第210話:明日を語れ

 観客からの大歓声が降り注ぐ中、王者アスガルドの面々は粛々と彼らの祝福を受けていた。三名とも喜びを表に出さず、ただ皆の声に応え時折手を掲げるのみ。

 そもそも戦っている自分たちが一番よくわかっているのだ。ログレスと言う山を越えた時点で、自分たちの優勝がほぼ確定したことは。

 今のクルスとイールファスを抱え、さらに三番手であるフレイヤすら他校からすれば圧倒的な実力者であるのだ。

 だから大仰に喜ぶことはしない。

「アスガルドが圧倒的な優勝を飾ってくれたことで我々は救われたわけだ。ほっと一息つけるね。そう思わないかい、アスラク」

「負けは負けだ。外野の意見など気にならん。それに救われたのは我々ではなく、貴様のことだろう、ソロン」

「辛辣だね」

 大観衆が見守る舞台上で祝福される優勝者を眺め、敗れた者たちは拍手をしていた。力いっぱいする者もいれば、彼らのように建前でしている者もいる。

 既定路線、実力者ほどこの結果は見え透いていた。

 当事者である優勝者たちの喉元を、とうの昔に喜びが過ぎ去った後であるのと同じように、もはやあるのは優勝したという結果だけ。

 メガラニカも奮戦したが、結果は2-0。それが全て。

 レムリア、ログレス以外の対戦校全てがイールファスを引き出すことなく終わっている。そんな彼らですら、イールファス相手は全て捨て石である。

 それが結果。

 喜ぶまでもない。驚くこともない。

 優勝すべく、彼らは優勝しただけのこと。

「……何故、リュリュを止めなかった?」

「自ら剣を置かんとする者を止める必要が?」

「才能がある。実力もある。あの男一人でどれだけの命が救えると――」

「理由がない。熱意がない。彼ひとりいなくとも世界は回る。俺たちですら、現場に出てしまえばただ一人の騎士でしかない。代わりなどいくらでもいる」

「……」

 リュリュ・ラテュは騎士団の内定を持ち、卒業を一年後に控えた今、先生に退学する旨を伝えていた。

 理由は、騎士になる理由が最後まで見つからなかった、と。

 先生、アスラクは止めたがソロンは止めなかった。まあ、彼が止めたところでリュリュの決意が鈍ったとも思えないが。

「全てはここからだ。学生は準備期間でしかない」

「……それは、そうだが」

「もう皆前を向いているよ。あそこで手を振る彼らも、敗れた俺たちも、結果とはつまり過去。固執するようなものじゃない」

 対抗戦、今この時までは学生の中での勝負。しかしここから先、就活も含めてこれからは本当の意味でも、騎士としての勝負が始まる。

 学生時代のトロフィーなど何の意味もない。

 彼らもそれはわかっている。もちろん、就活においてそれは大きな意味を持つが、それとてスタートラインでしか輝かぬもの。

 真の競争はここからなのだ。

 彼らは騎士になるため、これまでの時を過ごしてきたのだから。

「……それは勝った方が言うから格好よく聞こえるものだぞ」

「はは、負け惜しみに聞こえるかな?」

「ああ」

「気をつけないとなぁ。もう、俺は挑戦者なのだから」

 ソロンは嬉しそうにクルスのみを見つめる。隣の二人が邪魔だが、それは今だけの話。それに隣は興味がないのだ。

 抜きつ抜かれつ、彼の前後にしか興味はない。

「あくまでリンザールなんだな」

「ん? ああ、イールファスは嫌いでね」

「さっきの試合、もう一人も化けていたように見えたが?」

 アスラクの言葉を聞き、

「はははは」

 ソロンは笑う。少し、小馬鹿にしたように。

「追いつこう、と追い抜こうじゃ天地の差がある。結局彼女はノアと同じ、動機が不純なんだよ。俺のように、純粋じゃないと」

 敵じゃない。眼中にすらないと男は鼻で笑う。

 そういう反応は少し、珍しいとアスラクは思う。ノアにしてもそう。彼は徹底して興味なさそうに振舞うが、目の端にはいつも捉えてはいる。

 その視線がどういうものなのか、アスラクには見当もつかないが。

 自分たちに向けるものとは少し違うことぐらいわかる。

「クルス・リンザールは抜き去った者に興味を持たない。素晴らしいね、あのドライさは。だからまず……抜き返すとしようか」

 水の如し、ゼロ・シルトの攻略は簡単ではない。簡単なら、ソロンの修正力をもってすれば戦闘中に攻略できたはず。

 少なくとも今の手札では不可能。

 しかし、彼が一人の人間であることもまた事実。

 人は水ではない。

 ゆえに穴はある。必ず存在する。

「嗚呼、楽しいなァ」

 試行錯誤、思索の日々が来た。挑戦者ソロン・グローリーは満面の笑みを浮かべ、一歩先を歩む好敵手の背中を見つめる。

 熱を帯びた視線で。

 その他は、眼中にもない。欲しいものを見つめる子どものような眼であった。


     ○


 表彰、閉会式を終え、各種儀礼的なものも順番にこなしていく。

 新聞や雑誌の写真撮影も数え切れぬほど。

 例年ならば案外ササっと終わるものであるが、今年は色々と特別であり各国メディアもこぞって取り上げていた。

 中心には――

「……」

「イリオス出身とのことですが何故アスガルドに!?」

「三年次から編入とのことですが、それまではいったいどちらで――」

「……次の予定があるので――」

 優勝の立役者、クルス・リンザール。アスガルドの先鋒として全試合出場、負けた試合はノアのみ。それ以外全てに勝利した超新星である。

 皆、興味津々である。

「やはり入団先はユニオンなのでしょうか?」

「すでにオファーは?」

「……」

 そんな様子を見て、

「ナンセンスだよねぇ」

 バチクソ目立つ格好の白スーツ、ワーテゥルの会長は鼻で笑う。

 その隣には、

「まあ、メディアの本質はミーハーですから」

 何故か彼に気に入られ、私用の休暇中べったりとくっつくこととなったクゥラークのエフィムもいた。

「クルチャンの進路が不透明なんて聞かなくてもわかる。オファー? ただでさえ例外中の例外、四つ目なんて早々出ない」

「でも、ソロン君に勝ったのはそういう例外じゃないんですか?」

「第七のツバがついてなきゃ、出たかもねえ」

 問題の本質は政治。

「ユニオンがウェイな状況とは……限らない」

 彼はちらりと遠くのウーゼルに目配せする。

 ウーゼルがかすかに頷いたように見え、エフィムは少し驚いた。この二人、どうやらそれなりのつながりがあるらしい。

 ユニオンの政治問題、新旧での対立が取沙汰されて久しい今、第十二ではなく第一、ウーゼルと彼らが手を結ぶ意味は――

「クゥラークも他人事じゃァないよ。立ち回り、考えるようにねぇ」

「……伝えておきます」

 世界をまたにかけるユニオン騎士団の政争。これが内紛に発展するかはともかく、ある意味彼らの混乱は全ての騎士団にも関係があるのだ。

 連盟に所属する全ての騎士団とユニオンはつながっている。

 対立が激化すれば、どちらかを取らねばならないかもしれない。

 それ次第で団の命運が決まる。

 いや、下手をしたら、世界の命運すらも――


     ○


「夏、どうするんだ?」

「……未定だ」

「オファーは色々あっただろうに。君らしいなぁ」

 予定された全ての式典を終え、すでに店仕舞いを始めた十年の一度の都市、その失われていく灯を見つめながら、クルスとフレンは二人きりで食事をしていた。

 ジュリア、ヘレナ、マリの女子連中がフレイヤをどこかへ連れ去り、隙あらば近づこうとしたソロンとイールファスをノアが無理やり肩を組み、これまたどこかへ行った。残った二人は苦笑しながら夜の街に出ていたのだ。

「当ては?」

「今更普通の騎士団に研修しに行くのもな。フロンティアラインも考えたけど、五学年は……なぁ」

「余り物が、って言うからね。そういうわけじゃないって騎士団関係者は言うけど、どちらにせよメインは騎士団、学生は完全に補佐でしかないのは事実で」

「それなんだよ」

 希望は昨年同様、第七で従者としてこき使ってもらう、であったが、それはクロイツェルに却下されている。

 第七入りをアピールするためにも、其処で点数を稼いでおきたかったのだが。なお、其処で点数を稼いだ場合、他隊の覚えが良くなりもれなく第七入りは難しくなるだけなのだが、ユニオンの政治まではさすがに考えが及ばない。

「一度故郷に帰ってみるとか?」

「帰ってどうする?」

「ゆっくり休む」

「ないな」

「ないかぁ」

 言ったフレンもクルスがそうするとは思っていなかった模様。ただ、クルスとしても前ほど切羽詰まった感じも、得も言われぬ故郷への嫌悪感も薄れていた。

 それらは結局、自らの弱さが起因であったから。

 とは言えのんびり休むだけなのは性に合わない。何せ、同期の皆の話を聞くに、皆予定が詰まっている様子であったから。

 凡人が休み、せっかく得たアドバンテージを埋められるのは我慢ならぬ、と言う感じ。成れど、根っこはやはり凡夫なのがクルスである。

「フレンは?」

「俺に夏休みはないからね。前、手紙で送った基地局の案件を進めるんだけど、上司が夏の間は離脱するらしく、一応現場の責任者になるのかな」

「凄まじい出世だな」

「違う違う。すでに絵が完成した状態で、あとは手を動かすだけだから。段取りが全て整っているなら、その仕事はもう終わっているんだよ」

「なるほどね。勉強になるよ」

「茶化すなぁ」

「本音さ。そういうの、騎士団にも通じるだろ? ダンジョン攻略の大半は作業だ。危険は伴うが、段取りさえ整っていれば間違えはない」

「突発型以外はね」

「ああ」

「ところでさ」

「ん?」

「手紙の話、やっぱり通じるんだな」

「……」

「次からはお返事くれるかなぁ? クルス君は筆不精だから心配だなぁ」

「……きちんと返すよ」

「今までの分も?」

「それは勘弁してくれ」

「あっはっはっは」

「ははは」

 二人はひとしきり笑った後、

「どの隊に所属するにせよ、俺は秩序の騎士になるよ」

「ああ。夢を叶えたな」

「……君がくれた夢だ」

「違う。クルス・リンザールが見た夢だよ。むしろ乗っかったのは俺の方、君の情熱に負けじと……それぐらい言わないと駄目だと思っただけなんだ」

「本当か?」

「本当さ。俺の子どもの頃の夢、本当はログレスの騎士だったから」

「……おい」

「ふふ、信じる信じないはクルス次第。好きな方に取ってくれ」

 フレンは自分のなくなった腕、あったはずの場所に手をやり、

「たぶん、あの時腕を失っていなかったら、俺はきっとこうして君と向き合えていなかった気がする。負けたら悔しいし、抜かれると苦しいから」

「……かもな」

「でも、今は違う。もう、騎士として並び立つことは出来ないから」

「……」

 クルスは少し寂しそうな顔をする。

「だから、俺は別の道で君と並び立つぞ」

「……っ」

 フレンは屈託のない、今度こそ強がり一つない笑顔を浮かべ、

「君は剣で、俺はこいつで」

 文字が、数字が、文様が刻まれたただの紙切れを掲げた。

「天辺を目指す。偶然、世界を裏側から覗くことが出来た。まだすべてを知った気になったわけじゃない。でも、不健全なことは無数にある。俺はそれが許せない」

 アルテアンはユニオン同様、世界中に根を張る組織である。剣と金、その違いはあれど、見える景色は近しいのかもしれない。

「……あっ」

「君はどうだ? フィンブルで世界の歪みを見た君は」

 別の道で、友は辿り着いていた。

 自分と同じ答えに。

「……同じ気持ちだ。俺は、道理に反することが許せない。これはもう、性分だ」

「なら、決まりだな」

 クルスはフレンの掲げた紙幣と重なるよう、剣を抜き放って掲げた。

「想いだけじゃ足りない」

「力がいる」

「今はまだ力はないけれど」

「全てを踏み台に、のし上がってやる」

「己がために」「誰がために」

 二人は顔を見合わせ、そして笑った。

 其処はズレるのか、と。まあ、それでいい。全部が同じである必要はない。

 道がほんの少しでも重なるのなら、それで――

「クルスのご予定は?」

「どんな手段を使ってでも第七に入り、あの男を足掛かりに出世する。精々こき使ってもらうさ。あのクソ野郎の右腕、それが出世の最短ルートだ」

「はは、ひどい言い草だ」

「フレンは?」

「俺はそうだなぁ――」

 二人は語り合う。不透明な将来の展望を。お互いまだ、何も見えていない。目先のことしか見えていない。

 それでも彼らは語り合った。

 自分の、彼の、明日の話を。


 夜は更けていく。学生時代もまた少しずつ終わりの時を迎えようとしていた。

 明日はもう、すぐ其処にある。

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