第211話:凱旋帰国
行きの熱量も凄まじかったが、帰りの熱量は想像を絶するものであった。船旅を経て、アスガルドへ戻ってきた彼らを出迎えたのはなんと王家を含めた騎士団総出の大歓迎であった。もちろん民衆も周囲で歓声を上げている。
「テュール先輩たちの代、十何年も優勝から遠ざかるとこうなるわけだ」
「……」
出発時はイールファス、フレイヤのおまけでしかなかった自分への歓声が一番大きい。そのことにクルスは驚愕を浮かべていた。
多くの、名も知れぬ者たちの視線が自分に突き立つ。
声が心に突き刺さる。
何故だろうか。クルスは彼らのことを知らない。彼らもクルスのことなどよく知りもしないだろう。それでも、いや、だからこそ――
「大義であった、英雄たちよ!」
王から言葉を賜り、彼らは学生にして騎士として最高の栄誉を手にした。
御三家、最古(諸説あり)の騎士を養成する学び舎として栄光を驀進していたアスガルドであったからこそ、これだけ長く栄光から遠ざかったことはなかった。
栄冠を奪還するならこの世代しかない。
だが、ライバルもまた強大。御三家が仲良く三強を分けた時点で、この世代にも絶対と言える要素はなかったのだ。
そう、もう一つの星が生まれるまでは。
「見事な戦いぶりでした。素人ながら、胸躍る景色でしたよ」
姫の言葉、
「歴代最強の代として長く語り継がれることとなろう。卿らはアスガルドの誇りだ」
騎士団長の言葉、
「凄かったぞ!」
「ありがとー!」
「いよ、最強の黄金世代!」
民の言葉。
降り注ぐ賛辞の嵐。ゲリンゼルではほとんど褒められることなく、最後の方は異質な存在として空気扱いだった。いないものとして扱われた。
そんな自分が今、これだけ大勢の人に認知してもらっている。
「嬉しそうだね」
「小市民だからな。お前ほど褒められ慣れしてないんだよ」
「ふーん」
くだらないモノを見つめるような表情のイールファス。ファナで鍛えられた自分だから見抜けるが、何をそう露骨に嫌がるのかが理解できない。
自分の努力を、過程を知らぬ者たちの言葉。
確かに軽い。
知る者の言葉に比べたら感動は少ない。
でも、これだけ多いのだ。ちりも積もれば、クルスにはそう思える。
悪くない気分であった。
「わたくしも好きですわよ、褒められることは」
「減るものじゃないしな」
「ええ」
得しかない。どう考えたって、見知らぬ他人の評価はある意味でフラットなのだ。公平に、平等に、世界から見た自分の価値を教えてくれる。
だから、クルスはこの景色のことが好きであった。
空虚な己を、外側から形作ってくれる。そんな気もしたから。
○
とは言え――
「死ねェエ!」
「……はぁ」
知る者たちからの称賛は別格。と思っていたのに列車から降りた瞬間、ホームに潜んでいた謎の、旧知の仲であるアサシンが襲い来る。
挨拶代わりの拳、容赦なく顔面に向けられたそれをクルスは顔の動きだけで流し、その威力と共に彼自身回転して、受け取った力を乗せた拳を打ち込む。
「ぐぬっ」
その拳を寸止めし、
「悪いな、ミラ」
勝ち誇るクルス。その顔を見て謎のアサシンことミラは全力で顔を歪めていた。
「拳でも俺の勝ちだ」
「はン、今だけ今だけ」
最高に彼女らしい手荒い歓迎を受け、クルスとフレイヤは苦笑するしかない。イールファスはよそ見し、何処か彼方を見つめていた。
「一応、ご苦労とだけ言っとくわ」
「どうも」
相変わらずの彼女の態度に軽く笑ったあと、駅のホームから出た瞬間、
「おめでとうッ!」
「……っ」
学生全員がいるのではないかと思うほどの大歓迎。規模はアースの港の方がずっと凄かったが、やはり既知の、第二の故郷である学園の声は別格であった。
「クルス! 祝勝会やるぞ、おい」
「おごりな」
「任せとけ!」
いの一番に駆け寄ってきたアンディがクルスに声掛けした後、了承を得ることなくいきなり抱き上げ、肩車をした。
「よっ、四強様!」
「なんでミラがそっち側にいるんだ?」
「ありがとう。これで俺は胸を張ってあのクルス・リンザールに勝ったことがありますって就活で言える」
「私も言える」
「俺も」
「……もっと志高く持てよ」
五学年の皆が勢いよく飛び出して、アンディが担ぐクルスを囲む。さすがにこの帰還を、自分たちの代表が戻ってきたこの瞬間を、他の学年に譲る気はない。
そんな中、
「「おめでとう」」
二人の声がクルスに届く。
その主たちは、
「期待に応えてくれたな」
「すぐ追いつくから待っとけよ」
ほんの少し悔しそうな、その上で祝福する笑みを浮かべていた。
それを見て、
「ようやく抜いたんだ。しばらくは上の立場を満喫させてもらうさ」
クルスはようやく実感を得た。
自分よりも強かった二人、彼らの言葉ほど自信になることはない。自分なりの確信はあれど、自信をもって、胸を張って、そう心の底から思えたのは今かもしれない。
自分はディンの、デリングの、そしてテラや対抗戦で勝利した者たちの上に立つ。その実感を、今更飲み込むことが出来た、そんな気がした。
「にゃろう」
「ふふ、生意気な」
アンディの肩にまたがるクルスを二人が笑みをもって襲う。それと同時に他の五学年も突っ込んできて、めちゃくちゃになった。
そして気づけば、
「おい、いい加減にっ」
「ッショォイ!」
クルス、宙を舞う。しかも連続で。
フレイヤも女性陣にもみくちゃにされながら天高くぶん投げられていた。
唯一、
「……」
こっそりと逃げようとしたイールファスであったが、
「コミュニケーションは大事」
「む」
双子の壁が立ちはだかる。
そして、
「むぅ」
顔をしかめながら後輩たちの手により、イールファスもまた天に舞った。
何故かミラも投げられる側にいた。これは本当に謎である。
○
アンディ主催の祝勝会、すでに五学年は全員強制参加となっており、魔法科や貴族科の皆も参加すると言うのだから一大イベントである。
ただ、その前に――
「騎士科五学年、クルスです」
「どうぞ」
「失礼します」
先に用を済ませねばならない。
ゆえにクルスは今、騎士科教頭であるテュールの部屋に来ていた。もみくちゃにされた後、彼から声をかけられていたのだ。
夏のことで少し話がある、と。
「……マスター・クロイツェルは?」
「彼なら入れ替わりで大陸に戻ったよ。私の話で申し訳ないね」
「いえ、そんなつもりは」
てっきりクロイツェルが同席し、今後の予定を詰めるものだと思っていた。自らの有用性は対抗戦で示した。元々、チームワークに関しては以前より使えることを示している。なら、もう成長のため心的な負荷をかける必要などない。
自分を使い倒した方が得、そうクルスは考えていた。
あの男ならそうするはずだ、と。
しかし、残念ながらクルスの視点、それが届かぬところでクルスを重用するわけにはいかない理由が出来ていた。
彼はクロイツェルの当初の予定から大きくズレ、有用性を示し過ぎた。
ユニオン騎士団はクルスを認知し、御法度である人材の引き抜きを思わせる行為は難しい。と言うよりもやってもマイナスにしか働かない、が正しいか。
「早速だが、君宛にこれだけ多くのオファーが来ている。中には書面では遅い、とばかりに通信機の方で、口頭でのオファーもあったよ」
「光栄です。ですが、自分は――」
「今更入る気のない団に期待を持たせる気はない?」
「……そうなります」
「あはは、それでいい。自分を安売りする必要は微塵もない。正直、オファーを出した大半の騎士団は、君を獲得できるなど思っていない。万が一狙いだ」
「なるほど」
だが、テュールは大量のオファーの中で一枚だけ、書類を残した。
「この団もそう。万が一君を獲得出来たらラッキー、そう思っていることだろう」
「……その団に関しては万が一もないですよ」
クルスはその書類に記載された騎士団名に目を細めた。ゼロに戻り、故郷への嫌悪感は幾分消えた。とは言え、戻りたいかと言えばそんなことはない。
あくまで進む先は前、後ろに、過去に興味はない。
「イリオス王国、故郷への凱旋に興味はない、と?」
「微塵も」
「辛辣だね。でも、私『たち』はこのオファーを推す」
「……たち?」
「それが誰を指すかは君の想像に任せよう」
「……」
クルスは改めてその書面に目を通す。あの男が肯定したとすれば、普通の案件ではないはずなのだ。今更普通の、駅弁と揶揄される育成機関しか抱えていない国の騎士団にかかわっても、それは遠回りでしかないはずだから。
だから――
「……これは」
「そう、このオファーは極めて特殊だ」
イリオス王立騎士団への体験入団、これは普通のオファーである。
問題は仕事内容。
「外遊に赴くイリオス王家、王女ソフィア・イル・イリオス殿下の護衛」
「王女付きの、騎士、ですか」
「これは陛下に、王家のホットラインを通して伝えられた内々の話だが……今回の件、外遊とは名ばかりの規制緩和に向けた外交となる。王女からすれば初めての、王家としての仕事だ。当然失敗は許されない」
「規制緩和、緩和する側は?」
「三国が絡み、そしてその三国とも品目が異なる輸出品の規制緩和と成る。状況、理解したかね?」
「イエス・マスター。全て敵、と言うことですか」
「その通り。誰かが富むと言うことは、誰かが貧すると言うこと。三方、得をする業界あらば、三方損をする業界もある。敵は多い。危険も大きい」
クルスは仕事の内容を聞き、小さく笑みを浮かべた。
まだ細かく確認したわけではない。杞憂、平和に、何事もなく終わる可能性もある。ただ、同時にフィンブルを含めた世界の裏側を見た経験が告げる。
必ず、何かが起きると。
「期待されているのは即戦力だ。学生気分では困る。だから、イリオスは自国の育成機関に、いや、騎士団にもいない優秀な人材である君へオファーを出した。そして、私たち学園は君だからこそ、この話を通す判断をした」
「ご期待に応えます。イリオス、アスガルド双方の」
「一足早いがおめでとう。これは間違いなく、君の騎士としての初仕事となる」
「確かに、『騎士』としては初めてですね」
従者として騎士の仕事を手伝いしたことはあれど、騎士として仕事をするのは初めて。しかも今回、クロイツェルはいない。優秀な騎士であるアントンらのような戦力も、対抗戦でのイリオスを見る限り望み薄。
自分が一番上、その気概で臨まねばならない。
「学園、いや、アスガルドとイリオスの関係性にとっても重要な仕事となる。君の働きに期待する。クルス・リンザール」
「イエス・マスター」
この任務、イリオスやアスガルド、学園には悪いが、クルスにとっては荒れるほどに美味しい状況となる。任務が困難であればあるほど、それを達成した際の評価は高くなるだろう。学生でこんな経験をするもの自体が稀。
その上に完璧にこなしたなら――
(四つ目、自力で獲れるかもしれない)
すでに空前絶後の三つの『オファー』、四つ目はない。ただ追いついた程度では、しかもたった一戦、土をつけた程度ではこれ以上の例外は起きない。
まだ、対外的な評価は積み重ねがある分ソロンたちの方が上なのだから。
しかし、これで評価の上でも捲ることが出来るかもしれない。そうすればおのずとユニオンも出すしかなくなるだろう。
四つ目の『オファー』を。
そうすれば、隊を選ぶ権利をクルスも得ることとなる。
(剣を構えると清涼感すら覚えるほどなのに、剣を提げている時は相変わらず暑苦しいほど野心家だね。まあ、それは組織人として間違いなくプラスだよ)
テュールはクルスの様子を見て苦笑する。しかし、本当に太いものを持つ子だな、と彼は感心していた。しかも偶然ではない。しっかりと指名されるに足る実力と、理由を作っていたのだから、世の中何が奏功するのかわからない。
凡庸な器に非凡な経験。それを体現するかのようにまた、彼の身に特別な経験がやってきた。ずっと前に、記憶を失いながらもまいた種が花開いたのだ。
これが吉と出るか凶と出るか、これこそ神のみぞ知る、だろう。
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