第208話:成る覚悟

 世界百二十八校の頂点が今決する。

 アスガルド対メガラニカ。ここ最近ずっと調子の悪かった古豪がついに復活を果たし、破竹の快進撃を続けて決勝まで上り詰めた。一方のメガラニカもマグ・メル戦など要所で苦しむもしっかりと勝ち切り決勝へと進む。

 しかし、賭けがあれば大差がつくほどの下馬評。

 それほどに名実ともに御三家最強と成った今のアスガルドは強い。

 それでも勝負に絶対はない。

 絶対はない、はずなのに――

「相手、あのテラ・アウストラリスだぞ」

 今のこの男にはそれがあるように見える。

「まだだッ!」

 果敢に攻め立てるテラ。体を大きく左右に揺らし、その反動と共に加速した剣を連続して放つ。凄まじい速さと威力を兼ね備えた剣。その連なりも見た目以上に隙が少ない。楔から放たれた体技、これぞ枷を外した者の動きである。

 だが――

「……」

 水面、爆ぜど、揺れど、ただ流れるのみ。

「……はは、化け物め!」

「俺の眼から見たら君も充分化け物だよ、テラ」

 相手を称賛するも、テラ渾身の攻めが彼の芯を揺らがせている様子はない。何より怖いのは、テラ自身も強くなったから見えるライン。

 小川の流れ、それが跳ね返ってくるラインを越えること。

 その瞬間、透き通るほどに鮮烈なカウンターが返ってくる。ソロンはそれに悠々と応じたが、そんなことが出来る人間はあの男やイールファスぐらいのもの。

 ほぼ必殺なのだ。

 否、クルス・リンザールと言う小川の懐がそれを求めてくる、と言えるか。死ぬ気で飛び込まねば崩れない。死ぬ気でようやく釣り合う。

 自らの命すらゼロとする剣。

 怖気が奔るほどに強く、虚しく、されど美しき覚悟が見える。

(……ピコ。貴方の見込んだ男は、貴方の想像すら超えて、化け物になったよ)

 ただ剣のみに注ぐ。

 死ぬ覚悟は真似できない。するしない、ではなくできない。それはピコの死を経て、その後のメガラニカを見て、より強く思うようになった。

 如何なる天才も死んでしまえば終わり。

 生きねば、何も変えられない。

 だから、テラはそちら側には行けない。死ぬことで失われる多くを見たから。

 ゆえに生きて、成ると決めた。

「ふぅ、今日も一歩、近づくとするかッ!」

 憧れた背中に。


     ○


「これ勝ちね」

 今日も今日とて優勝の瞬間を目撃しようと、学園の食堂は大賑わいであった。そんな中、ミラがぽつりと漏らす。

 峻厳と立つクルスにテラが挑み続ける構図だが、彼に揺らぐ様子はない。攻めのオフバランスは効いているが、守りも同じことが出来るため差にならないのだ。無論、オフバランスでの動きは一日の長がありテラに軍配が上がるも、ソロンとのスペック差すら覆したゼロに届くほどではない。

 活路はある。誰にでもあるが、誰しもにない。

「……こっちも肉薄するしかねえのか、あれには」

「相手にも覚悟を問う剣、だな」

 踏み込んで来い。其処からが勝負だ、と言わんばかりの剣。

 覚悟なき者を阻む冷徹なる水面。

 大盛り上がりの食堂だが、それが見えている者たちの表情はあまり明るくない。問われるような気がするから。

 お前たちにここまでの覚悟があるか?

 お前たちはここまで剣に捧げたか?

 お前たちに死ぬ覚悟はあるか?

 それが透ける。

 だから、素直に喜ぶことなどできない。彼は心根一つで彼は突き抜けた。そして、心とは肉体や魔力などと違い目に見えない、表に出ない素養である。

 出来るか出来ないかで言えば、この場の上位陣は出来るのだ。

 彼と同じ心を持つことが出来るのなら。

 でも――

「テラのおかげって言っちゃ悪いが、大分現在地点が見えたな」

「……ああ」

「随分遠いとこまで行きやがって」

 それは不可能に近い。誰にでもできるのなら、クルス以外もあの道に辿り着いている。誰もいないから、あの男は単身突き抜けた。

 ディンとデリング、この場では抜けた二人であるが、今のテラと戦えばおそらく互角。ディンがほんの僅かに勝るかどうか。勝負の綾は剣の相性次第か。

 それがまるで届いていないのだから、嫌でも突き付けられた気分になる。

 お呼びでない、と。

「出来る範囲の覚悟と、あとは長所を伸ばすしかねえか」

「少なくとも肉薄できるぐらいの心は鍛えねば、な。俺たちはノアのような超人じゃない。凡夫の枠である限り、やはり覚悟はいるのだろう。今よりも、ずっと」

「だな」

 問われるは覚悟。

 手を伸ばす気はあるかと。

 其処に無論、と言える者のみが有資格者。追いかける権利を得る。

 もはやまぐれや偶然で届くところに彼はいない。運否天賦で勝敗が別たれるところに辿り着くには、もっと先へと進む必要がある。

 それがよくわかった。

 近しい実力者が足掻く姿を見て――

「君の嫌いなタイプかな、あの子は」

「別に嫌いやないよ、僕は」

 クルスの仕上がりを確認しに来たのか、それとも対戦相手の方か、三回戦ぶりに姿を現したクロイツェルは静かにその戦いを見つめていた。

「へえ。『彼』はずっと君に嫌われていると思っていたけどね」

「それは昔のカスやった頃の話や。其処から立て直して、メガラニカってどデカい組織を一人支えとったのは認めとるよ」

 皮肉の一つでも出るかと思っていたが、存外穏やかな返しにテュールは驚く。

「あれに成ろう、言うのも一つの覚悟やろ」

「……その通りだ」

 あそこにクロイツェルと言う化け物の誕生に立ち会い、心が折れた天才だっただけの男はいない。其処から長い年月をかけて立ち、自らの道を見出して邁進した男の姿がちらつく。あの子が目指すのは、歩み始めた彼であるはずだから。

 剣だけではなく、騎士道を継ぐ。

 模倣と言えばそれまで。多くの人は開拓者を評価するだろう。だが、単に開拓するだけでは、其処の轍に意味はない。

 後に続く者が要る。

 しかも、あれは途中で途切れてしまった道なのだ。

 尚更、必要であろう。

 立ち上がった男の轍を追いかけ、彼が歩むはずだった先へと繋げる者が。


     ○


(もっと、もっと! ピコなら!)

 想い馳せるはあの背中。

 生まれて初めて誰かの動きを凄いと思った。立ち姿を美しいと思った。憧れた、ああなりたいと心から思った。

 だから、今はその道に迷いはない。

 開拓者、孤塁を征く眼前の男へのリスペクトはある。あの闘技大会からここまでの歩みを想像するだけで、素晴らしいと言う感想しか浮かばない。

 それでも、あの時ほどの感動はない。

 ゆえに自分はそちらなのだと、思うことが出来る。

「……」

 左右に、さらに縦に、肉が、骨が軋むほどに体を動かす。されど、顔は優雅に笑みを浮かべ、表面上体の動きも滑らかでこれまた優美。

 弱い部分を見せない。常に余裕で、任せとけといった表情を浮かべ剣を振るう。

 それがピコ・アウストラリス。

 ならば、それに従おう。

「おおおおおおッ!」

 観衆がざわつく。人間はあそこまで動けるのか、と。眼前のクルスも、他の四強たちですら、心の中で感嘆する。

 これがアウストラリスの剣か、と。

 オフバランスの極致。種も仕掛けもある、人智を越えた動きに会場が湧く。

「勝負だッ!」

 最大可動、ゆえに最大戦力。

 全てを賭し、テラはそのラインを踏み越えた。

 今の自分にはこれ以上はない。

 だから――

「……」

 水面を穿つ感覚と共に、しぶきが跳ね返る。

 それは、やはり、小さな川の流れを断ち切るに、至らず――

「しょ、勝負あり!」

 勝負手に対する鮮烈なるカウンターが突き刺さり、テラはそれに応じることなく、手応え薄く流された剣を見つめるばかり。

 山は高く聳え立つ。

「さすがだ。クルス・リンザール」

 テラは一度大きく深呼吸をして、剣を鞘に納めた後クルスに向けて手を差し出した。悔しさはある。踏み越えられていた不甲斐なさもある。

 それでも彼はその手を差し出すことが出来た。

「あの人には感謝している。俺を、初めて評価してくれた人だから」

「見る目あっただろ?」

「……そうだな」

 クルスはそれを握り返し、握手が成立した。

 それはきっと、彼がクルス・リンザールとは異なる道を征くと明確に決めていたから、だから差し出せたものなのだろう。

 誇りと共にピコを目指す。そして、道半ばで倒れた彼の先を征く。

「私はまだまだ強くなるよ」

「当たり前だ。マスター・ガーターですら手を焼いた相手に、単独で深き一撃を入れた人だぞ。まだまだ遠いよ、俺も君も」

「君は近いと思うけどね」

「いいや、まだまだだ」

「あっはっは。強欲だね、君も」

「……ああ」

 美しい決着に大歓声が降り注ぐ中、二人は笑い合う。

 その姿を誰よりも見たかったであろう男の代わりに、

「……」

 先輩であり、親友であった男がそれを見届ける。

 『彼』の分も拍手をしながら――

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