第104話:あちらこちらで火花散る

『第三、第六共に第一小隊が撃破』

 リーグより告げられた情報を聞き、団の面々は何とも言えない表情を浮かべていた。丁度こちらからも見える場所であったため、詳細は把握できている。

 だからこそ――

「……第三と第六はいい勝負をしてしまっていたからこそ、イールファス君一人に壊されてしまった、と言う感じだね」

「あそこで即座に共闘と言う選択肢を取れないのは甘さかな」

「まあ、其処はまだ四学年ですから」

「それよりも……問題はイールファスじゃないか? あそこで足が止まっている二部隊を相手取る必要があったと思うかね?」

 『三』部隊に対して不満が透ける。第三のミラ、第六のフラウ、どちらにも甘さはあった。そもそも第四にしてやられた時点で第六は第三に対しネゴシエーションすべきであった。ここで戦うのは第四に利するだけ、むしろ共闘して厄介な敵を取り除き、其処からどうするかの上手い落としどころを探るべきだったのだ。第三も何故遭遇したのか、その辺りを突き詰め深読みする必要はあった。

 どちらも甘い。何でもありなのだから、逆に実力行使は最終手段で良い。騎士の現場とて言葉や交渉で済む相手なら、そうするのがセオリーである。

 つまりその点で一番評価を下げたのは、

「ナンセンスですね。どうせユニオンに行く子ですしどうでもいいですが……趣旨をはき違えた行動は見るに堪えない。ノイズですよ、彼の存在自体が」

 第一小隊のイールファスである。そもそも足が止まっている相手を攻撃する意味はない。この模擬戦の趣旨はフラッグの獲得であるのだから、彼女たちが止まっている間に探索を進めるべき。彼の行動が肯定されるケースは、周囲の完全封鎖が成立している状況下で、かつ人員、予算、日程が潤沢である場合に限る。

 その前提が存在しない以上、彼らは無駄なことを考えるまでもなくダンジョンのヌシである旗を優先すべきなのだ。

 必要な戦闘はすべきだが、必要でない戦闘は避けねばならない。

 若き名門騎士団の実力者であるユングの言う通り、イールファスの行動にはほぼ全ての者たちが眉をひそめていた。そもそも、獲得できない人材であるし、今更調査するまでもなくパーソナリティ含め調べはついているが――

「天才とは言え少々甘やかせ過ぎでは? あれが首席では面目丸潰れですよ」

「……普段はあそこまで粗くないのですが」

 ユングの切れ味鋭い正論に、エメリヒは困った表情を浮かべる。

「尚更悪い。違いますか?」

「……おっしゃる通りです」

 普段取り繕っている部分が、初挑戦の講義で顕わになった、と見られてもおかしくはない状況。備えが出来ていない状況でどう動けるか、それを見るための抜き打ち見学会であるのだ。彼に個人の武があるのは誰もがわかっている。

 ただ、ここは強さを競う場ではない。それだけのこと。


     ○


「……まずーい」

 第八小隊を率いるのは学年八位、ヴァル・ハーテゥン。ガタイが大きいナイスガイである。彼もディンと同じく視界確保のセオリーに従いつつ、フラウの目指した敵を回避しこっそり目的を達成しよう、と言う目論見があった。ゆえにデリングとフィン、この激闘を華麗にスルーしてえっちらおっちらここまでやってきていた。

 万全を期すために他の部隊の位置関係でも把握しておこう、と高所に上がり索敵に勤しんでいたが、それが裏目に出た。

 見晴らしが良い、と言うことは相手からも見やすい、と成り得る。もちろん、それを差し引いてでも地の利は大きいが、今回はあまりにも間が悪かった。

 よりにもよって――

「全員、急いで移動するぞ!」

「何でよ」

「残念なお知らせだ、アマダ。イールファスと目が合った」

「距離は?」

「かなり離れている」

「なら大丈夫でしょ。この模擬戦の内容なら――」

「どうやら奴さん、本日はご機嫌斜めのようでな。目が合った瞬間、真っ直ぐこちらへ駆け出してきた。元気いっぱいに」

「……フラッグ、間に合う?」

「知らん。が、幸い、クレンツェが第四の独走を阻みに動いた。ここはもう、逃げながら探し切るしかない。と言うわけで皆、死にたくなければ走るぞぉ」

 どうかしてしまった首席君のせいで、この模擬戦はかなり趣旨をはき違えた進行になりつつある。おそらく今回、成績を付けるとすれば暴走したイールファスが問答無用で最下位であろう。ほぼ進路が確定していると言っても、あくまで『ほぼ』でしかない。あまりにも成績を落とせば当然白紙になる。

 立ち回りがらしくない。その理由は上位組の壁、を自称するヴァルとしても気になるところであるが、とにかく今は逃げの一手あるのみ。

 幸い、イールファスの小隊はバランスを取るため、少々実技の成績低めの面々で構成されている。小隊単位で動いていれば何とかなる。

 問題は、

(……たぶん、単独だよなぁ)

 あの男が一人で動いていた場合、である。


     ○


「ディン!」

 クルスは顔を歪める。第三と第六をぶつけ、其処から離脱する際にズレたコース、それを修正するための動きが読み切られていた。進行方向から大きく離れた左斜め少し後方、足音を極力消しつつ気配薄く、気づけば嫌な位置取りで並走する羽目になった。こちらの位置が把握出来ていなければこんな芸当は難しい。

「マジか!」

「申し訳ありません。わたくしとしたことが」

 左翼担当のフレイヤが悔しげに表情を曇らせる。本来、クルスよりも先に自分が発見していなければならない位置取りである。

 明らかに己の手落ち、と彼女は考えてしまう。

「いや、たぶん発見が早くても……意味がなかった」

 第三を避け、第六を潰すための動きでロスした分、ディンたちの方が森の奥側にいたのだろう。ほんの少しの差ではあろうが、その少しが大きい。

 あとは情報の差。ディンはこちらの位置を把握し、クルスたちはディンの位置を知らなかった。それはもう、今更覆しようがない。

「確かにディンは強いが、面子的にやれない相手じゃねえぞ」

 やる気満々のアンディ、

「でも、圧勝も出来ないと思うよ。そうしたら他に先んじられそう」

 を、なだめるリリアン。

(……正直、ディンの底はまだ見えていない。俺との稽古中は本気を出さないし、講義の時も何処かフレイヤ達に遠慮している気もする。たぶん、ここがアスガルドで二人がヴァナディースとナルヴィだからだと思うけど)

 クルスは邪推してしまうも首を振って必要な情報だけを残す。ディンの実力、その底が見えない以上成績だけを鑑みてフレイヤに任せるのも苦しい。自分が本調子であれば逆に、自分がディンを担当し勝てずとも足止め、フレイヤたちに他をやってもらい、上手く勝ち切る算段も立てられた。が、今の自分では難しい。

 勝算は曖昧。

 ならば、

(……真っ向勝負は捨てる)

 クルスは迷いなく己の中でその選択肢を消した。ディンの位置を、自分の進行方向を、地形を、互いの速さを、頭の中で必要な情報を収集し、組み替える。

「おい、リーダー!」

「クルス君は考えているんだから待とうよ」

「でもやるしかなくねえか?」

「……それは」

「わたくしが囮となり、足止めをする、と言う手もありますわ。目的は小隊でのフラッグの確保、全員で達成する必要はありませんもの」

 索敵の失態に責任を感じてか、フレイヤは自らを捨てる提案をした。確かにそれならば小隊は危機を脱することが出来る。

 合理的な選択肢であるが――

「駄目だよ」

「あら、紳士ぶりますの?」

 クルスがそれを否定しフレイヤが茶化す。

「そうじゃない。ただ、現代において騎士を死なせる選択肢は下策だって座学で習ったからね。査定は極力、落としたくないでしょ」

「下策も策、他に代案がないなら――」

「だから考えてみた」

 クルスは策を捻り出す。相手はディン、即席の策が通じるかはわからない。ただ、互いに練度が低いこの時期であれば多少の粗があっても通じる可能性はある。

「時間がないから」

 先頭のクルスはコース取りを変えた。

「実行しながら説明するね」

 第四小隊、並走する第二小隊へ仕掛ける。


     ○


『第四、進路を北寄りに修正』

 この場にいる者の大半は見学会自体初めてではなく、それなりに地形も頭に入っている。リーグより伝えられる情報さえあれば、ほぼ完全な形で戦場を把握することが出来る。それなりの騎士であれば当然のスキルである。

 ゆえに皆、この進路変更が及ぼす状況の変化も理解していた。

「第二が絞っている状況で本来のルートを取った、か」

 本来のルート、と言うと多少語弊はあるが、おおむね間違っていない。今回は明言していないが大樹ユグドラシルを中心とした森をダンジョンに見立てており、ダンジョンの構造はまちまちであるが基本的にダンジョンのコアとなる建造物、構造物にヌシが潜むケースが多い。つまりこの場合は大樹、となる。

 ゆえに各小隊は基本的に大樹を目指しつつ、例外に対応するため絶えず探索を続けている、と言った状況。

 そして今回、実際にフラッグは大樹の北側、こちらから見ると裏側に刺さっている。大樹を目指すのが本来のルート、となる。学生からすれば恐らくそうであろう、と言う曖昧な状況下ではあるが。

「やる気ですかね」

「悪くない選択肢ではあるが……少しこの学年は血の気が多過ぎるかもしれんね」

「まあ、ここまで来たらやらなきゃ、と思うのも無理はないですよ。彼らはまだ、知識と言う手札が欠けている状態なのですから」

 第二と第四、同じ並走状態でも位置取りで優位な方が主導権を握っている。この場合は第二であった。其処で第四が仕掛けた。

 ただ森の中心部から外れ続けるのを嫌った、と言う進路変更であればほぼ確実に抜け出ることは敵わず、接触は避けられないと考えられる。

 このまま外れ続けるぐらいなら戦って活路を、それは悪くない選択肢である。少なくともこのまま迷い続けるよりはずっとマシ。

 まあ、悪くない止まりでしかないが。

「……なるほど」

 だが、

「私の予想通りに動けたなら特別に十点を進呈しよう」

 教師を除きこの場で最も地形を解する男、ユング・ヴァナディースは薄く笑う。

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