第73話:メガラニカの休日Ⅱ
思えばクルスはフレイヤ・ヴァナディースのことをよく知らない。休日は基本的に出掛けず学園内にいるし、それこそ最初に遭遇した時、夏休み期間中以外で彼女が学園の敷地から出た、という話も聞いたことがなかった。
これだけメガラニカではしゃぐなら街並みは似ていないけれど王都アースでも充分楽しめる、とクルスは思う。
それでも彼女は普段出掛けず、ここぞとばかりに今を楽しんでいた。
それが何故なのかはわからないけれど――
「そろそろ戻りましょうか。お互い、普段の修練もあることですし」
何か、切り替えたような表情。いつものフレイヤが其処にいた。
ちょっと安心するけれど、
「それは勝手だよ」
「……?」
このまま終わるのは少し違うかな、とクルスは思ったのだ。
「俺は今日、フレンたちと遊ぶ予定だったんだよ」
「それなら今から合流して――」
「場所知らない。まあ、つまり予定が無くなって俺はとても暇をしているんだ。君のせいでね。その俺を追い返すのはさ、ちょっと違うんじゃないの?」
「……」
「なんてね。こんな機会滅多にないからさ、俺の練習に付き合って欲しいんだ」
「何の練習ですの?」
「女性のエスコート。ご存じの通り俺、田舎者だから」
フレイヤの表情が、
「まあ、それなら仕方ありませんわね」
また切り替わり、パーッと華やいだ。改めて変化を見るとふと思う。彼女の本当の顔は、もしかするとこちらの、年齢相応の少女なのではないか、と。
普段が無理をしているのではないか、と。
だからクルスは、
「ではまずどこに向かいましょうか、お嬢様」
「あら、それは殿方が考えるべきことではなくて?」
「そりゃそうだ」
今日と言う日を、『今』のフレイヤのために使おうと決めたのだ。普段沢山彼女から手を差し伸べてもらっているから。今日ぐらいは、と。
○
「おお、ピコ君」
「どうも」
同僚の主催するレッスン会場に来たピコであったが、周囲を見渡すもお目当ての人物はいない。てっきり『彼』が来ていると思ったのだが。
と言うか、来るように誘導したのだが――
「忙しい君が急にどうした?」
「いえ。久しぶりにスカウト活動でもしようかな、と」
「はは、ここに来る子はやる気のあるメガラニカの学生くらいだろうに」
「まあ、そうなんですがね」
残念ながら当てが外れた模様。『偶然』、ここで遭遇して、手持無沙汰な自分が個人的に教える、という流れを考えていたのだ。
学校内での贔屓は極力避けたいが、学校外であればとやかく言われる筋合いはない。折角そのために丸一日空けたのだが。
(友人と遊びに出かけたかな? まあ、今のあの子が其処まで飢える理由はないか。もう少ししたら嫌でもそうなると思うが――)
順調な成長、を感じるように造られた余白。人のモチベーションを低下させるのは成長の鈍化であり、極力それを感じさせないよう、わかりやすい伸びしろを残していた。匠の技である。が、この場合は少し枷となったか。
(まあ、先輩の考えもわかる。どちらかしか選べないのなら私は個を伸ばしてあげたいが、組織から見れば下手に突出した個よりも集団を引き上げる人材の方が価値は高い。特に今のマニュアル化されたダンジョン攻略においては)
彼が生来持つ光の部分。彼がおそらく後天的に得た闇の部分。個を引き上げるなら間違いなく後者一択だが、団入りを考えた際は難しくなる。
例えば今、良くも悪くも有名になったレフ・クロイツェルであるが、彼を欲しがる国営、施設の騎士団はおそらく存在しない。あまりにも強過ぎる力と、個を、と言うよりも己を重んずるやり方は今の時代にそぐわないから。
秩序の騎士だからこそ怪物は輝く。
それはメラやアセナらも同じであろう。性質云々を横に置いたとしても、オーバースペックは扱い辛い。まあ、それは一部の怪物たちの話だが。
「そんなに気になる? クルス・リンザールが」
「テラ。来ていたのか」
着替えていたのか奥から現れたテラにピコは目を見張る。尚更、『彼』がいてくれたら面白かったのに、と内心肩を落としたのは内緒。
「そりゃあ来ますとも。現役の騎士とコネクションを作れる機会ですし」
「……そういうのはもう少し小さな声で言おうな」
「別に。どうせアウストラリスなんだからそれなりでも受かりますし」
「……可愛げがないなぁ」
親戚付き合いで昔からよく知る子であるが、年々と可愛げが失せていくのはなかなか寂しいものがある。とは言え理由も理由なのでピコには何も言えないが。
血だな、としか。
「じゃ、久しぶりに稽古つけてやるか」
「リンザールじゃなくても良いの?」
「はは、ここにいないものは仕方がない。テラで我慢しよう」
「……」
「自分で煽っておいて拗ねるなよ。さて……やるか」
軽く中央で構えた瞬間、テラの全身が総毛立つ。理想的なソード・スクエア。美しく、全ての中心となるかのような構えからは微塵も隙が見えない。
上下左右、全てへの対応が許された中心。
基礎である型と型を極めた者のそれは完全に別物である。
「はは、学生に向ける圧かね。相変わらず、出来る子には容赦ないなぁ」
教団関係者待望の、純メガラニカ産最高傑作。学生時点では年度の差はあれど、教団上層部出身ではないユーグよりも彼の方が期待されていた。
誰もが疑わなかったメガラニカに栄光をもたらす者。
誰もが目を疑った、落日。
されど、未だその剣に陰りなし。
○
魔導革命から百年、人々の娯楽は急速に変化していた。無論、クルスが住んでいた田舎では未だ虫取りがナウでヤングな遊びであるし、そもそも子どもの頃から働き手として運用されるのも普通のことであるから、都会に限った話であるが。
現在、メガラニカのような都会では娯楽の最新鋭が襲来しており、ここに住まうハイソなシティボーイ&ガールを熱狂させていた。
それは――
「時は五百年前、ユニオンの創設者である黎明の騎士は漆黒の騎士と共に数多のダンジョンを攻略していた。狙うは魔王、サブラグの首――」
映画、である。
「ふ、フレイヤ、人が、あんなに大きく」
「しっ。あれは映像ですわ」
「えい、ぞう?」
「んもう!」
いなかっぺのクルスはもちろんだが、実はフレイヤも映画を生で見るのは初めてであった。王都アースにはまだ映画館がなく、あったとしても新し過ぎる娯楽を果たしてヴァナディース家の者が見ていいものかどうかわからない。
ちなみにこの映画、音は存在しない。映像の前で語り部が朗々と、物語を読み上げていくのだ。映像を観て、語り部の声を聴き、人々は熱狂する。
ユニオン創設の物語。古くから伝わる真偽不明の伝説、のようなもの。何故真偽不明なのかと言うと、黎明の騎士と漆黒の騎士、この二人は最終的に行方不明となり生死不明、その上しっかりとした文献には何一つ彼らのことは残されていない。
一応、彼らの意思を継いだ者たちがユニオン騎士団を創ったとされているが、今となっては騎士団の正当性を持たせるための物語であったのではないか、と言う説が主流である。実際に彼らの名は誰も知らないのだ。
ユニオン騎士団にすら伝わっていない、とされている。
「ありがとうございます、騎士様。お名前を、どうかお名前を教えてください」
「名乗るほどの者ではない」
「征くぞ、友よ」
「ああ」
もう拍手喝采である。あまりの格好良さにクルスはむせび泣いていた。これぞ騎士の中の騎士、人々の危機に現れその剣で救い、何も言わずに去っていく。
こんな格好いい話があっていいのか。
「……フレイヤ、俺」
「言わずとも、心は一つですわ」
「……ああ」
二人して感動し、鼻水垂らしながら手が千切れんばかりに拍手をした。映画館の前で涙や鼻水をふく用の布を売る少年がいたので、そこで購入し事なきを得た。
商売上手な小僧である。きっと将来大物になる。
「映画ってすごいね」
「ええ。わたくし、感動しましたわ」
「俺もだ」
名乗るほどの者ではない。いつか使ってみたいなぁ、と馬鹿なことを思い浮かべるクルスと、フレイヤであった。
この二人、根が単純すぎる。
「あ、あんなに泣く? めっちゃ単純なストーリーだったじゃん。ねえ、フレ――」
「ふぐ、ぐう、俺は今、猛烈に感動している!」
「駄目だこりゃ」
ちなみにフレンとジュリアも同じ上映を見ていたのだが、どうやらジュリアはあまり刺さらなかった模様。フレンはクルスら同様号泣している。
この男もまた根が単純であった。
そんな感じで映画を満喫した二人は次に、
「実は気になっていたんだよね、ここ」
「わ、わたくしもですわ。デリングから話を聞いて以来、ずっと密かに――」
「魔導量販店アマダ」
「――行きたいと」
「の、傘下らしい魔導兵装専門店。フレイヤも興味あるでしょ?」
「……ええ、まあ」
(あれ、なんか露骨に下がったぞ、今。いやでも、まさか魔導量販店に行きたいわけないよな。だってアースにあるし、ラビの話だと何処でも基本同じらしいし)
クルスの常識に、ヴァナディース家の令嬢たるものあのような下賤な場所へ赴くわけにはいかない、というものはない。
そも、この男からすればフレイヤもデリングも等しく凄い家、と言うカテゴリーでしかなく、彼が入店出来てフレイヤが入店出来ない理屈は彼にはないのだ。
「最近のは性能が凄いらしいからね。ラビが言ってたよ」
「そーですわねー」
「……どうしたの?」
「べつにぃ」
察しの悪い男と無駄にプライドが高い女、残念ながら意思疎通出来ず。
まあ、
「この爆発威力は事実ですの? いくら何でもこれは、強過ぎません?」
入ったら入ったで自分たちにもかかわることゆえに盛り上がるのだが――
「広範囲に破片をまき散らすフラグメンテーションと殺傷効果に特化したコンカッション、それに炎で敵を迎撃するテルミット、かぁ。メガラニカの騎士団はダンジョン攻略時に基本携帯しているらしいよ。もう実戦で使われているんだ」
「騎士の持ち物としてどうかしら?」
「使えるんなら良いんじゃない?」
「あら、そんな立派な騎士剣を提げていると言うのに。泣いていますわよ」
「あくまでサブウェポンだよ」
「どうかしら」
魔導兵装。広義で言えば騎士剣やフレイヤが持つ盾も其処に該当する。実際にクルスもアークで見たアマダの騎士剣の区画がそのままこちらへ移設されているのも趣深い。ラビは何処も同じと言っていたが、間取りまで同じとは恐れ入る。
そして、今彼らが見ていたのは魔導兵装の中でも少々ニッチな、導榴弾などの導体が組み込まれた副兵装であった。起動方法はピンなどの安全装置を抜いた上で魔力を流し、それぞれの用途に応じた魔力反応を起こすと言う代物。
ひと昔前はとても実戦で運用できるような代物ではなく、何処の騎士団も採用などしていなかったが、最近は技術の発達により実戦でも運用が出来るほどの威力を備え始めた。そのため、別の観点から連盟が問題視しているとか何とか。
「しかしこの値段、誰が買うんだろうね」
「騎士団でしょう? 店頭販売は外へアピールするためでしかありませんわ。それにこれ以降の型番は騎士の免状を持つ方のみ、販売となっていますし」
「まあ一般人が持つのは危険か」
「騎士でも危険ですわよ。全ての騎士団が紳士的とは限りませんわ」
「……ひぇ」
そんな中、クルスの目に一つの商品が止まった。
「これ」
「……少々悪辣ですわね」
魔導生体学の研究者レイル・イスティナーイー作、魔導弾。エネルギー源は兵士級以上の魔族、それらの脳髄から摘出した魔力の源を組み込んだ生物兵器である。導体よりも強力な威力を持つが量産に難がある、と書かれている。
禍々しい見た目。魔導と魔族を組み合わせた兵器。
あまりいい気分ではない。如何に敵だとしても、死んでまで何かに利用されるのは少し違うのでは、と思ってしまう。
それは甘い考えであろうか。
「出ようか」
「ええ。そろそろお腹が減ってきましたわね」
「えー、またぁ?」
「またとは失礼な。道中に甘味の屋台がございましたでしょう?」
「……まさか甘味は別腹とか言わないよね」
「あら、わたくし甘味でお腹が膨れたことありませんわよ」
「それはおかしい」
「……?」
いざ甘味の屋台へ。まだまだ休日は続く。
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