第186話:一堂に会す

 十年に一度、拳闘の王を決める大会のみ開かれる闘技場。周囲も定期的な手入れが入る以外は人も住んでおらず、本当にただそれだけのために作られた、世界一のブランド都市である。元々細々と続いていた興行を百年前にエレク・ウィンザーが買い取り、今の形へ仕立て上げた。

 十年分を一発で稼ぎ切る。

 それゆえにひとたびその時が来たら――

「……凄いな」

「わたくしも初めて来ましたわ」

「賑やか」

 世界一の盛り上がりを見せる。そのために闘技場を中心として構築された建物は合理的に配置され、大勢の人を収容できるよう作り上げられている。道も広く、エレクの弟子たちがフリーライド出来る列車網を拡充したことで人の行き来も格段に早く、より広範囲の動きも可能となる。

 列車は普段アルテアンやその傘下が所有する列車を一時的にこちらへ回しただけ。建物の保全にはそれなりの資金を投じているが、それとて商店への貸し出し、宿泊客などでペイ出来る。その辺りを計算した上での都市設計である。

 十年に一度の輝き、それが今年臨時で開放された。

 その盛り上がりたるや、アースやユニオン、レムレースなどの大都市を経験したクルスですら圧倒されるほど、異質な熱量を孕んでいた。

 世界一のブランドに偽りなし、である。

「うまうま」

「おい、イールファス。買い食いするな」

「クルスも食べる?」

「脂質過多になる。俺はいらない」

「つまらないやつになった」

「煩い」

 買い食いするイールファスをたしなめるも、思いがけず反撃を喰らって顔をしかめるクルス。しかし残念ながら、

「美味しいですわ!」

「あっ」

 もう一人も熱狂に取り込まれてしまう。

「お姉さん、おひとつくださいな」

 担任も。

「……緊張している俺が馬鹿みたいじゃねえか」

 クルスはため息をつく。

 ホテルへチェックインし、明日の抽選会まで暇であるため散策する流れとなった。一応講義の時間であり、それを心掛けるように、とエメリヒから説明があったにもかかわらず、あの気の抜けようである。

 説明した本人すらも。

「よォ、お兄ちゃん。辛気臭い顔してんな」

「……?」

 自分に向けられた声かわからないが、一応振り返るクルス。

 すると、

「はっは、どっち向いてんだ? リンザール」

 そいつはクルスの視認、その裏を突き背後へと回っていた。肩に手を回し、なれなれしく名を呼ぶ。その声には心当たりがあった。

「ノアか」

「久しぶりだな。元気してたか? もちろん俺は元気いっぱいだ」

「……だろうな」

 神速の男、ノア・エウエノルである。イールファスもフレイヤもびっくりしている。エメリヒは屋台のお姉さんに夢中であった。

「ヴァナディースも久しぶりぃ。相変わらず背も乳もケツもでけえな」

「……ハッ倒しますわよ」

「ははは、俺に追いつけるならどうぞ。で、背縮んだかァ? イールファスよォ」

 和気あいあいとした空気から一変、ノアはイールファスへ敵意を向ける。

「そっちが伸びただけ。無駄に」

「嫉妬か?」

「どう取ってもらってもいい。興味ないよ、俺は」

「みんなおちびちゃんはそう強がるわな」

「違う。俺が興味ないのは――」

 イールファスは串焼きを頬張りながら、片手間に指をさす。

「お前」

 ノアへ。

「……挑発してくれるじゃねえか」

「そのつもりはない。本当に興味ないから」

 ノアの気質を知ってか知らずか、イールファスは彼が一番傷つく言葉を放った。顔の歪みがその証拠。あの男はあああしらえばいいのか、とクルスは学ぶ。

「まあいい。興味ねえのはお互い様だ。むしろ俺の興味は――」

 ノアはクルスの方へ向き直る。

「リンザール。お前さんだ」

 品定めするような眼。それが向けられて、

「……何か?」

 クルスは顔をしかめた。

「……なんかイメチェンした? やっぱ口数少なめの方がモテるのか?」

「知るか」

 相変わらず二言目には女だ、モテだ、そういうことばかりである。

「と言うのは冗談として……ここにいるってことはリンザールが三人目の代表者ってことでいいんだよな?」

「……ああ」

「ナルヴィでもクレンツェでもなく、か」

「そうなるな」

「へえ。随分と強くなったみたいじゃねえの。こうなると、ヴァナディースとの序列が気になるところだな」

「言うと思うか?」

「言わずとも見て判断するさ。この俺様を誰だと思って――」

 クルスとノア、言外の攻防、その最中に――

「クルスはわたくしより強くなりましたわよ」

 フレイヤが割って入る。

 二人は愕然とした。

「……何かわたくし、変なこと言いました?」

「い、いや、相変わらずで何よりだな、と思って」

「お褒め預かり光栄ですわ」

「……俺より前向きじゃん」

 『本物』を前に気圧されるノア。腹芸のはの字もないストロングスタイルは『本物』以外に出来ぬ芸当である。

 ほんの少しも気後れしていないのが何よりもの証拠。

「ノア様! どこですか!?」

 そんな時、突如悲鳴のような声が響く。

 女性の悲痛な叫び。万感の思いがこもったそれを聞き、

「っと、やべえ。積もる話もあったんだが……まあやり合うかもしれねえ相手だ。そういうのはまた今度にしようぜ」

「俺の方で話すことはないがな」

「そういうなよ。あんま似合ってねえぜ、そういうの。あ、一個だけ聞かせてくれ」

「答えられることなら」

「クルス・リンザールは万全か?」

 ノアの眼、探るようなものではなく純粋な問いかけであった。腹芸とかそういうのなしに、あの夏を共にした者として――

「ああ」

 友に、言葉短く答えた。

 遠慮は要らない、と。

「……そうか。ならいいさ。んじゃ、またなぁ」

 そう言って風のように去るノア。その背を見送り、クルスは相変わらずの騒々しさだ、とため息をついた。

 そして、

「フレイヤ」

「何ですの?」

 すべき注意をする。

「この大会は星取りだ。どんな形でもいい、二勝した方が勝つ」

「もちろん存じておりますわよ」

「何を存じているのか知らないが、だったら少し考えろ。大事なのは序列、一番手が相手の二番手を、二番手が相手の三番手を潰し、三番手を捨てる。これが拮抗した相手に対する勝ち方だ。つまりどういうことかわかるか?」

「……そ、そんな姑息なことを考えていましたの?」

「勝つためには当然のことだ。だから敵に序列を漏らすな」

「漏らしたことは謝りますわ。ですが、やるならどんと受けて立てばいいだけの話。何番手だろうが関係なく、目の前の相手に集中するだけのこと」

「そういう話はしていない。俺は勝率を少しでも――」

「はいストップ」

 口論に発展しかけた二人を口説くのに失敗したエメリヒが止めた。

「相手にわざわざ構成を漏らす必要はないけど、とは言えこれは真剣勝負であるがあくまでお祭り。その辺をはき違えちゃいけない」

「先生は負けてもいいと?」

「時には、ね。特に今回はいつもより目が多く、勝利至上主義はよくとらえられないことが多い。学校側としても、正々堂々紳士的にふるまうつもりだよ」

「……」

「勝っても悪くとらえられたら意味がない。君ならわかるだろう?」

「……イエス・マスター」

 クルス個人としては何が何でも勝つ。編成を弄り、勝つために最善を尽くしたいところではあるが、エメリヒの言うことも理解できる。

 紳士たれ、を標榜する学校が品のない勝ち方をすれば白い目で見られるだろうし、学校側としても育成した人材のお披露目でケチがつけば出た意味がない。

「大丈夫、君たちなら策を弄さずとも勝てるさ」

 勝つことだけが全てではない。ケチの付く勝ち方をするぐらいなら負けた方がマシ。その時に負った傷は学校に残り、ひいては次年度以降の学生もそういう目で見られてしまう。ブランドに傷がつく、とはそういうこと。

 だから学校側、エメリヒ個人としても基本的に編成は固定で通すつもりである。威風堂々と受けて立ち、それで敗れたなら仕方がない。

「おや、もしかして自信ない?」

「いえ、ありますよ」

「もちろんありますわ」

「安心していい。ソロンもノアも俺が倒す」

「あはは、と言うわけだ。どんと行こうじゃないか」

 それでも優勝する自信がある。彼らには伝えていないが、学園長や統括教頭、騎士科教頭らも含めた話し合いで決まった方針である。

 王者のつもりで、と。

 今の彼らにはそれだけの実力がある、その自信があるから。


     ○


「やあ、久しぶりだね、フレン」

「久しぶりソロン。どうしたんだい、こんなところで」

 クルスやノアがわちゃわちゃやっていた頃、ソロンとフレンがとある場所で遭遇していた。どちらも少しばかり驚いている。

 何せ、

「君こそ……ああ、確かアルテアンの系列に入ったんだったか。それで」

「さすがに耳が早いね」

「友人の進路だ。気になるだろう?」

「ありがとう、気にかけてくれて」

 ここはログレスの面々が宿泊する施設ではないのだ。フレンはこれまた増援として現地入りし、騎士学校への知見から宿泊施設への騎士学校の振り分けを担当していた。この建物に、ログレスの学生がいるわけがない。

 御三家はすべて、ある程度距離を取った別の宿泊施設に振り分けているのだ。

「イールファス?」

「ん、ああ。そうだね。君はクルスかい?」

「ああ。久しぶりに話したくてね。ただ、タイミングが悪かったみたいだ」

「こちらもだ」

 フレンとソロン、ぱっと見は和やかな空気が流れている。

「俺は出直すとしよう」

「こちらもそうするよ」

 ただ、

(……今の君は不純物にしかならないと言うのがわからないのかな、スタディオン。君はとっくに、彼にとって終わった人間でしかないというのに)

(君がノアやイールファスに興味がないことは知っているよ。わざわざ訪ねたりなどしない。目的はクルス……単なる友情であればいいが)

 互いに腹の底ではそれなりのことを考えていた。どちらにとっても大事な人物、されどそのスタンスの違いゆえ、彼らは何処かズレてしまう。

 『友達』にも、色々あるから。

「ちわー、クルスいるー? って、フレン!?」

「ジュリア、それにテラも」

「一応、挨拶にね。取り込み中?」

「そもそも彼らは外出中」

「はー、間が悪いわね、あいつ」

 自分の間が悪いのではなく、クルスの間が悪いと考える。その辺は結構、ジュリアとマグ・メルが生んだモンスター、通じ合う部分があるのかもしれない。

「ソロンは?」

「優勝候補であるアスガルドへ偵察にね」

「よく言う」

 敵意の欠片もなく笑みを浮かべるソロンを見てテラは顔をしかめた。眼中にない、そう言われているように感じたから。

「冗談じゃないさ。デリング・ナルヴィが、ディン・クレンツェが、代表入り出来なかった。知った時は驚いたよ。本当に、驚いた」

 ソロンの笑みが、変わる。

 いつもの輝ける男から、何処か歪みを抱えたものへと――

「実に……楽しみだ」

 輝ける男が放つ、異質な圧。

 それに三人は気圧されてしまう。


     ○


 その頃クルスは――

「……」

「……ミラには内緒にしてください」

「……ああ」

 ばったりとマグ・メルの代表であるマリ・メルと出くわしていた。大口を開け、スイーツを頬張る姿は普段まるで雰囲気の異なる双子が、双子であると示す確かな証拠のように感じた。が、本人は恥ずかしがり口止めを要求する。

 ミラには上品なお姉ちゃんでありたいのだろう。

 よく知らんけど。

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