第103話:四学年は宝の山
模擬ダンジョンと化した森。ヌシがフラッグであるならば、魔族は敵部隊となる。目的遂行の邪魔となるなら排除し、速やかに目的達成を目指す。
実際のダンジョンでもそう。発生したダンジョンは通常周辺に被害を与えぬよう封鎖し、守備隊が固めている間に索敵部隊、攻略部隊などがトライを重ね、ヌシを撃破する流れであるが、周期のズレや突発型などに際しては、そのような万全な準備を取る時間はない。クリアリングもほどほどに攻略することもある。
今回の模擬戦の状況はそれに近い。
大事なのは踏破速度。敵の排除は二の次であるし、悠長にクリアリングやマッピングを行うゆとりもない。
早く、それでいて必要なことを成す。
机上での学びは三学年まででそれなりに修めているはず。あとは実戦でも正しく引き出せるか。知識の整理はついているか。目的への優先順位は正しいか。
その辺りが見られる。
あとはまあ、
「初っ端こそアドリブ力が試されますのぉ」
「……すぅ」
「……寝ておりませぬか、マスター・グラスヘイム」
「……寝ておらぬ、よ」
「本当にぃ?」
実戦を重ねていくにつれ最適化されていく前の、未成熟ゆえに見えやすいセオリーにない動き。アドリブ力もまた重要な部分である。
塔よりもさらに離れたところから、ウルとフロプトは見物していた。新しい時代、その風を穏やかな表情で眺めながら。
「……すぅ」
「今、首がコクン、と行きましたぞ。コクンと」
「寝ておらぬよ」
「嘘だぁ」
酒のないジジイの酒盛り、の肴になっている、とは言わない。
○
『第六、第三小隊接触。第四は離脱』
「……」
抜き打ち見学会のお歴々は皆、一様に黙り込んでいた。先ほどまで談笑していたと言うのに、ある一つの小隊、その動きが伝えられるにつれ彼らの口数は減り、考え込む時間が増え始めていたのだ。
(……やるなぁ)
担任であるエメリヒは嬉しそうに笑みを浮かべた。
○
「……やられた」
第六小隊を率いるモブ子、もといフラウ・デゥンは悔しげに言葉をこぼす。眼前に迫るは誰がどう見たって極めて好戦的な第三小隊、すなわちミラ・メル率いる小隊がいた。誰がどう考えても避けるべき手合いであろう。
何しろ、
「へえ、やる気?」
(やる気なのはそっち)
間合いに立ち入ったが最後、絶対に襲って来るから。普段、フラウはクラスでも目立たない。こっそり気配を薄く、薄く、何処にでもいるオーラで面倒ごとや危機を回避する。濃い面子ばかりの四学年、中位や下位すらバキバキの金持ちだったり、あからさまに才能が有ったり、と華のある者ばかりである。
逆に彼女は、この学年においては珍しい、影の薄さを持っている。正直、こっそり皆を出し抜いてフラッグまで行けるかもしれない、と言う淡い期待はあった。
少し前に、
『見逃さないよ』
『っ!?』
捕捉され、追い掛け回される前までは。
「上等!」
(……売ったの、私たちじゃないんだけどなぁ)
四学年が誇るモンスター、ミラ・メルが襲い来る。
なので、
「……やるしかないから、全員散開」
「おう!」
「ミラは私が止める」
「やれんの?」
「やるしかない。成績は、大事だから」
フラウはミラの剣を受け止めた。それに対しミラの顔に驚きはない。他の皆も当然のように流す。それもそのはず、
(いつか潰す、リンザール)
彼女、フラウ・デゥンは学年第七位の上位組である。五位であるミラと渡り合うのも当然のこと。影は薄くともその実力は間違いない。
五位と七位が率いる小隊、その潰し合いが始まった。
○
「フレイヤの圧を使って誘導、開幕から面倒な動きをする部隊を、好戦的な部隊にぶつけて潰す、か。なかなか小賢しいじゃあないか」
ユングはすかした笑みを浮かべながら軽薄な拍手を送る。
「……」
それ以外の皆は黙り込んでいた。
クルス率いる第四小隊、その動きが全体で見ても明らかに際立っていた。戦わずして二つの小隊を足止め、自分たちは自由を得た。追い掛け回した時間のお釣りなど山ほど出る。何よりも潰した小隊は抜けそうな雰囲気があった。
戦わず、こっそりと目的を達成する。そのために慎重な立ち回りをしていたところを、背中を突いて隠れさせなかった。
何よりも素晴らしいのは、
(第四小隊は先に、第三小隊を捕捉していた。その上で、彼女らの移動速度、ルートを予測しつつ、その到達点に第六小隊をぶつけた)
それが偶然ではない、と言う点であろう。
(明らかに作為的)
(第四は捕捉し、第三は見逃した。ダンジョン攻略は視野が命、その部分が明暗を分けたな。第三はそもそも、仕向けられたことにすら気づいていない)
(そう言えばメガラニカの記事、あまり気にしていなかったが彼の名は確か、ノアの次に記載されていたか。あれはまさか、貢献度順だったとでも?)
(まだ判断は出来ん。あくまで第二位の圧ありきの戦術だ)
(ただ、五位と七位の戦いを見るに、上位組の個人武力はそれほど大きな開きはない、のかもしれない。二位に怖れたか、それとも他の者も含めた部隊の総合力を恐れたか、もう少し情報が欲しいな)
(第六も交戦必至、となってから判断が早かった。木々の隙間から覗く戦闘を見ても各人、下位もレベルが高い。前情報とは随分様相が異なるぞ)
(しょ、正直姫様が嘘ついていると思っていたが……とんでもなく優秀じゃないか、あの子。え、うちあの子取れるの? イリオスに来る?)
彼らが沈黙しているのは、それぞれの情報を他の団に漏らさぬため、である。緒戦で際立った第四小隊を筆頭に、アスガルドの学生たちはしかと彼らに今の実力を、腐っても御三家ではなく、自分たちこそが御三家最強なのだ、と示しているかのような大立ち回りを見せていた。
必然、彼らは口が堅くなる。
自分たちの団で取れる子か、他との兼ね合いは、どの団が誰を狙っているか、本気で考え始めたからこその沈黙。
イールファスはもちろん、フレイヤ、デリング、ディン、それと難ありだがミラ、この辺りは有名人であるため、実力があるのは調査するまでもない。
そもそも上記三名は『取れない物件』であるため、調査する必要がない、のが正しいが。注目すべきはそれより下、掘り出し物を見つけに彼らは来たのだ。
そしてどうやら、
(……この世代、宝の山かもしれんな)
掘り出し物があったらラッキー、そう言う世代ではないと彼らは知る。
○
第四の戦わずして得取れ作戦中も、
「……ちっ」
「悪いが押し通らせてもらう」
他の小隊も続々と混沌へと陥る。
第五小隊と第七小隊、三学年時最終成績、第三位のデリングと第六位のフィンが鉢合わせてしまう。互いに最短距離を向かおうとしての遭遇。フィンとしてはデリングと単独戦闘はやりたくない。ただでさえ面倒な剣なのだ。
ただ、デリング側も小隊単位で見た場合、
(……バランス調整はされている)
拮抗しているから出来れば交戦は避けたいのが本音ではある。しかし、こうして向き合ってしまった以上やるしかない。
(……第四以外は)
外野はともかく、内部の者たちなら第四小隊の異質さには気づいているはず。フレイヤ、クルス、アンディ、リリアン、成績だけ見るとフレイヤの実力を抑えるための調整が為されているように思えるが、クルスの真価は裏卒業式で全員が見た。座学はクソだが実技は上り調子のアンディもいる。実技に多少難があるリリアンとて、それ以外の役割を振ればむしろ座学の強みが出て、上手く機能するだろう。
アミュ・アギスとの一戦も記憶に新しい。彼は本領を使わぬまま、天才の少女を下したのだ。あの子は強かった。怪物の片鱗も見せた。
それでも強く映らなかったのはクルスが巧みだったから。
クルスは強くなった。もはや成績順など当てにならない。アンディは実技に限り成績詐欺なところがある。何故、先生はそう言う編成にしたのか。
もしかすると何か、見えない部分で彼らの中にマイナスがあるのでは、といぶかしんでしまう。それだけ他の小隊はバランスが取れているのだ。
ならば何故、第四だけ――
「よそ見? 余裕だね」
「しまっ――」
ほんの僅かな思考の、気の緩み、それを見逃さずフィンが牙を剥く。
他は、
「おーい、何か見えたか?」
「おー! 見えたー。でも見ない方が良かったかもなぁ」
「……はぁ?」
第二小隊を率いる第四位、ディンは難しい顔をする。彼は最初、目的地ではなく高所を取り、視界と他部隊の配置や、動きを観察しようとしていた。
其処で見てしまったのだ、第四小隊の動きを。
「……出る杭はってやつだな。悪いが今の動きを出来る奴を、泳がせとくわけにはいかねえのよ。つーわけで」
木の上から地上に降り立ったディンは、
「第四、狩りに行くぞ」
「え、嫌だよ。フレイヤいるし」
「つか、リンザールが面倒くさいだろ」
「まあまあ、どうせみんなクルス対策持って来ただろ、それなりに」
「まあ」
「一応は」
「でも、ソロンっぽいソード・スクエアは聞いてねえぞ」
「大丈夫大丈夫。今の俺らなら、そっちは其処まで怖くねえよ」
「そうか?」
「むしろアンディの方が怖い。あいつ、夏でかなり伸びたろ」
ディンはあえて言い切らなかった。すでに夏休み最終盤、ディンはクルスとかなりの時間打ち合った。彼の新しい方に付き合う体で。
ただ、ディンも馬鹿ではない。
(……其処を率先して突く気はねえが、講義で手を抜く気もねえぞ、クルス)
彼が自分を踏み込ませず、無理やり前で捌いていたことなどとっくに気づいている。何かあったのだろう。何かまではわからないが。
しかし、手を抜く気はない。あえて弱点と思しき所を突く気もないが。
そして最も強き個は、
「お邪魔します」
「「っ!?」」
あえて第三、第六、ミラとフラウ率いる小隊がぶつかる戦場に現れた。
「さようなら」
第一小隊を率いる三強、学年第一位イールファスが乱戦に降り立ち、大暴れし始めた。陣形もクソもない遭遇戦ゆえ、個が際立つ。
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