第187話:再び巡り合う

「久しぶりですね」

「ええ。いつぶりかしら」

「「……」」

 バチバチに睨み合うマリとフレイヤ。どうやら二人は知人であるらしい。クルスはあまりにも興味がないのでこっそりその場から離れた。

「ミラには内緒にしてくださいね!」

「……」

 その背中に向け、念押しが加えられたのだが、そもそもそんな告げ口などする気はない。まあ知ったら自分のことは横に置き煽り倒すのだろうが。

 ちなみに騎士界隈、結構横のつながりは多く、特に名門であればあるほど顔見知りであるケースが多くなる。

 フレイヤ、マリも、ヴァナディースとメルの家同士の絡みで知り合い、互いに騎士を志す者として剣を合わせ、当時はフレイヤが勝ったとか何とか。

 以上、後で聞いてもいないのにフレイヤから説明された説明である。

 祭りの喧騒に消えたイールファス。寂しさからか手あたり次第声をかけ始めた哀しき独身貴族エメリヒ。そしてマリとバチバチのフレイヤ。

 ノアに絡まれたことを思い出し、ホテルへ戻った方が落ち着くだろう、とクルスは判断し、現在はそちらへ足を向けていた。

 今、この祭りを歩き回るのは面倒ごとを増やすだけ、と彼は考えたのだ。

 なお、ホテルにいても人とのかかわりは避けられなかったのだが――それを今のクルスが知る由はない。


 そんな中、

「おや」

 都市に張り巡らされたフリーライドの列車、その乗車口にて、

「……貴方は、マスター・ゴエティア」

 クルスはたまたまユニオン騎士団第十二騎士隊隊長、レオポルド・ゴエティアと鉢合わせる。互いに少し驚いた表情を浮かべた後、

「君は確か、二年前ユニオンで倒れた子だね」

「その節はご迷惑をおかけしました」

 再会に笑顔を浮かべる。クルスも介抱してもらった手前、普段のような尖ったかかわり方ではなく、柔らかい対応となる。

「アスガルドのクルス・リンザール君、だったかな」

「名前を……光栄です」

 向かう先はわからないが同じ列車に乗り込み、自然と隣の席に腰かけた。

「クロイツェル君は元気かい?」

「あの人はいつも通りです」

「ふふ、だろうね」

 あの時名乗ったこともあるが、どちらかと言えば認知された理由は昨年の従者として、第七騎士隊に同行した件であろう。

 内部の者なら多少噂になっていてもおかしくはない。

「ここにいるということは代表者になったんだね」

「何とか選んでいただけました」

「層が厚いと聞いていたから競争も大変だったろう?」

「どこの学校も同じかと」

「謙遜せずともいいさ。自らの力で成したことは胸を張るべきだ。それが、打倒してきた者へ報いることにも繋がる」

「勉強になります」

 他愛ない会話。普段は無駄な会話は面倒くさく感じてしまう質であるが、何故かレオポルドとの会話でそういう思いを抱くことはなかった。

 穏やかで、落ち着き、何処か壁を感じる。

 少し『先生』に似ているような気がした。理由はわからないが。

「……二年前、君は騎士級と遭遇していたね」

「はい。確か、後日シャクスと命名されたとか」

「ああ。ガーター君がそう名乗ったと言っていたからそのまま名付けた。大変だったろう? 秩序の騎士でさえ、騎士級との遭遇は死を覚悟せねばならない。学生である君たちならば、恐怖で圧し潰されてもおかしくはないはずだ」

「……そうですね。恐ろしかったです」

「理性無き怪物だ、当然のこと」

 レオポルドは悲しげに目を瞑る。おそらくは亡くなったピコのことを想っているのだろう。のちに知ったことだがメガラニカと第十二騎士隊は深く繋がっていたから。だから、言うべきかは迷った。

 迷ったが――

「理性は、あったと思います」

「……相手は魔族だよ?」

「確かにピコ先生は殺されてしまいましたが、自分たち子どもは殺されなかった。いくらでも殺すことが出来たのに、そうしなかった」

「……」

「最後、稽古みたいに感じたんです。おかしな話ですが、もっと、もっと、強くなれ、と言われたような、そんな気が。気のせいかもしれません、が……」

 クルスは話しながら呆気に取られ、言葉を失う。

 目の前の男が突然、真顔のまま涙を流し始めたから。

「ま、マスター・ゴエティア?」

「あ、す、すまない。最近歳のせいか、涙腺がもろくてね」

「そ、そうなのですね」

「稽古か、そうか……いや、その感想は初耳だった。私はこれでも魔族に関する研究者でもあるのでね。貴重な意見をいただいたよ」

「あくまで自分がそう感じた、と言うだけですが」

「充分だ」

 男の浮かべた優しげな笑み。それが全てではないのだろうが、それでもクルスはこの時見たのだ。レオポルド・ゴエティアの一面を。

「私はここで降りよう」

「そうですか」

「楽しい時間だった。だからこそ、一つだけ忠告をしておこう」

「忠告、ですか?」

「ああ。君はユニオン騎士団を志望しているのかな?」

「はい。一応、そのつもりです」

「それは何故?」

 レオポルドの問い。面接用の受け答えはいくつも準備してある。それを口にすれば良いだけなのだが、何故かクルスは言葉が出なかった。

 目の前の男に、男の眼に、嘘は通じないと思わされたから、かもしれない。

「そもそも何故騎士団に入るのか。何故騎士になるのか。それらも含めて答えがなければ、真の意味で騎士とは言えない。君はそれを探すべきだ」

 列車を降りながら、

「何がために騎士は立つ……いつか答えを聞かせてくれ」

「……イエス・マスター」

「ではまた」

 ほんの少しばかり、たまたま道が重なった。これで二度目の奇縁。

 レオポルドは微笑む。何処か弟の息子に、そして弟が面倒を見た多くの子どもたちに似た、あの黒髪の青年。

 もしかしたら彼の存在が弟を束の間、騎士に戻してくれたのかもしれない。

「あの!」

 そんな思いに耽るレオポルドの背に、

「マスター・ゴエティアは何がための騎士なのですか?」

 車窓から質問を投げかけた。

 男は笑みを深めながら、

「我が民がため、だ」

 迷いなく即答する。振り返ったその眼を見て、クルスは息を呑んだ。確固たる信念、迷いなき言葉、答え。

 これが騎士、レオポルドの柱なのだろう。

 綺麗ごとにしか聞こえない。他の者がそう言ったなら鼻で笑うかもしれない。それでもクルスは真っすぐに受け止めた。

 強い答え。自分にはないもの。

 それを突き付けられた気がしたから――


     ○


 忽然とミズガルズからレオポルドが消え、

「……」

 世界と世界をつなぐ回廊、其処にレオポルド、いや、サブラグが立つ。

 目の前には――

『■、ガギ、■■』

 十字架に打ち付けられ、朦朧としながらもサブラグを睨む『先生』ことゼロス、もしくはイドゥンか、どちらにせよもう意識はないだろう。

 魔障が全てを飲み込みつつあるから。

『今回は侵攻を中止する。子どもの戯れに手を出すのも大人げない』

 周囲にひざまずき、頭を垂れる騎士たちから言葉は返ってこない。この説明には何の意味もないのだ。自分が戦えと命ずるか否か、ただそれだけであるから。

『中継される機会など今後いくらでもある。何よりわざわざ俺たちウトガルドが手を下さずとも、蒙昧なる愚者どもが勝手に戦火を広めてくれる。その下地は整った』

 民がための騎士。

『ウトガルドの民の血を、命を流すまでもない。ミズガルズの獣どもは、自らの牙、爪でのどを掻っ切る。わかるだろう、イドゥン。分不相応な力を求めた者らの末路を。なあ、皆の衆。我らは、その身をもって理解した』

 ただ一人残りし、

『今度は奴らの番だ。力に溺れ、飲み込まれるのは』

 ウトガルドの騎士、である。

「子ども相手、つまり手心を加えるのはこれが最初で最後だ、クルス・リンザール。クロイツェルの、ウーゼルの側に立つなら覚悟してもらおう」

 そしてこれは、

「これはウトガルドとミズガルズの……戦争なのだから」

 千年にもわたる戦争の一幕。まだ戦争は終わらない。民の絶望が、嘆きが、消え去らぬ限り。騎士は何度でも立つ。


     ○


 抽選会、史上初の試みである平等公平を世に見せつけ、騎士連盟への批判を避けるための、否、忖度なしのガチンコを見せるための新たなる催しである。

 御三家優遇しません。準御三家も優遇しません。

 ガチ、です。

「くじはイールファスが引けよ。首席だからな」

「ん、わかった」

「わたくしでも構いませんわよ」

「どっちでもいい。任せる」

 世界中に中継される騎士学校対抗戦、その幕開けを彩る抽選会はただくじを各学校が引くだけであるのだが、会場への飾りつけなどで盛大さを演出している。

 あとはギラギラの照明、か。

(総合力的にログレスが一番危険だろう。ディン曰く、上位五人は天才しかいない。それにやつもいるしな)

 クルスは遠くの席に座るログレスを、アスラクを睨む。

 何故か隣のソロンが手を挙げ挨拶をしてきたが――軽くだけ返しておく。色々と教えてもらった恩、負い目があるから一応。

(レムリアはラビ曰く二番手は昔から有名。ノア女筆頭。ただ、三番手は間違いなく一枚落ちる、らしい。つまり、俺がその二番手を潰せば勝てる)

 レムリアはノアが輝いていた。何故輝いているかと言うと、おそらくその二番手なのだろう女が彼へ向けて手持ちのライトを当てていたから、である。

 太鼓持ちもあそこまで行くと立派だろう。

(メガラニカはテラ、ジュリアも代表か……もう一人はサマースクールにいた元レムリア……かなり使えた記憶がある。要注意だな)

 御三家以外は必ずイールファスを捨て試合に使う。その分、クルスとフレイヤにエース級をぶつけられることとなるだろう。

(マグ・メルはミラの記憶が微塵も当てにならないから情報は少ない。ただ、拳闘の戦い方で槍を持てば、かなり厄介だとは思う)

 組み合わせは重要だろう。星取りはマッチングが全て。しかも御三家相手は学校側としても、興行側としても、三強をぶつけてくるはず。

(他も出身地のやつからできるだけ情報は集めたが……結局見てみて、だな)

 イールファスの一敗も覚悟する必要がある。

 その場合、自分たちは一つも落とせない。あれだけ大勢に送り出してもらった。何よりもヴァルを、フラウを、フィンを、ミラを、アンディを、ディンを、デリングを踏み越えて今の自分はここにいる。

 彼らに報いるためにも――

「粒ぞろいの世代と聞くが……まあ結局は三強がメインだろ」

 御三家と早々にぶつかるのは避けたい。

 出来ればログレスとレムリアで潰し合い、自分たちは逆の山に陣取り決勝で戦う。それがベストである。御三家以外ならイールファスの一勝は堅いから、自分とフレイヤのどちらかが一度勝つだけで良い。

 クルスがそう皮算用する中で、

「御三家だけじゃねえってこと教えてやる」

「ああ」

「お前らならやれるさ。グリトニルの奇跡よ再び、だ」

 情報にない者たちも虎視眈々と上を狙う。

 情報のある強豪も、その情報を取得した段階から成長していないとは限らない。いや、成長していて当然である。

 彼らは成長期であり、五学年も末となりようやく体が完成に近づいた。

 その間、序列が動かないわけがない。

 実際、そもそもクルス・リンザールはその枠である。

「さあ、お待たせしました! 運命のお時間です!」

 司会進行の声と共に、

「騎士学校対抗戦、組み合わせ抽選のくじを各学校の引いていただきます。泣いても笑っても、ここで決まった組み合わせは動きません!」

 運命を決める最初の山場が訪れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る