第128話:執念深き者同士

「……腹立つわね」

「勝負あり! 勝者、クルス・リンザール」

 ラビは手の内から地面に落とした剣を見つめる。自分なりに努力を重ねた。この一年、今までの人生で一番頑張った。

 それでも納得するしかない。

「ここまで来たら勝って壁壊してよ」

「そのつもりだよ」

 そんな自分が見ても、この男の必死さには及ばなかったから。

「また上がって来たな」

「何度落ちても、絶対に這い上がって来るんだもんなぁ」

 皆、期末が近づくにつれて必死に、手段を選ばなくなった。明らかな欠陥を抱えたクルス。紳士として其処を露骨には狙わない、と言うのが前期の話。後期はもう、皆が其処を突いた。あのリリアンですら、と言うよりも彼女が落ちたクルスをさらに叩き落したのだ。新型ソード・スクエアに対するファイナルアンサーを突きつけて。その完璧な解法はクルスをどん底まで叩き落した。

 一時は順位を二十位後半まで落とした。それだけリリアンが編み出した攻略法が完璧に欠陥を持つクルスの剣のメタとして機能してしまったのだ。付け加えると十位以下はとんでもなく流動的であり、三十位と十位までに大した差が無くなってしまったのも大きいのだが。全員が成長している。誰一人欠けることなく。

 とにかく欠陥を抱えながら、ソード・スクエアに頼るのは難しくなった。

 だから――捨てた。

「もう沈むだけだと思っていたんだがなァ」

「楽はさせないよ、ヴァル」

 それでもクルスは上がって来た。あらゆる手を使い、一つずつ登って来た。何度落ちても帰って来る。何度落としても甦る。

 その要因の一つが、

「出たな、クレ・シルト」

「俺がアンディ用に持って来た型なのにぃ」

「まあまあ。俺らも真似したろ、リリアン考案のリンザール殺し」

「……そうだけど」

(……ごめんね、クルス君。でも、やっぱりあなたは凄い)

 身体を半身とし、剣の柄を上段に、刃を斜めに下ろす守りのフォーム、クレ・シルトを取り入れたことである。守りの型自体あまり主流ではないが、その中では比較的メジャーな方であり、この学年にはいないが上にも下にも使い手はいる。

 クルスは自分の欠陥と相まって対策され尽くしたソード・スクエアを捨て、より守備的なクレ・シルトを急ピッチで仕上げ実戦へ投入したのだ。

 同じ守りの型であるが、ゼー・シルトと比べるとかなり前重心であり、捌きも前へ集中している。その分、踏み込ませてのカウンターは難しいが、そもそも出来ないものの幻影をいつまでも追っていても仕方がない。

 出来ること、今の最善を模索する。

 その結果が、今。

「物真似芸も板についてきたなァ、リンザール」

「使えるものは何でも学ぶし、使うよ、俺は」

「くは、大した男だよ、貴様は」

 あれからさらに落ち、そして這い上がって来た男は今一度壁に挑む。これが期末の、最後の機会となるだろう。チームワークなど他の実技は一長一短でかすかにヴァル有利、されど座学が順当に行けばここ次第で総合順位も捲れる。

 上位はどの講義も、科目も、隙が無い。結局、こうして明確に優劣の付く直接対決での序列がモノを言うのだ。

「双方、紳士の心を忘れず、全力で己が力を示せ!」

「「イエス・マスター」」

 迷いなくヴァルが仕掛ける。クルスは受けに回る。じっくり、丁寧に崩せばいい。今までは皆、クルスの堅い守りに攻め疲れ、ミスを突かれて敗れた。

(悪いが、俺は貴様の流れには付き合わんよ)

 執念で見出した活路。されど、本質的には何も変わっていない。多少堅い型を用いたからなんだと言うのか。むしろ怖さは薄れた。

 相手が主導権をくれるなら貰う。じっくり手数をかけ、相手が嫌がるポイントを探し、其処から切り崩していく。

 いつも通りに――

「ッ!?」

 だが、そうしようとした矢先、ヴァルの読みに澱みが混じる。

「おい、あれ!」

「クレ・シルトじゃ、ない!?」

「……ラビちゃん!」

「ソード・ロゥ! あんにゃろ、よりによって今かい!」

 身体を正対近くに戻し、剣は垂らしたまま。滑るようにクルスが仕掛けに応じた。ヴァルは笑みを浮かべる。何しろ、想定していた相手と別の人物が、剣が出てきたのだから。恐るべきはこの一戦に懸ける執念か。

 ここまで秘してきたそれを開帳する。

 ヴァルの仕掛け、潰すは間合い。クルスはヴァルと密着し、ヴァル、クルス、双方が剣を扱うスペースを失う。

「……この状況、剣が振れんのじゃないかァ?」

「お互いにね。病気があってもなくても、これなら振れねえだろ、ヴァル!」

「……小賢しい」

 肉体による競り合い。ヴァルも多少クルスより体格が勝る程度、それほど出力に差はない。それでも、押し合いを続けるならヴァルが勝つ。

「じり貧だな」

「そう? 俺はただ、主導権を取りに来ただけだけど」

「ぬっ!?」

 退くはクルス。結局、潰したスペースが再び現れる。何の意味もない、素人ならばそう思う。だが、ヴァルも、立会人も、観戦者たちも、ここにいる者たちは全員騎士であった者、騎士を志す者、玄人である。

 ゆえに、

(ヴァルの勢いを、消した)

 全員が意図を察した。当然、ヴァルも。

 しかし、関係がない。クルスはもう、主導権を得て仕掛け側に回ったのだ。

 今度は、

「は、ハイ・ソードォ!?」

「な、なんじゃそら!」

「下段から、一気に上段! どういう型!?」

 高々と剣を掲げた上段の型、ハイ・ソードを扱う。一歩後退し、一気に一歩踏み込む。鋭く、素早く、力いっぱい。

 攻め寄せる。

「……マスター・ガーター。ほんと、良い度胸してますわ」

 これがクルスの用意してきた対ヴァル用の、最後の一戦に勝つためだけの型、あの若きユニオン騎士団副隊長が見せた、天才のみに許された組み合わせを真似る。

 彼にはユーグの持つ異常体質がない。ゆえに、その組み合わせを完璧に模倣することなど出来はしない。クルスも、其処までは求めていない。

「時間かけるとヴァルが有利になる」

「ゆえに……短期決戦か。本気だな、リンザール!」

 ディンも、デリングも、クルスの意図をくみ取った。今まで守勢に回り、最後にはこじ開けられ、崩され、負け続けてきた。

 長期戦は不利。だから、得意の守りすら捨てる。

 勝つために、全部を削ぎ落とす。

「ォォオオオオァァァアアアア!」

 死力を振り絞り、ありったけを叩き込む。

「ぐ、がぁぁああ!」

 ヴァルもまた必死に受ける。歯を食いしばり、クルスの猛攻を捌く。攻撃型の原点であるが、昨今では採用されることの少ない型。これの対策を持っている、と言うのはよほどの執念を持つ者か、練達者、年配の騎士のみであろう。

「これ、いけるんじゃねえか!?」

「ああ!」

「ここまで来たらやったれ、クルス!」

 果敢に攻め込むクルスに声援が飛ぶ。今までと全く違う展開。飽きるほどに見た壁に阻まれ続けた光景とは違う。

 その期待が、熱となり、声援となる。

(……これで勝ってもあいつが救われるわけじゃない。でも、だけど、ほんのひと時、ほんの少しの達成感でも、今のあいつは癒される。だから――)

 ミラもまた祈る。あの日、クルスの本性に触れた。きっと、ヴァルに勝っても満足などしない。さらに泥沼へ足を突っ込むだけ。

 それでも、少なくとも今日は、彼にとっていい日になる。

 だから――

「……その期待をへし折るのが嫌な男でしょ、ヴァル」

 熱量に流されぬフラウは一人、語りかける。心底嫌いな男である。彼氏とか、結婚とか、おぞましくて考えたくもない。

 だが、一つだけ尊敬しているのだ。

 あの男の姿勢だけは。

 クルス・リンザールよりずっと前から、あの男は自らが劣ることを認め、その上で最善を模索し続けてきた。

 勝利への執念は、何もクルスだけの専売特許ではない。

「……は?」

「ヴぁ、ヴァルのやつ、其処までやるかよ」

「さすがに、嫌な奴過ぎんだろ」

 押し込まれた瞬間、ヴァルは退きながらある構えを取った。それは対峙するクルスの貌を歪める。周りもドン引く、その型の名は――

「ゼー・シルト」

 イールファスは小さく、笑う。

「どうしたァ? せっかくいい感じで攻め込んでいたのに……手が止まったぞォ」

「ヴァルゥ」

 クルスのお家芸を真似する。クルスがしたくても出来ない型を、取り入れる。堂に入った構えから見ても一朝一夕のものではない。

 おそらくヴァルは想定していた。クルスが再び上がってくることを。何度でも這い上がってきて、最後の最後で何か思いも寄らぬことを仕掛けてくる、と。

 その執念への、似た者への信頼が、ヴァルにこの対策を取らせた。

 嫌な男の真骨頂、である。

「まったくこの二人は。困った子たちだ」

 教師であるエメリヒは苦笑するしかない。彼らがやっていることはお互いに今、勝つための努力である。騎士を育成する者としては、出来れば目先ではなく遠くを見た、明日に繋がる努力をして欲しいものであるが。

 さりとて、勝つにこだわる気持ちもわかる。ただ一度の勝利が、その後の格付けに影響を及ぼした事例など枚挙にいとまがない。

 先を見据えるのも正しい。勝ちにこだわるのも正しい。

「さあ、どうなる?」

 クルスは立ち往生する。ゼー・シルトへ有効的な攻撃を加えるためには、嫌でも踏み込まねばならない。踏み込むも、踏み込まれるも、意味合いは同じ。

 ゼー・シルトへの攻撃で自分がどうなるのか、正直見当もつかないが、踏み込まれるのと同様に硬直してしまえば、勝てるものも勝てなくなる。

 自分を信じて飛び込むか、それとも――

(……それなりに形にはした。だが、これで戦えるとは思っていない。俺は其処まで器用じゃないからな。俺はこいつを選んだ瞬間から、端から一点買いだァ)

 ヴァルは挑発するような笑みを浮かべる。クルスの型や、攻撃のルーティン、そんな浅いところを彼は読まない。そういう者はクルスの小細工に幾度も沈んだ。クレ・シルトで敗れた者たちは皆、やはり浅いところしか見えていない。

 出来ていない。

 心を見る。精神を読む、と言うことが。

 この男は強い心を持っていた。それを支える屋台骨があった。だから、彼はティルと言う圧倒的な格上を前にしても揺らがなかった。己を貫き通した。

 その時の彼なら――

「勝つッ!」

 この選択だけは取らなかった。

「むっ!」

 デリングは大きく目を見開く。

「カーガトス・オリジン!」

 ナルヴィ家の秘伝を盗む。百年前、ウル・ユーダリルがやらかした伝統芸能、極めて紳士的な窃盗をもクルスは模倣した。

 その型の特徴は、騎士剣を片手で扱うこと。

 半身で、突きを主体として戦う。それゆえ、リーチが最大化するのだ。

 どの型よりも。

 これなら深いところにも手が届く。デリングの剣にとってゼー・シルトの深さは大した意味を持たない。クルスはその使い手であったからこそ、一番嫌な型を知っていた。嫌だから去年から目で追っていた。

 だから今、何とか形だけでも使える。

 誰もが思う。

 この一手は虚を突いた、と。

 デリングも、フレイヤも、ディンも、エメリヒ先生ですらこれは想像していなかった。読むことは不可能。ゆえに反応も出来ない。

 はず――

「ありがとう」

「……え?」

 ただ一人、常日頃から事細かに周りを観察し続けていた男は、三学年の頃からクルスの視線を追っていた。クルスだけではない。戦う可能性のある者すべてに目を光らせ続けていたのだ。だから、あの頃の彼が嫌がることを知っている。

 読み通り。

「逃げてくれて」

「……あっ」

 突き一点買い。カウンター、一閃。

「勝負あり。勝者、ヴァル・ハーテゥン」

 クルスの得意技で、クルスの必殺技で、クルスが使えなくなった、クルスの精神的支柱を以て、クルスの全てをへし折ったのだ。

「鍛え抜いたソード・スクエアを捨てたのは勇気だ。結果を出したクレ・シルトを捨てたのもまた見事な心意気だった。さすがに肝を冷やしたぞ。だがな、最後にハイ・ソードを捨てたのは……果たして勇気と言えるかなァ?」

「……あ、ああ」

「どれだけ剣を変えても、型を変えても、心は変えられんなァ、リンザール」

 最後の一戦、備えに備えた戦いですら、ヴァル・ハーテゥンの壁は崩せなかった。それどころか突きつけられてしまう。

 弱くなった、己を。

「貴様は強かっ『た』よ。また、来れたら来い」

 それが一番、クルスの心を砕いた。

 木っ端みじんに――

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