第184話:それぞれの道
クルス・リンザールは焦っていた。
「ええ加減諦めェや」
「……」
自分の成長がずっと停滞しているのを感じる。昨年感じていた閉塞感とはまた異なる感覚。言い訳を失ったからこその、ある種の納得感。
立ち回り、駆け引き、如何様にでも勝敗を覆すことは出来る。だが、それは習熟の先取りに過ぎず、結局のところ根本的な部分では何も変わりないまま。
「また俺の勝ち」
「……」
何度も、何度も、自問自答を繰り返す。
自らの剣に先はあるのか、と。近づけば近づくほどに遠ざかるような気すらするイールファスやクロイツェルらの高み。
遠く、高い。
眼前の絶壁を前にずっと立ち往生している。
進みたいのに、登りたいのに、その取っ掛かりすら見えないまま。
そもそも、自分が何故上を目指すのか、何故諦められないのか、それがずっと言語化出来ていないのも気になっていた。
「……」
自分の優秀さは先の講義でも示すことが出来た。剣や勉学に比べ、それほど努力した実感はない。ただクロイツェルを学び、取り込んだだけ。
それ自体は既知かそうでないかの差でしかなく、自分としては先取りしただけのつもりであったが、どうやら周りの反応を見るにあれで『凄い』らしい。
あの程度で――
「……」
人には向き不向きがある。それは理解している。剣は向いておらず、人を動かすことには長けている、それだけのこと。
自分の道、より良い方向性は見える。この道を進めば、効率的に、最短で、自分の求めていた何かが得られるような、そんな気がする。
ただ、
「……今更」
ここでそれを選べる男なら、ここまでも至れていない。
深夜、夢見が悪く起きたクルスは一人額を押さえながら歯を食いしばる。
諦めることはいつでも出来る。
なら、まだ諦めない。たとえそこに光明が見えずとも――
夢のことはよく覚えていない。ただ、とても不愉快な光景であった気がする。黄金の穂波、澄み渡る小川、飛び回る蝶。
何もない景色、朧気ながら――
○
「いい出来です、リンザール」
「ありがとうございます」
今回、剣や実技方面に注力していたため、座学に関しては昨年度の凄みはなかった。相変わらずトップ争いを繰り広げるフラウ、リリアンの攻防をくぐっての三番手。
(……去年の遺産ありき、だな)
地味に隙ありとばかりに普段そこまで頑張らないヴァルが僅差の四番手、本人は敗れたことよりもクルスに冷や汗をかかせたことにご満悦の様子。
さすが嫌な男、性根の悪さは健在である。
とは言え、正直三位以下はほぼ団子状態。座学では差がつかない、と言う例年通りの結果に落ち着いた。
女王争いの二人を除き。
「答案を見せてくれ、リンザール」
「何故?」
「採点ミスがないかを確認するためだァ」
「死ねカス」
クルスの罵声もなんのその、こういう時ばかり目を輝かせるヴァルに付き合わず、自らの席に戻るクルス。
もう少しリソースを割くべきだった、と少しだけ反省しながら。
とは言え今年は実技の評価も高く、名実ともに学年二位にまで上り詰めていた。剣闘ではフレイヤと優劣を付けず、拳闘ではミラに負け、座学も含めて微妙なラインではあったが、其処はチームワークの最優が効いた。
十年に一人の評価は伊達じゃない。
そんなこんなでほぼすべての試験を終え、五学年も残すところあとわずか。例の如く夏の予定を考えねばならないのだが――
(どうする、どうしたら戦える? 勝ち筋は、俺にあるのか?)
残念ながらクルスの頭の中は対抗戦でいっぱいであった。三年連続、夏の予定がギリギリまで立てられていない計画性皆無の男、と思われても仕方がないだろう。
その辺、存外不器用と言うか抜けていると言うか。
ずっと考え事をしながら、気づけばお昼休み。栄養価を考え抜いたメニューを脳が勝手に選別し、それを食べるところまで無意識で行っていた模様。
実は器用なのかもしれない。
「で、あんた夏どうすんの?」
「……」
「ク・ル・スくぅーん?」
「……ミラか」
クルスにウザ絡みするのはミラであった。
「あ、ようやく気付いてもらえたぁ。やっぱ最優を取っちゃうと下々の者とは会話できなくなっちゃったのかな、とか心配しちゃった」
「……しつこいな」
クルスがあの評価を取ってからこの女、隙あらばそれで弄ってくる。まあその理由は簡単、彼女はラストアタックのメンバーを外されていたから、である。
理由もまた明白。この女、あろうことか中隊長の指示に従わず、独断専行で敵と交戦していたのだ。彼女曰く現場判断、とのことだがあのユングがそれを許すはずもなく、干され疑惑のあったクルスとは違いがっつり最後まで干された。
その自業自得による苛立ちを率先してぶつけに来ていたのだ。
どう考えても悪いのはミラである。
「夏休み」
「……対抗戦が終わってから考える」
「馬鹿なの? もう夏休み始まってんでしょ、それ」
「……」
「え、マジでなんも決まってないの? 冗談じゃなくて?」
「一応、多少考えはある。去年までとは違う」
「そりゃあ去年のメンヘラ期と一緒じゃ困るでしょ」
「……」
この女、暴言がデフォ過ぎてヤバイ。
「で、考えってなに?」
「言う必要が?」
「私はまた拳闘大会荒らしまわるのよ。せっかくだしパンクラもね」
「……聞いてないが?」
「私は言ったでしょ?」
「……?」
「あんたも言わなきゃフェアじゃないじゃん」
ミラ、真顔。本気でこれを等価交換だと思っているのかもしれない。クルスとしては心底興味のない話題をぶつけられ、こちらの思考時間を強奪されたに等しい。
やはりこの女、モノが違う。
「……対抗戦で俺が活躍するとする」
「さすが最優の男、自信家じゃん」
「仮定だ。とにかく、俺の価値がそこである程度定まる。新しいオファーも来るかもしれない」
「ふんふん。それで?」
「それを見て一番いい経験が出来そうな話を受ける」
「……それってさ」
「何か?」
「未定ってことじゃん」
「積極的未定と言え」
「あんたって頭良いのか馬鹿なのかどっちなの?」
「……」
無名の自分の名を知らしめ、より良い話が来るのを待つ。単なる騎士団研修では弱い。もっと、面白そうな、箔になりそうな話を待っていたのだ。
ユニオンに入る際、何らかの加点になりそうなものを。
今のところ、ごく普通のオファーしか来ていないが。
「じゃあ、話来てなかったらどうすんの?」
「……その時考える」
「ふーん、そしたらさ、一緒に大会荒らし回ろ――」
「ちょうちょー!」
「「ッ!?」」
クルスとミラの会話に割って入るは、貴族科五学年、今年もきっちりドベを回避した努力? の女、アマルティア・ディクテオンである。
「誰よ、こいつ」
「むむ」
実はここまでまともな絡みなし、暴君ミラと狂蝶アマルティアが睨み合う。
「今年はなんと、なななんと、ファナちゃんがイリオスに来ます」
「毎年行ってないか?」
「しかもフレイヤちゃんも来ます」
「……のんきだな、あいつ」
「そんな話をしていたら、アミュちゃんも行くと駄々をこね始めました」
「……っ! 待て、俺は――」
今更察するも、
「もう、そうしたらやるしかないでしょう。倶楽部ヴァルハラの合宿を!」
時すでに、遅し。
「いや、俺に、そんな余裕は」
「予定、ないって今盗み聞きしましたよ」
「うぐ、いや、ないわけじゃない。まだ決まっていないだけで」
「きっとエイル先輩が聞いたら、喜ぶと思うなぁ」
「ぐっ」
クルスの泣き所、未だにあれだけ恩を受けておきながら、卒業に顔を出さなかった件を彼は引きずっていた。
そしてそれは、結構みんなにバレていた。本人は隠しているつもりだが。
「ちょっと、人の会話ダシにしてんじゃないわよ。贅肉」
「ぜ、贅肉は言い過ぎです! ぽっちゃりちゃん、ぐらいで呼んでください!」
「引き千切るわよ」
「むむぅ」
すぐ暴力、騎士科にあるまじき紳士の道から外れしミラが牙を剥く。
腹をわしづかみ、
「ふん!」
からのぷるぷると振動させ始めた。
「あばばばばばばばばば」
「ふはははは!」
問答無用の暴力、恐ろしい光景である。
クルスは即座に視線を外した。逆に周囲の男子、その眼が一斉に集束する。
振動により弾む、二つのお山を目に納めんがために。
「眼福じゃあ」
拝むディン。背後には――
「……」
一緒に食事でも、と声をかけようとした元トロル系女子。もうそろそろ卒業、その後の話でも、と思っていた矢先の出来事であった。
周囲に潜む不滅団の面々は拳を強く握る。
「ふっ、俺は見ていないぞ、フレイヤ」
「何か言いました?」
「……んーん、何でもない」
そして人知れず勝手に轟沈するデリング。この男はなかなか懲りない。
「あばばばばばばば」
「摩耗して消え去れ、脂肪の塊がァ!」
クルスは何も言わず席を立ち、こっそりと現場を後にする。こんなものに巻き込まれてたまるか、といった具合。
自分の夏はもっとクリエイティブなものに――
「無理しなくていいから」
「……無理する気なんかない」
「それならいい」
去り際、すれ違いざまにイールファナから声をかけられた。クルスを気遣う言葉である。それが――
(……クソが)
一番クルスを揺らがせたのは内緒である。一応、頭の片隅にだけは入れておくことにした。そうする可能性は極めて低いが。
まあ、何もなければ――
(……俺もその程度だったってこと。それなら別に、いいさ)
一度切り替える意味でも、ありかもしれない。
積極的未計画からの、消極的計画へと。
○
ちなみに現在積極的未計画であることにはもう一つ理由があった。
それはクロイツェルの存在である。てっきりクルスは去年同様、第七騎士隊の仕事に従者として帯同させられるのだろう、と想定していたのだ。
使える駒は使う男である。そして、今のクルスはそれなりに使える、と自負していた。だから予定を空けていたのだが――
『申請めんどいねん』
申請が面倒くさい、ただそれだけの理由で予定は白紙になった。別に第七の仕事を心待ちにしていたわけではない。胸糞悪い仕事も多く、やりたいかやりたくないかで言ったらやりたくないに天秤は傾くだろう。
それでもその仕事は存在し、誰かが今日も秩序の割を食っている。
なら、それはこの目に入れておきたい、そう思っていた。
そう思っていたのに――
「……」
まあ、これはクルスの知らない話であるが、クロイツェルの目論見としてはこれ以上目立ってもらうと困る、と言ったものがあった。
去年と今年ではクルスの立ち位置が違うのだ。実力はさておき、御三家の九番手だ十番手だ、と言った人材から、御三家の二番手にまで上り詰めている。
それを従者に、とすれば嫌でも目立つだろう。第七が囲い込もうとしている、そう映るはず。そして人とは不思議なもので、他人が欲していると自分も欲しくなってしまうもの。他も手を挙げる可能性が出てきてしまう。
今夏の放置は少しでも競合を減らすための策、とも言える。
もちろん、申請が面倒くさいのもガチ。
「……」
対抗戦に向けて残すところあとわずか。今から追い込み、をかけたところで勉学ではあるまいし、詰込みが上手くいくわけもない。
出来ることはとうにやった。
今考え得る限りの最善を尽くした。
それでも――
「……ハァ」
未だ勝ち筋は見えず、クルスは頭を抱えながらとある場所の扉を開く。昼間、あんなことがあったので極力近寄りたくなかったのだが、後輩に貸した本をそろそろグラスヘイムに返さねばならぬことを思い出してしまった。
後回しにするのは不義理、そもそもあと少しで旅立つのだから、それまでには身辺を綺麗にしておく必要がある。
ゆえに、
「あっ、マスターだ!」
「ゲェ、アホクルス」
「クルス先輩!」
「……失礼する」
ここへ顔を出す必要があった。仕方なく。
「あ、本ですよね。とても興味深い内容でした。私、歴史が疎くて」
デイジーから貸していた本を受け取り、
「それじゃあ――」
帰ろうとするも、
「ねえアミュちゃん。結局ね、マスターは去年も今年も、たった一回もちょうちょ調査に付き合ってくれなかったんだぁ」
「最悪最低! アミュが一緒に行ってあげるから元気出して」
「……うん」
(……こいつ、いつの間に駆け引きを覚えやがった)
しょんぼりしながらちらちらとクルスへ視線を向けるアマルティア。ここにきてクルスの視野の広さが仇となる。見なければそのまま立ち去ることもできた。耳は塞いでおく必要があるも、逃げ切りを図ることも可能であった。
おそらく。
「あーあ、マスターと一回でも行きたかったなぁ」
「可哀そう。アミュがいるからね」
「……」
「アマルティア、あんまりそういうのよくないと思う」
ここにきて救いの手が現れる。クルスは背を向けながらナイスだファナ、と心の中で称賛を送った。
「あ、ファナちゃんがそれを言うの反則だよ!」
「何故?」
「デートしたと聞きました! とある筋から」
「「っ!?」」
倶楽部内に衝撃が走る。デイジーを筆頭にクルス信者の勢力は男女問わず呆然と魂が抜けたように立ち尽くし、サルでもわかる魔導学を履修するお猿さんたちも、これまた男女問わず放心状態となってしまった。
「へえ、それは初耳ですわね」
「……ぅ」
フレイヤの白い眼が背中に突き刺さる。
今すぐこの場から逃げたらノーカウントにならないかな、とクルスは背中に冷や汗を滲ませながら、何とも不毛なことを考えていた。
しかし、
「二年前」
そのさらに上を行く一手を、
「メガラニカで」
「あっ」
アマルティアは口にしようとした。
「久しぶりにやろうか、ちょうちょ」
「本当ですかぁ。うれしー!」
クルスは戦慄していた。そして侮っていた相手の情報網の広さに恐怖する。まさか、地元のアースならいざ知らず、メガラニカでの一件まで抑えられているとは――
「えー、アホクルス邪魔なんだけどぉ」
「戦略的合意だ」
「何それ。アホっぽい」
「……黙れ」
これ以上場を荒らされてはたまったものではない。それにまあ、別に今やることがないのも事実である。今日はクロイツェルとの稽古もなく、イールファスもどこかへ雲隠れしたのか捕まらない。
ディンは行方知れず、デリングは倶楽部アスガルドへ遊びに来た姫様の相手をしに行っている。稽古相手と言えばフレイヤぐらいだが――
「わたくしの実力、見せつけて御覧に入れますわ」
「さすがお姉さま! 何にでも熱を入れられるところが推せますわ!」
後輩におだてられ、すっかり仕上がっていた。
しかしあの言葉で何一つ察していないところが、フレイヤ・ヴァナディースの抜けた一面を表していた。
「良いのか、対抗戦前に」
「今から根を詰めても仕方がないでしょう?」
「まあ、それもそうだがな」
「そもそも、デートに興じている者にとやかく言われたくはありませんわね」
(テメエとも同じようなことしてるんだが?)
お互いやることはやっている。やり過ぎたところで意味はない。無駄に拍子を狂わせるだけ。その辺はまあ、抜けても御三家上位勢、である。
クルスも諦めて息を吐く。
(まあ、何でもいいか)
ほんの少し、肩の力が抜けた気がした。
○
「バケモンじゃん」
よくよく考えると後輩たちはクルスのそれを見たことがなかった。フレイヤも、イールファナも、エイルも、そして誰よりもアマルティアの度肝を抜いた技術。
ちょうちょマスター、クルス。
その手の内は柔らかく、翅のような手つきで優しく包む。当然、蝶には傷一つついていない。それどころか捕獲されたことにすら気づいていない蝶もいる。
あまりにも見事な手際に、
「クルス先輩凄い!」
後輩たちはすっかり元通り。ちょろいもんである。
「ちょうちょクルスに改名したら?」
「煩いぞ、アミュ」
二学年ぶっちぎりの首席であるアミュだけはいつものスタンスであったが、それでも驚きは隠せない様子。
大樹ユグドラシルのおひざ元、久方ぶりにクルス・リンザールが持つ唯一の特技が炸裂していた。何人も比肩しえない、ちょうちょの極み。
これぞクルス・リンザールである。
「うう、何度見ても凄すぎですゥ。惚れ直しちゃう、きゃっ」
久方ぶりのちょうちょマスターに有頂天のアマルティア。
「でも、アマルティアも上手だから。ちょうちょクルスには負けないもんね」
「えー、私じゃ全然勝てないよぉ」
「……」
と言いつつ、アマルティアの手つきもかなりの上達を見せていた。好きこそものの上手なれ、クルスと言う目標に向かって邁進し続けた努力の結晶である。
これはまあ、
「随分上手くなったな」
「マスターに比べたら全然ですぅ」
努力の女と言っても差し支えないだろう。
「似たようなもんだろ」
「あ、その違い語らせたら長いですよ、私」
「……なら遠慮する」
「いけずぅ」
語らせてくれないクルスに代わって、微塵も興味なさそうなアミュに説明を開始するアマルティア。その様子を尻目に、
「アマルティア、蝶の研究者になるって」
イールファナがクルスの横にちょこんと立つ。
「研究? 出来るのか?」
あの成績で、と言外に潜ませるクルス。
「好きこそものの上手なれ。彼女の研究資料や、提出用の論文も添削したけど、悪くない内容だった。様式は、まあ、結構手を尽くしたけど」
「ご苦労さん」
「全然」
あのイールファナが悪くない、と言う以上、内容的には充分戦えるものであるのだろう。畑違いでも論文の良し悪しはわかるはず。
「アスガルド卒業後、そういう研究をしている学校に編入するらしい」
「先方は?」
「人気のない分野だから、ご新規さん大歓迎だそう」
「なるほど」
好きを仕事にする苦労はあるだろうが、クルスは少しそれを羨ましく思った。ただ何よりも先に、騎士に出会っただけの自分とは違う。
騎士の仕事を知り、憧れの欠片すらなくなった自分とは、違う。
「ファナは?」
「アスガルドの研究所に勤める予定」
「へえ、さすがだな」
「当然。私も百徳スコップで名を馳せた女だから」
「なんだその、便利そうで全然使いどころのなさそうな名前は」
「失敬。あらゆる状況に対応できるスコップだから。需要はある」
「本当か?」
「……厳密には、スコップの機能、そのいくつかに需要があった。今はその特許を申請中。あと製品も並行して開発中」
「スコップを?」
「スコップも。今、メインでやっているのは百徳スコップの防衛機能を転用した盾の開発。ヴァナディースがお金を出してくれたから、とってもスムーズ」
「……ちょっと意味が分からない」
何故スコップに防衛機能が必要なのか、スコップの防衛機能が盾に転用できるイメージも湧かず、頭の中ははてなまみれとなる。
「今度見せてあげる。フレイヤにはこの前耐久実験に付き合ってもらった」
「へえ、少し面白そうだな」
「騎士のお役立ち道具も鋭意製作予定。一応、それが専門分野」
「そうなのか?」
「そうした。弟のために、それと――」
イールファナはクルスを指さす。
「一応、私の生徒第一号のためにも」
「光栄だな」
皆、進むべき道を決めている。自分もまた、外側からはこう見えているのだろうか。自分視点だと、随分と皆に先を行かれているような気もするが。
「クルスとフレイヤはユニオン、アマルティアも生物畑だからフィールドワーク中心、世界中を飛び回る。私だけ、ここに残る。少し寂しい」
「ファナならどこでも選べただろ?」
「どこを選んでも一緒。学校を卒業したら、異なる道を歩む皆が同じ場所にいることはない。だから、私は残ることにした」
「……?」
「ここなら、同窓会を開きやすい」
「はは、確かに」
「私はいつでも、ここにいる」
「了解。覚えておくよ」
「うん、そうして」
もうすぐ、皆の道が別たれる。同じ騎士の道を歩むであろうクルスとフレイヤすら、望みの進路へ辿り着けたとしても、その先で同じ騎士隊に配属されることはなく、やはり歩む道は違うものになるのだ。
他の畑であればなおのこと。
「マスター! お手本お手本!」
「……わかったよ」
「いってらっしゃい」
「ああ」
イールファナは気難しそうな顔で皆の輪の中に戻るクルスを見つめていた。大きく変わったようで、あまり変わっていない。強くなったようで、何処か弱さもある。でも、頑張る姿だけはずっと同じ。
「集中力が足りない」
「はいでっす!」
「えっらそうに」
「見とけ」
執念深く、歯を食いしばり戦う彼の姿も良いが、イールファナが一番良いと思うのは彼が無心になっている時。
勝ち負けとかなく、ただ没頭している時の、
「こう、だ」
柔らかく透き通り、何処か静謐をまとう姿が好きなのだ。
そばにいて安心できるから。其処には敵意も、差別も、何もない。
ただ、クルス・リンザールのみがいる。
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