第174話:フレイヤ改造計画
「司会進行のデリングだ」
「アドバイザーのディンだ」
「その他賑やかしだ」
黒板の前に立つデリング、そして座席に腰を据える五学年の上位陣。ミズガルズ広しと言えども、これほど層の厚い面々はそう集まらない。
まさに完璧な布陣である。
「……なんですの、これ」
何をするかわからない、という点を除けば。
困惑するフレイヤをよそに、司会進行を始めとした皆の衆はやる気に満ちた表情を、よく見るとあまりしていなかった。
ゆえの賑やかし、である。
「今のリンザールは強い」
司会進行のデリングが力強く語り出す。
「並大抵の攻めは寄せ付けず、如何なる状況下でも動じぬ精神力は尋常ではない。力は流し、技にはしかと応じる。対人もそうだが、対魔を想定した剣だ。その意識の高さは、やはり我らが五学年の中でも特筆すべきものがある」
「そんなことわかっていますわよ」
「では聞こう。ならばフレイヤ・ヴァナディースは如何にして、やつの堅守をこじ開けるつもりだ?」
「……今持てる全ての力を注ぐのみ、ですわ」
「それは怠慢だ、フレイヤ」
「む」
デリングにしては珍しくフレイヤに強い口調を向ける。
「よく言うわよね。言ってる自分が一番考えなしに突っ込んでいたじゃない」
ミラの鋭い指摘に、
「……その、一応、行けるかな、とは、相性は、悪くないし」
気高き男、恐縮し身を縮こまらせてしまう。
「そこんとこどう思うの? 100%勝つ気だったクレンツェは」
「……ちょ、ちょっとは、嫌な予感してたし」
「握手拒否るほどびっくりしたのに?」
「……」
モンスター、二人の傷を抉り倒し涙目にさせる。
「と、とにかく、対抗戦に出られる、というメリットがあった俺との戦いとは違い、三位から二位に上がる明確なメリットを提示できなければ、あの男は勝負を受けない。もしくは、フレイヤの甲斐性で振り向かせるか、だ」
気を取り直したデリングの発言。
それを継いで、
「そもそもクルスの狙いは一位で、其処への挑戦は今もずっと継続しているわけだ。なら、二位を経由する必要はない」
ディンも補足する。
「だから、強くなるしかない。あの男に勝てない、と思わせたら、フレイヤ・ヴァナディースが嫌がろうとも、あの男は必ず追いかけてくる」
クルス・リンザールとはそういう生き物なのだ、とデリングは力説する。
それに異を唱える者はこの場にいないだろう。
誰もが知っている。
壁に衝突した時の、あの男の執念を。
「……それが叶うのなら、わたくしだって」
フレイヤとてそれぐらいは理解している。結局のところ、ディンほど強い攻めが打てず、デリングほどの堅守もない。技術も例年の御三家水準を大きく上回っているが、この中で卓越した方かと言えば否となる。
捌ける、しのげる、今更学びもない。
だから――
「先ほど事前に皆と話し合った。自分がフレイヤであれば、クルス相手にどう戦うか、と。ここにいる全員、ものの見事にクルスに敗れた者たちだ。その意見は真に迫っているはず。そんな皆の――」
「説得力は皆無だけどね」
きっちり話の腰を折るミラ。何人かは肩を落とす。
「ごほん、そんな皆の意見は……意外にも一致した」
「一致?」
「ズバリ、盾だ」
「剣での応手を諦め、盾での制圧を目指す。剣の攻撃が線と点のものであれば盾は面。それを押し付けた時の制圧力は剣の比ではない」
「……今でも盾は使っていますわよ」
フレイヤは抗弁するが、
「メイン運用じゃないでしょ。メインは剣、盾はサブ」
ミラがそこに牙を剥く。
「騎士ならば剣を主とするのは当然でしょうに」
「それを逆転するぐらいじゃないと話にならないでしょ、ってこと」
「本気のクルスを攻略したいのなら、冷静に考えてディン・クレンツェ以上の総合力が必要になる。アンディに次ぐ学年、どころか学校で二番目のフィジカルと平均値を遥かに超えた高い魔力量に、高い技術力まで兼ね備えている」
フラウの言葉通り、やり方はともかくディンに勝ったということは、どう立ち回るにしろ総合力でディンに勝るぐらいでなければいけない、ということ。
「魔力量と身体能力、この重ね合わせが出力。魔力量で優っても、男子でも抜けた身体能力である程度埋められ、大きな差はない」
フィンは他人事のようにこぼす。実際に他人事である。
「……ですが」
「と言うか、全員思っていただろ? 盾を使われるのが嫌だって」
「え?」
ヴァルの一言、フレイヤ以外がほぼ全員沈黙する。
「俺は結構好きだぞ、盾とぶつかるの」
例外のアンディが口を開いた。逆に言えば彼以外口を開かない。
「プレスコット、クレンツェ、高い魔力量と高い身体能力を両立して初めて抗える、っていうのがヴァナディースの用いる面での制圧、つまり盾の力だ」
嫌な男の太鼓判、だからこそ皆口にしてこなかった。
「相手が嫌がることをする、勝負事の王道だと思うがなァ」
メインで使われたら嫌だから。
「ヴァルの言う通りだ。忘れるなよ、フレイヤ。お前さんが勝とうとしてんのは、恥も外聞も関係なしに勝ちを掴みに来る奴だぜ? 生半可じゃ駄目だ」
ディンもその意見に追従する。
どう考えても、フレイヤの強みを加味した上で、勝てる方法を模索するならそれが一番手っ取り早い。
今、持っている手札の中で一番厄介なものを、磨き上げる。
「要は型を弄ってみよう、という提案だ」
「……」
「抵抗があるのはわかる。だが――」
「わかっていますわよ。二年前、慣れぬ型に翻弄されている者がいた。昨年、様々な型を用いて壁を越えようとしていた者がいた」
抵抗がないと言えば嘘になる。自分の家の伝統、剣と盾を用いた先祖代々磨き上げ続けてきたヴァナディースの戦型を弄る。
やり方次第では家名に泥を塗るに等しい行為となり得るだろう。
それでも彼女は知っている。
型を変えられても足掻いた者を。型を変えて足掻いた者を。
型を弄り、一気に駆け上がった者を。
自分だけが出来ません、など言えるわけがない。
「やりますわよ、わたくしは」
正直、彼女にはわからない。盾の運用を変えるだけで、今感じている差が埋まるのかは。それでも心の中にあった得も言われぬ不安は少し晴れた。
ここにいる皆のおかげで。
「それでこそ、フレイヤ・ヴァナディースだ」
「と言うか、皆さんこそよろしくて? わたくしを強くする、と言うことは皆さんが席次を上げづらくなる、となりますけれど」
「対抗戦という話なら、今更俺は手を挙げる気などない。クレンツェもそうだ」
「そうそう。自分のメンタルケアで忙しいのよ、俺ら」
デリング、ディンは苦笑する。少し晴れやか、ではあるが。
そして、
「で、其処の馬鹿男二人を差し置いて対抗戦に出たい、なんて全然思わない。別に他校の学生に負ける気は微塵もないけど……そこは弁えているから」
ミラが二人の下に位置する上位勢の思いを代弁する。
まあ、
「俺は出られるなら出たいけど、出るならやっぱディンやデリングにも勝っておきたいし、何よりもクルスにリベンジしないとな。まだ先の話だ」
アンディだけは相変わらず色々と空気を読めていなかったが。
「ってか、やっぱ壁は高くないと燃えないだろ。高い壁ほど乗り越えた時にガーってなるから、フレイヤが強くなるのは良いことだ!」
(俺は別に。壁は低い方が好き)
(私も別に。壁なんてない方が良いに決まっている)
(自分に関係ないから興味なし)
これまた全員の代弁、とはいかなかったが――
「使えるものは使っておけ。なかなかないぞ、これだけの協力者が集うということは。これもひとえに……リンザールの努力、その賜物だな」
クルス被害者の会、結成。
「新たな型を創出しよう。さあ、ドシドシ意見をくれ!」
全員、沈黙。
「……あれ?」
全員、ノーアイデア。
○
と言うわけで――後日。
「特別アドバイザーのクルス・リンザールだ。拍手」
ぱちぱち、とまばらに降り注ぐ拍手。
紹介されたクルスの表情は、やはり冷淡そのものである。
「……フレイヤの型を新しくするのは何のためだ?」
「リンザールに勝つためだな」
「……俺は俺に勝とうとする相手の新型を考えるのか?」
「構わんだろ、減るものじゃなし」
「減るだろ、思いっきりよ。馬鹿なのか、テメエら」
至極まっとうな意見である。ぐうの音も出ない。
正論では勝てない。
だから、
「恩返しだ、リンザール」
「……っ」
「倶楽部の件とか、色々とあるだろ?」
耳元で対クルスの特効薬を使う。これぞデリング、不滅団の協力者として日夜クルスとフレイヤの関係に注視していただけはある。
これぞ、ささやき戦術。
あの一件以来、少し開き直ったデリングは、不器用な点はそのままにちょっぴり器用さも手に入れていた。
「……覚えとけよ」
「あと、恩返しは紳士的にな」
「言われなくてもわかってる」
恩返しを悟られ、恩着せがましくなるなよ、と言う忠告。そんなことクルスとて言われずともそのつもりである。
かつて、自分は何も察することなくエイルの、そしてフレイヤの手を掴み、引っ張り上げてもらった。その手が、自分に向けて伸ばされていたことに気づきもせず。
だから、やる時は端からそのつもり。
「主体を切り替えるなら、当然スタンスも切り替えるべきだ。正対するよりも盾側を前に半身、盾で受けて、流して、剣で突く。これ一択だろ」
「おお!」
去年、型をころころと変えて誰よりも多くの型を実戦投入し、扱ってきた学年随一の型博士クルスの参入で、大きく計画は躍進する。
クルス被害者の会による、フレイヤ改造計画は順調な滑り出しを見せていた。
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