第173話:闇の組織、其の名は――

「時は来た」

 漆黒の世界、闇の帳が支配する空間には円卓があった。円卓とはそこに座する者、彼ら皆等しく騎士であり、同じ地平に立つ者、と言う意味が秘められている。

 其処に座す彼らは皆、深い闇の底に堕ちていた。

 黒き衣をまとい、怨讐と共に『敵』を滅ぼす。

「ようやくか」

 彼らは皆、悪意と邪気に満ちている。

「あは、楽しみですねェ」

 されど、彼らにも正義がある。理がある。

「さあ、我々の時代を始めよう!」

 彼らの名は――

「その前に一ついいか?」

 闇の組織――

「発言を認めよう、同志よ」

「暗いからカーテン開けていいか?」


 不純異性交遊撲滅騎士団、である。


「いいよ」

「あざっす」

 暗幕が開かれ、部屋に光が満ちる。

 それも当然である。今は昼休みなのだから。

「とうとうやるんですね、リンザールを」

「この時を待っていた」

「え、違うよ」

「「へ?」」

「あのね、素手のあいつとやり合ったことある? 俺はあるよ。拳闘の講義で、パンクラ教えてくれって頼んで……絞め落とされた」

「「……」」

「げんこつは痛いけど、まだいいんだ。でも、関節とか締め技はさ、ほんと無理。抗えないから。なんかスーッと、頭に何かが昇ったと思ったら意識が落ちてんの。起きたらたまたま現世だったって感じ。あのままお花畑でもおかしくなかった」

 五学年のリーダー格が語るのは、彼らの宿敵である男との実戦経験。いつか寝首をかいてやろう、とデータを集めた結果、

「ちなみに奇襲しようとしたが、五歩手前で声をかけられたこともあったっけ」

「やるなら去年だったろ」

「いや、去年のあいつは余裕ない分逆に怖かったよ。なんか笑顔で殺してきそうだったし。まだ情緒が安定している今のイキリがマシだ」

 徹底的に、ぼろのカスに敗れてきた苦い経験を持つ。

 やるべきは三学年であった、と今更後悔する程度には。

「え、じゃあ、その、時は来たの時って何ですか?」

「雰囲気づくり」

「……あー」

 後輩たちは天を仰ぐ。今年は駄目だ、と。

「まあ、冗談はさておき……由々しき事態だ」

「ゆゆしき!?」

「何に反応してんだよ。実は、この前独断で市場調査をしてきた」

「市場調査とは?」

「君たちも興味津々であろう……女子に人気な男子学生、だ!」

「んなッ!? い、いったいどうやって……女子から毛嫌いされている僕らが、女子からデータを取得できるはずが」

「其処はそれ。蛇の道は蛇だ」

「こいつの家ボンボンだから、あんまり金持ちじゃない各学年の女子に金銭を握らせて、データ取りをさせていた」

「……蛇の道過ぎんだろ」

「が、学校ですよ、ここ」

「だまらっしゃい!」

 親の七光りを十全に使い、手に入れた珠玉のデータたち。

「君らだって知りたいだろ」

「もちろん」

 全員の声が揃う。もしかしたら、万が一、いや、億が一、自分がリストアップされている可能性が、微粒子レベルで存在しているのだ。

 この時ばかりはそわそわしてしまう。

「まず、女子人気第一位は……デリング・ナルヴィだ」

「知ってた」

「くっだらね」

「世の中顔だわくそったれ」

 男たちの憎しみが渦巻く。醜悪な空気が満ちる。

 天気は良いのにね。

「まあ待て。このデータを少し前に取っていたら、結果は変わっていたかもしれない。現在、突き抜けた人気を誇るのは直近の決闘騒動があったからだ」

「くそ、俺らも決闘するか!」

「誰も見に来ねえよ」

「普通にカップル潰して回る方が有意義ですよ」

「違いねえ」

 醜い。あまりにも醜悪な連中である。

「理由をいくつかリストアップする。気高い、高潔、最後まで諦めない姿が格好良かった、あの握手はしびれた、などだが……まあ、たぶん顔だわな」

「あいつが不細工だったら女子人気はねえ!」

「その通りですよ」

「あとは人気が人気を呼ぶ状態、だろうな。今はデリング好きを公言してもいい、そういう空気がある。忌々しい話だが、この空気はどうしようもない」

「こりゃあ上位陣も想像がつくな」

「と言うわけで第二位、クルス・リンザール。理由はクール、孤高、たまに見せるやさしさがイイ、努力最強、クソイキリ」

「死ね」

「クソが。あいつの三学年時代知ってんのかよ! クソ芋野郎だったぞ!」

「どれだけ女子の見る目ってやつが適当かって話だ。髪伸ばして、クール気取っていたらイケメン扱いだとよ」

「ってか最後の悪口だろ。なんでプラス票扱いなんだよ」

「男は髪上げての勝負だろ!」

「でも、髪上げても先輩じゃ――」

「馬鹿、ライン越えだぞ!」

 あわや仲間割れ、となりかける不滅団の皆さま。しかし彼らには鉄の掟があり、リア充が許せないという共通の強い情念を持つ。

 ゆえに最後の一線、彼らが割れることはない。

 たぶん。

「デリングが名門層、クルスが下級及び一般層に慕われている感じだな。ただ、このバランスも今回の一件で崩れた。クルスの支持層がかなりデリング側に流れた、もしくは両推しとかいうクッセー意見も出た。大変遺憾である」

「ちなみに三番手は誰ですか? そろそろ五学年以外も――」

「三番手はイールファスだ」

「……」

「理由は小動物みたいでかわいい。強い。顔が良い。以上。やはり黄金世代の頂点、ヒエラルキーのトップは強い。女は強い男になびく、これ鉄板な」

「同じ黄金世代なのに」

「言うな!」

 黄金世代と言うだけあり、ここでくさしている彼らだって例年で考えたなら十分上位層に食い込めるだけの実力はある。

 客観的に見たら優良物件のはずなのだ。

 騎士団からのオファーも内々だが貰っている者もいる。

 それでも目立たない。とにかく目立てない。

 そして女子目線では、目立たぬ彼らは存在しないことになっている。

「次も五学年、と言うかあの裏切り者だ」

「ちっ」

「カスが」

「名前を言ってはいけないあの人、ですね」

「理由は……口にするのも不愉快だが、よく見たら濃いけどイケメン。強い。彼女が出来てから格好よく見えるようになった。クソ女が。普段とシリアスのギャップがエモい。エモいってなんだよ畜生!」

「もうやめよう。飯がまずくなる」

「ですね。と言うか、その、この中で誰かいなかったんですか?」

 ざわ、ざわ、恐ろしい発言が飛び出してしまう。ことと次第によっては、彼らが割れる可能性すら孕む。別にナンバーワンになれなくてもいいのだ。彼らだって自らの立ち位置は理解している。主役ではない。

 だけど、誰かのオンリーワンになれたなら――

「安心しろ。ここにいる者の名が挙がることはなかった」

 なれた、なら――

「で、ですよねえ。あー、知ってた知ってた。全然問題ないですわ。ええもう、これで心置きなくカップルを破壊できるってもんですよ」

「お前、目から血が……それほどまでに」

「泣いてねえですゥ!」

「涙よりもやべーって、それ。病院行った方が良いぞ」

 ゼロ。ワンチャンネコチャンノーチャン。

 彼らは知った。世の中は不公平であると。一人の優秀な男に多数の女子が集まり、じゃない方には誰も、見向きもしてくれない。

 悲劇である。

「皆の衆、落ち着け。復讐心に囚われてはいけない。それは我らが騎士団の存在意義に反する。我らの先達はかつて、ウル学園長と共に誓いを立てた。紳士たれ、と。我らは復讐者ではない。悪意も、嫉妬も、持ってはならない」

 リーダーの朗々とした演説が皆を落ち着かせる。

 そう、彼らは不純異性交遊撲滅『騎士団』である。

 彼らは騎士なのだ。

 秩序を守る存在、実質ユニオン・ナイトみたいなもん。

「ただひたすらに、清く正しく美しく、そんな学び舎を目指すための組織である」

「その通りだ」

「そうだった。我々は大志を抱き、この騎士団に入ったはず」

「……闇に堕ちかけたこと、猛省いたします」

「いいさ、誰だって魔が差すことはある」

「先輩」

 美しい先輩後輩の関係性。これもまた一種の師弟愛、マスター制度に通ずるところがあるだろう。やはり彼らは騎士団であるのだ。

「今、人気が個人に集中しているのは、悪い状況ではない。何しろデリングは当然だが、クルスとてイキリ倒している今、彼女を作るという軟派な行動は取れないはず。イールファスは……まあ知らんけど彼女とかそういう生き物じゃないだろ。ディンは……忘れよう。腸が煮えくり返りそうだ」

「そ、そうか。どれだけ矢印が向いても、上位層はなびかない。つまり、カップルの成立件数が必然的に少なくなる、ということだな!」

「ザッツライ!」

「知らない内に、風は僕らに向いていたんですね」

「急ごう、風がやむ前に」

「ああ!」

 彼らは何度挫かれても立ち上がる。清く正しく美しく、そういう学び舎を目指すため、彼らは日夜クリーニングしているのだ。

 学び舎にはびこる不純異性交遊を。

「でも、クルスさんって本当に大丈夫なんですかね?」

「なんでだ? あいつのイキリっぷりは相当なものだぞ。三学年の時と比較したら抱腹絶倒間違いなしってぐらいには」

「なんか嫉妬みたいなんでやめた方が良いですよ、それ」

「……後輩の正論が、いてェ」

「下の学年じゃ結構噂になってますからね。クルス先輩とフレイヤ先輩」

「……は?」

「なんか、ただならぬ関係性みたいに僕らからは見えると言いますか」

「……そう、か? 三学年の時は子分みたいだったけど」

「その印象変えた方が良いんじゃないですか? もはや別人でしょ」

「俺たちのクルスは芋野郎なんだよ!」

「うーわ」

 いつかあいつは帰ってくる。彼らはそう信じているのだ。努力する芋野郎、女の気配などなく、もしかしたら共に手を携え、撲滅する道もあったのかもしれない。

 そう思うとやるせなくなってしまう。

 帰ってこい、ただの一度も彼らと重なったことなどないのだが、三学年の時に抱いていたなんとなくの親近感だけで彼らはそうカテゴライズしていた。

 しかし同学年の女子に言わせると、

『芋っぽく見せて意外とツボを押さえている。経験値は存外高め』

 こうなるので、やはり彼らとは違うのだが、彼らがそれを知ることはない。

 知りたくもない。


     ○


「さあ、わたくしと勝負いたしますわよ!」

 バーン、と手袋をクルスの顔面に叩き付けるフレイヤ。勢い先行もここまでくるとすがすがしい。はらり、と手袋が地面に落ちる。

 クルスの表情は、冷淡そのもの。

「……断る」

「んなッ!? わたくしへの気遣いなら結構。よくわかりませんけど、お父様から対抗戦の座は勝ち取れ、とお言葉をいただきましたの」

 ふんす、と嬉しそうにフレイヤは笑みを浮かべる。

 だが、

「その勝負、受けて俺に何のメリットがある?」

「……?」

 クルスはやはり冷静沈着、小動もせず、

「わたくしに勝てば二位ですわよ」

「二位も三位も変わらんだろ。対抗戦ラインは越えている。悪いが俺は、今一位を引きずりおろすことだけを考えているんでな」

 ウキウキのフレイヤ、その要求を突っぱねた。

 みるみるとしぼむフレイヤ。

「得るもののない行動に、時間を割く気はない」

「……」

 クルス、そのまま歩き去る。フレイヤはぷるぷると震え、唇を尖らせながら手袋を拾う。そして、当然の如く、

「この、恩知らず!」

 クルスの背中へ紳士的飛び蹴りを敢行した。

 しかし、

「恩返しなら受けてもいいが、それは君の本意か?」

 ひらり、さすがは俯瞰のクルス。背後からの急襲も難なくかわす。たぶん、何かしらの攻撃が来ることは見るまでもなく読んでいたのだろう。

 意外と短気なのは二年前から知っている。

「……ぅぅ」

「返済のことなら、いつでもご用命を」

 とどめの一撃。これで無駄な時間を取られずに済むとクルスはほくそ笑む。今日は夜にクロイツェルとの稽古がある。無駄な体力消費は避けたい。

 そうでなくとも先ほどイールファスにのされたばかりである。

 フレイヤはぷるぷる震えながら――

「デリング!」

 幼馴染のもとへ駆け出す。

「きゅ、急に、ど、どうした、フレイヤ」

 まさかここにきてワンチャンが、いや、自分には姫様が、でも、そういえば婚約解消もこちらの意志で、みたいなこと言っていたような――という邪まな考えを張り巡らせる他称気高い男。フレイヤ相手だといつもの倍ポンコツとなる。

「クルスが逃げますの! 知恵を貸していただけませんか?」

 ノーチャンを知り、微妙に肩を落とすデリング。

 ただ、頭を切り替えて、

「逃げる、とはどういうことだ?」

 普段の冷静さを取り戻す。

「文字通りですわ。二位と三位に違いはない。だから、戦う価値がない、と」

「……なるほどな。一理ある」

「へ?」

「要はあの男に戦う価値がある、と認識させればいいだけだ。丁度いい。俺も少し、腰を入れて話すべきだと思っていた」

「……へ?」

「フレイヤ・ヴァナディース改造計画を始めよう」

「……なんで?」

 デリング・ナルヴィはくい、と存在しない眼鏡を持ち上げる。

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