第72話:メガラニカの休日Ⅰ

 サマースクール期間中も全ての日に講義があるわけではない。講師陣にも休みは必要で(メガラニカは交代制を採用し極力穴は作らない)、学生にも休日は必要。あと私立であるメガラニカは御三家落ちや準御三家との併願を狙うため、いくつか入試の日を別途設けている。私立の自由度を最大限生かしているのだ。

 加えて、昨年ピコがやっていたように各地の騎士学生たちが参加する大会を見て回ったり、隠れた逸材を探す仕事もある。

 如何に交代制、人海戦術で色々なことをぶん回しているメガラニカとは言え、これだけ手広いと穴もそれなりに、と言うのは余談である。

 まあ、そんなこんなで休日。実はここでクルスはメガラニカのアシスタントで培った人脈を生かし、と言うかピコから話を聞きつけてメガラニカの騎士が開く学生向けのレッスンに参加しようと目論んでいた。

 アシスタントで得たお金をさらなる学びへ投資する無限学習編である。

 だが、

「クルス、休日ジュリアと一緒にメガラニカを探索しようよ」

「いいねえ」

 友人からの誘いにその考えを蹴飛ばした。学ぶことはいつでも出来る。しかし、友人と遊ぶ機会などなかなかない。クルスは一瞬も迷わなかった。

 迷わなかったのに、

「クルス君、ラビちゃんとお買い物に行くんだけど一緒にどうかな?」

「まさかか弱き乙女の勇気ある誘いを断らんよな、小僧」

「何のキャラだよ、ラビ」

「俺も俺も俺も!」

「近寄んなノア!」

 選択肢が、

「待ちたまえ。哲学者君、ボクは今大層暇を持て余している。わかるね?」

「そ、そうなんだ」

「友人である君には暇を解消する義務があると思うのだが」

「え、ええ?」

 見る見ると増える。これはまずい、何を選んでも角が立つ。ここは当初の予定通り三人で、と思ったが嵐を予感しフレンとジュリアは先んじて撤退をキメていた。

(う、裏切ったなァ! フレン! あとジュリアも!)

 クルスはここに来て友情の崩壊を知る。

 リリアンたちを取るか、シャハルを取るか、もういっそ当初の予定通りレッスンを受けに行くか。クルスは考えた。このわずかな間思考をぶん回した。

 活路を見出せ俺、と。

 その結果、

「早く行きますわよ!」

「……なんで?」

 何故かフレイヤと散策することになっていた。


     ○


『面、貸しなさいな』

『は、はい』

 桁外れにシリアスな表情、あの何事にも動じなそうなシャハルが、ノアが、いそいそと距離を取るぐらいの威圧感で彼女が現れ、壁ドン一閃。

 全てを蹴散らしクルスを外へと引っ張り出した。

 そして、

「素敵ですわね」

「そ、そうだねー」

「こっちも行きますわよ!」

「は、はーい」

 物凄く上機嫌でメガラニカの街を闊歩していた。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、右往左往としか思えぬ立ち回り。

 普段の聡明で、冷静沈着な彼女は何処へやら、

「試着!」

「あ、うん。出来るみたいだね」

「参りますわ!」

「そ、そんな気合い入れなくても」

「好機逃すべからず。今日のわたくしは止まりませんわよ!」

「……どういうテンションなんだ?」

 明らかに様子のおかしいフレイヤを見て若干腰が引けるクルス。アスガルドでは見たことがないほど明るく、隙だらけにも見える。

 何か変なものでも食べたんじゃないか、とクルスは心配していた。

 そんな心配をよそに、

「む、胸が、入りませんわ!」

「店員さーん!」

 フレイヤ・ヴァナディースの進撃は止まらない。


     ○


 あちらとは打って変わりお葬式会場となっているリリアンら御一行。ノアとシャハルも加わり、戦力的には整ったのだが、だからどうしたと言う話。

 レストランに入り、消沈するリリアンをラビがせっせと慰める。さりとてあの形相のフレイヤを誰が止められようか。ノアでさえビビっていたのに。

「まさかフレイヤさんがクルス君をあんなにも……」

「い、いや、あれはたぶん違うと思うけど」

「でも……」

「あー、何だろ、言語化出来ない」

「俺、飯食っていい?」

「勝手に食ってろクソガキ」

「ウェーイ」

 ノア、空気を読まずに食事を注文。それにシャハルも乗っかる。すでにこの二人は何も気にせず休日を満喫していた。

 引きずらないのが己の売りなのだとノアは言う。

「そもそもあいつもわかってんのかね。フレイヤ・ヴァナディースがどういう人物かって。私ならちょっと、怖いけどなぁ」

 ラビは複雑な表情で頭をかく。リリアンはそれに肯定も否定もしなかった。

「……同じ学生だろーが、アマダよぉ」

「なら、あんたリリアンにいつもの軽いノリ出来る?」

「……それは、その、家の絡みが、なぁ。俺個人としてはあれよ、お付き合いしたいけど。ほら、おやじに殺されちゃうから」

「全てが軽いのよね、あんたって」

「……うう」

 ノア、しゅんと肩を落とす。

「だから、彼なのだろう?」

 そこで初めてシャハルが発言する。

「どういうことですか?」

「ヴァナディースの名に臆す理由がない。潰れる家がないから。そもそも家の成り立ちを知らず、高貴なる者の世界を知らない」

「あっ」

「……あいつが馬鹿だからってこと?」

「違うよ。少なくとも今、彼がヴァナディースの、エリュシオンの、ディクテオンの、成り立ちを知ったところで、考えは変わらない。失う立ち位置はなく、そういう刷り込みも受けていないから。無垢、それが彼のスペシャルなのだよ」

「……あんた、なんで、アマルティアさんのことまで」

「エリュシオンとは浅からぬ縁があるのさ、ボクにはね。『彼女』の情報は多少、耳に入りやすい。クルス・リンザールのことは知らなかったけれど」

 倶楽部ヴァルハラを知らねばアマルティアの名前までは出てこない。確かに御三家が誇る名門倶楽部の珍事件は多少世に広まったが――

「ま、所詮は武門でしかないナルヴィやクレンツェ、スタディオンとかと違ってヴァナディースは王家派生の名門中の名門だからな。王族との婚姻にやっとこさ漕ぎ着けたナルヴィがクソほど周りから叩かれても、ヴァナディースからすればどうでもいい、ってぐらいには桁が違う。アスガルドで手を出せる奴はいないわな」

「そう。だから彼女にとっては貴重なのさ。アスガルドの外で、ヴァナディースの名に臆さぬ者との交流は。籠の中の鳥が自由を謳歌するには、今ぐらいしかない。我慢していたのだろうね。だからと言ってボクの時間を奪ったのは許せんが」

「意外と気に入ってんのな」

「ボクも彼女と同じさ。今どきここまで血の濃いルナ族はなかなかお目にかかれない。しかも曰く付きなら尚更さ。だけど彼は気にしない。知らないから、ではなく本質はそういう環境で育っていないから、だと思うが」

「差別のない環境、ですか?」

 リリアンの割って入った質問に対し、

「いいや。違う。彼が育った環境はおそらく、村人かそうでないか、だ。そして彼は村人が嫌いなのだろう? 故郷の話を極端に避けるからね。実に皮肉な話だが、垣根を作らぬ彼の特性は極端な差別によって生み出されたのさ。だから、面白い」

 シャハルは丁寧に返す。クルスと言う人物、自らの見立てを講釈する。

「ふーん、皆、そんなこと気にしてんだな。俺なんて全部入りだけど気にしてないぜ。ソル族、ルナ族、ノマ族に、ウト族まで入ってんだ。親父は髪赤いし、爺ちゃんは髪黒い、けど俺様金髪ってな具合に面白一族だ」

「雑種強勢の究極体だね」

「だろ? 俺は気に入ってるぜ。この唯一無二な感じが」

 ノア、究極のどや顔を見せる。

「あ、ウト族って言えばさ。あいつもその血入ってんのよね、黒髪だし」

「おん? ああ、そうなるのか。まあ今更だろ、ウト族とか」

 それは歴史の、ずっと昔のお話。

「被差別民、ウト族。彼の話を聞くと故郷の半分以上が黒髪らしいね。現代ではかなり血が濃い方、と言えるだろう。とっくにノマ族に組み込まれた存在だが……」

 歴史にも知見があるシャハルは様々な意味でクルスに興味を持っていた。差別を被っていた歴史的背景から排他的となり、それが彼らの群れにおける常識として刷り込まれた。其処に適応できなかったエラーが今、騎士を目指している。

 ある意味彼はシャハルらと同じなのだ。

 だからこそ、面白く、とても貴重なのだと彼は考える。

「何百年前の話だよ」

「純血のルナ族、ソル族からすれば二世代程度の短さだがね」

「……寿命の差はデカいよなぁ」

「あんた、どんぐらい生きるんだろうね?」

「知らね。じいちゃんは八十で死んだけど、ひいじいちゃんはまだピンピンしてるしな。アマダと同じか、イールファスと同じか。何が出るのやら」

「……明日死んでもおかしくないわね」

「だから悔いのないように、何事も素早くやっちゃうわけよ、俺様」

「はいはい」

 結局着地はしみじみとした会話になった。生まれによってこの世界は大きな差がある。今の会話にもあった通り生きる時間、魔力も含めた身体能力、体格などの基礎スペックも違えば、積み重ねた伝統と言う名の血統もまた違う。

 このミズガルズにおいて、平等はありえないのだ。

 歪に入り組み、それが当たり前として世界に刷り込まれているが――


     ○


「色々、はぁ、見て回るのに、はぁ、何も買わないんだね」

 ユーグの地獄巡り並にバテたクルスが何気なく放った一言、

「……それは」

 それがフレイヤの表情を少しばかり曇らせる。ほんの少し、夢から覚めたような、そんな貌。今日はあまり見たことない彼女ばかりを見る日である。

「このお金は、わたくしのものではありませんから」

「……?」

「少しはしゃぎ過ぎましたわね。そこで休みましょうか」

「う、うん」

 急にいつもの彼女へ戻った、ような気がする。先ほどまでは違和感しかなかったが、元に戻ってしまうのも何となく居た堪れない。

 とりあえずはまあ、休めるのであればありがたいが。

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