第196話:大一番、始まる

「いよぉ、調子よさそうだな、テラちゃん」

「……ノアか」

 二回戦全てを消化し、本日は三回戦から四回戦までをすべて行うため、全学校が二試合こなす必要がある。まあ、翌日の準々決勝、準決勝もそうなるのだが――

 ここからが熾烈な星の潰し合い。三回戦まで上がってきた学校は何処もそれなりの強豪ばかり、楽な試合はない。そのため本来であればどの学校も自分たちの準備に忙しく、試合を観戦する余裕はないものであるが、この三回戦第一試合だけは別。

 ここの結果は全学校にとって重要なものなのだ。

 それこそもう一つの山であるメガラニカやマグ・メルにとっても。

 この試合の勝者がほぼ確実に決勝まで上がってくるはずだから。

「君は残念だったね」

「ほんとな。勝ちに行ったが跳ね返されちまったよ」

「……ソロンとやりたかった?」

「そりゃあこの大舞台だぜ? 逆に聞きたいね、俺とソロンの戦いを見たくない奴がいるのか、と。んま、結果として幻に成っちまったが。それも一興だろ」

「意外とあっさりしているな」

「優劣を付ける機会はこの先いくらでもあるからな」

 ノアはすでに先を見据えている。彼はソロン、イールファス同様にユニオンからオファーを貰っている身、他の学生とは違い頭を下げられて入る身分である。進路が確定している以上、そちらへ視点を移すのは当然ではある。

 もう少し湿っぽいかな、とは思ったが。

「つか、そっちも次はマグ・メルだろ? 他所の試合見る余裕あるのか?」

「序盤の山場ではある。でも、其処で終わる気がないからここにいる」

「へえ、前とは雰囲気違うじゃねえの」

「あれからほぼ二年経った。成長もするさ」

「へへ、だな」

 誰も彼もが成長した。今日雌雄を決する二つの学校も、二年前に代表者を選定していたら陣容は様変わりしていただろう。

 それだけ人の成長とは読めないもの。

 才能、器は重要であるが、それのみで騎士の優劣は決まらない。

「クルスの相手はどっちだと思う?」

「実力順ならアスラクだが、おそらくぶつけてくるのはリュリュだろう。アスラクでフレイヤに勝とうとするはず」

「ま、あの野郎なら自分は勝つ前提だろうしな。二つの内一つだけ白星があれば、あとは問題ないって考えるだろうよ」

「今のアスガルド相手だとそれも楽じゃないけどな」

「身をもって味わったよ」

 ソロンにしろイールファスにしろ、どちらも自分が勝つ前提で考えているはず。そのためにどちらも一勝を全力で取りに来る。

 リュリュはジェームズよりは強い。ヘレナと互角ぐらいの下馬評であるし、元々の素質を思えばもっと上で見られてもおかしくない人材である。

 それでも今はアスラクの方が上、とログレスは考えているだろう。

 やはり勝負は次鋒、其処がキーとなる。

 そう、『外野』は考えていた。


     ○


 クゥラークの分団長エフィムは休暇を取って対抗戦の見学に訪れていた。今回は完全に休暇であり、人材登用などの他意はない。

 微塵もない。

 彼はオンオフを結構きっちり分けるタイプである。

 だが、

「久しぶりだねえ、エフィムちゃァん。ウェーイ!」

「ウェイっす、会長殿」

 周りが放っておかない。超実力派であり徒手格闘最強を標榜する彼らの存在は、他の騎士団にとって大きなものがある。

 近年、ダンジョン攻略がマニュアル化され、システマチックになり過ぎた弊害か其処を目指さない学生が増えつつある。貴人の護衛など、安全な街中ではむしろ徒手格闘に秀でていた方が様々な局面に対応でき、それゆえ需要も年々増えている。

 騎士の仕事であったものが、騎士とは言えない彼らへ流れている。

 仕事も、人材も。

 その中でも団長、副団長に次ぐ実力者であるエフィムの存在は、他の騎士団にとって大いに警戒すべきものであったのだ。

 なお、本人は物見遊山のつもりでしかない。

「気になる子、いる?」

「一応、いますねえ。今日はその見学です」

 周囲がざわつく。ワーテゥルの会長もサングラスの奥、ギラリと眼光鋭くエフィムの真意を推し量ろうとする。

 エフィムは、

(白スーツ、汚れとか目立ちそうだなぁ)

 と全然関係ないことを考えていたが。

 本人は普通に思ったことを話しているだけ。嘘は言っていない。気になる子の見物に来たのは事実で、だからわざわざ『今日』を狙ったのだ。

「めっちゃウェイじゃん! いい席とってるんだけどどう? 一緒にウェイしちゃう? それとも……一緒だと困っちゃう系?」

「あ、いいっすよ」

「……ふむ」

 あっけらかんとした返しに、ようやく会長は自らの読みが外れたことを知る。周りは未だに警戒したままだが、それはそれで面白い。

 なので、

「食べ物は結構フリーダム系?」

「ですね。一応、今日をチートデイに合わせてきたので」

「ウェイ、めっちゃいいじゃん。じゃあ、ガンガンカロリー取って脳ミソだましちゃいましょう、そうしまショー!」

「ウェーイ」

 二人は仲良く拳を打ち付け、そのまま屋台の方へ歩いていく。

 その仲睦まじい関係性に、

「ワーテゥルと何か密約があるのか?」

「匂うぞ」

「上長に報告せねば」

 各騎士団の面々は顔を歪めながら東奔西走する。

「「ウェイ」」

 男の狙い通りに。

 巻き込まれたエフィムはただただ、

(飯代浮くの最高だぁ)

 と呑気に考えていた。


     ○


「とうとう、か」

「ああ。最大の山場だ」

 遠く、アスガルドの仲間たちも画面を食い入るように見つめていた。自分たちの代表、その道行にとって最大の山場が今日であるのだ。

 ここを超えたなら、おそらくこの先はほぼ安泰。

 無論、勝負に絶対はないが、今のログレス以上の敵は周りを見渡しても存在しなかった。全試合を通して見たからこそ言える。

 勝負所はここだ、と。

「アスラクか、リュリュか」

「どっちも楽な相手じゃない。でも、クルスならやれるさ」

「俺たちに勝った男だからな」

「そのとーり」

 デリングとディンも見守る。負けるわけがない、そういう位置から全身全霊で捲られた。クルス・リンザールの勝負への執念を彼らは知る。

 何も持たぬからこそ、其処へ執着するのだ。

 その強い想いが彼をここまで運んだ。きっと、この先へも運んでくれる。

 先生方も今日は大集合。仕事はどうした、と思わなくもないが、其処はそれ、この大一番に書類仕事などやってられるか、とウル一同全員がぶん投げてきた。

 あの鬼教師、リンドですら。

 というか何なら――

「応援は届きます。心の底から声を、魂の叫びを届けましょう!」

「イエス・マスター!」

 教師陣で一番熱が入っているのは見ての通りである。

「教え子、頑張ってほしいね」

 反面、落ち着いているのはテュールとクロイツェルであった。

「頑張らんでええわ。この辺で死んどけ」

「ひどい言い草だね」

「僕の作品やぞ。今更、あの会場におるカスどもの琴線に触れたらどないすんねん。価値は見出せんやろうが、何人かは面倒なのがおるしな」

「私はクルス君とは言っていないがね」

「……あ?」

「あそこにいる全員、君の教え子だろ? 特別講義の」

「……」

 ここが学校でなければ剣を抜いていたかもしれない。かつての学友である二人は片方不穏な気配を湛えたまま、画面の方へ視線を向ける。

「来たね、君の作品が」

「……」

 丁度、先鋒であるクルスが舞台へ向かい入場する。

 歓声が巻き起こる。画面の向こうから、そしてここ食堂でも。


     ○


「クルス様ですよ、お父様」

「お、おお、あの時の子がこんなに立派になって」

 これまた遠く離れたイリオスでも王や王女たちが基地局から中継され、飛ばされた映像を見て興奮していた。

 クルス自身がどう思うかはともかく、彼がイリオス出身であることは紛れもない事実である。そんな彼が御三家へ単身乗り込み、対抗戦の代表者にまでなった。

 王家やそれに――

「彼がアマルティアの言っていた……蝶の採集が得意と言う話だったはずなのに」

 それに連なるディクテオン家の一同も興味深く見つめる。

 彼が噂のちょうちょマスターか、と。

「随分背丈も大きくなられて。きっととてもおモテになるのでしょうね」

「ま、まあ、雰囲気はイケメンかもしれんな」

「顔も素敵ですわ、お父様」

「た、確かにぃ」

 アスガルド同様、娘にはどうにも弱めな王様である。

 そんなところも友好国、ちょっぴり雰囲気が似ていた。

「あの件、お願いしてもよろしいですよね?」

「む、まあ受けてくれるかはわからぬがすでに頼んでおるよ。対抗戦に出場するほどの子なら、まあ間違いなかろうて」

「よかったぁ」

 娘のお願い。にしては少し面倒な案件ではあるのだが、対抗戦の代表者と言う話であればまあ問題はないだろう。

 やりようによっては祖国への鎖となる可能性もある。

 ただの一度も国へ帰ってきていない彼に帰属意識はないのだろうが、今回の案件でそれが芽生えてくれたら儲けもの。

 多少の打算もある。

 まあ今は純粋に応援するのみであるが。


     ○


 会場では多くの騎士が見守っていた。

「マスター・ゴエティア。随分熱心ですね」

「少し思うところがあってね。あそこの彼、副隊長がうち向きだと言っていた。第七に染まり切る前に、うちで獲りたいと思うのだが、どうだろうか?」

「十二は隊員が多いですから……中途や異動が多いとはいえ」

「だから、新人はメラ君以降獲っていない。争奪戦となれば其処を推していけば勝ち筋はあると考えているよ、私は」

「なるほど」

 第十二騎士隊隊長、レオポルド・ゴエティアを始めとしたユニオン騎士団の騎士たち。今のところ何も起きない、杞憂であったと考え始めている頃合いである。

 まあ、そんな緩みも、

「ただ、あの人がそれを通してくれるかどうか」

 レオポルドの視線の先、威風堂々と貴賓席に座す騎士の頂点、ウーゼルの存在で引きしまっていた。よほど警戒していたのだろう。

 実際にレオポルド、サブラグは動くつもりであった。

(挑発的じゃないか、成らず者どもの王よ)

 騎士の頂点、ミズガルズにおける騎士の王、サブラグにとっては成らず者でしかないが、それでもあの男の存在は意識せざるを得ない。

 それ以外でも厄介な騎士はいるのだから、なおのこと。

(場合によってはこの地が、決戦の場になっていたかもしれんな。我が軍勢と成らず者共の軍勢、ウトガルドとミズガルズの)

 しかし、サブラグにその気はない。この陣容でも自らがいる限り負けるつもりは毛頭ないが、一度そうと決めた以上、決定をひるがえすのは騎士にあらず。

 獣と同じ地平に堕ちる気はない。

 彼はあくまで亡国を背負い、騎士としてここにいる。

(まあいい。さて、我らの血を引く子は……どう戦う?)

 ウト族、その血が流れる証拠である艶やかな黒髪。彼にとっては郷愁を掻き立てる景色である。立ち姿、表情もいい。

 精一杯の強がりを感じる。

 そう、如何なる相手であろうとも――

「なるほど。彼は最初から知っていたわけだ」

「ま、マスター・ゴエティア」

「わかっている。そういう、ことだろう?」

 騎士が戦うのなら、折れてはならない。

 それは騎士にとって、いや、戦士にとって最低限の礼儀であるから。

「……え?」

 会場が静まり返る。

 クルスの後、舞台へ進む男の姿を見て。

「……な、何してんだよ、ソロン。そりゃあ、悪手だろ」

「君が言うか? しかし、これは、何故だ」

 輝ける男、ソロン・グローリーが悠然と歩む。

 黄金の気配と共に、我が道こそを王道と言わんばかりに。

 だが、

「来たよ、クルス」

「……覚悟はしてきた」

「勝ち筋は見出せたかい?」

「……」

 その王が先陣を切る。誰もが驚愕し、絶句し、言葉を失っていた。この時点で、三強同士が戦うことはなくなったのだ。

 ノアがそうしたように、ソロンもそうした。

 三強の内、二人がそうしたのだ。

 ゆえに罵声が飛び出すよりも前に、困惑が勝る。

 何故、誰もがそう思う。

 それは送り出したログレス側もそう。昨夜、突如死んだような顔をした先生がオーダーの変更を皆に告げた。

 ソロンだけは嬉々としてそれを受けたが、アスラクやリュリュらにとっては寝耳に水。どちらがどちらと戦うべきか、二人で相談していたほどである。

 全てが引っ繰り返った。

「今日は改めて俺を知ってもらおうと思う」

「……あ?」

「君が追うべきはイールファスでも、レフ・クロイツェルでもない。俺の背中であるのだと。君の身をもって、体感してもらいたいんだ」

「俺が誰を追おうと俺の勝手だ」

「いいや、違う」

「……」

 ソロンは笑みを深める。

「俺の勝手、だ。俺が、そう決めた」

 ログレス王立騎士学校代表、ソロン・グローリー。

「クソ野郎が」

 アスガルド王立学園代表、クルス・リンザール。

 いざ尋常に、勝負。

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