第167話:伝説の暴れん坊

 鋭い踏み込みから、伸びやかな突きが奔る。

 それをクルスは剣の腹で軌道を変えてそらすも、

「……」

 表情にはかすかに渋面が浮かぶ。

 堅守が売りのデリングだが、

「型の面白さ、だなァ」

 別に攻めが苦手なわけではない。むしろ本来の気性には真っすぐ攻め立てる方がマッチしている、まである。そして型もまた、同じく二面性を持つのだ。

「凡人が使えば受けの型、マスター・ユーダリルが使えば攻めの型、学園長が特別過ぎる点を考慮しても、攻守両面の特性を持つことに変わりはない」

 ヴァルとフラウの見立て通り、カーガトスという型は受けと攻めの両方を備えている。要は使い方次第なのだ。

 待って前で捌けば受けの型。

 押して踏み込めば攻めの型。

(……やはり、相性が悪い)

 内心、この伸びる突きへの対処に難儀するクルス。なるべく表情に出さぬよう善処しているが、思っていた以上に伸びる攻撃の捌きには苦慮していた。

「半身で、片手いっぱい伸ばし突く。もう剣の間合いじゃないのよね、あれ。どちらかと言えば槍に近い」

 姉の幻影がちらつき苛立ちを隠さぬミラ。間合い、リーチの優位性は今更語るまでもない。長い方が強い。兵法の基本である。

 ただ、長ければ長いほどにコントロールが難しくなるのもまた基本。あの突きとて、あれだけ思い切り踏み込んでは後隙も大きくなるはず。

 しかし、

「まあ、マリと同じ。そんな愚は期待できない」

 遠間を操る練達の者は、その後隙を簡単にはさらさない。引き手を、引き足を、素早く連動、稼働させて回転数を上げると同時に隙も消す。

 長い、遠い、速い。

「さあ、苦しくなってきたな、クルスよ」

 想定通り苦戦するクルスを見て苦笑いを浮かべるディン。おそらくクルスは自分よりもずっと、相性の悪いデリングとの戦いに悩んでいたはず。

 何しろあの間合いは、ゼー・シルトの深く誘い込み捌く上で、最悪に近い相性であるから。深く誘い込んでなお、間合いの途上。

 後傾も意味をなさない。数センチ下がっても、それ以上に伸びてくるのだから。

 深く捌いても、実質的には手前で捌くのと変わらない。

(舐めるなよ、俺を。捌けるならなァ、間合いは関係ねえんだよ!)

 だが、クルスもまた昨年、苦しみの中で様々な型を試す過程で、手前での捌きを体得していた。あの経験が生きる。

 ディンほど速くない。ディンほど強くもない。

 だから、これでも十分間に合う。

 捌ける。

「テメエじゃ俺は抜けねえよ、クソ優等生」

 ただ、

「口が悪いな、弱く見えるぞ」

 ディンより巧い。

 鋭い突き、それが途中で軌道を変じる。

「ッ!?」

 クルスはギリギリで回避するも、想定外の攻撃に顔を歪めた。

 攻撃に関しては常に真っすぐ。クルスすらそう思い込んでいたが、よくよく考えたなら手前であれだけ捌いていた男である。

 変化できぬわけがない。

 手札がないわけがない。

「今日は勝ちに来た。そう言わなかったか?」

「デリングッ」

 攻守盤石、これが騎士デリング・ナルヴィの強さである。枷を外し、己がために戦う男の何という強さか。

 無論、

「……!?」

 クルス・リンザールも指をくわえて受け続けるだけではない。変化があると頭にあればどうとでもなる。むしろ、突きの到達がコンマ遅くなる分、

「甘ェよ」

 カウンターを差し込む余裕が生まれる。一閃、二撃目に即対応し、引き足が間に合わねばあわやという局面に持ち込める性能。

 誰にとっても脅威。相変わらずの冴えであった。

「今日は、とか甘いんだよ。俺は全部に勝つ気しかねえよ!」

「……リンザールッ!」

 これがデリング・ナルヴィ。

 これぞクルス・リンザール。

 戦いは加速する。加熱する。見守る者たちの心に火をつける。

 誰もが見入っていた。上流とか、中流、下流とか、見つめる者たちの頭からは自然と消える。ただ、騎士として戦う二人の超人を見つめる。

 焦がれる。

「……」

 ただ、フレイヤだけは大事な友人、幼馴染であるデリングの安否を気遣い、その熱に乗り切れていなかった。

 そんな彼女の隣にひょこっと、

「杞憂」

 どこからともなく現れたイールファスが声をかけた。

「……どういう、意味ですの?」

「朝から学園長がいない」

「……あっ」

「平時の都市に、あの人を止められる機能はない」

「お、大事ですわよ」

「だから、デリングのことなんて頭から消える」

「……」

「一対一なら食い下がれるけど、一対多であの人に勝てる人類はいない。大船に乗った気で熱中していい。俺もそうする」

 すすっとその場から消えるイールファス。相変わらず謎の生き物である。ただ、彼の言う通りなのだ。英雄が動いた以上、もはや学生がどうこう、という話ではない。すでに風化しつつある伝説、そのすべてが本当だとするならば――

「逆に心配ですわよ」

 むしろ国家存亡の危機である。


     ○


 黙々と公務に従事する王。しかしどうにも空気が重い。王はため息を重ね、ずっと右のほほを押さえていた。宮宰らは触れられずやはり雰囲気が悪い。

 其処に、

「急ぎゆえ無作法、失礼します!」

 明らかに焦り極まった騎士が現れた。

「何事か」

「その、マスター・ユーダリルが単身王宮へ参り、陛下と話をしたい、と」

「それで?」

「お約束は、と聞きましたら、ない、と答えられましたので、であれば通せませんと問答になり、今にも――」

 ドゴン、王宮全体に轟く音が、英雄の来訪を告げる。

「あっ」

「……はぁ、今日は厄日か」

 王は玉座から立ち上がり、

「へ、陛下?」

「私が出向かねば収まりがつかんだろう」

 自らが出向くと言い切った。

 それに対し、

「な、なりません陛下。それでは示しがつきませんぞ」

 宮宰が異を唱える。いくら英雄とはいえ、王がへりくだる必要などない。無作法者に対し、礼を尽くし過ぎれば諸侯から侮られる。

 それはもちろん王も重々承知している。

「先代、先々代と、口を酸っぱくして言われたことがある」

「な、なんですか?」

「ウル・ユーダリルを怒らせるな。あれが暴れたら国が傾く、とな」

「ご、ご冗談を」

「この顔が冗談に見えるか?」

「……」

 王はため息をさらに重ね、

「すでに間合いぞ、あの化け物のな」

 とぼとぼと歩き出した。その背には哀愁が漂っていた。


     ○


「たのもー!」

 王宮の門を蹴破り、英雄ウル・ユーダリルが悠々と王宮の敷地内に歩を進めた。止めようとした騎士たちは愕然とする。

 王宮を守る門は、毎朝毎夜、王立騎士団の騎士たちが当番制で開閉している門であり、その際彼らは片方三人以上、計六名で開閉作業をしていた。

 王宮を守る鉄壁の門、それを一人の老人が蹴破ったのだから驚愕するしかない。

 一人で動かすことすら難儀であるのに、門が高々と舞い上がり王宮の庭に突き立つ。ぐにゃりとひん曲がったそれは、もはや門の形すら留めていなかった。

「ま、マスター・ユーダリル! 止まってください!」

 それでも騎士たちもプロ。驚愕しながらも連動し、一瞬でウルを包囲する陣形を取った。その滑らかな動きはさすがの一言。

 学園の卒業生も多数、学園長としても鼻が高い。

「嫌じゃ」

 でも、関係ない。

「これ以上は我々も容赦できません! 学園長に、英雄に、刃を向けたくない」

 かわいい教え子の懇願。ウルは感動していた。一学年の頃から知っている子たちが、立派に騎士としての職務に従事し、騎士として振舞っているのだ。

 これほど素晴らしいことはない。

 ただ、

「容赦? 要らんよ」

 それはそれ、これはこれ。

 やはりこの老人、止まらない。

「腰のそれは飾りか? ん? わしは陛下に話がある。場合によっては剣を抜くこともあろう。その覚悟でここに立つ。わからんか? もう戦争、始まっとるぞ」

「……おひとりで戦争ですか?」

「充分じゃろ」

 この場全員よりも己の方が強い。そう誇示するかのような発言。さすがに恩師相手でも、彼らもプロフェッショナルである。

 それはラインを超えた発言であった。

「次の一歩で、敵とみなします」

「ほれ、一歩」

 さらに踏み越えた。もはや、容赦はしない。

「総員、かかれ!」

「イエス・マスター!」

 恩を胸にしまい、彼らは一斉に飛び掛かる。四方八方、飛び上がり上も取る。如何に英雄とて、所詮は人間でしかない。手足は二本ずつ。

(最悪、四名が死ねば差し違えることはできる)

 冷静な、冷徹な思考。

 英雄がいくら超人でも、今の時代の騎士剣で斬られたなら、突かれたなら、死ぬしかないのだ。この人数、全員が意思を、団のメソッドを解した群れによる攻撃を単騎で捌き切ることは不可能。

 そう、思っていた。

「はーどっこいしょー!」

 だが、英雄が全力で足踏みしたことで、常識が覆る。

「……はっ?」

 一瞬で、天地がひっくり返った。

 いや、地面が隆起し、めくれ上がり、向かってきた騎士を地面ごとぶっ飛ばしたのだ。こんなもの、騎士の教科書には存在しない。あるわけがない。

 魔族だって、もう少し上品に戦う。

「しかし、上までは!」

 地上から囲い、攻め込んできた騎士は吹き飛ばされたが、まだ飛び上がり上を取った者たちは残っている。

 其処へ、

「ォオオオッ!」

 天高く、英雄は騎士剣を突き上げた。直上、誰もいない空間へ魔導剣ではなく、エンチャントが施された魔法剣を全力で扱う。

 凄まじい魔力の奔流が、天に昇る。

 その様は人の理を超えた光景。

 誰もが呆気に取られていた。

 その余波で、空中にいた騎士たちは全員吹っ飛ぶ。あれが当たっていれば、骨も残らない威力。怖気が奔る。

 ようやく彼らは理解した。

「むぅ、歳を取ると魔力の切れが悪くてかなわんわ」

 相手は人間ではない。

 相手は、ウル・ユーダリルという生き物であるのだと。

 数々の伝説も時代と共に風化し、正直眉唾だと思っていた者も少なくない。アースでダンジョンが発生した際も、全員がダンジョンを貫き突破したところを見たわけではなく、それを見たところで、やはり対峙した今の絶望感は味わえない。

(……やべぇ、腰抜けた)

 足踏み一つ、突き一つ、この場全員の心をへし折る英雄、いや、化け物。

「で、もう来んのか?」

 伝説に偽りなし。

 王宮にこの男を立ち入らせた時点で、この国は詰まされていたのだ。今の突きを見るに、ここからでも充分ウルの攻撃は届く。信じ難い話だが、今目にしたものが全て。戦士級すらこの男に比べたら可愛げがあるだろう。

 比較するなら人ではなく、魔族である。

 魔王イドゥンを打ち破った伝説の騎士、その一角の力は人にあらず。

 止めるなら王宮に、いや、王都に入る前、そこであらゆる手段を講じ倒すような、そういう相手であった。今更、どうしようもないのだが――

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