第194話:私立イネイン騎士学校

 残り四分の一を消化して一回戦が終わる。

 そして、二回戦が始まる。

 二回戦第一試合はもちろん、御三家レムリアを下し勢いに乗るアスガルド。誰もが彼らの勝利を疑わない。すでに三回戦へ心を移す者すらいる。

「と、誰もが思っているだろう」

「でしょうね」

「はっ、どいつもこいつも目が腐ってやがる」

 二回戦、アスガルドと当たるは無名の新設校私立イネイン騎士学校である。新設校が一回戦を勝ち上がったことはそれなりに評価されるも、相手も新設校に毛が生えたものであり、今もって誰も彼らが勝ち上がるとは思っていない。

 彼ら以外は。

「確かにアスガルドは強い。お前たちの実力に疑いはないが、それでもイールファスとはやらせてやれん。それは酌んでくれ」

「ちっ、俺はやりたかったぞ」

「はいはい。私が捨て石になるんだから、二人は勝ってよね」

「任せてください」

「誰に口利いてんだよ」

「あんたよ馬鹿」

「んだと!」

 喧嘩を始める二人を尻目に、落ち着いた眼鏡の学生と教師は優勝候補へ視線を移す。弱い相手など当たり前だが一人もいない。一回戦、あのレムリアを相手に圧勝して見せた。あれは衝撃であった。

 それでも臆さない。

「アスガルドはおそらくオーダーを弄ってこない。先鋒はノア相手に敗れたリンザールと言う子だろう。君はどう見る?」

「……堅守には自信があるのでしょう。あのノアの猛攻を一時的にでもしのいだ実力は本物です。強い相手だと思います」

 眼鏡の学生がほんの少し弱音に聞こえる言葉を放つと、

「おいおい、俺の相棒がつまんねーこと言ってんじゃねえよ。俺とお前で勝つんだ。二回戦なんかで終わらねえぞ」

「わかっていますよ。単に状況を整理しただけです。強いですが勝てないとは思いません。剣闘の防御に鉄壁なし。崩し切りますとも」

「はは、それでこそだ」

「君こそ勝てますか? 相手はあのヴァナディースですよ?」

「愚問だな。当然勝つ」

「ふっ」

 教師は自信に満ちた二人を見てほほ笑む。グリトニルがアセナを拾い一躍名を挙げたように、イネインにも彼ら二人がいる。

 とんだ拾い物、エリート校の目が届かぬ場所にも才能はある。

 対抗戦はそれを証明するための戦いである。

「それでは先鋒の方、準備をお願いします」

「頼むぜ相棒」

「任してください」

 眼鏡の奥、瞳に強い光を称え男は舞台へ進む。


     ○


「二回戦第一試合、アスガルド王立学園対私立イネイン騎士学校!」

 勝敗はともかく注目度は意外と高い試合である。何しろ初戦でアスガルドの先鋒であるクルスはノアを相手取り、良いところなしで終わった。そんな彼の実力を知りたい、と観衆が思うのも無理からぬ話。

 それはライバルである学生たちも同じ。

 あのナルヴィを、クレンツェを押さえて『三番手』となったクルス・リンザール。興味のない者などいない。

 心配なのは対戦相手が測り足りうるか、それぐらい。

「三番手ですって」

「あのノアが倒す相手と見定めた時点で、二番手だと思うけどな」

「同感。あのクルスがって驚きはあるけどね」

 悠々二回戦へ駒を進めたメガラニカもアスガルド戦は注目していた。サマースクールの際、幾度か光るところを見せていたとはいえ、あの時点では間違いなく対抗戦に出てこられるレベルではなかった。

 それが今、堂々と学校の代表者として舞台に上がっている。

 過去の彼を知る者ほど、驚きは大きい。

 ただ、ほんの少しだけ納得感もあるにはあったが――

「イネインはどうだ?」

 メガラニカもう一人の代表者がテラとジュリアに向け問いかける。

「さあ。一回戦は相手が弱かったからよくわかんなかったし」

「立ち姿を見ても弱くはないと思うけど……立ち合いを見ないと何とも」

「……そうか」

 誰もが勝つと思っていない相手。正直、秤とするには物足りない気もする。

 ただ、立ち姿は悪くない。むしろ、良いとさえ思う。

 下位校はそこが成っておらず、その基準はクリアしているように見えた。

 まあ結局は、

「お手並み拝見だな」

 闘争の中でなければ真価はわからない。

 情報を知る者以外は――

「気をつけろよ、クルス。イネインは、その二人はただの学生じゃないぞ」

 フレン・スタディオンは主催者側として、無理やり枠を増やした学校の状況を監査すべく、方々駆け回っていた時期がある。

 すぐに基地局の方へ回されたため、全てを知るわけではないが、たまたまイネインに関しては彼がその実力をしかと見た。

 異端の経歴を持つ異質なる雑草。

 ある意味、彼らはクルスと似ている。

「――イネイン騎士学校所属、マルティン・ユンガー」

 だが――

「申し訳ありませんが……僕らには野望がある」

 クルスとの違いは経験に基づく目的意識。死に物狂いで鍛え、成し遂げたい想いが彼らにはある。決して侮っていい相手ではない。

 眼鏡の男、マルティンは剣を正眼に構える。今時珍しい純正ソード・スクエア。

 構えた瞬間、其処に殺意が載る。

「……」

 誰かに言うわけにもいかず、ただ一人対ソロンに考えを張り巡らせていたクルスであったが、瞬時にその思考を捨てる。

 雑念を抱えていい相手ではない。

 そう判断した。

「俺たちは騎士にならなきゃいけないんだ。ここは通過点だぜ、相棒」

「勝たなきゃ始まらない。団の目が届く上位校と違って、私たちのような学校はこういう数少ない機会をものにしなければ、始まりすらしないから」

「大丈夫よ、マルティンなら」

 闘志と呼ぶにはあまりに獰猛な、殺気にも似たそれと共に、

「詰み殺すッ!」

 イネイン先鋒、マルティン・ユンガーが飛び出してきた。

 アスガルド先鋒、クルスは静かに待ち構える。

 即、間合い。

「ふ、シッ!」

 鋭く、コンパクトに振り抜かれた袈裟斬り。巧みであった。上位校と、それこそアスガルドの上位陣にも比肩し得る手応え。

 ゆえに――


「……え?」


 受け、流し、後隙を断つ。

 流麗なるカウンターが殺気を流し、残るは決着のみ。

「しょ、勝負あり!」

「そ、そんな、馬鹿な」

 アスガルド王立学園クルス・リンザール、文句なしの瞬殺。愕然と、敗北を飲み込めぬマルティンを残し、身をひるがえして舞台を去る。

 遅れて歓声が爆発した。

「お見事ですわね」

「気を付けろ。強いぞ、あいつら」

「それぐらいわかっていますわ」

「それに場慣れもしている」

「場慣れ?」

「実戦だ。あいつの剣から、そういう匂いを感じた」

「……?」

 カウンターは相手に合わせたものであり、それが素晴らしく見えれば見えるほどに、実のところ相手の攻撃も素晴らしいものであることが多い。

 理想的な袈裟斬り、そして自らもよく知るソード・スクエア。

 何よりも相手は実戦を積んだクルス・リンザールを知らなかった。

 其処が勝負の分かれ目、である。


     ○


「なに、してんだよ! 相棒!」

「……すまない」

 仲間の叱責を、ただ受け止める。そうするしかない。何故ならもう、大将戦に見込みがない以上、次勝とうが負けようがイネインが勝ち進む道はなくなったから。

 二人で勝つしかなかったのだ。

 御三家と言う巨人に勝つには――

「強かった。それに……彼も僕らと同じだ」

「……」

「実戦を、退魔を、目的としている。力が、届かなかった。端から力勝負を捨てた、対魔族仕様。悔しいのは、僕にその発想がなかったことだ」

「……相棒」

「完敗です。ぐうの音も出ない」

 一合すらも打ち合うことはなかった。だが、二人は互いをその刹那で知った。魔族に特化した剣、本当なら自分たちこそが体得せねばならぬもの。

 登った山を間違えた、そう突き付けられたような気分であった。

「……仕方ねえ。これが御三家ってわけだ」

「……学校のこと、頼みます」

「任せろ」

 勝ち目はなくなった。だが、それでもやれることはある。

「気負わなくてもいいぞ!」

 先生の言葉を背に、

「別に気負ってねえです」

 男は笑みを浮かべて勝利のなくなった舞台へ向かう。

 ここまで来たら就活は自分たちで頑張るしかない。だが、自分たちを拾ってくれた学校への恩義を果たすには、やはりこの場でやるしかないのだ。

 騎士の世界、それに燦然と輝くヴァナディース。

 それを倒せば、多少は名も上がるだろう。

「ちっ、グリトニルになり損ねたぜ」

 目的としていたところには遠く及ばないが――


     ○


 戦災孤児、魔族による侵攻で街を焼かれ、親を失った子どもたちを指す。

 百年前の決戦以降、大きく数を減らした存在であるが、残念ながらゼロになることはない。突発型ダンジョンの存在がある限り。予測はあくまで通常の発生源のみでしかないから。彼らは魔族によって親兄弟を失った不運なる者たちである。

 魔族への敵意。復讐心。

 それが独学で彼らを鍛えた。学校を開設するにあたり、国からの補助金と子どもの頭数が必要と孤児院に赴いたイネインにとっては幸運であった。

 二人の天才と、魔族と戦う理由を持つ子どもたちをたくさん手に入れることが出来たから。理由を持つ者は強い。

 グリトニル同様、決していい環境とは呼べぬ新設校であっても、彼らは貪欲に学び鍛えた。才能はアセナに届かずとも、戦う理由では誰にも負けない。

 子どもたちも馬鹿ではない。

 自分たちの負の感情が学校に利用されていることは気づいている。

 それでも彼らにとってはただ一つの『家』であり、其処に所属する者たちは皆家族である。その家族のために戦う、これはそのための戦い。

 それに――

「く、そがァ!」

「っ!?」

 戦災孤児の自分が頑張れば、同じ境遇の子どもが騎士学校に拾ってもらえるかもしれない。だから、少しでも足掻く。

 勝敗だけが彼らの目的ではないから。

 私立イネイン騎士学校次鋒、フリード・ハイデッカー。

「ぐ、ぎぎぎ!」

「……やりますわね」

 正面から、突っ込んできたフレイヤを受け止めた。

 盾と剣が、重苦しい音を奏でる。

「ヴァ、ヴァナディースと互角!?」

「いや、フレイヤの方が上だ。でも――」

 上位校も驚く。そしてそれ以上に、

「たまげたな、ヘレナ」

「……はい、ノア様」

 あれにぶっ飛ばされたヘレナが唇を噛む。

 押し切られたフリードはたたらを踏む。人生で、人間相手に圧し負けたのは生まれて初めてのこと。しかも相手は女である。

 背中に嫌な汗が滲む。

「これが、伝説の一族か。上等だァ!」

「意気や良しッ!」

 再度、衝突。

 より勢いがつき、体勢の良かったフレイヤが勝る。フリードは吹っ飛び、舞台の縁ギリギリまで飛ばされた。

 醜く、無様に、四つん這いとなりこらえた。

「……こんなもんか、俺は」

 歯を食いしばるフリード。イネインに所属する学生はもちろん、彼らが方々から集めてくれた講師たちですら、自分が劣ると思ったことはない。

 負けるなど、考えたことなかった。

「ぬん!」

「く、そ」

 ここでは受けられない。これまた無様に、相手の盾での殴り、その下をくぐるように前転し、回避に徹した。

 無様で格好悪い、観客からは罵声が飛ぶ。

「簡単には、負けられねえんだよ。俺たちはァ!」

「わたくしもそうですわ」

「ハァ? 感じねえな! 必死さも、泥臭さも、血の匂いも、何もッ!」

 盾と剣の衝突、その度にぐらつくフリードであったが、歯を食いしばり立ち会いを続ける。負けてなるものか、その執念があふれ出る。

「俺たちの何を知るッ!」

「ぐっ」

 実戦、その言葉の意味をようやくフレイヤは肌で理解した。空気が重い。その空気が、重みが、剣に載る。

 力では勝るのに、僅かに押し勝つばかり。

 勝負は決しない。

「不幸自慢をする気はありません。でも、僕らは確かに、そういう過去を原動力としてここに立っています」

 観客の声も少しずつ、戸惑いの色を帯びてくる。

 これは本当に、ただの足掻きなのか、と。

 本当に勝っているのは、優勢なのは、フレイヤであるのか、と。

 執念、それは――

「圧し潰せ! フレイヤ!」

 その声を聴いた瞬間、フレイヤは『全力』で盾を振り回す。

「ぐ、がァ!」

 まだ、崩れながらも抗おうとするところを、

「仕舞い、ですわ」

 のしかかるように右の剣を突き付け、詰み切った。

「……畜生」

 これで、

「勝負あり! 勝者、フレイヤ・ヴァナディース!」

 私立イネイン騎士学校は敗退。

「アスガルド王立学園、三回戦進出!」

 決して見れば大将戦を待たずの圧勝。されど、アスガルドの面々に笑顔はなかった。特にフレイヤは気圧された自分への怒りに満ち溢れていた。

 あの執念は知っている。似たものをいつも見てきた。

 それなのに、いざ突き付けられた時に飲まれかけた。

「強かったな」

「ええ。ですが……あなたほどではありませんわ」

「……そうでもない。俺とは違う。目を見れば、わかる」

 自分を彼が引き戻してくれなければ、勝負はわからなかった。

 彼らが持っていて、自分が持たぬモノ。

 彼女は今日、それを自覚した。させられた。


「会長?」

「善はハリーアップ。ウェイしちゃおうか」

「なるほど?」

 対抗戦を長年見てきた目利きならば、今年のアスガルドが異常なことも、今回のイネインが年さえ違えばグリトニル足りえたことも見抜けるはず。

 勝敗は水物。大事なのは中身。

 時は金なり、すでに裏の勝負は始まっている。

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