと思い出し笑いをしただけだ」

 廊下の角でカバンに様々なものを詰め込んでいたイールファナに見られてしまった。普通の相手なら気づけるのだが、彼女は気配を消しがちなので、捕捉し切れなかったのだ。この特性はイールファスも持っている。

「お疲れ様」

「どこかへ出かけるのか?」

「学会。面倒だけど、論文の発表がある」

「そちらもお疲れ様だな」

「そう。お疲れ。先々を見通した結果の気疲れだけど」

「茶でも淹れようか?」

「私は茶には一家言ある。クルスの上達を見てあげる」

「そりゃあどうも。ご指導お願いします」

「うむ」

 クルスは苦笑しながら魔導学における自らの師でもある大先生、イールファナを彼女の部屋までエスコートする。

 茶をしばき、たまには世間話でも、と。

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