第213話:ちょうちょランドにて

「……待機、ですか?」

 イリオス王国騎士団窓口へ、依頼を受ける旨を伝えに行くと、姫様との顔合わせまでは指定の場所で待機していてほしい、と返され立ち尽くす。

 護衛対象との顔合わせも大事だが、クルスとしては先んじて味方の戦力を確認したり、アスガルドとイリオスの騎士団における考え方、やり方のすり合わせなど、やるべきことは山のようにある。

 万全を期す。魔導革命の悪しき一面である一般人でも騎士を殺傷し得る武器の数々は決して油断ならない。それは昨年の夏、嫌と言うほど味わった。

 騎士剣など可愛いもの。

 それらすべてに対策を打つのなら、入念な打ち合わせな事前準備が必要となる。もっと言えばそれなりの人手もかけねばならない。

「ええ。大変申し訳ございません。宿泊先は用意してございますので」

「……承知しました」

 クルスとしてはふざけるな、と言う気持ちであったが、先方がそう指示してきた以上、ここでごねても仕方がない。

 外遊の予定すら把握しておらず、当たり前だが各方面への顔見せも済んでいない自分にそれが周知されることもないだろう。

 お客様扱い。仕事の段取りは自分たちで決める、学生は指示された通りに動けばいい。そういう声が対応の裏から聞こえてくるようであった。

 仕方がない。新顔の自分に全てを任されるなどと、其処まで甘い考えをクルスとて抱いていたわけではない。

(まあいいさ。仕事で見返してやる)

 まずは用意された仕事をこなし信頼を勝ち取る。その上で、少しずつ主導権を奪えばいい。今はこの扱いも甘んじて受けよう。

(それにしても……少し王都から離れているな。ここ)

 窓口で指定された宿舎は王都にはなかった。あえて離す意味はよく分からないが、もしかしたら任務にかかわることかもしれない。

 ゆえにここは指示通り動くのみ。

(イリオスの地名か。よく考えたら、ゲリンゼルと隣の村ぐらいしか知らないな、俺は。くく、で、ここはなんて場所……ん?)

 クルス、書類に記載された地図と住所を見つめる。

 其処には、ディクテオン領、と記載があった。

「……あの、女ァ」

 まさかアマルティアに政治が出来るとは思わなかったが、いくらなんでもこれを偶然で済ませることなどできない。彼女の手が回っている。

 そう考えるのが自然である。


     ○


「だから濡れ衣ですぅ!」

「嘘つけ。だったら何をどうしたら俺が王都から離れた僻地に宿を取られなきゃいけないんだよ。おかしいだろ」

「ディクテオンは僻地じゃありませーん。王都と近所でーす」

「何処が?」

「ここが! それに、ゲリンゼル出身の人に言われたくないです」

「おま、ゲリンゼルのこと知りもしなかった奴に言われたくねえなぁ」

「え、じゃあマスターはディクテオンのこと知っていましたか?」

「ぬっ」

 ああ言えばこう言う。ディクテオン領に入り、宿で待機した一日後にはアマルティアらが嗅ぎつけて宿に現れ、そのまま屋敷へ連行された。

 この事実だけでもクロでしかない。

「だから、御父様がソフィーのお付きの騎士なら其処に泊まっているって教えてくれたんです。私は何も知りません!」

「なんでアマルティアの御父上が俺のことを知っているんだよ」

「私が聞きたいです」

 しかし、話は平行線、水掛け論となる。そろそろ認めてもいいだろ怒らないから、とクルスは思っているのだが、アマルティアは頑としてそれを認めない。

 何事も白黒はっきりしたい性質のクルス。

 攻め手を変えてみるか、と少ししか歩いていないのに夏の暑さに中てられた様子のイールファナに視線を移すが、多分今の彼女からは何も出てこない。

 うわ言のように「日の射さない場所へ帰りたい」とつぶやいているから。

 まだ外へ出て数分も経っていないのだが――

「ふふ、お二人は仲がよろしいのですね」

「さっきまではね!」

「ただの学友ですよ」

「んんッ!」

 真っ赤に頬を膨らませた怒りのアマルティア。それを見てもう一人の少女は玉のように笑みを浮かべて微笑む。

「こんなアマルティア初めて見ました」

「秘密の場所教えたくなくなってきた!」

「まあまあ」

(別に全然知りたくないけどな)

「むっ!?」

「何も言ってないぞ」

「何か顔に書いてありますけど?」

「気のせいだろ」

「むぅ」

 そんなやり取りを重ねながら、

(本当にアマルティアの差し金じゃないのか)

 少しムキになった部分もあったが、さすがにここまで彼女が否定しているのは少々気にかかるものがあった。よくクルスの出した宿題をちょうちょに夢中で忘れてしまった時、彼女は幾度となく嘘をついてきた。

 バレッバレの。

 その時に比べ、秘匿しているとすれば明らかに口が堅い。

 強請っても何も出てこないのはさすがに妙な話。

(それに気にかかる部分もある)

 ディクテオン領に入る時、それとこの屋敷の周囲にもやたら騎士がいた、と言う部分。門番であったり、地域を巡回しているあからさまなのは単なる日常の業務と思えるが、そうではなく一般人やメイド、庭師などに変装している者もいる。

 騎士とそうでない者、姿勢を見ればなんとなくわかる。現役かそうでないかもそう。あとは視線の動き、こちらを窺うような視線なども怪しい。

(国有数の穀倉地帯を抱える大領主、ディクテオン家ならこれぐらい普通なのかもしれないが、もしこれが普通の状況ではない場合――)

 クルスはもう一人、アマルティアの『お友達』に視線を向ける。

 ムスッとするアマルティアをなだめる彼女。何度見ても既視感があり、思い返せばダンスパーティの子に顔立ちは似ている。雰囲気は全然異なるが。

 なぜか既視感と記憶が噛み合わぬのはどういうことだろうか。

(一応、そういう可能性は考慮に入れておくか。どちらにせよ、このお嬢様のお友達だ。どう転んでも名門のご息女には違いない)

 周囲をそれとなく警戒しながら、いつでも全員を守れる位置取りをする。彼らが守り手ならばいい。杞憂で済む。

 だが、あの中にそうでない者が紛れていた場合、少し備えも必要であろう。


     ○


「自慢のちょうちょランドでっす!」

 灼熱の温室、と思いきや室内にすら普及し切っていない冷房を完備した年中一定の気温を保つ空間に、色とりどりの花が咲き誇り、多種多様な蝶が舞い踊る。

 ミズガルズ中から集めたちょうちょをここで放し飼いにしているらしい。と言うか彼女曰く、ここは虫かごなのだとか。

 ちなみにこのハウス内、リンザールの家が四つは入る。実家はアマルティアにとっての虫かご、の四分の一。哀しくなる。

「ここを見学した後はちょうちょ山に行きますよ。険しい旅になります。ここでしっかり涼を取り、山へ攻め込みましょう!」

「おー」

 維持費だけでいくらかかるのか、クルスは想像もしたくないと息を呑む。

 イールファナは――

「ふひー」

 息を吐きながら冷房の前に陣取っていた。先ほどまでダントツ最後尾であったくせに、ここに来た瞬間加速したのだろう。

 この辺の動きはイールファスっぽい。

「あらあら、男前じゃない」

「男はもちっとふっくらしている方が貫録が出ますぞ」

「あら、スマートな方が良いわよ」

 温室の奥から作業着を着た男女二人のおじさん、おばさんが現れた。庭師にしては気安いな、とクルスが反応に困っていると、

「あ、申し遅れました。私、アマルティアの父です」

「母ですぅ」

「へ!?」

 一瞬、刹那をも見切るクルスの判断力が鈍った。それもそのはず、イリオス有数の穀倉地帯を持つだけではなく、領地の大きさ自体も王の直轄地に次ぐ規模。この国の貴族の頂点とも言える人物が、目の前で作業着を土まみれにしているのだ。

 混乱もする。

 とは言え、

「これは失礼を。アスガルド王立学園騎士科五学年、クルス・リンザールと申します。ご息女のアマルティア様には日頃よくして頂いておりまして――」

 妙な間こそ出来てしまったが、しっかり立て直して騎士らしく振舞う様は、さすが名門騎士学校の学生である。

 これでも四学年、五学年ともにマナー関連も好成績を収めている。

「さっき濡れ衣着せられましたけどねー」

「「濡れ衣?」」

(ちょ、てめ、ふざけんな。俺を陥れる気か、おい!)

 リカバリーが全部ぶっ飛びかねない発言にクルスは焦る。直接のかかわりはなく、今の自分が不興を買ったとて直接何か不利益があるわけでもないだろうが、金持ちの横のつながりは馬鹿にならないし、何が起きてもおかしくはない。

 こんなところで下手を打つなど――

「まあよくわからないけどよろしくお願いします。変わった子ですが、こう見えて根はやさしい子でして」

「そうなのよ。変わり者だけど優しさならあれよ、たぶん凄いから」

(褒めどころそこしかないのか)

「えへへ。もう、恥ずかしいですぅ」

(そして、それで照れるのかよ。おめでたいな、頭が)

「よかったですね、アマルティア」

(こっちもか)

 父母、あとついでに友達揃ってお花畑なのが良くわかる一幕であった。

「ところでクルス君。つかぬことを聞きますがね」

「何でしょうか?」

「婚約者などはおられますかな?」

 二人と冷房の下で涼む一人が反応する。

「いえ、その、お恥ずかしながら、私は高貴な家の生まれではありませんので、婚約者などと大それた話には縁がなく」

「んまっ、それならうちの娘はどうかしら?」

「ママ、それ名案!」

「今ならおうちと領地も付けちゃう」

「お買い得ですぞ」

(何言ってんだ、このおっさんとおばさんは)

 たった今、高貴な生まれではないと言ったばかりなのに、娘を自分に売り込んできた。自分が有望な学生だからか。いや、それにしても――

「えへへ」

(お前はもちっと否定しろよ。貧農の次男坊に売りつけられてんだぞ!?)

 貴族と言えばフレイヤやデリング、それに貴族科のお高く留まった連中が思い浮かんでしまうため、こんな低姿勢で来られると対処が出来ない。

 本当にヴァナディースと同じ貴族なのか、と思ってしまう。

 それぐらいおおらかであった。

「こほん、ディクテオン殿」

「あ、姫さ、いえ、アマルティアのお友達様」

(……やはり、そういうことか)

「……」

 秘密の大作戦が潰れ、姫様は愕然としていた。アマルティア父「あちゃ」と頭をぺちっと叩き、反省の姿勢を見せる。

 これが反省の姿勢かどうかは諸説ある。

「あーあ、やっちゃった」

 イールファナ、ため息。

「んもー、内緒だったのにぃ。マスター、今の聞かなかったことになる?」

「命令ならば忘れますが」

「なんで敬語? いつもはもっと師匠風を吹かせて――」

「いつも通りデスよね?」

 気迫でアマルティアを黙らせ、何とも言えぬ空気が満ちた見た目だけ楽園の地獄にてクルスは考え込む。自分は試されていたのかもしれない。服装、雰囲気、王女がこんな格好で、こんな場所にいるわけがない。

(さて……どうすべきか)

 勘付いた時点で平伏し、再会の挨拶をするべきだったのかもしれない。あまりにも雰囲気が違い過ぎたため確信が持てず、例え確信があったとしても相手が隠したい可能性を考慮していればおいそれと聞くわけにもいかなかった。

 何を求められているのか。どのような振る舞いが正解か。

「申し訳ございません。確信が持てずご挨拶が遅れてしまいました。これまでの無礼をお許しください」

 瞬時に判断し、クルスはひざを折り恭しく頭を下げた。

 その様子を見て、

「……あっ」

 何故かアマルティアのお友達、ソフィア・イル・イリオスは少し悲しげな表情を浮かべていた。が、クルスは頭を下げているので見えていない。

 イールファナとアマルティアだけはお前のせいだ、とばかりにやらかしおじさんを睨んでいた。ついでに妻も同じ視線を向ける。

 形勢悪し、と見たやらかしおじさん。

「あ、用事を思い出しましたぞ。これにて失敬」

 下手な言い訳と共に逃げた。

 これで大貴族の当主なのだからこの国の行く末が心配になる。

「ねえねえ、マスター」

「……」

「無視しないでくださーい」

(空気を読んでくれ。クソ、察したタイミングで挨拶すべきだったか? だが、そうすると隠したい場合が……しかし、それでも一度お会いしている以上、気づくとしたらこちらからであるべき。声掛けもそう)

 一旦見に回ったことが裏目に出た。立ち回りを決めるのは様子を窺ってから、その悠長さを咎められてしまったのかもしれない。

 クロイツェルがいれば呆れて罵声を浴びせられていることだろう。

 察しが悪い。頭が悪い。などなど。

「クルス。王女様はここに友達と遊びに来ただけ。他意はない」

「……ファナ」

「遊びに来たのに堅苦しいと、それはとても不本意だと思う。ここは無礼講が良い。私たちは同世代、一緒に遊ぶが吉」

「んま! 素晴らしいわ、ファナちゃん」

「どもども」

 アマルティア母に褒められ、満更でもない様子のイールファナ。この女、とりあえず褒めたり飴をやれば機嫌が良くなるちょろい性質を持つ。

「ねえねえ、なんでファナちゃんには反応したのに私には反応してくれないんですか? 差別ですか?」

「……」

「あの、クルス様」

「はっ」

「彼女の言う通りに振舞っていただくことは出来ないでしょうか? その、帰郷した友人に会いに来ただけなのです。今年は私が外に出ますので」

「そういうことでしたら」

「ありがとうございます」

 笑顔のソフィア、そして偶然彼女の近くを通りがかった大きなちょうちょ。一人と一頭、その重なりになぜか既視感が――

「ねえねえ」

「……」

「ねえねえねえねえねえ」

「……ソフィア様」

「少し、その、堅過ぎます」

「では、ソフィアさん」

「はい、なんでしょう?」

「お友達を少しお借りしたいのですが」

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 ねえねえと耳元で大騒ぎする王女様のお友達、その服を皆から見えない位置でひっつかみ、そのまま有無を言わさずに引っ張っていく。

 そして死角に入り、

「さあ、話し合おうか。ソフィアさんのお友達君」

「ひえっ。ま、マスター、眼が怖いですよぉ」

 『話し合い』が始まった。

 その様子を尻目に、

「ふぁ、ファナさん。これはもう、私もクルスさんと呼んでもいいのでしょうか?」

「クルスで良いと思う」

「よ、呼び捨て!? そ、それはまだ早いのでは?」

「私、最初から呼び捨てだった」

「す、すごいです。コミュニケーションの達人なのですね」

「ふふん、それほどでもない」

 呼び捨てどころかサル呼ばわりだったし、そもそも彼女の呼び捨ては距離を縮めるためのものではなく、ただ単に敬称をつけるのが面倒くさいだけなのだが。

 それでも褒められたらとりあえず乗っかる。

 これがイールファナ・エリュシオンの流儀である。

 そんな皆の様子を見て、

「青春ねえ」

 アマルティア母、ほっこりと微笑む。あとついでに貰い手が見つからない、変わり者の娘を上手く御してくれそうなクルスへのポイントが加算される。

 あの子が貰ってくれたら安心できるのになぁ、と母は思う。

 今まで幾度お見合いが破談になったことか。あれでアマルティア、結構わがままと言うか、心に決めた相手でもいるのか全部蹴っ飛ばしてきている。

 特にここ二年はもう、かなり頑なであった。

 その理由を母は少しだけ察してしまったのだが、これ以上は野暮なので母もまたこっそりと退散する。口の軽いおやじを折檻せねばならないから――

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