第131話:ひと足先に――
アンディ・プレスコットの実家である『料理屋』と本人が言い張る高級ホテルのワンフロアを貸し切り、彼主催のお疲れ様会が開かれていた。
参加者はもちろん、アスガルド王立学園の四学年である。
「うま、うま」
無心で肉を貪る今年も学年トップ、首席のイールファス。当初は参加を渋っていたが、美味しいご飯が食べ放題と聞いてやって来た。
この小さな体の何処に肉が消えているのかはわからない。
「あら、とても美味ですわね」
「ああ。噂には聞いていたが本当に美味しいな」
フレイヤ、デリングら上位陣もいる。去年は下位の面々しかいなかったが、今年はむしろ上位陣ばかりが集まっていた。
ディン、ミラ、フィンは横並びでただひたすらに食べる。イールファス同様、食べ放題と言う言葉に釣られてやってきたのだ。
フラウはラビ、リリアンと談笑しながら食事を楽しむ、正しく立食のスタイル。ヴァルも他の男子連中と会話と食事を楽しんでいた。
去年より参加者は多い。
ただ、去年はいたが今年は参加しなかった者も少なくなかった。
「それにしてもクルスのやつ、遅いなぁ」
アンディはきょろきょろと約束したはずの男の到着を待っていた。彼の中ではクルスこそはこの会の主役であり、彼と共に来年の飛翔を語り合うのがアンディのひそかな楽しみであった。あと、少しゆったりして欲しかったこともある。
「くく」
その様子を遠目に、ヴァルはアンディを鼻で哂った。
「ミラは徒手格闘の騎士団に絞ったんだよな?」
「そうね。正確にはクゥラーク一本に、だけど。あんたはユニオン?」
「……ありゃ、言ったっけ?」
「言わなくてもあんたがやる気出して目指すなら其処しかないでしょ。アスガルドの騎士団ならやる気要らないし」
「……いや、そんなに甘くはねえと思うが。まあ、合ってはいる」
爆食組もそれなりに腹が膨れて来たのか、この時期一番ホットな話題となる。何しろここからは嫌でも進路を意識せねばならないから。
「ほらね。なら、夏は当然フロンティアライン」
「そりゃ、まあ、一番目につくしな。そっちは?」
「クゥラークで見学、一週間の体験入団に、他にもいくつかの団を見学入れて、隙間時間に拳闘大会って感じ」
「多忙だな、おい」
「それ以外やることあるの? 今の私たちに」
「……恋愛とか?」
「ほう。死ぬか彼女持ち」
「あ、いや、まだそう言う関係では」
「不滅団の方ァ! ここに裏切り者がいまーす!」
「知ってる」
何処からともなく聞こえた言葉がディンの背筋を凍らせる。彼らは何処にでもいる。そして何処にもいない。と言う冗談はさておき――
「そういやあんたは?」
ミラがフィンに問う。
「……俺?」
フィンは首を傾げて問い返した。
「三人並びで私とディン除いたらあんたしかいないでしょうに」
「それもそうだ。聞かれたことなかったからびっくりした」
「「……」」
進路の話題はセンシティブとは言え、そうは言ってもみんな話したがるもの。それなりの交友関係を持つ者は大体、何だかんだと漏れ出ている。
が、フィンぐらいになると、漏れようがない。
「アスガルド?」
「いや、リヴィエール」
「「へ?」」
ミラとディンが聞き返す。他の者もそう言えば謎のフィン、その進路についての話題なので盗み聞きしていたのか、驚きに目を見開いていた。
「名門ではあるけどよ。本当にいいのか、其処で」
「俺、さっさと第二の人生歩みたいから稼げる団志望。リヴィエールは元々給与のベース高いけど、メガラニカとかの方がって話をしたら上乗せしてくれた。あれ、これ言ってよかったんだっけ? まあいいか」
「ま、マジか。お前スゲーな。つか、それもう……入団前提の話じゃん」
「だからリヴィエールって言ったんだけど」
全員、絶句する。当たり前だが四学年の末とは言え、この時期に入団が確定しているケースなど、それこそ入学時からそう言う密約でもなければほぼありえない。今回はフィンの給与のみのこだわりが奏功した、のかもしれない。
「別に驚くことじゃないだろ。あそこの二人も決まっているんだし」
「……それ、言うかぁ」
「あんた、本格的にヤバい性格してるわね」
「……?」
フィンの発言は場を凍らせた。それもそのはず、彼が指した二人とは誰がどう見てもフレイヤとデリングであり、誰もが知っている話とは言え、基本的にはアンタッチャブルな話題であるはず。それでもこのフィンと言う男は気にしない。
たぶん、気にする理由がわかっていないから。
「俺のことならその通りだ。皆が知る通り、もう決まっている。なので、枠は一つ潰れると思ってくれていい。だが――」
デリングは凍った皆へ向けて、
「フレイヤの志望は、ユニオンだ」
とびっきりの爆弾を放り投げる。全員の視線がフレイヤに集まり、フレイヤは驚いたような表情でデリングを見る。
「な、何を言っていますの? わたくしは――」
「違うのか? 昔、俺にそう言っていたような気がしたんだが」
「そ、それは子どもの時の話で、今とは、その、状況が違いますわ!」
「何も違わない。君を取り巻く状況に変化はなく、全てはフレイヤ・ヴァナディース次第だろう? ならば、突き進めばいい。それだけのことだ」
「……そ、それは」
妙な空気が漂ってしまったが、デリングは今一度皆に向けて、
「確定しているのは俺の枠一つだけ、と訂正しておこう」
あえて宣言した。自らの退路を断つために。それと、
「自分の夢に責任を持て。箱庭から、出たいと言っただろう?」
「……」
フレイヤに覚悟を促すため。家に、兄に抗い、外の世界に飛び出す。それが彼女が幼少期、デリングに語った夢であった。
その夢は今も、胸の中に在る。
「……おいおい。一位と二位、飛んで四位がユニオン志望で、ミラがクゥラーク、フィンがリヴィエール、フラウは?」
ヴァルがフラウに問う。
「私は一応アスガルド」
「……状況次第で志望を落とす気だったんだが、これは驚きだな」
アスガルドに通う者なら皆が憧れ、夢見るアスガルド志望がたった二枠しか埋まっていない、それがこの四学年の現実。
しかも、
「いいねえ。なら、俺もユニオン目指すぜ!」
「も、元々どこ志望だったんだ、アンディは」
いきなりぶっこむ馬鹿もいる。ディンがおそるおそる聞くも、
「あー、とりあえず来たオファーから決めようかなって。家も系列含めたらミズガルズ中何処でも生活の拠点はあるし、あんまり考えてねえ。何せ去年までは騎士団に入れるのかどうかってレベルだったしな。あっはっは!」
微塵も考えてないことが明らかとなった。
「さすがは実技『は』五位のアンディ様だなァ」
「う、うるさいヴァル! 俺も自己最高点だったんだぞ、どの科目も。それなのに座学は、くそ、最下位だ。どれも七割以上取ったのに!」
「ははは、皆が努力した結果だなァ」
四学年の恐ろしさは、誰一人手を抜くことなく期末を駆け抜けたことにある。最下位のアンディでさえ、六割平均を目指して作られたテストの七割を確保していたのだ。平均点は驚異の八割、同じくらいの点数帯がぎゅうぎゅう詰め、である。
ゆえに同じ座学最下位でも、昨年のクルスとは話が異なる。ほとんど誤差程度の差しかなかったのだ。大半の学生が。
だからこそアンディは座学最下位だが、総合成績は九位となっている。実は結構低めだったミラは何と八位まで落ちた。フラウが五位、ヴァルが六位、フィンが七位、と今まで均衡を保ってきた上位陣もぐちゃぐちゃである。
リリアンとフラウ、あとクルスの競争が激しく、本来騎士科が取れないはずの問題まで取ってしまったことで、フラウはここまでジャンプアップした。ヴァルもクルスには隙を見せまいと努力した結果、まさかのアップ。フィンとミラは普段通りにやったため、相対的に座学の順位をかなり落としてしまっていた。
五位から十位まで、実は総合成績的にそれほど差がない、と言うのが結果である。
恐るべし四学年。
「ただ、そろそろ上位の自覚を持て。今の貴様は相当、嫌味に映るぞ」
ヴァルの痛烈な発言にアンディは顔を歪める。
「な、なんでだよ?」
「何故無邪気にリンザールを誘った? 何故あの男が今ここにいないのか、わかっていないだろう? 他の、来なかった者も含めてな」
「……予定が、あったとか」
「馬鹿が。抜かれた者の気持ちを考えていない」
「は? それは、俺だって一度は抜かれた側だった! 皆だって知ってるだろ? それに、あいつを凄いと思ったから――」
「頑張れた、か。あのな、言い訳の余地がある状態と、言い訳の余地もない状態での『結果』の重みは、まるで違う。アンディ・プレスコットは頑張れば抜き去れる状態で負けた。クルス・リンザールは頑張った結果、ぶち抜かれた。これが同じか?」
「そ、それは」
「別に気遣えと言っているわけじゃない。騎士などとどのつまり腕っぷしが正義。負けた方が悪い。だが、傷口に塩を塗るのは、違うだろ?」
「……あ、ああ、その通りだ。俺がバカだった」
「だが、ユニオンを目指すのは良いことだ。応援するよ」
「ヴァル、お前、良い奴だなぁ!」
「ふはは、まァな」
感動するアンディを尻目に、
「あのアホ、誘導されたことに気づいてないわね」
「え、どういうこと、ラビちゃん」
「……今のあいつにアスガルド志望されたら負けるでしょ? だからユニオンを推したわけ。これで枠、さらに一つ浮いたわね。私も狙おうかな? ワンチャン猫ちゃん、ある気がしてきた。……割とマジで」
一部を除き皆、冷ややかな眼でその光景を見つめていた。
「リンザールには謝るなよ、それが一番傷つく」
「おう」
一応、ヴァルもちゃんとしたアドバイスはしていた模様。
〇
翌日、朝一番の教室にて――
「……」
衝撃の報せに四学年の皆が全員、固まっていた。
「皆も知っての通り、クルスは少しばかり心に変調をきたしていた。もちろん理由はそれだけではないが、とりあえず皆より一足先に夏休みに入ることとなった。地元でゆっくり静養する、と言っていたよ」
エメリヒの言葉、それに、
「地元!? あいつが其処に帰るわけないでしょ!」
ミラが噛みつく。
「夏休み前にって、そんなことあるのか?」
「病気の治療とかなら、あるんじゃね?」
「でも、さすがに今更過ぎるだろ」
他の者たちも困惑していた。まだ対抗戦も、卒業式も控えていると言うのに、それらに参加することもなく学校を去るのはあまり聞いたことのない話。
しかも、
「エイル先輩が卒業されると言うのに」
恩人であるエイルを見送ることすらしないのはあまりにもおかしな話。普段の彼なら何があろうとも参加するはずなのに――
「落ち着いて、静粛に。詳細は話せない。彼の個人情報だ。だけど、彼が夏休み明け、心身共に成長して戻ってくることは間違いない。だから皆も、負けじと油断せず夏を精進するように。これで話は終わりだ」
誰もが驚愕し、困惑している中、
「……何笑ってんだ、イールファス」
ディンだけがその男の貌に気づいた。
「……笑ってた? 俺」
「ああ、楽しそうにな」
何が起きたのかはわからない。だが、その貌は間違いなく変化を喜んでいた。いなくなった者への期待か、確信か、その笑みは嫌な何かを想起させる。
無邪気に、その貌は邪気を孕む。
〇
さらに数日後、秩序の塔周辺、ユニオン騎士団第七騎士隊隊舎にて――
「久しぶりやな、カス共」
「お疲れ様です! マスター・クロイツェル!」
実質的に現在、第七騎士隊を支配する男が帰って来た。隊員たちの緊張が走る。古参、新参に限らず、この男を恐れぬ者などいない。
それは、
「予定より早い帰還だな、クロイツェル」
「僕帰らん方が良かった? 我らが偉大なる隊長閣下サマ」
第七騎士隊の隊長である男にとっても同じこと。
「アスガルドは良いのか?」
「期末も終わりやし、やることないんですわ。あ、これ申請書デス」
「わかった。受理す……待て、なんだこれは?」
「従者の申請書やけど、なんですかァ?」
「まさか後ろの学生を、お前の仕事に連れ回す気じゃないだろうな?」
クロイツェルの背後には、彼の影のように付き従う学生がいた。
「そう申請書に書いてあると思いますけど……ボケたか、ちょび髭ジジイ」
「それはこちらのセリフだ! 国立騎士団が手に負えぬダンジョン攻略、国家への武力介入、いずれも死の危険を伴う任務だ」
「だから、其処にも書かせてありますやん。死んでもええです、って」
「機密もある!」
「それも一筆入れてありますわ。僕がそないな抜け、すると思います? さっさと受理してくれませんか? 時間の無駄やから」
「……ぐっ、わかった」
隊長である初老の男は学生、クルスを見てため息をつく。学生の実力は知らない。ただ、その目つきは嫌な者を思い出させる。
目の前の、
「ほな、今から現場行ってきますわ」
「……ああ」
蛇のような男に。何処となく似ているから。
「カス共、今から遠足行きたいやつ、おるかァ?」
誰も手を挙げない。特に年齢が上の騎士たちは皆、クロイツェルの発言に反応すら見せなかった。ただ、クロイツェルの眼が細まると、
「……行きます」
三名、青白い表情で手を挙げた。
「立候補素敵やね。あ、自分らは死んだらあかんよ、僕の査定が下がるから」
「イエス・マスター」
「自分は死んでもええで、荷物持ち君」
「イエス・マスター」
騎士を、学生を率い、
「仕事は回してナンボ。ガンガンやるで! 自分ら嬉しいやろ? これでまた功績を積むことが出来るんやから。偉くなれるで……僕の下やけどなァ」
「はい」
「んー、忠誠が沁みるわぁ。ほな、征こか」
第七騎士隊副隊長、レフ・クロイツェルが率いた小隊。ただの小隊ではない。秩序の騎士、それもクロイツェルのやり方に何とか食らいついている者たちである。第七が誇る精鋭部隊、其処に『従者』としてクルス・リンザールが混じる。
異例中の異例、誰もが聞いたことのないやり口。されど、この隊にクロイツェルへ意見を述べられるものなど誰もいない。
それは彼が、誰よりも仕事をこなすから。誰よりも強いから。
だから、隊長でさえ文句が言えない。
そんな男との夏が、地獄が――これより始まる。
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