第178話:裏側で笑う者たち

 戦士級、と一口に言ってもその在り様はまちまち、多少の傾向はあれど基本的にオンリーワンの性能であると考えた方が良い。

 騎士級が滅多に現れぬ以上、平時の騎士が戦う最高位がこれに当たるが――

「隊長!」

 魔族の口から放たれた爆炎が第三騎士隊隊長、ヴィクトリア・ブロセリアンドを飲み込んだ、かのように見えた。

「陣形を乱すなァ、レリー」

 騎士槍を振り回しながら、マントをはためかせ爆風に乗っかり空を舞うヴィクトリア。まるでおとぎ話の一幕かと思えるような光景であるが、当人は至って真面目。そのまま獰猛な笑みを浮かべながら、騎士槍を躊躇いなく投擲した。

 仕留めるための投げ槍ではない。

 それに対し回避行動を取らせている内に着地、体勢を立て直さんとする狙いがあった。が、敵はなぜか回避行動を取らずに、

『■■!』

 攻撃に転じた。咆哮と共に殺意漲る爆炎を宙のヴィクトリアへ向けて放つ。さしものユニオン騎士団隊長も、空中では身動きなど取れない。

 この爆炎は、必中である。

「た、隊長!?」

 直撃、爆散、部下たちの顔色が消える。

 だが、

「陣形をォ、乱すなと言っておろうがァ!」

 爆炎の中より鬼気迫る表情のヴィクトリアがぶっ飛ばされながら着地した。魔導兵器の一つである深紅のマントにくるまりながらの生還。襤褸切れと化したマントを引きちぎり、ヴィクトリアは舌打ちをしながら立ち上がる。

 眼前の敵が突き立った槍を引き抜き、見せつけるようにへし折ったから。

「も、申し訳ありません、隊長」

「特注で作らせたお気に入りが台無しぞ」

「すぐに再発注いたします。あと、こちら予備の槍です」

「うむ。気の利く副隊長を持って我は幸せだぞ、レリー」

「隊長」

 じゅん、と目がうるうるとする部下を尻目に、たった今死にかけたばかりであるにもかかわらず、やはり威風堂々と真正面から前進するヴィクトリア。

 これが彼女の流儀である。

「さて、仕切り直しだ、俗物よ」

「魔族です、閣下」

 その歩みを遮るように、騎士が一人ヴィクトリアの隣に立つ。

「……寒い指摘よな、サラナ」

「私はレリーのように信者ではありませんので」

「むしろ郷里を想えば卿こそ我を崇め奉るべきと思うが」

「今は第三騎士隊の隊長でしょう?」

「道理よなァ。今度国に戻ったら顎で使ってやろうぞ」

「ご安心を。休暇はずらして取ります」

「可愛げのない」

「で、どうされますか? 攻撃範囲は広く、もうマントで誤魔化せぬ以上、攻防一対の爆炎を突破する手段は限られますが」

「我に不可能はない」

「たった今死にかけたでしょうに。しかも相当クレバーです。こちらが攻撃範囲に入らぬ限り、相手に動きはない。常にこちらを観察しています」

「……あれで近接に隙があればな」

「どこで拾ったのか、騎士剣も巧みに振るいますからね。正直、八方ふさがりです。あれ、たぶん戦士級でもかなり上澄みですよ」

「当たり前だ。この我がほんのり苦戦しておるのだぞ、ほんのりな」

「がっつりです」

 敵の戦士級は様子をうかがいながら、挑発的な笑みすら浮かべているように見えた。どうにも手応えが今までの魔族とは違う。

「サラナ、隊長に口答えしないで!」

「苦言を呈してこその副隊長でしょうに。これだから信者は」

 レリーとサラナ、二人の副隊長が睨み合う中も、ヴィクトリアは槍を肩に掛けながら敵を観察し続けていた。

「苦戦しているようですね」

 そんな三人がいる戦場に、第三騎士隊の隊員が構築する包囲をするりと突破した二つの人影が着地する。

「げえ、ガーター」

「どうも、レリー君」

 第五騎士隊副隊長であるユーグ・ガーターと、

「助太刀いたす」

 同じく第五騎士隊隊長、カノッサ・クリュニーである。

「珍しいの、卿が仕留めきれぬとは」

「……強いですぞ、ご老公」

「能力は?」

 問われたヴィクトリアの代わりに部下のサラナが答える。

「広範囲の爆炎です。無差別なもの、指向性のあるもの、全てがあと一歩の間合いで起動します。加えて白兵戦も見ての通りで――」

「騎士剣を振るう、か」

「はい」

 クリュニーはため息をつく。敵から奪った騎士剣のような武器を使われること自体は珍しい話ではない。

 ただ、

「あの騎士剣、何処のだ?」

「不明です。ただ、型式からもそれなりに新しいものであると考えられます」

「……ダンジョンは?」

「超小型のものを我々が見逃しているか、未発生かのどちらかです」

「……承知した」

 この状況はよくあるものではなかった。

「まずは仕留めようぞ。指揮はどちらが取る?」

「我が、と言いたいところですが、ご老公にお譲りしましょう」

「相分かった。ガーター」

「はっ」

「卿が指揮を取れ」

「……お二人を差し置いて、ですか?」

 ヴィクトリアの、レリーの、サラナの視線がユーグへ突き刺さる。一人は好奇、二人は明確な敵意である。

「たまにはよかろう。わしもそろそろ引退ゆえな。楽をさせんか」

「……イエス・マスター」

 二人の隊長を差し置いて騎士を任されたユーグ。大変胃の痛い状況であるが、ここは戦場である。任された以上、

「マスター・ブロセリアンドは正面。左はサラナ、右はレリー、背面をマスター・クリュニーにお任せします」

 仕事はきっちりと果す。

「卿は?」

「隙を見て、刺します」

「はっは、この我を囮に使うか。気に入ったァ!」

 相手の戦力を知ってなお、やはり躊躇なく前進するヴィクトリア。間合いに立ち入った瞬間、魔族も能力を広範囲に展開し始めた。

 それと同時に、

「散開」

「「「応ッ!」」」

 他の騎士も展開し始めた。間合いの外にいるのは、ユーグのみ。

 相手を観察し、

「ふぅ……ハァ」

 仕留めるべき時に、仕留める。

 ユーグの眼が、かすかに充血し始める。


     ○


「大旦那様、ヴェルスより報せが入りました」

「……」

「マスター・クリュニーと接触したとのこと。こちらの狙いを勘繰られた可能性があるので、問題はないかと思われますが留意されたし、と」

「承知しました、と伝えて」

「御意」

 温室の奥で煙管を咥えた女性は哀しげに一人たたずむ。かつて新たな時代を担う若者として、充実の中にあったカノッサも今は引退間際の老騎士。ノマ族とソル族、その種族の違いを実感せざるを得ない。

 エレクとリュディア、二人の葬儀を執り行ったことがつい最近のように感じる。だが、それもすでに四半星紀近く前の話、か。

 まあ、それはさておき、

「あまり首を突っ込むと、楽しい隠居生活が出来なくなりますよ、坊や」

 彼女から見て年若き老騎士が勇み足をせぬことを祈るばかり。彼女にとってはどちらでも構わないが、それでも無駄死は可哀そうであろう。

 どう考えたとしても、

「役者が違います、あの男とは」

 レオポルド・ゴエティアとは違い過ぎる。あの男の立ち回りは戦慄するばかりであろう。よくもまあこの短期間でここまで第十二騎士隊を拡大し、政財界に食い込んだもの。万民に向けられる笑顔、変わらぬそれには怖気が奔る。

「かつて、貴方は言っておりましたね。全ての者に同じ顔が出来る者は、全ての者を愛していないのだと。自分がそうなのだ、と」

 博愛とは愛から最も遠く、ゆえに強いのだ。

 彼はそう言った。

 レオポルドの立ち回りはまさにそこに当てはまる。誰にでも振りまく笑顔は鉄壁で、隙がなく誰一人真意に辿り着くことなどできない。

 彼女をして、それを知る術はないのだ。

「貴方は私に嘘をついた」

 エレクは、彼は結局違ったのだろうが――

「……私は、もう一度貴方に会いたい。手段はわかりません。ただ、貴方が残してくれた魔導、その導だけを頼りに」

 ユニオンの思惑も、レオポルドの思惑も、彼女にとっては関係がない。意味がない。利用できるなら手を組み、利用できぬのなら手を切り敵対する。

 ただそれだけでしかない。

 全ては、

「真空管、トランジスタ、半導体集積回路、私たちは初めからゴールを得ている。何でもありの貴方ですら、導体を世に出すことを少しだけ躊躇っていましたものね。寝言で漏らしていましたよ。嗚呼、懐かしい」

 彼の見た夢、いや、彼の存在した世界に近づけること。

「急速な発展? ふふ、馬鹿らしい」

 ただそれだけが、

「むしろ遅過ぎるんですよ。くだらぬしがらみのせいで」

 彼の面影を感じる唯一の手段であるから。

 この百年、彼女はただそれのみを胸に生きてきた。世界を発展させてきた。

 だが、

「ウトガルド、そして旧態。実に目障りです」

 彼女の思うような世界は描けていない。あの人が昔冗談めかして言っていた世界の話、まだ世界に鉄の鳥はなく、星々のきらめきにも手は届かぬまま。

 足りない、足りない、全然足りない。

 このミズガルズにある発展を妨げる要素を取り除かねば――

「より高く、より遠く。そのためならば――」

 望みの世界にはたどり着けない。

 あの人と別たれてから甘い自分は捨てた。ただひたすらに彼を、彼の見た夢を、目指し続ける。ミズガルズから消えた愛が、彼女を怪物としたのだ。

 商の王、師を超えてなお歩み続ける怪物は一人、笑う。

 あの人が愛用していた煙管を咥えて――


     ○


「なんでジブンがここにおんねん」

「……歴史の講義、取っていますので」

「……」

 グラスヘイム不在のタイミングで、グラスヘイムの部屋でクルスとクロイツェルがばったりと遭遇してしまう。

 お互い、気まずさしかない。

「……マスターは何用ですか?」

「僕の用、ジブンに言わなあかんの?」

「……いえ」

 会話、途絶える。別に元々二人きりの時にも罵詈雑言以外は特に話すこともなく、沈黙が支配するのもよくあることではあるが――

「……」

「……」

 クルスは何も言わずに読書を続け、クロイツェルもまた何も言わずに本棚を漁る。クルス同様、この部屋にある蔵書が目的であった模様。

 そんな中、

「……ちっ、まだ引きずっとんのか、あほくさ」

「ただの勉強ですよ」

 クルスの読んでいた本が視界に入り、クロイツェルは顔をしかめた。明らかに歴史、それも革命絡みである。

 つまりは、フィンブルの一件が大元であろう。

「構造が知りたいんです」

「王族が特権手放したくない、それだけの話やろうが」

「リヴィエールの道理は?」

「あ?」

「なぜ彼らは、国と敵対するリスクを背負ってまで手を貸したんですか? 他の革命ならともかく、フィンブルの時は得られる利益も少なかったはず」

 国と国民、騎士の構図はわかった。

 だが、なぜ其処に商人が絡むのか、これがわからない。

「浅いわ」

「……」

「書いてある文章からしか読み取れんのか? クソカスが。ええか、革命の影には常に商人あり、や。たまーに身の程知らずのアホが自発的に動いてアホ面したまま死ぬカスもおるが、大半はパトロンがおる。アホは自分から動けん」

(この人、口悪いな。今更だけど)

 クルスの口撃力はこうしてクロイツェルと会話を重ねることで上がっていく。まあそういう姿勢が透けるから、皆からはまともに受け取ってもらえないのだが。

 本人は至って真面目である。

「金を生む最強の商材、ジブンは何かわかるか?」

「……今の時代なら、導体かと」

「死ね脳足らず。土地に決まっとるやろーが。古今、土地を所有しとるやつが強い。あらゆる時代の変化にも柔軟に対応できるやろ、土地なら」

「……確かに」

 魔導革命後、産業は大きく発展し、あらゆる新製品が生まれ、そして新たなるものに取って代わられ、歴史の影に消えた。

 生まれては消え、生まれては消え、その繰り返しの中で幾度となく栄光と絶望が明滅する中、土地はただそこにあるがまま。

 上に乗っかる箱が入れ替わるだけで、人を支え、モノを受け入れ、人々が望むものを生み続けている。

「王国の土地は、王の所有物。王が領主たちに分け与え、その領主たちがさらに細かく民へ分ける。しかし、その権利はあくまで王。王が預けているだけ」

「つまり?」

「……王権を国民へ、国民主権とやらになった場合、土地は国民の者。そして、証人は王に成れずとも、国民になら成れる」

「花丸や。半年ぐらいはよぉ気づけたけどな、ボケ」

 土地と言う利権。それを王から簒奪するための革命。その後は商人たち、金持ちによる壮絶な椅子取りゲームが始まるのだろう。

 より金を生む可能性の高い土地を、全力で囲うために。

 リヴィエールが絡むのは、そのための先行投資であった。

「あと、ついでや。最近盛り上がっとるテレヴィジョンとやらも、革命煽りの一環やぞ。もちろん、優秀なジブンなら察しとると思うけど」

「……」

 もちろん察していない。

「人ってのは不思議なもんでな。その環境しか知らんかったら、それなりに不便でもやれんねん。ジブンなら、その感覚わかるやろ」

「……まあ、わかりますけど」

 クルスは故郷、ゲリンゼルを思い出し顔をしかめた。今となっては水洗トイレ以外考えられないし、風呂だって極力毎日入りたいものであるが、かつてゲリンゼルにいた頃はそんな欲求、一つもなかった。

 知らないので、当然であるが。

「あれは遠くの豊かな国を、遠くのカスみたいな国に知らしめる兵器やぞ。知らば、欲しくなる。欲しくなったら、憧れたら、人間もう終わりや」

「……それも、わかります」

 騎士を知ったクルスが外に飛び出たように、全員ではなくとも意識が外に向くのは避けられない。その結果、人々は考える。

 どうしたらあんな風になれるのか、を。

「でも、それと革命がどう――」

「詰めは耳元で囁けばええねん。革命して、王侯貴族から奪ったら、あんな生活できますよ、ってなァ。はい、チンカス革命軍の出来上がりや」

(下品なのは嫌いなんだが)

 アホ、カス、ゴミ、虫けら、これらには慣れても下ネタが絡むと急速にすん、となるクルス。つまらない男である。

「あの手この手や。ほんま、よぉやるわ」

 王権、と言う名の既得権益を引き千切るために、商人たちは世の中の裏側、表側で暗躍し続けていた。現在進行形で、戦争中であるのだ。

 目に見えていないだけで。

「……なら、アルテアンの本命は――」

「主要国ちゃう。おそらく今手がけとるゴミカスみたいな国こそが、本命や」

 わかりやすい騎士の戦いよりもよほど難しい戦いが世界では繰り広げられている。複雑化した世界、その中で暗躍するは力なき者たち。

 いや、力への信仰を捨てた者たち。

 クルスはまだ知らない。これから先、嫌と言うほど戦うことになる相手を。世界もまた知らない。裏側で今にも生まれ出でんとする群れの存在を。


     ○


「……」

 ユニオンの隊長格が五人がかりでようやく撃破した敵。最後はユーグがハイ・ソードからの一撃で沈めたが、勝利したというのにこの場の空気は重い。

「周辺を探索しましたが……やはりダンジョンの崩壊も観測されませんでした」

 サラナの報告に騎士たちは表情を曇らせる。

「マスター・クリュニー」

「なんじゃ?」

「ダンジョンが発生せずに魔族が現れることはあり得るのでしょうか?」

「……ダンジョンからかなり離れても活動を続けられる魔族の存在は知っておる。ただ、それもせいぜいが数キロ程度の話」

「……ダンジョンの崩壊が観測できぬほどではない、と」

「そういうことだ」

 もし、ダンジョンが発生していなかったのだとすれば――

「……では、この魔族はどこから?」

「さてな」

 ここにいる戦士級は、ここまでに第三が駆逐した魔族たちは、何処から現れたと言うのだろうか。誰にもわからぬ謎が――漂う。

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