第127話:足掻けども、足掻けども

「だー、くそ!」

 御三家共同演習、その締めくくりに行われた限定エリアに捕獲した魔族を放し、その討伐及び疑似ダンジョンの攻略、と言う訓練。各学校が競い合う形で毎年行われており、ある意味で対抗戦の前哨戦的な側面もあった。

 今回、ヌシを討伐してダンジョンを攻略したのはソロン率いるログレスであった。さすがの統率力と圧倒的な個の力でねじ伏せた勝利である。

 だが、

「……」

 勝ったログレスの者たちに笑顔はなかった。

 その理由は、

「突出し過ぎだぞ、ミラ」

「うっさいわね、クレンツェ。のんきにやってたから負けたんでしょうが」

「実戦想定だ。石橋を叩くに越したことはない」

「あら、わたくしは勝ってこそ、だと思いますわよ、デリング」

「いやぁ、負けちまったな、フィンよ」

「お前が騒がしいからだ、アンディ」

「……こいつらと一緒だと疲れる」

 アスガルドの層の厚さにあった。今回、ログレスが勝利したのはソロンが総合力では不利と判断し、まさかの単独突破をかましてきたのだ。期せず、少し前に行われた抜き打ち見学会のイールファスとも被るやり口であった。

 当然、手放しでほめられたものではない。レムリアのノアなどさっきからずっとぶーぶー言っている。ノア信者も同調している。

 とは言え、彼らもそれしかないとは思っていた。この共同演習中、どう考えてもアスガルドの面々が頭一つも二つも抜けていたのだ。

 三強こそ優劣をつける機会はなかった(と言うよりも各学校が避けた形)が、その下であれば明らかにアスガルドが勝る。

 上位三名の対抗戦レベルではそれなりに拮抗していたが、その下の下位四名、ここに関してはアスガルドが圧倒的であった。

(無理やり勝ちを掴み取ったソロンは大したもんだがよ、あの男がそうでもしないと勝てないと判断したのは……結構な事件だぜ?)

 ぶーたれながらも内心は冷静、ノアはアスガルドの厄介さに改めて苦笑いするしかなかった。幸運なのは上三名にそれほど差がないこと。

 ただ、差が『それほど』ないとは言え、序列をつけるなら――

「いやぁ、負けてしまいましたのぉ」

「……」

「……」

 ニヤニヤしながら潔く負けを認めるウル・ユーダリル。例年、この爺さんは負けるたびに「今日は調子が悪かった」「噛み合ってなかった」「今は停滞期」などと散々言い訳を並べて、場の空気を悪くするのだが、今回はニコニコ顔である。

 だって実質勝ちだし、と爺さんの表情からひしひしと伝わって来る。

 各学校の校長たちはあきれてものも言えない。

「よぉ、リュリュ、パヌ」

「ディンちゃん、久しぶりぃ」

「おひさ」

 ディンはかつての学友たちに話しかけていた。最終日に勝負が待っている以上、あまり他校の学生と話すべきではない、と遠慮していたのだが、勝負が終わったのならあとは世間話をしても問題はない。

「元気そうだねえ」

「まあまあ。そっちは?」

「んー、ぼちぼちぃ」

 この気の抜けた話し方をするのはリュリュ、現在ログレスの四学年で第二位に位置する男である。緩い雰囲気の優男だが、その実力は折り紙付き。

 入学前から将来を嘱望されていた人材である。

「まさかトゥロが選考漏れするとはな」

「アスラクに負けてから大分拍子崩れちゃってねぇ。そうでなくても伸びる奴と伸びない奴、明暗が分かれてくる頃合いだからぁ」

「だな。でも、そんな中でも二位を死守してんのはすげえよ、リュリュは」

「……それ嫌味ぃ?」

「へ、なんで?」

「僕が二位なのは君がいないからぁ。そして、伸びる奴だったフレンちゃんがいなくなったからぁ。ただの繰り上がり……僕は伸びない方、ただの早熟ぅ。君にはわからないよぉ、僕らの気持ちはぁ」

「……そんな変わらねえだろ、俺とリュリュは」

「あはは。きっついねえ、パヌ」

「ああ。俺たちの間にある薄壁、其の一枚がどれだけ分厚いか、わかっているだろ? お前は、その壁を越えられずに去ったんじゃないか」

「ッ!?」

「この代はアスガルド。アスラクの調子次第だけど、君なら勝つでしょぉ? レムリアは明らかに三番手が弱いし、鉄板だねえ」

 ディンは二人の、死んだ魚のような眼を見て愕然とした。一年の頃、彼らはもっと輝いていたはず。誰もが天才と呼ばれていた。今だって、誰が見たって彼らは天才の部類なのだ。間違っても凡人のくくりにいない。

 それでも彼らの心は、間違いなくへし折れていた。

 ソロンの輝き。それを乗り越えた後に現れたフレンの勢い、とどめはそれだろう。教師の興味がフレンへ移っていく過程が、彼らの心を腐らせた。結局、学校は才能を求めている。勝てる才能を、伸びる才能を。

 彼らは長年の経験でわかってしまうのだ。

 壁を越える者、越えられない者、を。

「……俺はまだ四番手だ」

「遠慮しているからぁ。蹴落としちゃいなよぉ、ヴァナディースかナルヴィ、ってかどっちもぉ。僕は君の方が伸びると思うけどねぇ」

「馴染みへの欲目だぜ、リュリュ」

「かもねぇ」

 そうでない、と見做された。それを肌で感じ取ってしまった。

 心は才能を引き上げることもあれば、才能を腐らせることもある。

 彼らは天才である。今もなお、そうである。だが、その眼はかつての、心の折れた自分と重なる。それを直視するのは、ディンには辛かった。

 そんな会話を知ってか知らずか――

「下が優秀だと張り合いがあるんじゃねえの、イールファスよ」

「……多少は」

「実に羨ましいね」

 三強、ノア、イールファス、ソロンが語り合う。

 ただ、この三人が揃うと、

「いやまあ、この俺様が本気を出せば一等賞だったことはお前らもわかってると思う。何しろ最速だからな。ヌシを誰が最初に、素早く倒すかってルールなんだから、そりゃあ俺が勝つ。今回はチームワークを優先しただけで――」

 ノアが一方的にべらべらとしゃべり、二人は聞き流すと言う構図が生まれるのだが。最速の男は口も回るし、速い。

 聞き取ってもらえるかは別。

「チームワークに徹したのは俺も同じ。ソロンだけが抜け駆けした」

「おや、とある講義で暴走した挙句、高所から落下して戦線離脱させられた男が何か言っているね。俺は君を参考にして、改善しただけだよ」

「……告げ口したのはクルス?」

「ノーコメント」

 あと、基本ギスギスする。

「そう言えば……俺の想定だとクルスはここに来ているはずだったんだけど何かあったかな? 層が厚いとは言えデゥン君ぐらいならどうにかなったと思うんだが」

 ソロンの問いに問いかけられた方ではないノアが硬直する。

 その反応をソロンは見逃さない。

「ノアは何か知っているようだ。つまり、メガラニカ、もしくはレムリアで何かあった、と言うことかな? 出来れば知っておきたいのだけれど」

「俺が子分、おっと、知人の情報を売ると思うか?」

「……子分?」

 よくわからないノアの発言に引っ掛かるソロン。無論、クルスはノアの子分であることを承服したことなど一度としてない。

「局所性ジストニア、だと思う」

「おい、イールファス!」

 ノアが守ろうとした情報はあらぬところから漏れる。

「……なるほど。症状は?」

「深く踏み込まれると硬直する。そうさせるための戦型であるゼー・シルトは使えない。当然、踏み込みに合わせたカウンターも」

「……俺はそう言うの、黙っておくべきだと思うがな」

「何故? どうせ、いつかわかる。それに二人には関係がない」

「「あ?」」

「あのままなら、クルスが二人の前に立つことなど無いから」

 二人はイールファスを見つめる。

「生きて死ぬか、死んで生きるか、どっちか」

「騎士なら生かす道を取るべきだろ」

「それは短絡だよ、ノア。人並みの幸せを押し付けてはいけないな」

「……二人は同意見っぽいな。ろくでもねーやつらだ」

「君はクルス・リンザールを理解していないね」

「理解しているから、止めるんだろうがよ」

 ソロンとノアが睨み合う。期せず、三強の会話、その中心にはこの場にいないクルスがいた。彼らからすると遥か格下の存在。

 理解しているからこそ押す者。

 理解しているからこそ引く者。

 どちらも正しい。どちらも間違っている。

「結局は、クルス次第」

「その通りだ」

「……まあな」

 誰に何を言われようが関係がない。

 選ぶのは常に――


     〇


 クルスは黙々と積み重ねる。イールファナとのデート、のようなものからより努力にのめり込むようになった。しばらくコロセウスの方には顔を出していない。ヴァルハラの方は最低限、それでも顔は出す。エイルから受けた恩がある以上、後輩やアマルティアを放置することはクルスの信条としてあり得なかった。

 受けた恩は返さねばならない。

 必ず。断固として。

 だから、本当は誰にも借りたくはないのだ。

 ただ、必要であるなら迷わないが――

「たっだいまー!」

「おかえり、ディン」

 上位組が帰還するも、やはりクルスのやるべきことは変わらない。体を鍛え、技を磨き、座学は見落としが無いよう隙間なく埋める。

 毎日の柔軟も欠かさない。朝起きてすぐ、夜寝る前、かなりの時間をかけて丁寧に行う。それを真似てディンもやっているが、其処はどうでもいい。

 要は自分が伸びるかどうか。

 比較に意味はない。

 意味はないのだと言い聞かせる。

「……」

 自分を高める。努力は裏切らない。伸びてはいるのだ。身長と同じで。コツコツと積み重ねるしかない。慌てても強くなれるわけではないから。

「クルス、ログレスのリュリュってやつ滅茶苦茶ヤバかったぜ」

「へえ、伸び盛りのアンディが驚くほど強いんだ」

「強い。ありゃあド天才だな。ガタイはひょろいんだけど、とにかく魔力の伝達が超スムーズでさ、動きも速ければ一撃も重いんだ、これが」

「魔力の伝達かぁ」

「おう。何か参考になればと思ってさ」

「あはは、ありがとう」

「どういたましてだ、だっはっは!」

 そんなもの、とうの昔にやっている。体格が劣るのだから、それ以外でカバーするしかない。メガラニカで学んだ壁登りなどの魔力制御の練習は、それこそ手のひらや足先が麻痺する寸前までやり込んでいる。

 それでもこれなのだ。

 それが強みで上の世界で通用するのなら、そのリュリュと言う男は間違いなく天才なのだろう。自分とは違う。

「クルス君、魔導基礎、一緒に勉強しない?」

「いいね。リリアンの胸を借りようかな」

「このちっぱいを借りるのかぁ?」

「ら、ラビちゃん!」

「あはは、お返しに算術を教えるよ」

 座学は絶対に落とせない。上位陣が其処で崩れることは考えられないが、彼らが鼻から捨てている問題を取れば、それだけ差が埋まる。今は何でもいいから、戦える武器が、手札が欲しかった。とにかく何でもやる。

 同じではいけない。抜きん出ねば、いけない。

 比較しない、そう言い聞かせているのに、気づけば周りと比較してしまう。勝ち筋を探してしまう。唯一、勝てそうな部分に全力を注ぐ。

 結局、

(……比較しないなんて、綺麗ごとだ)

 序列がある以上、評価とは相対的なものになる。どの講義でも、どの科目でも、比較され続ける。学校とはそう言う場所であるから。

「リンザール!」

「大丈夫、もう動いている」

「さすがだ」

 手足である時は妥協もする。自分が正しいと思っていても、それが通じ合っていなければ意味がない。よほど間違っている時以外は沈黙し、リーダーの指揮棒に沿って動く。自意識、無用なこだわりは捨てる。

 その度に、ぎしぎしと心は軋むのだが。

「おめでとうございます、エイル先輩」

「あっはっはっは、御無沙汰の上、こんなにも立派な祝勝会をしてくれるとは。感無量だね。カワイ子ちゃんたちは初めまして。元部長のエイルさ」

「は、初めまして!」

「どーもー」

 エイルは無事、ユニオンに入団することが出来た。時期はかなり遅くなったのは、彼女がそれこそ最後のひと枠であったから、だろう。

 そのことについては、

「最後のひと押しはグリトニルへ行ったことだろうね。私は第五騎士隊で採用された。アセナと一緒の、ね。彼女は凄まじい才能を持っているし、現状でも桁外れに強い。でも、騎士として欠けはある。どうしてもグリトニルの環境じゃ、全てを補完するのは難しい。要は、私は彼女のサポートとして採用されたわけだ」

 エイルが二人きりの時に話してくれた。自分はあくまで補欠入団であり、アセナを補完するためのパーツ採用でしかない、と。

「私が言うのもなんだけど、別にユニオンだけが全てじゃない。それにユニオンは中途の枠もある。むしろ、入るだけならそちらの方が間口は広い。一度、別の騎士団で経験を積んでから、それでも入りたい時に門を叩けばいいのさ」

「……考えてみます」

「焦らなくていい。時間は沢山あるよ」

 エイルはきっと、クルスの現状を何処かで知ったのだろう。誰かから聞いたのか、それとも推測したのか、それはわからないが。

 だけど、何の説得力もない。

 だってエイル先輩は、新卒でユニオンに入る。その一点にこの一年を費やしてきたから。彼女がこれまでの全てを賭して、執念で門をこじ開けた。

 もしかしたらグリトニルへ行ったのも、単なるトラウマと向き合うことだけではなく、アセナを利用してやろうと言う打算まであったのかもしれない。

 結果として彼女は門を潜った。如何なる形でも、それが全て。

 だから、

「今年の夏はグリトニル騎士学校に行ってみないかい? あそこはいいよ。足りないものだらけだけど、アスガルドにはないものがたくさんある。しかもここだけの話、僻地過ぎて騎士団が来てくれないから、自分たちでダンジョン攻略をするんだ。夏休みだけで私は三度もダンジョンに潜ったよ。しかも最前線でね」

 本当は、

「君の実力ならきっと歓迎される。どうかな?」

 そんな彼女にこそ背中を押してもらいたかった。

「考えておきます」

「ああ。それに限らず何でも相談して欲しい。これからはそれなりに手が空く。私に出来ることは何でもするよ。君の先輩だからね」

「ありがとうございます。頼りにさせてもらいます」

 これ以上、どうして先輩から借りることなど出来ようか。

 ただでさえ、自分は彼女に救われた。三学年の時、エイルがいなければ心がへし折れ、退学していたかもしれない。そうでなくとも学期末、成績不良として進級試験をパスできず、やはり学校を去っていた可能性もある。

 命を救われた。クルスにとっては命に等しい恩である。

 だから、無駄な時間を後輩たちに割いているのだ。命に等しい恩を、少しでも返すために。本人には返したくても、返せないから。

 心が軋む。

 まあ、結局のところ――

「また来たのか。懲りん男だなァ、リンザール」

「何度でも来るよ。君が其処にいる限り」

「なら、何度でも阻もう。他の者と、同様になァ!」

 どれだけ努力しても結果に結びつかない、それが全ての原因である。

 如何に自分に言い聞かせたところで、相対的な向上が見えねば徒労としか思えない。それがじわじわとクルスを蝕む。やれることは何でもやっている。先生にも相談している。使えるものは何でも使う。それでも、序列は上がらない。

 時は過ぎていく。

 このアスガルドで、誰よりも努力している自信がある。他の者も隠れて努力を積んでいるのだろうが、それを鑑みても自分が一番頑張っている。

 それでも、それが成績に反映されない。

 何も変わらない。

 ただ、時が過ぎていくばかり。

 這い上がって、蹴落とされて、また這い上がって、蹴落とされて。創意工夫を凝らして、ありとあらゆる手を使って、欠点を補い上を目指す。

 だけど結局、

「またなァ、リンザール」

「……」

 壁は越えられない。何度叩いても、何度蹴り飛ばしても、その壁は高く、自分を跳ね返していく。執念虚しく、また落ちる。

 その繰り返し。

 いつも通り、その繰り返しが――

「……出来る。俺は出来る。俺は出来る!」

 クルス・リンザールを徐々に追い詰めていた。

 心根一つでここまで来た。その心根が今、限界を迎えようとしている。


 そして、至る。一年の努力、その総決算である期末試験へと。

 何も変えられなかった四学年が今、終わりを迎えようとしていた。

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