第191話:勝負の次鋒戦
「すまん」
歯を食いしばりながら、次鋒であるフレイヤへ謝罪を投げかけるクルス。ここでフレイヤが敗れたなら、その時点でアスガルドは敗退してしまう。
三強が一角、イールファスの出る幕なく。
「あら、本気で勝つ気でしたのね」
「……当たり前だ」
「なら、胸を張りなさい」
「あ?」
「最後まで足掻いた姿、格好良かったですわよ」
「……」
そう言ってクルスと入れ替わり、フレイヤは舞台へ向けて足を向ける。敗れたクルスは歯を食いしばりながらただ祈るしかない。
彼女が勝利することを。
大観衆はフレイヤの登場に大いに賑わう。彼女がヴァナディースであることもそうだが、どちらかと言えばノアの先鋒出場によるレムリアのヒール化が大きい。
正々堂々大衆の望む布陣を敷いたアスガルドが正義。
姑息にも三強勝負を避けたレムリアが悪。
そういう空気が会場を包んでいた。
「頑張れ!」
「勝てるぞ!」
「御三家の意地を見せてくれー!」
フレイヤの登場には歓声が浴びせられ、
「ひっこめ卑怯者!」
「あれだけ強いのに勝負を避けるなんてダサいぞ!」
「誇りはないのか誇りは!」
レムリアの次鋒が登場した際には罵声が浴びせられる。
彼らが選んだ道とは言え、フレイヤからすると気分の良い状況ではなかった。普段なら逆に揺らいでしまったかもしれない。
この状況を憐れんで。
しかし、
(……卑怯とは思いませんわ。如何なる布陣を敷こうとも、それは各々の勝手。身勝手な期待に応える道理などありませんもの。でも――)
今この局面、フレイヤは矜持を一旦横に置く。
もっと重要なことがあるから。
「次鋒、アスガルド王立学園所属、フレイヤ・ヴァナディース!」
「ここに」
「次鋒、レムリア王立学校所属、ヘレナ・テロス!」
「いつでも」
ノアが三強勝負を避けた以上、彼の白星は勘定に入れるしかない。ここが勝負の分かれ目であり、両校の明暗が、勝敗が決すると言える。
勝った方が次へ駒を進める。
ゆえに――
○
「クルスは仕方ねえ。問題は――」
遠く離れた学園の食堂で皆がフレイヤの勝利を祈っていた。クルスの敗北は仕方がない。本人は絶対にそう思っていないだろうが、当たった時点で皆はある程度覚悟していた。彼ら上位陣はクルスが知るより少し先のノアを知っていた。
その時点でも化け物であったのに、今回のノアはおそらく秩序の騎士であろうとも、それこそ隊長格で何とかしのげるかどうか、そういう次元であった。
学生どころかプロの大半が手も足も出ない。
そういう『速さ』であった。
負けた結果よりも、むしろ食らいついたクルスへの称賛が勝る。受けに特化したクルスだから初手で終わらなかったのだ。半端に、攻守どっちつかずで対峙していれば大半が初手で沈められている。
それこそディンやデリングですら例外ではない。
だから、負けても仕方がない。逆に言えば大将戦の白星も確定したようなもの。ゆえにこの組み合わせとなった時点で、端から次鋒戦が焦点であった。
「ヘレナ・テロス、レムリアの二番手だな」
「一年からずっと二番手だよな、確か」
「ああ」
デリング、ディンはもちろん、他の上位勢どころか同学年の面々なら大半が知っている有名人である。
三強には及ばずとも、ずっと御三家レムリアの二番手を守り続けてきた実力は本物。勝負の次鋒戦を任せられるにふさわしい人物である。
「確かメルとデゥンが一発かまされていたなァ」
「あン?」
「あ?」
ヴァルの言葉にミラとフラウが凄む。しかし当然、この男に反省の色はない。この学年の上位陣は煽り合わねば気が済まぬらしい。
ちょっとしたスキンシップである。
殺気は漲っているが――
「強いし、安定感があるのは間違いねえよ。型も独特だが受け寄りのバランス型、崩すのは結構難儀だぜ、実際のとこ」
ディンは難しい顔をしながら頭をかく。彼の見立てでは多少フレイヤに分があると思うが、それはある程度上振れる前提での話。
新しい型を習得して以降、かつては安定感のあった剣はどこへやら、かなり博打的な要素が強くなった。これに関してはまだまだこなれていない部分と型自体の完成度が低いことも挙げられるだろう。
それでも前よりは平均的に強い。
が、下振れると前よりもずっと弱い時もある。あの大舞台で、果たして平常心を保つことが出来るか。下振れないと言い切れるか――
こういう時、恥知らずにも思ってしまう。
「……」
自分なら、と。
「だが、勝つのはフレイヤだ」
だが、デリングはそう断言した。
「なんでそう思うんだ?」
団の評価はおそらく五分。合同演習の時点でも肌感はそうであった。レムリアも勝てると踏んで、当てに来たのだ。
断言できるほどの差はない、はず。
「フレイヤ・ヴァナディースだからだ」
「……あの、真面目な話なんだが」
「真面目だぞ?」
デリングは苦笑しながらドン、と構える初恋の相手を見つめる。誰よりも彼女を知る自信がある。彼女のことならなんだってわかる。
伊達に長年付きまとってはいない。
「リンザールが勝っていれば、負けていた可能性はある。だが――」
デリングは知る。彼女の根を。
「リンザールが負けた今、あいつは絶対に負けん」
フレイヤ・ヴァナディースは、
「それがフレイヤ・ヴァナディースだ」
誰がための騎士であるから。
○
会場が、特に騎士の学生たちが騒然とする。
ヘレナのことは知っている。珍しいが有名であり今更驚くこともない。長短の双剣使い、短い方を左手に持ち護剣とし、捌きながら右の長剣で討つ。
攻守兼備、ナルヴィのカーガトス同様繊細な前捌きを要求されるが、それをこなせるからこその御三家レムリアの代表である。
「……」
問題は、
「何だ、あの構え」
フレイヤ・ヴァナディースの方であった。
ヴァナディースの型は有名であるし、ユングのみならずヴァナディースの縁者は直系でなくとも剣と盾を扱うことは多い。ちなみに倶楽部ヴァルハラに所属している金髪ドリルちゃんもかつてのフレイヤと同じ型を扱う。
ゆえに対抗戦でも結構おなじみなのだ。
だが、今のフレイヤは違う。左手で盾を持ち、それを押し出すような形で構えている。右手に剣を持つも、それは盾の奥に潜みどう捌くのか見当もつかない。
「隊長、どう思われますか?」
「ううむ。わからん! だから面白い! 第三に欲しい! 出来ればどっちも!」
「……また女性比率が増えますよ。マスター・ウーゼルからも小言が」
「言わせておけ!」
盾をメインとする無名流。とうの昔に風化して消えた初代ヴァナディースの型である。誰かを守るため、その一心で培われた戦い方。
出来れば敵を傷つけることなく制圧したい。
そういう想いもあった。
「ノア、汗は拭けたのか?」
「おう。ちょびっとしか汗かいてないからな。……なんだ、あれ」
「さあ、よくわからん」
息を整えたノアはけろりと仲間の元へ戻り、フレイヤの妙な構えを見た。どうにも肌がざわつく。嫌な予感がする。
以前のフレイヤは正直、あの二人や今のクルスと比べて一枚落ちるイメージであった。だから自分がクルスを受け持ち、ヘレナをフレイヤに当てた。
其処に間違いはない。さっきはそう確信していたのに――
「気を付けろ! ヘレナ!」
ノアの嗅覚が、危険を察知する。
が、
「始め!」
もう遅い。
「ハァッ!」
ノアほどでなくとも規格外の魔力を持ち、それを踏み込みに注ぎ込む。圧倒的な推進力を、加速力をそれで得た。
爆発的な踏み込み、それはノアの鋭い加速とは違い、何処は重厚感あふれる巨大な鉄の塊が押し寄せてくるような、そんなイメージが見えた。
「ッ!?」
ヘレナ・テロスは驚愕する。昨日から、いや、ずっと前から意識していた同性の好敵手。幾度も戦う想像をした。勝つために、勝利をノアへ捧げるために、幾度も幾度も、何手も、何十手も、何百手も、練り込んだ。
それが彼女の枷となる。
フレイヤは盾を構え、ただただ全力で突っ込んできた。
当然、そんな想定はしていない。
「そんな愚直な突進など!」
短剣で捌くような代物ではない。ここは足さばきで対応する。ヘレナは突進を回避するため、回り込んだ。
「よかったな、クルス」
「……煩い」
右手の、剣を持つ方とは逆へ。
この構えに対するセオリーはわからないが、それでも直感的に武器を持たぬ方が安全圏である、そう考えるのは至極当然であろう。
まさか、
「憤ッ!」
「……えっ?」
そちらが地獄行きとは、誰も思わない。
横薙ぎの、力任せの一撃。ただ盾を相手に向けて、薙ぎ払っただけ。片手である。そしてヘレナは長短の剣をクロスさせ、両手で受けた。
なのに、
「いや、嘘、いや、だめ!」
片方は微塵も揺らがず、片方は宙を舞う。
高く、遠く、手を伸ばすも届かない。
「お願い、まだ、私はァ!」
彼女は落ちる。舞台の外、場外へと。
何も出来ず、何もさせず、暴力的過ぎる圧巻の制圧。
学生たち、見定めに来た団の関係者、そして秩序の騎士たち、全員が呆気に取られるほど、その瞬殺劇は皆の想定を超えていた。
「しょ、勝負あり! 勝者、フレイヤ・ヴァナディース!」
「やりましたわ」
ブイサインを送るフレイヤに、クルスたちは身震いした。二人とも初見、一発かまされた同士。その対応の難しさ、従来とは違い過ぎるそれが、あれだけ豪速で、有無を言わさずに迫り来るのだ。
「「……」」
普通に怖い。
「……はは、やるなぁ」
ノアは頭をかく。想像を遥かに超えてきた。分の良い勝負とまで楽観はしていなかったが、いい勝負になるとは思っていたのだ。
これで一勝一敗。
だが、
「ノア、俺」
「悪い、俺の作戦負けだ。ま、そう固くなるなよ。お祭りだぜ? 精一杯、やれる範囲でいいさ。楽しんで来い」
「でも、お前、ソロンと」
「んなこと気にすんなって。つか、俺のことより自分だ自分。ここでワンチャン掴んだらあれだぞ、超モテるぞ。そんな感じで行こうぜ、な」
星の数と状況は全然違う。
遅れて大歓声が降り注ぐ。正義のアスガルドが勝利へ大きく近づいたから。
いや、ほぼ勝利が確定したから。
「の、ノア様、ごめんなさい、私、お役に、立てず」
顔をぐしゃぐしゃに、涙と鼻水を垂らしながら泣くヘレナに、ノアは何も言わずに肩を貸して支えた。
そして頭をぐしゃぐしゃに撫で回し、
「まァだ負けてねえさ。最後まで応援だ!」
「……はぃ」
彼女を全力で励ました。
「かっとばせー!」
ノアは力いっぱい、大声で仲間へ声援を送った。
「無意味なことを。もう終わりだろうに」
ソロンの言う通り、勝負はついてしまったのだが。
この大正義アスガルドへ向けられた声援が全てを物語っている。小細工をした結果生まれた大将戦、アスガルド最強対レムリアの三番手。
もはや、見るまでもない。
レムリアは負けたのだ。
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