第188話:くじ引き
「前年度優勝校、ドゥムノニア国立騎士学校!」
「はい!」
司会進行に呼ばれたドゥムノニアの代表者が立ち上がり壇上へ向かう。
総勢百二十八校、騎士連盟がアルテアンの要望に応え無理やり学校の数をトーナメント表に収まるよう調整したのでは、と思えるほどきっちりとした数である。
六十四校の山が二つ。その内の大半が言ってしまえば記念出場のようなものであり、本気で優勝を目指しているのは御三家、準御三家ぐらい。
あとは二年前のグリトニルのようなダークホースがいるかどうかだが、まあそんな学校は滅多に出てこない。
優秀な子どもは皆、より高みを目指し御三家、準御三家の門を叩き、其処に入り込む。よほどの理由がない限り、上から下の流れなのだ。
才能の流れと言うものは。
だからこそアセナ・ドローミは伝説となったわけで――
「いくらなんでも多過ぎないか、学校の数」
「多過ぎる」
「まあ、多過ぎますわね」
クルスの素朴な疑問にイールファスとフレイヤも頷く。御三家に入るような子どもからすれば、準御三家未満の学校など必要かと思ってしまう。
大半が団入り出来ず、こうして代表者になった者が系列の団に入ったなら御の字。下位の学校など代表者でも普通に団入り出来ないことはざらである。
特に最近は団と直接の繋がりのない学校も増えてきたため、尚更そういう話は多くなってしまう。
「騎士になるっていうのはまあ、手っ取り早く上流の仲間入りできる方法ではあるからね。そうでなくともイメージ的に格好いい職業なわけだ」
エメリヒは苦笑しながら話す。
「……」
イメージ的に、かつてはその意味がわからずクルスだけが首をかしげていたが、今はフレイヤとエメリヒの二人が浮かべる微妙な表情、その意味がわかる。
騎士の仕事とは決して華やかなだけではない。地味な裏方もあれば、汚れ仕事だってある。見た目ほど綺麗な業界ではない。
「憧れ、なりたい。そう願う子どもの願いを叶えるべく、親が道を敷こうとするも一般家庭じゃ家庭教師はもちろん、予備校に入ることも金銭的には難しい」
入ってからもそれなりに授業料などで大変ではあるが、そんなものよりも騎士学校へ入るための教育にこそ莫大な金がかかる。
だからこそ、
「そういう家庭を狙い撃ち、って感じかな。ああいう学校は」
安価で騎士を目指せますよ、受験は簡単ですよ、免除ですよ、そういう学校が生まれ、そういうご家庭が子どもを預けていく。
半ば彼らも理解している。
そんなもので騎士にはなれないことぐらいは――
「私立イネイン騎士学校」
「うす!」
またも聞いたこともない学校の名が飛び出す。立ち上がった学生のガタイは良いが、体だけは大きい男などいくらでもいる。
この会場だけでも掃いて捨てるほどに。
「三番ですね」
「うっし、一桁!」
一桁番号を引いたからと言って何故喜んでいるのか、誰にもわからない。たぶん馬鹿なのだろう。下位校の学生が考えることは難しい。
そんなこんなでさらに進み、
「ログレス王立騎士学校!」
「はい」
ド本命、三強最優と目される男、ソロン・グローリーが立ち上がった。
全員の視線が彼へと向けられる。クルスもまたそちらへ視線を向けていた。何故か一瞬、視線がかち合った気がしたが、さすがに気のせいだと思いたい。
と言うかたぶん同じ三強であるイールファスに向けて、とクルスは解釈した。
輝ける男が何番を引くか。
すでにくじを引いた学校の代表者たちは息を呑む。
ログレスが何処を引くか、その場所で順位が決まる学校が大半である。三強擁する御三家に勝てる学校などほとんどないのだから。
「七番!」
「おおっ!」
会場がざわつく。またも一桁、悲喜こもごもの反応が巻き起こった。まだ八は空いているが、五、六は埋まっており、彼らは涙を流すしかない。
最高二回戦、それが確定した瞬間であったから。
逆に遠い学校はぐっと拳を握る。結局、内容などはよほどの名試合でなければ語り継がれることなどない。その年のレベルだってあまり関係がない。
大事なのは結果、その年何処まで勝ち上がったか、それだけ。
その実績が翌年の就活に、ひいては学校全体の評価に繋がるのだ。
「近いな」
「ああ。二つ勝てば最優と当たることが出来る」
「いいくじ引いたぜ」
先ほど三番を引いた学校の代表者二人がなんか如何にもつわものっぽい会話を交わすが、周りはそれを白い目で見ていた。
強がりもここまでくると哀れに見える、と彼らは思ったのだ。
「王立マグ・メル学院」
「はい」
準御三家も出張る。
マリ・メルが引くは――
「六十五番!」
「ふぅ」
きっちり逆の山。これで決勝までログレスと当たらないことが確定した。もちろんまだまだ御三家は二校残っているし、準御三家の強豪も控えている。
それでもソロンとは離れた。それは彼女らにとって非常に大きかった。
その様子を、
「ちっ、つまんないわね。八引いて死になさいよ」
妹は中継を見つめながら毒を吐いていた。
さすが遠く離れていようとも姉の武運を祈る、などと言う殊勝な心は微塵も持ち合わせていない。それがミラ・メルと言う女である。
「七十二番」
「これは」
私立の星、メガラニカが七十二番を引く。この数字はマグ・メルと近く、順調に勝ち上がれば三回戦で準御三家の両雄が衝突することとなる。
マリとテラ、学校を背負うエース同士の火花が散る。
どっちも気に食わないから負けてしまえ、と遥か遠くから声が聞こえた気がしたが割愛。公平な、忖度なしの組み合わせである以上こういうことは起こり得る。
どこもかしこもバチバチ、全員が学校を背負い、少しでも上を狙っているのだ。
これは一種の戦争である。
そして、
「レムリア王立学校!」
「待ってましたァ!」
ド本命その二、レムリアのノアが待ち切れないとばかりに立ち上がった。そして、誰よりも速く壇上に辿り着き、誰よりも素早くくじを引く。
「ちょ、あ、速過ぎ――」
「なるほどね」
引いたくじを司会進行の方へ投げ、慌てて彼が掴もうとする最中、ノアはソロンの方へ視線を向けていた。獰猛な笑みと共に。
「数字は気に食わねえがよ。ようやくやれるなァ」
「に、二番!」
「ソロン!」
会場がどよめく。順当に勝ち上がればこちらも三回戦で衝突することになる。御三家同士、三強同士の潰し合いがほぼ確定した。
逆の山の者たちは拳を強く握る。
早期に御三家が潰し合ってくれる。他校からすれば最もおいしい形である。
「睨むなよ、ノア。小物に見えるぞ」
ソロン対ノア。大会屈指の好カード、場合によっては事実上の決勝戦ともなり得る。大会運営側である騎士連盟はほんのり冷や汗をかく。
まあ、ガチンコだから文句を付けられる筋合いはないが。
「ログレスとレムリアがぶつかるか」
「残念ですわね」
「残念?」
「どちらともやりたいでしょう?」
「……そう、だな」
当たり前と言わんばかりのフレイヤを見て、クルスは劣等感に圧し潰されそうになる。クルスの本音は両校が潰し合ってくれ、その間に逆の山で決勝まで辿り着く、これが理想だと考えていた。
今も、そう考えている。そう考えてしまっている。
「……」
フレイヤのきょとんとした顔、イールファスの無言無表情、それらに自分の弱さを咎められているような気がして――
「ブロセリアンドは十八、近いようで遠いな」
「それでも準々決勝止まりが確定したようなもの。笑顔はないな」
御三家、三強が放つプレッシャーは例年の比ではない。例年なら御三家がなんだ、ぶっ潰してやる、と勢い勇む準御三家連中も星取りで一つの黒星が確定している状況下では、元気よくなどいられない。
「さあ、そろそろ来るぞ」
「最後の一校が」
残りの枠も少なくなってきた。
「八番!」
「ぅ、ぅあああ!」
戦う前から泣き崩れる学生。それを見てソロンは苦笑するしかない。せめて挑み、敗れてから泣けばいいのに。
少なくとも彼なら、絶対に諦めない。
どれだけ勝ち目が薄くとも――
「残念だ」
「何か言ったか、ソロン」
「いや、何も」
自らの隣も埋まった。せっかく空いていたのに、なかなか世の中はままならない。運命とはそれほどドラマチックには出来ていない、と言うことなのだろう。
まあノアで我慢するか、とソロンはため息をつく。
どうせ勝ち上がれば嫌でも巡り合うのだから――
「アスガルド王立学園!」
そしてとうとう、この時が来た。
御三家、そして三強最後の一角、イールファスが何処へ行くか。
「……」
それが決まる時が、
「あ、アスガルドの代表者ー?」
来た、はずなのだが、肝心のイールファスが立ち上がらない。
何か考え込み、
「クルスに任せた」
「は?」
突如、クルスへ放り投げた。
「ちょ、話が違う。フレイヤも何か言え」
「わたくしはどちらでも構いませんわよ」
「せ、先生」
「誰でもいいよ、くじなんだから」
何故か味方がいない。
加えて、
「代表者の方、このままだと棄権になりますよー」
司会進行も時間が決まっているのか、容赦なく締め切るつもりである。猶予はない。イールファスに立ち上がる気もない。
他の二人は暢気なもの。
「……く、くそが」
「いい数字引けよ、クルス」
「ちっ」
立ち上がった男を見て、会場全体がぽかんとする。
輝ける男が、神速の男が、代表者として前に進み出たというのに、まさか期待されていたルナ族の神童ではなく、何処の馬の骨とも知れぬ無名の男が立ったのだ。
ソロンは目を丸くし、ノアはゲラゲラ指さして笑う。
(……残り八枠、たった一つだ。八分の七を引けばいい。たったそれだけ。何の問題もねえ。引けばいいんだよ、引けば。確率通りに)
誰だあいつ、みたいな空気の中、クルスは壇上に上がる。
「さあ、どうぞ」
「……」
深呼吸を一つ、クルスは思い切りよくくじへ手を突っ込んだ。
八分の七、確率は正しく収束する。数字は正しい。莫大な試行回数をこなせば、確率は正しく分布する。
それが数学であり、算術である。
クルスの得意分野、考えるまでもない。
確率通り――
(来いッ!)
その数字以外が来るはずだった。
だが、
「い、一番です!」
「……あっ」
運命は確率を超える。
ソロンが目を剥く。ノアから笑みが消える。
イールファスは、
「あははははは! 最高、やっぱ、最高だ、クルスは」
珍しく感情を爆発させ、腹を抱えて笑っていた。
誰もが絶句する忖度なしの運命。
御三家が、三強が、三回戦までに全部潰し合う。
「……へえ、やるじゃねえかクルス。この俺様を差し置いて一番を引き、あまつさえ俺の道を阻むってか。面白ェよ。最高だ。なァ」
笑みの欠片もない神速の天才が――クルスを睨む。
騎士対抗戦一回戦第一試合、アスガルド王立学園対レムリア王立学校。
御三家同士の壮絶な潰し合いから大会の幕が開けることとなる。
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