第193話:足りぬ者

「ウェイ、勝ち上がっちゃったねえ、アスガルド」

 ワーテゥルの会長は口調こそ軽薄だが、サングラスの奥の眼がギラリと輝いていた。元々騎士学校に入れなかったほどの才能、彼自身ノアの動きを追えていない。

 ただ、あれが凄まじい速さであり、それに対しクルスが瞬殺ではなかった事実が男をくすぐる。やはり玉、その判断に間違いはない。

 ただし、

(今、ただ一人負けた状態で値札を付けられる相手は、元々彼の実力と特性を鑑みて札を入れる入れない、の判断をしている者たち。今更勝とうが負けようが、おそらく評価は据え置きだろう。問題は勝ち負けで判断するミーハー層。出来れば早々に敗れてほしい。目利きの出来ぬ奴らに取られるほど、業腹なこともないからな)

 アスガルドが勝ち上がったことでクルス・リンザールがより多くの人の目に触れることとなる。その辺の私設騎士団相手なら何とかなるが、上位校系列の国立騎士団に動かれた場合、安定と言う面では逆立ちしても勝てない。

 彼の根が安定を選ぶとも思えないが、圧倒的才能相手の敗北と言うのはどれだけ惨敗であろうとも、心に響くものである。

 その結果、悪い方に傾くこともあるだろう。

 この場合の悪い方は、ワーテゥルにとっての悪い方、であるが。

 それにもう一つ問題がある。

(何故、この会場にユニオンの隊長格がこんなにもいる? 学生の目利きにしてはあまりにも豪華な面々。第三、第五は悪目立ちしているが、第一、第二、第九に、第十、そして第十二……この辺りはなかなか気づけまい)

 厳戒態勢と見間違えるほどの陣容。何かが起きるのではないか、ある程度確証でもなければこれだけの面々は動かせない。

 派閥を超え、隊を跨ぐ組み合わせゆえおそらくはグランドマスター案件。

 まるで騎士級の到来でも警戒しているかのような――

「……ウェイ」

 秩序の騎士もピンキリ、見る目のない騎士も大勢いる。採用に関して隊長格が初めの方のふるいで介入することはまずないと言える。そこらの騎士ならばいい。わかりやすい才能の方に目が向くだろうし、それらを取れば今年の枠は埋まる。

 充分勝算のある戦いであった。

 が、

(それにしても明らかに、本来無名であるはずのクルス君に『彼ら』の注目が集まり過ぎていた気もする。やはり、あの噂は事実なのか? 第七、レフ・クロイツェルが従者として学生を連れ回していた、と言うのは)

 本物たちを誤魔化すことなどできない。才能の輝きに目がくらむことなどないだろう。何故なら彼らは輝き、目を焼く側であるのだから。

 逆にそうではないのに、その域に手をかける者への興味の方が大きいかもしれない。加えてあのクロイツェルが興味を示している。

 囲おうとしているとすれば――

(……正直、実力的にはうちが取れるランクの学生じゃない。御三家や準御三家の動きが鈍いのは、ひとえに彼の背景が真っ新過ぎるから。土地の繋がり、家の繋がり、そういう得が望めないから、どうしても評価は辛くなる)

 そもそも現状ですら有名私設騎士団であるワーテゥルでも本来は手が出ないランクの学生である。無名であり、実力以外何一つ加点がない、つまり採用したところで騎士団に何も付加価値をもたらさないから、ギリギリ戦えた。

 極端な話だが例えば、リリアン・キャナダインを採用した場合、キャナダインとの縁を騎士団は得ることになる。直接利益があるかはわからないが、何かに使える可能性はあるため、当然大きな加点となる。

 これが騎士の家ならばもっと大きい。その家が大きければ大きいほど、家同士の繋がりは大きく広くなる。仕事において伝手のあるなしは大きい。

 特に土地に根を張る国立騎士団、ではなく国境をまたにかける私設騎士団であれば、その繋がりで新規案件を引っ張ってくることすらできるだろう。

 当然、加点である。

 クルスが無名である理由は、元も子もない話だがあらゆる意味で無名であるから、其処に尽きるだろう。

 そういう部分でしか学生を見ない騎士団も世の中にはある。

(だが、秩序の騎士は違う)

 第七、クロイツェルや第十二のレオポルドなど例外はいるが、基本的にユニオン騎士団の仕事に対する姿勢は待ちである。ガツガツ仕事を取りにいかずとも、実力さえあればおのずと仕事は舞い込んでくる。

 第一や第二など古い騎士団ほどその色は強い。

 ゆえに実力最優先、他の騎士団が重視し、加点する要素が通用しない。無論、ゼロではないのが世の中ではあるが――

「会長?」

「ウェイ、じゃないかもしれないねえ」

「!?」

 部下が驚くほどの反応。基本アゲアゲテンアゲブチアゲ男である会長が、部下とは言え他人を前に語勢を弱めた。

 それは大変珍しいことであったのだ。

 それだけ彼にとってクルスの評価はずっと高かった。何なら昨年の不調、イップスウェイと不調を喜んでいたほどである。

 去年までなら確実に取れた。死に物狂いで取りに行った。

 ただ、この状況下は――

(切り替え時、か)

 会長は今、眼下で繰り広げられている戦いを見て眉をひそめる。

 取れない人材に固執するのも無意味。なら、今この地にいる自分がなすべきはクルスより無名の、金の卵を見出すこと。

 イケるかもしれない、男は少しだけアガる。


     ○


 一回戦も折り返し、大会は大いに盛り上がっていた。第一試合こそ波乱含みであったが、それとて喉元過ぎ去ってしまえば問題はない。あれでレムリアが勝ち上がっていれば多少尾を引いた可能性はあるが、アスガルドが勝ち上がったためむしろ盛り上がりの一因となる。何でもそうだが、敵がいると場は賑わうのだ。

 良くも悪くも。

 実力が拮抗した試合もあれば、実力に開きがありすぐ決着がつく組み合わせもある。やはり一回戦は玉石混交、御三家クラスと下位校相手では大人と赤子ほどの差がある。超人と凡人に毛が生えた程度ではさもありなん、と言ったところ。

 そんな試合を見つめながら、クルスは顔をしかめていた。

 初戦、自分だけが負けた。

 危うくアスガルドを敗退させかけた。

 其処は一旦どうでもいい。

(……初めから負けていた)

 今、自分の心を揺らがせていたのは、ノアとの一戦である。出来る限りの努力は積んできた。結果も出した。

 それでも立ち合いの時点で勝ち筋が見出せていなかった。

 いつもイールファスとやる時もそう。クロイツェルとの稽古も彼が本気を見せたらそうなる。無いのだ。どれだけ探しても、何処にも何もない。

 必死で探した。あらゆる道を模索した。

 でも、

(……その上、あの成長だ。反則だろ、クソが)

 ある程度見込みでの成長を加味し、想定していたノアとの戦い。組み合わせが決まったのは突然であるが、イメージトレーニングでのマッチングはすでに何百と繰り返している。ソロンも、イールファスも、ユーグや先生方。

 とにかく自分より強い者とはイメージの中で片っ端から戦っている。

 現状の自分では及ばずとも、戦えるイメージが、超えられるイメージが湧くならいい。成長のピークを過ぎたとはいえ、まだ身長は伸びる。身長が伸びたなら当然フレームも大きくなり、積める筋肉も増えるだろう。

 魔力のコントロールも日々上達しているが、まだまだ練度を上げることは出来る。それらを加味し、最高の自分をイメージする。

 その自分が戦えるならいい。

 それならまだ頑張れるのだが――

(……勝てない)

 何千回とシミュレートしても勝てるイメージが湧かない。しかもノアに至っては自分がイメージしていた最高値をひょいと超えてきた。

 自分も伸びた。伸びたが、おそらく伸び率すら負けている。

 今、更新されたノア・エウエノルと頭の中で戦うも結果は同じ。当たり前なのだ。突然のマッチアップ、想定外ではあるが彼らと戦うための準備はとうの昔からしており、想定外であっても予習の範疇ではあった。

 集中も出来た。今出せる最高の自分は出せた。

 その結果が、瞬殺、惨敗。

(勝てるわけが――)

 厳然と聳え立つ才能の壁。

 生まれた瞬間から決まっている、絶対的な差が其処にはあった。

 ある程度のところまで来たからわかる。

 この先は――

「久しぶりだね、クルス」

「……今、話すべきじゃないと思うがな、ソロン」

 耳元でのささやき、そちらへ視線を向けずとも声でわかる。其処には当たり前のように連勝し、出番のなかったログレスの大将、ソロン・グローリーがいた。

 周りに反応がないところを見ると変装はしているのだろうが。

「つれないな。俺と君の間柄じゃないか」

「何の用だ?」

「用がなきゃ友人とも会話できないなんて、とても寂しい話だよ」

 断りなく隣に腰かけ、さらに肩を組もうとする手をクルスは払う。

「気が立っているね」

「御覧の通り負けたからな」

「相手はノアだ」

「なら笑えってか? ふざけろよ」

「ふふ、まったくもってその通り。やはり君はいい」

「あ?」

 からかっているのか、と思い睨むも、その横顔は心底嬉しそうであった。その笑顔にクルスは逆に気後れしてしまう。

 やはりこの男のことは少し苦手であった。

 底も、本音も、何も見えないから。

「あの後傾は君の案?」

「型のことなら、そうだ。少しでもお前ら天才との差を埋めるためにな」

「良い工夫だ。断っておくが嫌味じゃない。その工夫があったから、あの男は本気を出した。そしてその本気は、それほど長くは持たない」

「……」

「慰めでもない。ただの事実だし、及ばなかったこともまた事実。ノアは強かっただろ? イールファスともやっている?」

「ほぼ毎日な」

「さすがだ。ログレスじゃ俺とやりたがるのはアスラクくらいだよ。その彼だってログレス入りを決めたら、少し満たされてしまった。其処止まりだったなぁ」

「俺とやり合うかもしれない奴を――」

「クルスとは俺がやるよ。三回戦、俺は先鋒だ」

「……は?」

 いきなりバラしてはならぬことを当事者へ開示するソロン。その顔はいたずらっぽい笑みが張り付いており、何故だろうか、初めて彼の本当の顔を見た気がした。

 ゆえに直感する。

 これは嘘でも戦略でもなく、本当のことであるのだと。

「ログレスが、周りが黙っていないだろ。レムリアは、ノアはまだわかる。次鋒は相当使えたが、それでも俺なら勝てた。あのスペックで技術の差し合いなら負けん。俺は客がどうなろうと、サシである限り相手に攻めさせるからな。俺の領分だ」

「俺もそう思うよ。君ならどっちも勝てた。むしろフレイヤよりも相性が良かったと思う。あれはあくまで初見殺し、二度目以降は勝敗も揺れるだろう。まだ粗く、隙も多い。それを突ける者は少ないが、彼女はその内の一人だ」

「……つまり、レムリアは次鋒勝負が全て」

 クルスは理解していた。

「そうだね。だから目立ちたがり屋のノアは先鋒を買って――」

「だから『最悪』に備えてノアが先鋒を買って出た」

「……?」

 ノアの、本当の思惑を。

 ソロンはかすかに首を傾げた後、意図を察したのか目を見開いた。

「彼が、余人のために自ら泥を被ったと?」

「あいつはそういうやつだろ」

「……へえ、随分理解しているんだね」

「少し世話になっただけだ。誰でもわかる」

 ソロンは理解出来なかった。おそらくイールファスも出来ない。

 クルスは理解した。ノアは実行した。

 それが男にはほんの少しだけ不愉快であった。

 まるで違うことを突き付けられているような気がしたから――

「レムリアの『最悪』は現実味があった。だからノアは対策を打った。その対策が俺とのマッチアップだ。ログレスもそうするのか? 最優はその程度か?」

「イールファス相手なら俺だよ。ノアでもそう。まあ、三人ともそう思っているがね。だから、状況は同じ。そして、開帳してしまった以上、対策は打てる」

「だろうな。だから、今度こそ三強勝負で良いはずだ」

 完全無欠、その知識量は積み上げた今のクルスですらまだまだ及ばない。彼がいる以上、初見ですべてが看破されたと考えるべきであろう。

 フレイヤ対策は打たれる。それを実行するのは最優の学生、上手くやるはず。

 だから、わざわざソロンが無駄に泥を被る必要はない。もちろん何の手も打たず、むざむざフレイヤの一勝をくれてやる気はないが。

「……」

 まあ、何よりも――

「ソロンとノアは違うだろ」

 ソロンとノアは違う。

「何が?」

「ソロン・グローリーが他人のために骨を折るとは思えない」

「……君のためにあれだけ骨を折ったのに?」

「あれは実験だろ。クロイツェルと同じ、自分のデッドコピーを作るための。間違っても思いやりの精神じゃない。だから、俺も気兼ねせずに受けられた。借りとすら思っていない。俺は間違っているか?」

「……」

 ソロンは珍しく狼狽えていた。指摘したクルスが間違えたか、と少し焦ってしまうほどに。それほどに揺れていた。

 ただ一人、欠けずに立つ完璧超人が。

 そして――

「正解」

 ソロンは無理やりクルスの肩に手を回し、力ずくで抱きしめる。

「っ、ぐ」

 想像通り、フレームでは劣るはずなのにディンよりも出力が高い。これは筋出力ではなく、魔力のコントロール差であるのだろうか。

 何気ない動作一つ、違いがわかる。

 想像通り、想定以上の化け物。

 届かぬ頂き、それが見えた。

「俺はエゴイストなんだ」

「んなもん、前から知ってるよ」

「うん、そうだね。そうだと願っていた。でも、君は知らない」

 ソロンは満面の笑みで、

「だから、俺は君とやるんだって。学校とか、他人とか、どうでもいい。俺が、ソロン・グローリーがクルス・リンザールとやる。遊ぶ。それが一番重要だ」

 赤裸々に伝える。

「楽しもう。俺は強いよ。絶対に、飽きさせない。これから先、君をずっと追いかけさせて見せる。その甲斐性を示そう」

 理解を超える天才の執着を。

 誰一人、自分を見つけてくれなかった。

 かくれんぼが上手過ぎたから。

 でも、

「ログレスが、それを認めるのか?」

「備える性分でね。学校を強請る手札は、それなりに持ち合わせている。冗談じゃないのは伝わっているだろ? 本気だよ、俺は」

「イカレている」

「そう、その通り。それも俺だ」

 クルス・リンザールなら見つけてくれる、そんな気がした。

 だから、本気でやろう。本気で遊ぼう。

「途中で君が折れたら、きっと俺はどうにかなっちゃうんだろうなぁ」

「……」

 学校のメンツとか、対抗戦の価値とか、騎士団の評価とか、心底どうでもいい。

「信じているよ、クルス」

「その前に、お互い二回戦があるだろうが」

「君の方は多少面白そうだけど、それでも俺と君はやることになるよ」

「……」

「対抗戦はそのための舞台だろ?」

 本気でそう思っている。

 イールファスもその気はあった。だが、まだファナのこともあり多少揺れている面はある。でも、この男には微塵もない。

 他者への気遣いも、周囲への配慮も、全ては『己』が道を円滑に歩むため。

 其処への愛は無い。

 ほんのひと欠片すら。

 輝き、完璧なる男の、大き過ぎる欠けをクルスはこの時見た。

 『他人』に見せない子どものような無邪気な笑みが、それを示す。


     ○


 騎士対抗戦は一日目、一回戦を四分の三消化し、残りの四分の一と二回戦全てが翌日に消化される予定である。

 今のところ大会は順調そのもの。レムリア以外の有力校はすべてしっかり勝ち上がっていた。二回戦、三回戦と上に行くにつれ潰し合いとなるが。

 やはり目を引くのは三回戦の頭でぶつかるアスガルドとログレスであろう。

 ただし、大衆の期待に沿うことは、無いのだが――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る