第119話:黄金世代、出陣

「あれ、ミラのやつ参加しないんですね」

「ええ。一度地元に帰って羽を伸ばしてくるそうです」

「なるほどぉ」

 大会への辞退に関しては少し前にバルバラへ話を通していたが、その理由について彼女は語らなかった。昨日、会う機会があったので再確認を取った際は、進路の話を実家に通してくる、と言っていたが。

(……嘘ではないのでしょうが、真実とも思えませんでしたね)

 無論、彼女は出自が出自である以上、王位継承権の序列が低くともクゥラークのような本流から外れた騎士団へ入るのはあまりいい顔をされないだろう。ただ、そもそもアスガルドへ編入できた時点で其処まで束縛は厳しくないはず。

 今更話を通す、と言うのも変な話ではある。

(あまり穿るのも品のない話、ですか)

 まあ邪推しても仕方がない。今やるべきことは――

「さあ、今日は勝ち上がりますよ。倶楽部コロセウスの意地を見せてください!」

「イエス・マスター!」

 参加する者たちの尻を叩くこと、である。ただでさえ今の五学年はどうにもピリッとしない。優秀な下がいて気後れでもしているだろうか。

 そろそろ下の世代を引っ張る姿が見たいものであるが――

「今日の目標は?」

「ま、三回戦突破っしょ」

「あー、お前はその後で現役騎士と当たるもんなぁ」

「そり!」

「……ハァ」

 望みは薄そうである。


     〇


「アスガルドのやつだって」

「あっちで大会やってんのにわざわざ何で来たんだろ」

「そりゃあれじゃね? あんまり強くないから勝てそうな大会を選んだとか」

「うわぁ」

 周囲の声が聞こえないわけではない。ただ、クルス・リンザールは今集中出来ていた。ミラの手を拒絶してから、不思議と心が落ち着いている。

 心は痛む。申し訳ないことをしたとも思う。

 自分のようなクズにとっては千載一遇の機会だったとすら、思う。

 それでも――

「クルス・リンザール選手、用意してください」

「はい」

 一人で戦う道を選んだ。知らない者ばかり、自分の引いたくじが良かったのか、悪かったのかもわからない。

 どちらにせよ、関係ない。

(ミラから逃げた。フィンから逃げた。先輩たちからも逃げた。俺は弱い。俺はカスだ。だから、絶対に、死に物狂いで勝利だけでも得て帰る)

 勝って帰ると決めている。

「……」

 世代は同じ、もしくは一つ上。体格は明らかに相手の方が上である。それはもう、慣れっこ。身長は多少伸びたが、骨格は当たり前だが変わらない。

 其処で劣るのは仕方がない。

(見るからにハードパンチャー、当たったら痛そうだな)

 別にそれは良い。

(羨ましいよ、その体格が)

 羨ましいし、妬ましいけど、仕方がないことだから。

 でも、

「始め!」

「っしゃあ!」

 だからこそ負けたくないと思うのは、クルスの性格が悪いのだろうか。頭が冴える。いつも以上に冷ややかで、開始早々突っ込んできた相手を、リングを、会場を、俯瞰するだけの余裕がある。何せこの手のタイプは、

(貴方にリカルド先輩ほどの覚悟はありますか?)

 圧倒的上位互換を倶楽部でずっと見てきた。体感してきた。

 重心の低さ、足回りの滑らかさ、どれもリカルドには及ばない。それを瞬時に判断し、クルスは右に展開しながら左を一発、相手の目線が切れたタイミングでさらに加速、そのまま側面に回り込み相手のこめかみに鋭い右を打ち込む。

(如何なる打突にも耐える覚悟が)

 対戦相手はぐらつく。半分、意識が飛んだのだろう。急所への一撃である。

(しかし、相変わらず嫌になるほど、俺の打突は弱いな)

 意識の揺らぎ、そこで緩んだガードの間へ滑り込ませるように、クルスの左、ショートアッパーが相手の顎を跳ね上げる。これで意識の大半が消し飛ぶ。

 跳ね上がった顔面。其処に間髪入れず右を容赦なく叩き込む。

(四手もかかった)

 完全な駄目押しの一手。

「しょ、勝負あり!」

 対戦相手は糸が切れたかのようにぐにゃりとリングに叩きつけられた。観戦していた皆が絶句する。意識を失い、痙攣する男の無残なやられっぷり。

 其処に一瞥を向けることもなく、

「勝者、クルス・リンザール!」

「……」

 軽く右腕を上げて、勝って当然と言わんばかりにリングを降りる男を見て、

「……だ、誰だよ。あれ弱いって言ったやつ」

「……バケモンじゃねえか」

 この会場の大半が声を失った。

 三強率いる黄金世代でも最も層の厚い学校で、上位に一歩届かぬ男。本人は微塵も満足していないが、外に出て一般的な学生と衝突すればこうなる。

(逃げたらくじ運、よくなったかな)

 本来御三家の上位とも充分に渡り合える実力を持つのだ。今のアスガルドの四学年がおかしいだけで。そして御三家クラスの上位層など在野にはほとんどいない。

「おい、アスガルドからすげえのが来てるぞ!」

「アスガルドから? 何で?」

「知らん。でも馬鹿強いわ。対戦相手もそこそこ有名なハードパンチャーだったんだけど、瞬殺だよ、瞬殺。しかも容赦なし!」

「……何てやつ?」

「クルス・リンザール。何であんなのが無名なんだよ」

「……へえ、そりゃ楽しみだ」

「へ? 知ってんの? 有名なやつ?」

「いや、ちょっと縁があっただけ。でも、強いのは知ってるよ」

 ほとんど、いない。


     〇


「谷間だなんだ言ってもやっぱり強いですね、倶楽部コロセウス勢」

「そりゃあ御三家の名門倶楽部だぞ。弱い方がびっくりするわ」

「ですよねー」

 アスガルド中から腕自慢が集まり、何なら国外からも学生のみならず様々なルートで拳闘に汗を流す者たちが集う大会。

 其処で燦然と輝くのは地元の星、倶楽部コロセウスであった。

 学生に限らないからレベルが上がるか、と言うとそう言うわけではない。むしろソロンら遠方の学生たちは物理的に来れず、騎士にかかわりのない者も当たり前のように出場しているのだ。もちろん、騎士の教育を受けていないからと言って弱いわけではないが。中にはバルバラのような化け物が潜んでいる可能性もある。

 が、それは稀な話。

 基本的に全年齢の大きな大会でもない限り、むしろ騎士科の学生主体の方がレベルは高い、と言う逆転現象は起きがち。

「先輩たち、すげえ!」

「やっぱコロセウスに入ってよかった」

 三学年の後輩たちはまだ基礎が足りぬとバルバラが見学を指示していた。とは言え彼らでも一回戦二回戦ぐらいはどうにかなりそうではある。

 されどその先、

「おお! さすが現役騎士は強い!」

「本職も負けてないぞ!」

 上のステージともなって来ると厳しい戦いが待つのだが。

「クルスもわざわざ遠出せずともこっち出りゃよかったのにな」

「旅費の無駄だろーに。雪でも降り積もったら下手するとダンスパーティ出れんぜ。船はともかく列車は雪で容赦なく止まるからな」

「まあ、ダンスパーティに出れないのは良いことだろ」

「……これだから不滅団は」

 先輩たちの世間話、話題はここにはいないクルスのこと。

「やっぱ気が引けんじゃねえの?」

「踏み込まれるの嫌っているやつ? いやさ、そりゃあ練習じゃ下品だしあんまり狙わんけど、だからと言って本番楽勝に攻略出来るかって言ったら別だろ? あいつ、踏み込ませないために相当前捌き磨いているし」

「まあ、正直弱点突いても五分、かな。実際マジで上手くなったよ。たまにびびるしな。お前そんなのも出来るようになったの、って」

「それ。去年は隙だらけだなって思ってたけど、隙間埋めるのが早いのなんのって。ありゃあ頭の出来が違うと見たね」

「最近余裕ないけど、俺らからすりゃ何をそんなに焦るんだって感じ。あの学年で上位に食い込めなくても団入りは余裕だろ。だってさ――」

 先輩の視線があるリングへ向けられる。

「あれが六位だぜ? 信じられるか?」

 其処には、

「勝者、フィン・レンスター」

「嘘だろ。アスガルドの現役騎士を食ったぞ!」

「しかも、倶楽部コロセウス出身だろ。バキバキの拳闘勢じゃねえか」

 悠然と、若手とは言え現役の騎士を倒してのけたフィン。アスガルドの騎士団、学校関係者はもはや笑うしかない。

 層が厚い世代だとは聞いていた。多くの耳に入っていた。

 だが、ここまでとは誰も想定していなかったのだ。

「OB潰しとは太ェやつだ。こりゃあ優勝あるな」

「ミラとクルスがいないんで……当然狙ってます」

「俺らもいるんだけど」

「……忘れてました」

「こいつぅ」

 谷間と呼ばれた世代も決して弱くない。同じく谷間と言われたリカルドはしばらくアスガルドが遠のいていた夏の栄冠を手にし、その時にはものの見事に雑魚負けしていた当時四学年、現五学年の面々も何だかんだと勝ち上がっている。

 本当に谷間なのか。

 それともただ単に――

「下の世代が優秀過ぎて、そう見えるだけ、か」

 環境が怪物を創るとすれば、もしかすると今のアスガルドの四学年は歴代でも有数の、怪物を生み出す環境なのかもしれない。

 少なくともこの会場の者からすれば、

「……ば、バルバラさん。あの子、本当に学生ですか?」

「あら、クゥラークの現役闘士ともあろう者が情けないことを」

「優勝しないと、団長に殺されるんですが」

「殺されてどうぞ」

「ひぃん」

 序列六番目の男すらも怪物にしか見えなかった。

 もちろん――

(……逃げるなよ、クルス。俺は、お前を倒すために似合わない努力したんだぞ)

 そう成った原因はあるのだが。

 今も焼き付く、輝ける男に食い下がったあの刹那。鳥肌が立った。あの冷たい眼に。あの死を微塵も畏れぬ姿に。

 太陽に喰らいついたか細くも鋭い牙に――端から勝てぬと諦めていた自分との差に、悔しさを覚えた。恥ずかしさすら抱いた。

 だから、あれから努力したと言うのに。

 肉体が成熟化し、一気に跳ね上がるのがこの辺りから。ゆえにカテゴリーも四学年辺りで区切られるケースが多い。

 その理由を――黄金世代が体現する。

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