第120話:奇縁
一回戦を見終え、クルスは驚くほど冷静に彼我の戦力を推し量り、勝てると確信した。それなりに強い人はいる。だが、それでもミラやフィンどころか先輩たちよりも下、例え病気を把握されていたとしても何とかなるレベル。
ただ、
(……シード枠はまだ見れていない)
この大会にはシード、と言うか招待枠が存在していた。事前に大会について調べたところ、大会側が有力選手を呼び、大会を盛り上げるための枠があるらしい。あと普通に実績のある有力選手はシード入りされるそうだ。
(反対の山だけど、おそらく第一シードが最有力選手、ってところか。まずは其処を観察しよう。どれぐらい強いのか、今の俺が勝てるのか。それを――)
そんなことを考えている時――
「クルス・リンザール」
少し離れたところから声がかけられた。この大会に知人はいないはず、と少々狼狽えるが、フルネームを言い当てられた以上自分を指しているのだろう。
そちらに視線を向けると、
「久しぶりだな。俺のこと、覚えているか?」
クルスは、
「……あっ」
愕然となる。すらりと伸びた身長、長い手足にしなやかで強靭な体躯。忘れるわけがない。自分にとってあそこは、良くも悪くも記憶に刻まれているのだから。
「ご、御無沙汰しています。ドゥムノニアの先輩ですよね」
「そうそう。覚えていてくれたようで何よりだ」
メガラニカのサマースクール、その特別クラスにはノアを始めとした当時の三学年と準御三家など出身の四学年が参加していた。皆、精鋭揃い。何とか食い下がることは出来たが、それでも白星は僅か。
ドゥムノニアは確か男女一人ずつ、どちらも四学年が参加していたはず。
「あれから大して経っていないけど、気持ちの上では随分時間が経ったように感じるな。調子はどう? いい感じか?」
「まあ、ぼちぼちですかね」
「焦らすねえ。オッケー、じゃ、決勝で会おう」
決勝に行くのは当然、と言った様子。しかし、クルスには否定材料など無い。見知らぬ他人ならともかく、相手の実力がわかっているのだ。
大きな口を叩くだけの実力は、ある。
「行けるように頑張ります」
「当然。来てもらわないと困る。この大会ドゥムノニアの企業がスポンサーでさ。顔を立てるために出場したんだけど、正直レベルはそこそこだろ? 張り合いがなくてやる気も出なかったんだ。おかげさまで今は、やる気満々だけどな」
クルスは内心を表情に出さぬよう、必死であった。どうして、何で、頭の中はそれで埋め尽くされている。メガラニカでも自分は凄く調子が良かった。あの時よりも技術は上がったとは思うが、同時に『確信』からは遠ざかった。
「試合、しっかり見とけよ」
「はい」
すぐ近くに在ると思った何か。掴めると信じて疑わなかった。
今は、近づいている感覚すら失せたが。
その時の自分が、
「……なんでだよ」
歯が立たなかったうちの一人。ドゥムノニアの二人、女子の方はジュリアと互角ぐらいだったが、男子の方はフレンと張るレベル。
一つ上とは言え、粒揃いの精鋭たちの中でも上の方だった。
よりにもよって、何で彼なんだ、とクルスは歯噛みする。
ミラやフィンを避け、勝つための大会を選んだはずなのに、其処には下手すると彼ら以上の壁がいた。今思えば、よく気後れしなかったな、と思うが、あの特別クラスには御三家クラスの上位層しかいなかった。
自分が阻まれている壁、その内側の者たちしか。もちろん今のアスガルドの四学年と他の学校では随分様相が異なりつつあるのだが。
ただ、どちらにせよ女子はともかく男子の方はあの場でも上の方だった。
フレンやフレイヤ、テラたち側。
あの時はいつか届くと思えたが、今の自分は届く気がしない。
その感覚は――
〇
「先生、クルスの出た大会、ここと比べてどうなんですか?」
休憩中、珍しくフィンがバルバラへ質問を投げかける。
「気になりますか?」
「少しは」
「……レベル自体はこちらの方が高いですよ。ただ、シードに選ばれる子はかなり腕が立つので、おそらく優勝は難しいと思います」
「そういう大会を選んだんですか?」
「……さあ、どうでしょうか」
フィンの質問を煙に巻くバルバラ。
「良いと思います。今のあいつが勝っても、何も得られないと思うので」
「……かもしれませんね」
勝ち上がることで得られるものはある。負けて得られるものもある。されど、それは良い戦いをすることが前提条件である。
圧倒的格上から得られるものは少ない。
圧倒的格下から得られるものはない。
『勝負』をして初めて、成長の糧を掴み取ることが出来るのだ。
今のクルスではそういう意味のある戦いは難しい。そうバルバラは判断していた。
〇
「勝者、ゲール・デヴォン」
第一シード、あからさまな優勝候補である男は華麗な動きで初戦の相手を翻弄、ぐうの音も出ないほどの圧勝劇であった。
「さすがだな」
「今年、ドゥムノニアは対抗戦の優勝候補だろ?」
「そのエースだよ。そりゃあ強いさ」
ドゥムノニア五学年エース、ゲール・デヴォン。強いのはわかっていた。メガラニカでその実力は充分観察出来ていたから。
だが、
(……あの時より、ずっと強くなっている。なんで、この短期間で)
ここまでとは想定出来ていなかった。相手も弱くなかったが、比較としては正直物足りなかった。それでも今のクルスなら、動きや立ち回りだけである程度の実力は推し量れる。そのおかげで、そのせいで、嫌でも見えてしまう。
相手の成長を。自分との差を。
正直、確かに強かったが、それでもノアは当然としても一つ下のフレンやフレイヤ、テラたちと比べると多少見劣りはしていた。本人の熱量もそれほど高くなく、ここまで目を引く存在ではなかったはずなのだ。
少なくともクルスにはそう見えていた。
だけど今、
「……」
物足りなかった一歩が、完全に消えていた。
もちろん、あのフレンを除く二人だってあれから成長しているだろう。今の彼らが戦ったらどうなるのかはわからない。
わからない、そういう領域である。
「……勝てない」
ただ、それだけはわかる。
何のために自分はここに来たのか。何でこうなったのか。色々と考えを巡らせる。この大会に出る意味、そんなことまで考えていると――
「おい、ゲール。第三シードのやつ」
「……驚いたな」
第三シード、クルスと逆側の山、ゲール側の山の端、其処で一人の男が勝ち名乗りを上げる。ゲールに比べると評価は高くない。一応、第三シードには入れられていたが、それはもう学校名と成績だけで判断したようなもの。
彼自身の評価は、
「噂より随分強いじゃないか、ログレスの――」
まだまだ無名に近い。
「勝者、アスラク・ティモネン!」
わざわざ遠く離れたこの国へ遠征しに来た男、最優の学校であるログレスからの刺客、アスラク・ティモネンが右腕を上げる。
「さ、さすがに勝てるよな?」
「わからん。でも、今日は勝ちたい理由があるんだ」
ゲールは髪をかきながら、
「つーわけで通行させてもらうぜ、アスラク君とやら」
「……」
アスラクを睨む。アスラクもまた彼を睨み返していた。わざわざ遠いログレスからこの大会に参加したのは、一つ上で有数の実力者であるゲールが出場すると聞いたから。今の自分がどこまで通用するかを確かめに来た。
その上で、
(……奇縁だな。クルス・リンザール)
三度、縁が重なる。
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