第206話:大会は続く
「イールファス」
「何ですか、先生」
勝利したイールファスを待っていたのは珍しく怒りを見せるエメリヒであった。会場の得も言われぬ雰囲気もまた、彼のとった行動によるもの。
「今の戦い方は何だ?」
「……打倒に剣が必要とは思いませんでしたので」
「無手である必要もなかった。クルスの時とは意味合いが違う。彼はその必要があったからそうして、君はその必要がないにも関わらずあえてそうした」
「……」
「礼節を欠く、見るに堪えぬ決闘であった。紳士たれ、その言葉を汚す行為。二度とやるな。その時は退校処分も覚悟せよ」
「……イエス・マスター」
おそらく、無様に敗退したとて、この男のこれほどの怒りを拝むことは出来ないだろう。アスガルドへの愛校精神が、卒業していった者たちへの敬意が、彼の怒りを掻き立てるのだ。強さ弱さではない。
騎士の在り方の話。
(……やはり、響かないか)
エメリヒは反論せぬまま受け入れた様子のイールファスを尻目に顔をしかめる。言葉が響いているかどうか、それは投げかけた者が一番よく見えている。
度々、職員会議でも話題になる。
学生たちの騎士への在り方。騎士と言う職業が今の形となった以上、かつての騎士道を振りかざすのは間違っているかもしれない。
それでも騎士が礼節を重んじねば、それは騎士である意味がない。
紳士たらねば――
「クルスは本当によくやった。今日はもう一試合あるがいけるかい?」
「問題なく」
「よろしい。フレイヤも心を整えておきなさい。オーダーを今回弄る気はない。この編成のまま優勝まで駆け抜ける。意味はわかるね?」
クルスは横目でフレイヤを見つめる。普段なら自信満々に即答するところ、返事がほんの少し遅いのはやはり気にかかる。
オーダーをこのままでいく。そうなれば形作りのため、一勝でも欲しい学校があった場合、彼らはエース級を最も勝てる可能性の高いフレイヤにぶつけてくる、と言うことである。それをすべて撥ね退け進む、エメリヒはそう言っているのだ。
「イエス・マスター」
「後ろにイールファスがいるから、と思わぬように。君で全て決めなさい」
「はい」
「よし。では、次の試合まで休むとしようか」
「「イエス・マスター」」
最大の難所を越えた今、誰がどう見てもアスガルドが優勝候補である。それにエメリヒの見たところ、この先イールファスの出番はない。
ただ、彼らは学生である。子どもと大人の狭間、ちょっとしたことで揺らぐこともあるだろう。崩れることもある。
その辺りは大人として整えてあげたいところだが――
(思春期ってのは逆にわかりやすいんだけど、むしろ今辺りが一番わからない。遅れてきた思春期か、元々あった拗れか、色んな可能性が多過ぎて――)
難しいなぁ、とエメリヒは思う。
○
「何ですか今のはッ!」
クルス勝利で沸き立った空気も今は昔、エメリヒよりも怒り狂うリンドが火を噴く勢いで激怒していた。会場にいたら暴れ散らかしていたかもしれない。
ちなみに前科(対抗戦の引率で)あり。
「弟が馬鹿をして申し訳ない」
「まあまあ、勝ったんだし」
「そうそう」
魔法科の面々に慰められるイールファナ。突然の暴挙、勝ったは良いが大変後味の悪い戦いであった。
「何してんだ、あの男は」
「俺に聞くな。あいつのことはよくわからん」
ディン、デリング辺りはよくないだろ、という立場。
中には、
「勝てばよかろうなのだ!」
「勝ったもん勝ちだァ!」
ヴァルやミラのような性根がくさ、たくましい方々は結果を喜んでいた。リンドににらまれ、少し勢いは挫かれるも、最大の難所を越えたことに違いはない。
優勝見えた、浮かれるのも無理はないだろう。
「青春ですのぉ」
「じゃのぉ」
ジジイたちは酒しか見えていない。
テュールは苦笑い、クロイツェルに至ってはクルスの試合が終わった時点で離席し、食堂から姿を消していた。
まあ、結果の見えた大会に興味はないのだろう。
「ただまあ、今更だけどイールファスってやばいよなぁ」
「ああ。後手であれに対応できる人類はあの男ぐらいのものだろう」
ディンもよく知る対戦相手、リュリュは期待ほどの伸びは見せなかったが、それでも会場の中での実力は楽々十指に入る。アスラクとの差はほとんどなく、上位校のエース級と比較しても遜色ない実力を持つ。
しかも最後の攻めは切れていた。
『天才』の名に恥じぬ独創的なコンビネーション。縦斬りを横薙ぎへと変化させる彼だけの剣である。
ただ、あれほどの変化量をもってしても、イールファスの持つ超反応の前には単なる横薙ぎでしかなく、後出しで楽々間に合ってしまう。
あの後出しこそがイールファスの恐ろしさ。あらゆる創意工夫を見てから潰すことがあの男にだけ許されている。ノアの速さとはまた別の早さ。
「俺、合同演習でやられちまったんだけどなぁ」
覚醒アンディをも手玉に取った『天才』の剣技。初見だったことを差し引いてもあの時点では実力に差があったのは事実。リュリュ、パヌ、トゥロら同世代なら誰もが知るビッグネームを擁する最優の学び舎、ログレス。内心はどうあれ、その原石を彼らなりに磨き上げ、育てた。
腐っても『天才』、その煌めきとてイールファスの前には無力であった。
恐るべきは三強、いや、四強か。
改めて知る。
その距離、その遠さを――
○
大会は続く。
三回戦の好カードは何もアスガルドとログレスだけではない。
メガラニカ対マグ・メル。
どちらも準御三家の中でも今年は良い、と言われている上位校であり、エースのテラとマリに関してはどちらも幼少から世に知られた逸材である。
先鋒は、
「く、そ」
「死ねミラァ!」
何故かここにいない者の名を叫ぶミラのことが大嫌いでマリのことが大大大好きな女子が勝利の呪詛を放ち、マグ・メルが一歩リードする。
三回しかない勝負。たった一度の敗北が重くのしかかる。
勝ちたい次鋒戦。負けられない次鋒戦。
「「頑張れよ、ジュリア」」
まったく別の席で観戦する二人の声が重なる。
柔らかく、風の如く。ジュリア・ドレークの速さはこれまたノアのそれとは異なる。しなやかに加速し、減速せずに方向転換などこなし動き回る。アクセルもブレーキもド派手なノア、規模は違うがミラもそちら寄り。
丁寧に、速くあり続ける。
「勝つッ!」
見た目ほど最高速は出ていない。魔力量、筋出力、どうしてもそこには限界があった。凡人はノアにはなれない。
あのメガラニカでの経験が彼女に決心させた。
フレンがクルスを守ろうとした時、何も出来なかった自分の弱さ。ノアに圧倒され、一生勝てないとわからされ、腐りかけた自らの腐った性根。
それと向き合い、そんな自分はどう進むべきか、それを考え抜いた末に今に至る。
地元の学校で突き抜け、自分は天才だと思っていた。メガラニカでも天才であり続けられると思っていた。
でも、其処には今もってただの一度も勝てない天才の一人、テラがいる。彼以外にも勝てない相手はたくさんいた。クルスやフレンが苦しんでいた時、彼女もまた苦しんでいたのだ。上位の壁、それは準御三家以上の学校ならどこにでもある。
上には地元じゃ天才と呼ばれるような人材しかいない。地元じゃ天才は、その環境ではただの凡人でしかないのだ。
凡人なりの道、それがジュリアの選んだ道。
丁寧に、細心の注意を払い、減速を最小限に動く。言うは易し、行うは難し。四学年から一度すべてを崩し、再構築に勤しんだ。
それがジュリア・ドレークの『速さ』である。
「悪いね、マリ・メル。うちの二番手は『速い』だろう?」
テラは得意げに微笑む。
「ジュリア・ドレーク。覚えておきましょう」
マリは歯噛みしながら、彼女の名を自らの脳に刻む。
決して圧勝ではない。同じ準御三家の代表、弱い者など一人としていないのだ。辛勝、それでも彼女は勝った。
「っしゃああ!」
彼女は吼え、会場からは惜しみない拍手が降り注ぐ。
「さて、出番だね」
「行きましょうか」
一勝一敗。どちらも一歩も引かずバチバチである。
そして、大将戦へと至る。
○
「ミラ、何か食べないの?」
「ん、今は良いや」
別に興味はない。嫌いな双子の姉、その末路がどうなろうと。
それでも妹は、一応、その試合を見つめる。
別に興味はないけれど、一応。
○
槍と剣、その間合いの差は今更語るまでもない。
戦場の花形は騎士の剣至上主義が蔓延するまで槍であったし、もっと言えば弓こそが主役であった。要はリーチこそが正義、と言うこと。
それだけ闘争においてリーチと言うのは絶対的なアドバンテージである。
百年前の決戦でウーゼルやウルたちと共に活躍した槍使いマグ・メル。彼らに敵わぬと槍を手に取り、それで英雄の一人となった彼女が建国した国がその名のままマグ・メルであり、彼女の存在が剣至上主義を少しだけ揺らがせた。
今なお、騎士の武器と言えば剣であるが、それでも一部の合理主義者は槍を握ることも多い。騎士の花形である秩序の騎士にも愛用者は増えている。
間を制す。
それが槍の力。
されど――
「ぐっ!?」
「ふっ!」
武器の性能は騎士の戦い、その結果に直結するわけではない。
マリ・メルの槍捌きは卓越している。突くもよし、払うもよし、唯一の欠点であろう長柄の難しさも、彼女が扱えば腕の延長線でしかない。
引き手も、引き足も鋭い。そして引きながら強い突きが放てる。
槍のマグ・メル、その体現者。
疾風怒濤の槍捌き。素晴らしい仕上がりである。見事な技前である。
だが、
「さすがに手強い」
「なら、歯を見せるなッ!」
テラ・アウストラリスはそれをかいくぐる。体を大きく使い、クルス同様騎士の動きから逸脱した、オフバランスの剣。
大きい動きの後には隙が出来る。そんな当たり前、常識が通じない。むしろ大きな動きが連なり、加速すらしてくる。
隙だらけに見えるのに、隙が無い。
「素晴らしい。ここまで仕上げてきたか」
学校のOBであるユーグ・ガーターは満面の笑みを浮かべていた。天才の集団内でも抜けて、天才と呼ばれた後輩の姿が被る。
彼の、テラの覚悟が透けて見えた。
我が道を征くも覚悟。されど、遠い背中を目指すも覚悟、である。
「君の後継者だよ、ピコ」
メガラニカの至宝、ピコ・アウストラリスの後継者。
其の名に恥じぬ実力を示す。
突きの連打を捌き、大きく小さく、間を詰める。引き足が間に合わない。其処から一気に引き手と共にするりと間を詰め、
「アウストラリス!」
「悪いが通るよ。戦ってみたい相手がいるんでね」
「……畜生」
手で槍の柄を握り自由を奪いつつ、もう片方の手で握る剣はマリの首に添えられていた。準御三家のエース対決、勝者は――
「勝負あり! 勝者、テラ・アウストラリス!」
メガラニカ。
二勝一敗、激戦を制したメガラニカは勢いに乗る。
○
画面に映る姉の涙を見て、
「ふん」
妹は鼻を鳴らす。ただ、眼の奥には少しだけ労いの色もあった、かもしれない。
○
四つの星、その二つを一つが独占した場合どうなるか。
それが世に示される。
「勝負あり! 勝者、クルス・リンザール!」
「……」
四回戦。ここまで勝ち上がってきた相手とて手も足も出ない。あのソロンに勝利した男、その実力が運などではないことを示す。
微塵の勝ち筋すら与えられず、水を前にただ流された対戦相手は茫然としていた。勝てる勝てないじゃない。
戦い方がわからない。
水との戦い方など、習ったことがないから。
その場で対応したソロンがただ化け物なだけ。普通の者は全く未知の戦い方、例え見たとしても、頭の中で対策を練ったとしても、いざ実戦となると何一つ発揮することが出来ないもの。何故なら知らないから。
体験したことがないから。
机上の考えなど一蹴する、四強の力。
それに――
「ハァッ!」
相手のレベルが落ちたこともあるが、一応気合を入れなおしたフレイヤもまた脅威。こちらも普通の者ならば初見でなくとも初体験であり、頭ではわかっていてもいざ前にすると面の制圧力を前に圧倒されてしまう。
答えはソロンが、ログレスが残してくれた。
だが、それを遂行する実力が足りない。
「勝者、フレイヤ・ヴァナディース!」
改めて知る。
こんな化け物どもと張り合った、対戦が成立した学校の実力が。
もはや、レムリアを蔑む声などない。ノアは英断だった。あのクルスを倒した男、と褒め称える声すらある始末。
それはそれでノアの誇りを傷つける声であるのだが――
イネインも、特にフレイヤと戦ったフリードの評価は上がり続け、多くの団が声をかけているらしい。
四回戦でありながら今までで一番余裕をもって抜ける。
世界中が改めて知る。
今年のアスガルド、その圧倒的な実力を。
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