第132話:騎士と従者

 騎士と従者、この関係性については今と昔で大きな違いがある。かつて、騎士の学校が整備される前の時代では騎士には必ずと言っていいほど身の回りの世話をする従者がついていた。彼ら従者は騎士の見習いであり、騎士の背中を見て育つ。教えられるものではなく、見て学ぶもの、それが騎士であった。

 今の従者は荷物持ちや料理人など、長期の任務や遠征の際、騎士の業務以外を担う業種である。彼らは明確に騎士ではなく、騎士扱いもされない。

 だから、

「……ぐ、ぁ」

「マスター・クロイツェル! やはり無理ですよ、学生には!」

「なんや、この従者は荷物も持てへんの? ほんまゴミカスやな」

 クロイツェルは従者に荷物を持つこと以外のタスクは与えていない。それだけが仕事なのだからしっかりこなせ、それが彼の言い分なのだろう。

 ただ、ダンジョン攻略は騎士の仕事であり、それに現代の従者が同行する、と言うケースはほとんどないのだが。

 ましてや――ここは攻略難度不明のダンジョンである。

「右、抜けるで」

「「はっ!」」

 騎士二人がクロイツェルの言葉に従い、右の通路を切り拓くために動き出す。周囲には四方八方魔族だらけ。魔族には獣級、兵士級、戦士級、騎士級、その上にはふた柱しか確認されていないが、あくまでそれは目安でしかない。

 兵士級より強い獣級はザラにいる。

 そして、

「歯応えあるな」

「無駄口を叩くな。副隊長に殺されるぞ」

 辺り一面、そんなのばかりが跋扈している。四足の怪物も、二足の化け物も、どいつもこいつもその辺の騎士とは比べ物にならない性能をしている。

 にもかかわらず、彼らは易々と道を切り拓いていく。

 そんな中、

「大丈夫か?」

 この中で一番年配の騎士が負傷し倒れ伏したクルスに声をかける。彼もまた周囲の魔族をものともしない実力を持っていた。

 ゼー・シルトを取り戻したとて、この中では明らかにクルスが一番弱い。実力も、場数も、何もかもが違い過ぎた。荷が視界を奪っていたこともあったが、それでも彼らなら敵の急襲ぐらい難なく対応していただろう。

 クルスは腹に大きな傷を負ってしまったが。

「今、手当てを」

「要らんことすな、アントン」

「傷が深い。ここで適切な処置をしなければ――」

「マスター・マンハイム。君のボスは、誰や?」

「……マスター・クロイツェルです」

「僕の言葉は?」

「……絶対です」

「わかったらさっさと持ち場に戻れ。ガキ二人、まだ青い。自分がケツふかな。傷物になってもうたら、僕の査定が下がってまうやろが」

「イエス・マスター」

 二人の騎士、その間を取り持つ形でアントンと呼ばれた騎士が陣形に加わる。それだけでかなり安定感が増した。

 理想的な繋ぎ。

「僕らは守らんよ。自分の仕事は荷物を運ぶことや。火の中であろうが、水の中であろうが、最高難易度のダンジョンであろうが、なァ」

「……イエス・マスター」

 クルスは騎士たちの動きを観察しながら、痛みに悶える、苦しみに嘆く、と言った無駄を削ぎ、すべき行動を選び取る。荷物の中から医療セットを取り出し、其処から糸と針を取り出す。手で圧迫していた患部に消毒用のアルコールをぶっかけ、歯を食いしばりながら自らの手で縫合を開始する。

「……!」

 声は出さない。出せば、魔族を呼ぶから。

「っ!?」

 騎士たちは連動しながらもぎょっとした表情を浮かべた。

 クロイツェルだけは、

「さっさとせえ。判断が遅いねんボケカスがァ」

 邪悪な笑みを浮かべていたが。

「申し訳、ありません」

 クルスはふらふらとした足取りながら、荷物を背負い立ち上がった。眼は充血し、額には零れ落ちるほどの脂汗が滲む。顔色は極めて悪い。

 それでもクルスは泣き言一つ言わずに付き従う。

「副隊長。ヌシが……二体いるんですが」

 騒ぎを聞きつけたのか、ダンジョンの奥より二体の戦士級が現れた。明らかに他とは格が違う。獅子の如し鬣を持つ方と、狗の如し牙を持つ方、どちらからも夥しいほどの血の臭いが漂い、しかも――

「随分と古臭い騎士剣。副隊長、ありゃあ歴戦の騎士殺しですわ」

 敵は騎士剣を手にしていた。導体が用いられる前の、エンチャント時代の遺物。拾った、とは思えない。おそらくあれは戦利品なのだろう。

「せやな。ただ、あの二対が同格やとしたら……ヌシは別や」

「ですね」

 クロイツェルは笑みを深め、アントンは頭をボリボリとかく。これまた、たまにあるのだ。突発的に発生するも、周囲に害することなく攻め寄せてくる敵だけを、戦士だけを待ち構え、それを殺すだけ殺して消えるダンジョンが。

 これはそう言うたぐいの、一番厄介なダンジョンなのだろう。

『■■■』

『■■』

 赤黒き獅子と狗、二対の戦士がクロイツェルらを見て笑みを浮かべた、ような気がした。獣や兵士たちが下がる。

「副隊長」

「下がっとれ。正々堂々、二対二を御所望や」

「「イエス・マスター」」

 若い二人が下がり、クロイツェルとアントンが前に進み出る。

「魔族の分際で人間様のつもりみたいやな」

「そのようで」

 四つの戦士は同時に構え、同時に四つの光が輝いた。騎士剣の輝きが、凄まじい速度域で輝く。全員、怪物。

 ここに人間は、一人もいない。

「大丈夫か、従者君」

「すいません。今、集中しているので」

「あ、ああ」

 失血や痛みで意識を朦朧としながらも、クルスは人ならざる者たちの戦いを見る。なかなか見られるものではないだろう。

 クロイツェルの、それを支える騎士の、本気を向けられてなお揺らがぬ敵など。

『■!』

『■■!』

 その戦いを、見る。

 歯を食いしばりながら――あの夏はそんな記憶ばかり、である。


     〇


 五学年、次の学年がほぼ就活で消費されている現在の制度上、実質的な最終学年となる。これまでの積み重ね、その全ての結果が示される。

 良くも悪くも。

 そして、おそらくミズガルズの歴史上でも類を見ないほどの熱量を持った集団もまた、とうとう五学年となる。上位は良いが、と言われていた三学年までの面影はない。全員が一線級で戦えるだけの実力が、知識が、情熱がある。

 かつて担任であるエメリヒは先生方の前で宣言した。

 この学年ならば全入できる、と。

 当時は皆、誰もがそれを信じていなかった。集団における働き者の割合は決まっており、光り輝く働き者の陰には必ず働かぬ者が出てくる。

 それが集団というモノ。

 落ちこぼれは出る。出てしまうのだ。

 皆、そう思っていた。その常識に囚われていた。

 しかし今、エメリヒの言葉を笑う者はいない。確かにこの学年ならばあり得る。この学年でなければありえない。

 間違いなく特別な代、上も下も、例年とは違い過ぎる。

 だからこそ、読めないことも多々出てきているのだが――

「リリアンが決めたって!?」

「ちが、決まってないから。ただ、研修先でそういう話があっただけで」

「そういう話とは?」

「……席は空けておくね、って」

「決まってまーす! この人決まってまーす!」

「ラビちゃん!」

 教室の至る所で大騒ぎ。近況報告合戦がさく裂していた。まあ、フロンティア組は得に話すことがないため大人しいが。

「フィンも決めたんだろ?」

「決めた。給料が決め手」

「なら、ワーテゥルの方が良くね?」

「あんまり頑張りたくない」

「……さよか」

 各所から続々と朗報が飛び出してくる。皆の表情からも手応えは充分と言ったところか。正直、四学年の終盤は全体的にかなりギスギスしていたのだが――

「いやぁ、しかし俺も結構褒められたよ」

「私も」

「僕なんて成績逆サバ読まないでって怒られたよ。ちょっと理不尽だよな」

「順位落ちて萎えていた部分もあったけど外に出てわかったわ。思っていたより俺ら、優秀だったぞ。びっくりするぐらい」

「正味同じ成績帯のやつには負ける気せん」

「それそれ」

 外に出て自分たちの現状を、成長を実感したことでその険も取れていた。新たな一年の始まりに相応しい明るく、爽やかな空気が満ちる。

「みんな充実してんな」

「貴様は違うのか?」

「まあ、やることはやってるよ。目指す場所が場所だしな」

 ディンとデリングはいつも通り後方腕組み勢と化していた。フラウ、ヴァルは我関せず、のんびりと窓の外を眺めている。

 ただ、ミラとフレイヤは何処かそわそわしていた。

 いや、他の者も明るく振舞っているが全員に引っ掛かりはあるのだ。

 期末学校を去ったクルス・リンザールのことが。

「……すやぁ」

 イールファスは――あまり気にせず机に突っ伏し寝ている。気にならない者もいる。されど気にしている者が大半。

 よくなっているのか、そもそも無事なのか、夏何をしていたのか、聞きたいことが山ほどある。とにかく無事な姿だけでも見ることが出来たら。

 皆、外に出て、周りに触れて、自分たちの成長を実感できたからこそ、少しゆとりが出来たからこそ、この学年におけるクルスの重要性を理解することが出来た。腐り、落ちていくだけだったものが何人いたか。落ちずとも現状維持に甘んじ、ただ講義に出て課題をやり、その繰り返しだけになっていた者が何人いるか。

 彼の情熱がこの学年の流れを変え、彼の執念が決定づけた。

 だから――

「……!」

 クルス以外の全員が揃った教室、その外から足音が聞こえた時、全員の視線がそちらへ集中した。

 今、ひと夏を越えて、

「おはよう、みんな」

 再会する。

 ご機嫌な担任であるエメリヒと。

「……」

 皆、露骨にテンションが下がった。

「あ、あれ、私なんかした?」

「先生、クルスがまたいませーん」

 ミラが手を挙げ、まだ教室にいない者の名を出す。

 その名を聞き、

「クルスなら交通機関の遅れで、少しばかり遅れてしまうと言う連絡が入っている。いくつかのガイダンスは受けられないが、まあ五学年ともなれば問題ないだろう」

「交通機関の遅れ?」

「ま、色々だよ。それでは皆、改めておはよう。そして、今年もよろしく。君たちにとって飛躍の年となることを祈っているよ」

 煙に撒かれたミラは不服げであるが、それでもエメリヒの口から本当の理由が語られることはない。嘘はついていない。

 だが、言えぬことも、あるのだ。


     〇


 ほんの少し時は遡り――

「革命軍の最後っ屁か。最後の最後まで間抜けな連中やったなァ」

 魔導兵器の爆発によって破壊された線路、脱線した車両がそこかしこに散らばっている。何人死んだのか定かではない。

「ほんで、僕らの荷物は?」

「リンザールが脱線の際、しっかり確保していましたよ」

「なら、その荷物持ちは何処におるん?」

「それなら――」

 騎士が指差す前に、

「戻りました」

 従者、もとい荷物持ちのクルス・リンザールが帰還する。その手には、人の頭が握られていた。ぞんざいに。

「……どのタイミングでそのカス見つけた?」

「脱線の際、どの場所なら作戦の成功を確認できるかと考え、その候補をいくつか確認していく中で見つけました」

「脱線中に、車両の中から、か?」

「ええ。相手が姿を見せるなら、其処しかないでしょ?」

 クロイツェルの足元に首を放り投げるクルス。

「ご確認を」

「……確かに、これで革命軍のブラックリストも埋まり、や。これでお仕事も終わり、今日も秩序が守られて幸せやねェ」

 死屍累々、線路に飛び込んだ革命軍所属の女性は当然死亡。騎士も善処したが乗客もかなりの人数が死んでいる。それでもクルスは眉一つ動かさず、淡々と死体と名簿の照合を続ける騎士の手伝いをしていた。

 その途中、

「……こいつ、名簿と名前が一致しな――」

 死体が急に動き出す。厳密には、死体を装っていた男であるが。突如起き上がった男は懐に手を伸ばす。騎士は躊躇なくその腕を叩き切った。

 だが、タッチの差で、

「終わりだ! 権力者の飼い犬どもめ!」

 魔導兵器に魔力が流し込まれてしまう。騎士の目の前で、脈動する魔導爆弾。眼前で破裂してしまえば、どちらもただでは済まない。

 済まない、はずだった。

「……」

 これまたタッチの差、精妙な剣が魔導爆弾を断ち切る。爆発を早める。まだ微弱な反応しか出来ておらず、爆発範囲は極めて小規模となる。あと一瞬遅ければ、斬った本人含めて三人の命が消えていたことだろう。それを間に入り防いだのは見事。

「すまん。助かった」

「いえ、まだ俺の方が四回多く助けられていますから」

 そのままクルスは目論見が崩れ呆然とする男の首を刎ねた。

 微塵の躊躇もなく。

「まだ何人か隠れ構成員もおるんやろうけど、それも頭がおっての話。まあ、尊い犠牲もあったが無事一件落着やね」

 周囲の尊い犠牲を軽く眺め、

「ほな、僕らはアスガルドに入るわ。報告書はマスター・マンハイムが作成、ちょび髭に提出。二人はそのサポートしたれ」

「「「イエス・マスター」」」

 秩序の騎士たちはそのまま歩き去っていく。

「き、騎士様、どうか、御助けを。足が、折れて――」

「それはこの国の税金で雇われとる連中に言ってや。自分ら、僕のクライアントちゃうやろ。道理も義理もないわ、ボケ」

 彼らは正義ではない。騎士に正義など無い。

 あるのは利害関係のみ。

 騎士とは――ただのワークマンでしかないから。

「……」

 クルス・リンザールはこの夏、嫌と言うほどそれを学んだ。騎士への憧れなどもうない。そんなものすべて磨り減った。

 少年はこの夏を経て青年となった。現実を知り、騎士の、秩序の騎士の役割を知り、体験し、理解してしまったから。

 その眼は鋭く、細く、冷たくなった。眼の下のクマはいつからであっただろうか、黒々と染みついている。

「何や不機嫌やねえ」

「別に。いつも通りですよ」

 騎士と従者は夏を越え、学び舎へ向かう。

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