第135話:快進撃
クルス・リンザールの快進撃が止まらない。
「ひぇぇ……前回は遠間な試合だったのに」
「近過ぎんだろ」
フラウと戦い、次の講義ではすぐさまフィンと剣を交えることになった。ヴァルは攻撃しない、フラウは崩すまで踏み込まない、彼らの敗北を見てフィンが選んだ戦いは超近接戦、であった。クルスの望み通り深く踏み込み、其処から戦う。
一見するとクルス有利に見えるが、
「さすがはフィン・レンスター。緊急回避はお手の物、だな」
面倒くさがりなフィンが得意とする戦い方は緊急回避を絡めたカウンターである。近過ぎる間合いも彼にとっては得意な距離。
回避、攻撃、受け流し、攻撃、回避――
攻撃、受け流し、攻撃、払い、攻撃――
誰もがぞっとする距離での攻防。どちらもこの間合いでは負けられないと意地を見せる。あの距離感にしては長い攻防であるが、
「決着は早いなァ」
「ええ。あの間合いで長期戦は、ない」
敗れたヴァルとフラウは早期決着と判断する。間合いの短さはそのまま判断の時間にも直結し、所要時間が長ければ長いほどミスは減る。
逆もまたしかり。
素早いやり取り、いつミスが出てもおかしくない。と言うか、あんな攻防が成立していること自体が驚きなのだ。
「……レンスターらしくはないな」
「何故かクルスには妙に執着している節あるしな」
いつも彼はあまり粘らない。勝つ時も負ける時も何処かあっさりとしている。実際にミラやアンディ相手には勝つ時は勝つが、負けてもさほど堪えた様子はない。
ここまで粘ることもしない。
「どっちが勝つか、賭ける?」
「賭け事はいたしませんわ」
「はっ、つまんない女」
どちらも一歩も引かない。意地と意地が衝突する。どちらかがミスをするまで、ここは俺の間合いなのだと二人の姿勢が示す。
その様子を見てエメリヒだけは、
「……怖い子だね」
苦く微笑んだ。
意地と意地の戦い。どちらかが間違えるまで続く。
これは互いの、『俺の剣』の勝負である。
その大前提が固まり、煮詰まった頃合いを見計らい、
「……」
クルスはその前提をひっくり返す。相手の剣をかち上げる、と同時に剣を手放す。明らかに、故意に――
「ッ!?」
超至近距離。フィンは剣を握っており、さすがの柔らかなタッチで下から上への一撃、その威力はかなり軽減している。だが、復帰まで多少時間はかかる。
何よりも、
「この間合いなら……」
この間合い、無手の方が速い。
剣の持ち手に自らの手を差し込み、もう片方の手はフィンの奥襟をつかむ。
「……くそ、俺も――」
習っておけばよかった。それを言う前にクルスは奥襟を引き、同時に足払いをかける。衣服を着た状態での、総合格闘技の技術である。
相手を引き倒し、制圧する。
そんなもの剣闘ではない、と言うならば、
「終わりだァ!」
手首を捻り上げ、フィンから剣を奪い取る。それからほどなく上から降ってきた自らの剣も掴み取り、足で動きを抑えながら地面に剣を交差し突き立てる。
その間にはフィンの首が――
「……参った」
完全制圧。拳闘倶楽部なのに総合格闘技に現を抜かす先輩たち、ミラやフィンは彼らと距離を置いていたが、クルスは構われやすい態度が功を奏したのか、彼らから可愛がられ、総合の技をかじっていた。
その積み重ねが、対人での強みとなる。
拳闘は嗜み、誰もがある程度使えるが、総合の技術は徒手格闘の世界でも成立して日が浅く、その強さはまだまだ広まっていない現状があった。
「あんにゃろ」
無手を用いた制圧術。進路的にはむしろミラこそがこういう流れでの勝ちパターンを用意しておくべきだった。剣闘なのだから剣のみ、と言うのは思い込み。
普通の間合いなら剣が有利だから使う必要がなかっただけ。
「卑怯か?」
「いや、お見事。手、貸して」
「……あ、ああ」
あれだけ粘って勝とうとした癖に、負けた後の態度が妙にあっさりしている。
あまつさえ自分で起き上がるのが面倒くさいのか負けた相手の手を借りて立ち上がる。何処かすっきりした顔つきで。
「悔しくねえのか?」
「ん、それなりには。でも、クルスが駄目だった時の怒りに比べたら、全然」
「……理解出来ないな」
「一番悔しかったのは、クルスが本気であのソロンに勝とうとした時。俺、勝てないって思っちゃったんだよね。ソロンにはもちろん、クルスにも」
「……」
「悔しいけど、同時に納得している。まだ勝つ気なんだろ?」
「……もちろん」
「なら、これでいい」
あっさりと負けを認め、フィンは引き下がる。
「……ただの奇襲だろう? さすがに諦めるのは早過ぎるんじゃあないのかァ?」
「ズレたこと言うなよ、ヴァル。あのまま続けても俺は負けた。あいつは間違えない。絶対に相手よりも先に間違えない、そう腹を決めている」
「……」
「そんな覚悟を前に、俺たちに何が出来る?」
「……そう、だなァ」
「予感は正しかった。なら、あとはあいつの快進撃を見物するだけだ。突き進んで壊れるか、突き抜けるか……後者だったら痛快だな」
「……ふは、かもな」
互いに予感はあった。ティルの時、ソロンの時と違いはあれど。だからこそ昨年腹が立った。あまりにも自分本位な話ではあるが、それでも仕方がない。
そう感情が振れてしまったのだから。
「ま、俺はもう進路決めたから。クルスよりは稼ぐ」
「はっは、俺もそっち方向で騎士団選んでみようかなァ」
今は悔しさもあるが、少しホッとしている。同時に期待もしている。
凡人、クルス・リンザールが何処まで行くのか、を。
〇
四学年から始まったチームワークの講義も五学年ともなるとかなり慣れが出てくる頃合い。少しずつ課題を増やし、負荷を増やしていくのがリーグ流であるが――
「このタイミングで二人はスイッチして、相手を切り替える。その間に俺とラビがこうスライドして、疑似的な包囲陣形を作る。荒らしに来た二人を数的有利で素早く潰せば、その後の追撃も避けられたし、様子を窺っていた連中も動けなかった。後ろからの奇襲を見逃したのは仕方がない。ただ、其処からでも挽回は出来た」
一人だけ負荷をものともしない者がいた。
「なるほど、ね」
「慌てなくていい。ただ、頭の中に優先順位を構築しておく。周りの生存、自身の生存、作戦行動の継続、目標達成の順番に。模擬戦だからと言って率先して潰れ役を買って出るのも、それを認めるのも実戦的じゃない」
「そうか? と言うか、習ったことと優先順位違くね?」
「机上と現場は違う。今の俺たちは机上の、綺麗ごとだけでいいカテゴリーじゃない。生存はマストだ。民間人の命よりも騎士の命の方が重い」
「そ、それはさすがに」
「騎士を作るコストを考えろ。どちらの方が高いか、安いか、論ずるまでもない。俺たち騎士は高い買い物、それを念頭に置いて動こう」
「……リーグ先生がそれを評価すると思う?」
「さあな。だが、現場で働く騎士なら……自分たちの命を安く見積もるやつを評価しない。最近は何処も殉職率、気にしているだろ?」
先ほどは後方からの奇襲で後手に回り、乱戦となったところを別の部隊に漁夫の利を取られ、敗れてしまった。
その反省会が今、である。
「そもそも其処に至る前に――」
クルスはこの反省会に力を入れていた。もっと言えば、反省会で自分の考えを皆に伝え、次に自分と組んだ時に意思疎通をやりやすくしておくことに注力していたのだ。単にその場で命令する、これでは現場の連携として遅過ぎる。
プロはあらかじめその騎士団の、その部隊長の、意思を、意図を、考え方を共有し、命令する前にそう動いている。
これが理想である。
だから、クルスも其処を目指す。
(お客様の現場経験では中々本当のところは見せてくれない。現場と机上は違う。本音と建前がある。さすがはマスター・クロイツェル、その辺りはしっかり矯正済み、か。今の彼ならすぐに現場へ放り込めるな)
学生とプロの差。その最たるものが現場と机上の差異である。こればかりは現場に出るしか学べぬこと。言葉にしてもなかなか伝わらない。そもそも教師の立場的に言葉にするわけにはいかないところもある。
(細かく意見を述べ、周りを自分色に染め上げる。正しさに芯が入り、自信があるからこそ周りも飲み込める。強くなったじゃないか、リンザール)
この講義はあえて部隊をランダムに組み替えている。どんな人物とでも連携が出来るよう、柔軟性を持たせるためであるが、その分どうしても濃い、密な連携は難しくなってしまう。ああやって細かく話し合い、煮詰めることが出来ないから。
一度この編成で組んだら、しばらくは一緒にならない。
だからしない。する意味がない。
ではなく、いつか来る時のためにああして種を撒いておく。全員にそうしておけば誰と組んでも自分の正しさを表現することが出来るわけだ。
その辺りの姿勢も変わった。
(現場での指示はマスター・クロイツェルに被る。だが、こうして先々を見据え周囲に種を撒いておく姿勢は……あの頃の彼にも無かった、リンザールの個性なのだろうな。なかなか興味深い関係性だ。似ているが、違うと言うのは)
強く高圧的な指示は師匠譲り。其処に透ける完璧主義もそう。だが、反省会を細かくして先々の無駄を削ぐ。これは彼独自のやり方だろう。
クルス自身は徹底して無駄を削ぐ、その結果でしかないのだろうが――
(あの局面だけでここまで細かく考えてんのか)
(厳しい。でも――)
(勉強になる)
正しさを強く押し付ける。それよりも正しさを浸透させておく。見て学ばせるより説明してしまった方が手っ取り早い。
より無駄を削るのが、クルスの個性なのかもしれない。
その違いが『結果』にどう影響するか、なかなか面白い視点であろう。
〇
久しぶりに見学会へ来たユング・ヴァナディースは顔を歪めていた。
(何故だ、何故、この短期間で)
指示の内容、部隊の運用、部下の立場から部隊長を動かすのは如何なもの、と思われるが、むしろユングとしてはその点も評価せざるを得ない。
正しいことが正義なのだ。
そして、学生と言う立場である限り、現場の正しさを掴むことは容易ではない。大半が団に入り、現場を経験して学んでいくものなのだ。
(正しく、なっている。あの男、だけが)
講義でそうしたわけではないのだろう。他の学生はまだ、学生の域を出ない。あのイールファスでさえ、まだまだ青い面が目立つ。
しかしただ一人、クルス・リンザールにだけ青さが抜け、現場の正しさが染みついていた。机上との矛盾すら上手くかみ砕いている。
いくつかの騎士団も気づきつつある。
(フレイヤ。頭一つ、二つ程度ならコネクションでどうとでもなる。だが、三つ、四つとなると……さすがに無理が出るよ)
今、あそこには一人だけ本職が混じっている状況。結果以上に、動きでわかる。見える。すぐに確率も収束するだろう。あれだけ違えば。
単なる学生向けの研修を受けただけでは、ああは成らない。
(……どうなっている?)
現場を経験している。それも、おそらくは相当厳しいところを。
忖度無しで。
〇
倶楽部ヴァルハラ、歴史と伝統あるアスガルドを代表する名門倶楽部は昨年まで滅亡の危機に瀕していた。しかし、今年は違う。
「ようやく三学年になれましたわ、フレイヤお姉さま!」
「ふふ、嬉しいですわ」
めっちゃ遠縁の親戚の子。
「……」
「……」
めっちゃ無口な魔法科の後輩。
「アマルティアはアミュのなの!」
「みんなのママなの!」
「三学年の癖に女々しいやつ!」
「二年坊のくせに生意気な!」
アマルティアの取り合いをする貴族科と騎士科(二学年)。
それぞれ後輩を引き連れ何とか存続は果たされた。
のだが、それ以上に――
「今日も俺の時間を君たちに与える」
「ありがとうございます!」
クルスを慕う謎の勢力がヴァルハラの人口を爆増させていた。無駄を削ぐと決めた男が、自分にとって無駄なことに時間を割く矛盾。
それでも当の本人は心の中で苦虫を噛み潰しながらも、
「感謝は不要だ。きっかり一時間、有効に使え」
「はい!」
時間を厳格に定め、かつて自分がしてもらったように時間を、労を割く。
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