第207話:進撃のアスガルド

「つ、つよい」

 ノア相手にただ一度の敗北。ソロンを下し四強へと上り詰めた怪物は他を寄せ付けない。準々決勝、ここまで全勝の準御三家ブロセリアンドの先鋒相手に手も足も出させず撃破。生まれて初めての手応えだったと対戦相手はこぼす。

 続く準決勝、勝ち上がってきた準御三家ラーの先鋒も悠々撃破。先の戦いと同じく水を打つ手応えに困惑し、水底へと手を伸ばした瞬間、冷たいカウンターが跳ね返り、突き刺さる。ここまで勝ち上がってきた猛者を寄せ付けない盤石の勝利。

 決して対戦相手が弱いわけではない。そもそも対抗戦に出場する御三家、準御三家の代表ともなれば大抵名の知れた実力者である。

 それが手も足も出ないのだから、もはやこの男の実力は疑う余地もない。

 四人目のクルス・リンザールの名が世界に轟く。

 ならば次鋒は、と言えばこちらも圧巻の制圧力を見せていた。決してアスラク戦の時からメンタルが完全に回復したわけではない。が、そもそも地力が普通ではないのだ。準御三家のエース、例年ならトップ層であっても今年は違う。

 弾く、潰す、押し切る。

 フレイヤ・ヴァナディースによる暴力的なまでの制圧。力こそ正義と言わんばかりの、強みの押し付け。アスラクが見せたソロンの解答があるにもかかわらず、それを実行しようにも一定のフィジカルがなければ実行不可能。

 アスラクほどの速さがあり、かつ徹底的な間合い管理がなければ容易く押し潰されてしまう。小回りこそ苦手であるが、そもそも彼女は速いのだ。

 特にトップスピードは常人のそれを遥かに上回る。

 残念ながら御三家ナンバー2の、自称凡人のたゆまぬ努力が作り出した鋼の肉体あっての戦術であり、其処に届かぬ者は皆ここまでのように駆逐された。

「強過ぎる!」

 大将を引きずり出したのはレムリア、ログレスのみ。

 他は三戦剣を交えることすらできなかった。

 それが今年のアスガルド。

 黄金世代から選ばれた、珠玉の代表たち。

「歴代最強だろ、これ」

 他校を寄せ付けない圧巻の快進撃。

 もはや疑いようもない。史上最強のアスガルドが全てを踏み潰し、決勝までコマを進めた。対戦相手の中にはユニオン志望の者もいたが、彼らは全員志望を取り消し、自国の騎士団などに志望先は変更したとのこと。

 彼らとは競い合えない。

 心をへし折るほどの強さ。

「よぉ、負け犬」

「やあ、ノア。初戦敗退したのにまだ会場にいたのかい?」

「その言葉そっくりそのまま返すぜ」

 ノアとソロン、彼らをして万が一もなかった、そう思えてしまう。隙がある、と言っても対策を実行できる人材など限られているのが今のフレイヤである。

 それに安定感を考えるならディンやデリングでもいい。

 それならおそらく、アスラクやリュリュ、ヘレナたちに付け入る隙はなかった。もちろんいい勝負自体は白熱したものになるだろうが、ディンの猛攻とデリングの堅守、どちらが相手でも間違いなく分の悪い勝負となる。

 その下の面々も各校のエース級がずらり。

 合同演習の時に、彼らは正直ある程度覚悟していた。

 自分が勝とうとも学校は勝てない、と。

「俺はよ、クルスがレムリアに欲しかったんだ」

「……君が彼をそこまで評価していたとはね」

「テメエらと一緒にすんなエゴイストども。メガラニカで、騎士級との戦いで見せたあいつの『力』に惹かれたんだよ。人を奮い立たせた、な」

「ほう。その話、詳しく聞きたいと思っていたんだが教えてもらえるのかい?」

「言わねえ。うちのヘレナとフレイヤ、世間の評価は同じぐらいだった。俺の見立てじゃヘレナの方が上だった。でも、伸び悩んだ」

「下から突き上げる力がなければね。凡夫は危機感なくして焦らない。彼女には焦りが、飢えが足りなかった。それはうちも同じだが」

「……人材の質もそうだが、あの男が加入してからの伸びが決め手だ。つか、人材の質って話ならログレスの方が上だったわけだしな」

「俺、ディン、リュリュ、学校側は一年の時点で俺たちの年の優勝を確信していたよ。まあ、俺もその気ではあったが……哀しいね」

「一年の時、やんちゃし過ぎたんじゃねえの?」

「ほんの少しだけ期待していたからね、人間に」

「今は?」

「さあ、どうだろうか」

「……」

 強過ぎる才能は発奮材料足りえない。彼らは五年間で嫌と言うほどそれを痛感していた。何を言おうとも、彼らの言葉では危機感など芽生えない。

 アスガルドは本当に幸運であった。

 最下層から全捲り、凄まじい突き上げと共に彼らの平均値は各校のそれを大きく逸脱した。環境が人を創る。優秀な集団の群れ、それが当たり前となると、その集団を形成する人材たらんために、人は努力を惜しまない。

 その結果、さらに伸びる。

 正のスパイラル。それを形成するは御三家という良質な土壌とクルス・リンザールであった。その彼が天井を突破するのはさすがに予想外であったが。

 そも、彼が加入し今日まで環境を突き上げ続けた。

 それが今日の躍進に繋がっている。

 彼の覚醒がなくとも、おそらくはアスガルドの優勝は堅かっただろう。

 その上、成ったのだからもうどうしようもない。

「決勝の予想は?」

「テラがフレイヤに勝ち二勝一敗」

「俺はアスガルドの全抜きに賭けるぜ」

「……? 今のテラならフレイヤには勝てるだろ。いくら何でも未完成過ぎる」

「はは、やっぱ人間が見えてねえな、完璧超人様よ」

 眼下で行われる準決勝第二試合、メガラニカ対ドゥムノニア、先鋒の元レムリアの学生が一勝をもぎ取った時点で、彼らはその戦いを視界から外した。

 結果はもう、決まったから。

「今の、元々うちの学生なのは知ってるだろ?」

「ああ。それが?」

「あいつの躍進は、あの日、クルス・リンザールが立つ姿を見たからだ」

「……ほぉ」

「クルスにこだわってんのは何も、お前だけじゃねえってこと」

「なるほど」

 あの日、クルスよりもずっと腕の立つ者たちが皆、彼に衝撃を受けた。力の差がどうこうではない。騎士と何か、あの姿が示してくれたような気がしたのだ。

 だから、ノアは彼をレムリアに欲しがった。

 彼なら自分では変えられなかった環境を、あの場のように変えてくれるんじゃないか、そう思えたから。

 大なり小なり変わった。ノアすら変えられた。

 その上で、一番変わった者を挙げるとするなら――それが決勝の組み合わせの答えである、とノアは言っている。

「じゃあな、ソロン。ま、またすぐに会うだろうが」

 決勝は観戦するだろうが、こうして横並びで見物することはないだろう。彼らが次に交わる舞台は決まっている。

 四人が巡り合う新たなるステージ。

「隊が違えばなかなか会うこともないだろう」

「それもそうか」

 四強が二人、彼らは背を向け袂を分かつ。

 互いの進むべき道を目指して――


     ○


「「あっ」」

 扉を開いたソロンが遭遇したのは黒いTシャツと白いタオルをハチマキ代わりに、謎の掛け声「ソォイ!」と共に湯切りをするノア、であった。

 何かいい感じの別れから三時間後のことである。

「な、何見てんだよ!」

「な、何をしているんだ、君こそ」

「麺の湯切りだろうがよォ!」

「……パスタでも作っているのか?」

「ノア麺だ馬鹿野郎!」

「……?」

 何一つ噛み合わぬ二人。

「まあいい。調理場を借りてもいいかな、クルス」

 だが、ここにはもう一人いる。四強が一角と成った男、クルス・リンザールが。まあ、彼がいるのは当たり前。

 ここはアスガルドが借りている宿舎であるから。

「いや、お前ら二人とも帰れよ」

 クルス、至極まっとうな言葉を放つ。

「遠慮しないでいいよ、クルス」

「邪魔なら邪魔って言ってやれ。こいつは人の心がわからねーんだ」

「だから二人とも帰れって」

「奥ゆかしいね」

「ったく、そう照れんなって。この俺様が手ずからノア麺を振舞ってやるんだ。本当は決勝進出したメンバーへ送るつもりだったが、特別にプレゼントしてやるぜ。この俺が選び抜いた機能美、戦闘服をまとっての全力全開をなァ!」

(……あー、こいつら全員死なねえかなぁ)

 激怒するクルスを見て、ツボに入ったのかソファーでゲラゲラと笑うイールファスもまた癪に障る。全方位への怒りを抱きながら、それでもクルスはぐっとこらえた。

 と言うかこいつらに何を言っても無駄だと理解したから。

 聡明に見えるソロンも、

 意外と周りが見えるノアも、

 見るからに人間が欠落していそうなイールファスも、

 どいつもこいつも根っこは自己中である。

 しかも、ドがつくほどに。

「……俺、ここにいても良いのかな?」

「構いませんわ。クルスが招いた客人ですもの」

「フレンしか招いてねえんだよ!」

「仕方ない。調理場のシェアで手を打とう」

「しゃあねえな」

「だから帰れってッ!」

「ぎゃははははははは!」

 とりあえずここ最近で一番楽しそうなイールファスであった。

 ちなみに――


『や、やあ、クルス。一応、挨拶しておこうと思って』

『あ、ああ。久しぶり、フレン』

 クルスがフレンを招いた経緯は準決勝に勝った後、フレンがクルスに会っておこうと待ち伏せをしたことに端を発する。

 最初はとにかくお互い気まずかった。

 手紙を返さなかったクルス。

 返ってこないとわかりながらも送り続けたフレン。

 どちらもいたたまれない。クルスを乱さぬために会わないでおこうとしていたフレンであったが、ジュリアから「今のあれがそんなので手元狂わすと思う?」と鼻で笑われたことで、勇気を出し会いに来た次第。

 先手は、

『悪かった』

 クルス。手紙のことを謝る。

『いや、気にするなよ』

 フレンもすぐそれと受け取り、苦笑で返した。

 其処から少し会話が弾み、積もる話もあるならとエメリヒがクルスに宿舎で、と促してお招きすることになったのだ。

 その三十分後、

『俺様、登場!』

 久しぶりの再会で話が弾む二人の世界に、突如ノアが襲来した。

 その三十分後、

『やあ、会いに来たよ』

 ソロンも来た。

「帰れって!」

 クルスの叫びが虚しく響く、のは部屋の中だけ。

「人数の増加を加味し、食材の配分を再計算――」

「おあがりよ!」

「ぎゃひ、ごほ、ごほごほ……むせた」

 三名の心には微塵も響いていなかった。

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