第102話:抜き打ち見学会
抜き打ち見学会。これは学校側と協賛騎士団が手を結んで行われる、学生には知らされることのない催しものである。秘密な理由は学生の素を見るため。初回である理由は学生の適性が最も見やすいため、である。
ちなみに望遠鏡などは各自持参。貸出品もあるよ。
「今年は誰に聞いても粒ぞろいだと聞きますな」
「噂の真偽は如何ほどか」
連携に必要な決まった動き、コーチング、戦闘陣形への展開それらは言ってしまえば技術であり、どの学生も一年を通し真面目に学べばそれなりに身につく。そうなって来ると作業として画一化され、個人が見え辛くなる。
だからこそ、習熟が為されていないこの時期が、資質を見極めるには適した時期であると言える。もちろん、ここから伸びる子もいるのであくまで実力は参考程度。
見るべきは変わらぬ『根』の部分。
「まずは誰が一番手を買って出るか、か」
「積極性と取るか勇み足と取るか……ここも性格が出ますな」
講義のド頭、四人一組の頭を誰が買って出るのか、此処でリーダー適性が試される。基本的には前向きな選択と捉えるが、其処はプロの目線。リーダーに向いているのと目立ちたがり屋、スタンドプレーの見分けはついてしまう。
「まずは成績順では?」
「それが無難ではある、が」
自信か、蛮勇か、勇気か、無謀か。
プロの眼が学生たちを見据える。
○
「やらせて欲しい」
「クルス君?」
「おいおい、ここはどう考えても一択だろ」
リリアンとアンディが手を挙げたクルスに向けて複雑な視線を送る。別に手を挙げることが悪いことではない。二人とてそうすべき時はそうする。
だが、
「わたくしよりも上手くやれると?」
この四人組には学年二位のフレイヤ・ヴァナディースがいるのだ。一発目はどう考えても彼女であるべきだろう。
「やってみたいだけ。駄目かな?」
それでもクルスはやりたいと言い切った。やれると眼が言っている。並々ならぬ覚悟、取れる点数は全部取りに行くと言う姿勢。
やはり夏を経てクルスは変わった。
「……早い者勝ちですわね。出遅れたわたくしの負けですわ」
「ありがとう、フレイヤ」
(まあ、誰しもが最初であるならば、習熟する前に経験を積み先んじるのも正しい選択でしょうが……ふふ、生意気にも勝ちに行く気しかありませんわね)
クルスの本音が本当にやってみたいだけ、ならばフレイヤは譲らなかった。勝ちに行く、その想いの強さゆえに譲ったのだ。
「……すげえ自信だな」
「でも、クルス君は向いていると思うよ」
「本当かよ?」
「うん。ただ」
「ただ?」
「ま、周りからはどう見られるかな?」
「そりゃあ……しゃしゃり野郎だろ」
「じ、実力はあるよ!」
「えー」
目立てるか、悪目立ちに終わるか、彼ら学生はプロが見にきていることなど一切知らない。其処の部分は二人とも心配していない、と言うかできない。
問題は、
「は、クルスが!?」
「へえ、上等じゃん。この私に楯突こうってわけね」
「ミラは向いてなくね」
「あんですって?」
驚愕する学友たちにどう映るか、それ以上に、
「各部隊の判断だ。其処に良い悪いもない」
教師であるリーグにどう映るか、であった。学生側も四学年以降の成績が就活に直結することは重々承知。抜き打ち見学会を知らずとも下手を打てない、と誰もが考える。積極性と捉えられるか、悪目立ちと見做されるか。
リーグが四学年以降としか接さぬ教師であるため、彼らもその辺りを測りかねていた。だからこそ、クルスら以外の部隊全てがほぼ成績でリーダーを決めている。
「では、各自所定の位置につけ。合図はこの発煙筒の煙が見えたら、だ」
「イエス・マスター」
「よろしい。諸君らの健闘を祈る」
全てが初体験。期待の世代はどのようなきらめきを見せるか。
教師含め誰にとっても興味深い講義が始まる。
○
『各部隊の隊長は第一小隊イールファス、第二小隊ディン、第三小隊ミラ、第四小隊クルス、第五小隊――』
大気中の魔力を導体とした無線、最近開発されたばかりの魔導具を早速活用し、リーグからの情報を多くが見守る塔へと飛ばす。
その中で、
「……クルス?」
「第四小隊はヴァナディースのお嬢さんがいるのでは?」
「そもそも誰だ、このクルスって子は」
彼らに耳慣れぬ名が飛び込んできた。
「……クルス」
アスガルドが誇る若き俊英、次期騎士団長の呼び声も高い男、ユング・ヴァナディースはかすかに目を細める。自身の知る妹であれば、こういう状況で必ず手を挙げるだろう。ならば、彼はその手を抑えて立候補した、と言うことになる。
もしくは端からフレイヤが何らかの理由で譲ったか。
「……」
ぴき、かすかに端正な顔立ちが歪む。
「どうしましたか、マスター・ヴァナディース」
「何もありませんよ。あと、私にとっては先輩なのですからその呼び方はむずがゆくて。昔のようにユングと呼んでください」
「それは出来ませんよ。立場がありますから」
「それは哀しいですね」
(よく言うよ嘘吐き。このプライドの塊に呼び捨てなんてしてみろ、末代まで引っ張るぞ。未だにクロイツェル先輩のこと、引きずっているくせに)
ユングはテュールやクロイツェルの三つ下、エメリヒからすれば二つ下の後輩にあたる。昔から優秀な学生であり、名門の貴種に相応しい振る舞いを通していた。
たった一度、
『私は……ヴァナディースだぞ!』
『僕はレフ・クロイツェルや』
見下ろされ、どす黒い感情を覗かせたことを除けば。
「この子は先のメガラニカで、他の学生と並び騎士級の討伐補佐として数えられた一人ですね。ちなみに、出身はイリオスになります」
その会話を尻目に、クルスとは誰だと言う疑問があらぬ方向から解き明かされた。その発言をした人物はイリオス騎士団副団長のマリウス、であった。
元々友好国、見に来るつもりであったが姫様からのダメ押しもあり、副団長自らの足で再度こちらへ訪れていたのだ。
「ほう。あの事件ですか」
「エウエノル、ヴァナディース、それにあの、スタディオンの悲劇もありましたから、他の子は印象が薄くて」
「あれだけの人数が同程度の貢献したとも思えませんしな。マスター・ガーターも採点がなかなか甘いようで」
「……むう」
マリウスとしてはおらが国の頑張っている子をアピールさせてあげたかったのだが、残念ながらそうはならなかった模様。それに、よくよく考えたら姫様のことを思えばむしろ評価を下げておいた方が得策ではある。
どう考えても、彼を欲しがっているのは明白であるから。
そして、マリウスとしてもその辺のよくわからない国の出身よりも、おらが国出身の子が欲しい、と言うのが本音である。
それはまあ、何処もそうであろうが。
「お、始まりましたな」
「どれどれ」
森での交戦ゆえ、高所とは言え目視できる範囲は限られている。その部分はリーグから送られてくる情報、目視できた範囲を継ぎ接ぎし、彼らの中で評価するのだ。自分たちの団に必要な人材か否か、を。
○
「俺が先頭、フレイヤは左翼、アンディは右翼、間にリリアンで行こう」
「その心は?」
クルスの指示にアンディは問いを投げかける。
「俺が前方を、二人が左右と後方を広く確認しながら、リリアンにはマッピングを頼みたい。土地勘があるのは道のある場所だけだからね」
「オッケー。乗るぜ」
「私も」
「それで構いませんわ」
「よし、行こう」
クルス率いる第四小隊は探索陣形を取り、動き出す。森に潜む自分たちを含めた八つの小隊、それぞれに上位の面々が組み込まれている。
その中でも絶対に交戦を避けるべきはイールファス。こればかりはまともに組み合うわけにはいかない。バランスを取るためメンバーは下の成績で固められているが、それでも単騎である程度打開する力があるから、三強なのだ。
ソロンを、ノアを経験したからこそ、
(……大事なのは目的を達成すること。戦いは必要最低限で良い)
イールファスを甘く考えない。
(森は得意だ。視界は良好、やって見せるさ)
森を、山を遊び場にしていた。その経験を活かす。
全力で勝ちに行く。今年も、来年も、そうすると決めた。
成る、そう誓ったから。
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