第62話:各々の進路へ

 祝勝会を終えた次の日には各々自らの道へ赴く。騎士学生の本道であるフロンティアライン、騎士団研修。学びを途切れさせぬためのサマースクール、家庭教師。あえて夏は遊びに全振りする者もいる。夏の使い方は自由である。

「リカルド、かつて私が所属していた団から研修参加のオファーが来ています。今回の大会を見て、とのことですが如何いたしますか?」

「も、もちろん行きます! 行かせてください!」

「わかりました。先方に伝えておきます」

 かねてより希望していた徒手格闘騎士団最高峰、クゥラークへの研修。リカルドは夏のこのタイミングギリギリまで予定を入れずに待っていた。

 かつてバルバラも所属していた団であるが、だからと言ってコネクションで容易く研修参加が出来るほど甘い騎士団ではない。何より枠が少ないのだ。他の国営騎士団と比べ、クゥラークのような規模小さめの私設騎士団は。

 まだ研修参加、入団までは遠い。枠の小さい団はそれだけ倍率も跳ね上がる。しかし大きな一歩ではあるのだ。この手の団はよほど秀でた人物以外、こういった研修を介した入団がほとんどであるから。

 ちなみにバルバラは拳闘場でそこの団長と殴り合い、その後入団オファーをされた特例である。よほど秀でた人物の該当者であった。

「やったな!」

「あの不器用な猪がクゥラークかぁ、感慨深いぜ」

「どこ目線だよ! お前も頑張れよ!」

「俺はサマーはバケーションするタイプだから」

 共に研鑽を積んできた五学年の先輩たちは我が事のように喜ぶ。クルスはよく知らないがよほどのことであることは見て取れた。

 何せ――

「……ら、来年は私も」

 ミラがいいなぁって顔をしていたから。どうやらそこが彼女も其処志望であるらしい。あまり見ない表情をしている。

「クルスはメガラニカだっけ?」

 あまり自発的に発言しないフィンからの珍しい問い。

「う、うん。って、あっ、まだ決まってない!」

 そうだよ、と答えようとしたがよく考えたら何も決まっていなかったことを今更思い出す。完全にメガラニカへ行くつもりであった。勝手に。

「ああ。すいません。雑音になると思っていたので伝えていませんでしたが、すでにメガラニカの方から直接、採用したいと連絡を受けました」

「え!? 本当ですか!」

「ええ。わざわざ彼ほどの人物が出張ってくるのは驚きましたが……まあついでの用事でもあったのでしょうね。事務部に顔を出して、とのことでした」

「承知しました!」

 クルス、メガラニカ行き確定。先輩や周りがさして驚いていないところを見ると、存外順当であるとは思われていたのだろう。まあ、彼らはクルスのクソみたいな履歴書を見ていないので、御三家の学生なら受かるっしょ、と思うのも当然。

「……たぶん、また伸びるね」

「あはは、どうだろう?」

「俺も少し、本気でやるよ」

「……フィン?」

「……さすがに腹が立った。自分に」

 クルス、ミラ、先輩方も驚くフィンの変貌。今までの彼が努力をしていないとは言わないが、他の者に比べて天性のセンス頼りであったことは否めない。其処はバルバラも口を酸っぱく注意していたが、今の今まで耳に届いていなかった。

 だが、今回の大会で彼はクルスの戦いを見て、同じ人物と戦った自分の戦いを鑑みて、あまりにも無様で、何も出来なかった自分に腹を立てていた。

 今の自分が普段のクルスに劣るとは思えない。ただ、あの時、あの場で、ソロンの視界に入っていたのは彼だけであった。ソロンに爪痕を刻んだのも彼だけであった。勝ちに行ったのも、彼だけだった。

「……ま、気持ちはわかるかな。私もさ、あそこでいつもの仕掛けをした自分に腹が立ってんの。マリとの戦いで少し満足して、戦いが雑になった。その結果、決勝史上最速の敗戦。そりゃあ声もかかんないわよね。ほんと、嫌になる」

 ミラもまたフィン同様、自分に腹が立っていた。マリに勝ったのは嬉しかった。何せ、これまで彼女には一度として勝ったことがなかったのだ。彼女が本当に得手とする槍対剣ならともかく、彼女にとって片手間の拳闘でも勝てなかった。

 ただ、その勝利と、消耗で戦いが雑になったのはいつもの悪癖である。リング中央のソロンの圧を感じた瞬間、無意識にいつもの動きを取ってしまったのだ。

 あとはもう、見たままの惨敗。

「出直しするわ。お互い頑張りましょ」

「う、うん」

 相当腹が立っているのだろう。いつもは負けたら癇癪を起こすモンスターであるのに、今は殊勝に敗北を噛みしめている。

 逆に怖い。

「各々思うところのある大会であったかと思います。活躍できた者、そうでなかった者、それぞれの課題を噛みしめ前進してください。この夏を経て、皆さんが飛躍することを願います。あと、四学年は面貸せ」

「!?」

 今大会良いところなしだった四学年。このまましれっと夏休みだ、と思っていたところにバルバラのガチ説教が待っていた。出荷されゆく家畜の如く潤んだ目で助けを求めるも、怒れるバルバラに逆らおう者などこの場にはいない。

 どなどな、と半分引きずられながら去っていく四学年を眺め、ああはなるまいと心に誓うクルス少年であった。と言うか切れたバルバラが怖すぎる。

「まあ、怒られている内が花って奴だな」

「そうそう。四学年までだぜ、怒ってもらえるのは」

「さーて、俺はバケーションしてきますかね」

「んだんだ」

 リカルドを除く五学年の面々も軽い感じで解散していく。あれで良いのかな、と言う視線をクルスは送り、それを見たリカルドが、

「あいつらはこれから徒手格闘の団体が主催する大会巡りに出るんだよ」

「え?」

「気負いを後輩に見せたくないだけ。自覚があるから先生もぐちぐち言わない。やるべきことをやるよ。何だかんだで最終学年まで残ったやつらだからな」

「……」

「団入りだけが進路じゃない。徒手格闘専門の騎士団なんてほぼないからな。趣味と実益を兼ねようと思えば本道からは逸れるさ。それでも所属する団体次第だが騎士より稼ぐぜ。一流の競技者にさえ成れたらな」

「俺、何も知らないで。今度、謝ります」

「馬鹿。謝罪なんかいらねえよ。おめでとうで良い」

「……はい」

 ちゃらんぽらんな先輩たちだと思っていたが、その視線は初めから歩むべき場所を見据えていた。今思えばクルスに総合や関節技を教えている時の、彼らの熱量は本物だった。そのおかげで実はクルスも色々と使える。器用貧乏だが。

「次はお前らだ。先生も、俺らも期待してる。頑張れよ」

「「「はい!」」」

「へへ、これが言いたかったんだ。ずっと」

 まだ何かに成ったわけではない。これからふるいをかけられに行くのだ。お眼鏡にかなわねば採用に至らないこともあるだろう。

 それでも優勝したから、ほんの少しでも何かを成せたから、言える言葉がある。

「そう言えばロメロ先輩もいましたね。祝勝会に少し顔を出して」

「あいつも律儀な奴だからな。アスガルドの研修を引き延ばしてでも、応援に来てくれたんだ。これで落ちたらアホだけど、まああいつなら大丈夫だろ」

「アスガルドにとんぼ返りですか?」

「そ。馬鹿だろ、あいつ」

「いい友達ですね」

「まあ、幼馴染の腐れ縁だよ。もう一人の薄情者は我が道を征くがな」

「エイル先輩ですか?」

「ああ。ロメロから聞いたんだが、相変わらずあの女は鋼か何かで出来てんのか、何処の研修にも参加せず虎穴に飛び込んだそうだ」

「虎穴、ですか?」

「おう。頭いいのに根っこが馬鹿なんだよ、あいつは。昔から」

 嬉しそうなリカルドを見て、クルスはよくわからないが嬉しくなった。負けても彼らの道は続く。諦めている者など一人もいない。

 そんな姿がとても格好良く見えたから。


     ○


 エイル・ストゥルルソンは某国の国境付近、辺境も辺境の土地に足を踏み入れていた。山と川があり、森や林も事欠かない『素晴らしい』土地である。

「なるほどね。ログレスと同じく厳しい環境で育成しているわけか。私の考えとは違うが、はぁ、はぁ、理屈はわからないでもない」

 魔導列車の駅など近くにはなく、何なら魔導車用の道路など駅の周りからして存在しなかった。過疎駅であり、あまりにも往来がないため貸し馬すらなく、エイルは徒歩で目的地へと向かう羽目になっていた。

 騎士科首席の者が息を切らせるほど、遠い僻地に其処はある。

「……よ、ようやくついた」

 肩で息をし、額に汗を滲ませるエイルの眼前には、

「……廃墟?」

 廃墟となった教会を何とか素人の手で修理しました、と言わんばかりの建物があった。たぶん、魔導革命以前には人が住んでいた土地だが、それ以降過疎化が進み、人がいなくなってしまったのだろう。

 建物の年季が尋常ではない。

「……」

 敷地を区切る柵も、おそらくお手製。と言うかそこら辺に切り株が放置されているところを見ると、この辺りの地面は全て自分たちで開拓したのだろう。

 本当に騎士学校か、と疑いたくなる。

「失礼、ここは騎士学校であっているかな?」

 エイルは少し離れたところで体を動かす少女に声をかける。体操、とするには独特な動きであり、本当に騎士学校の学生なのかは疑問符が付く。

 その辺の村人でも驚きはしない。

 が、

「ああン!? 何処からどう見ても騎士学校だろうが舐めてんのかオラァ!」

 ただ質問しただけでありえない剣幕でガンを飛ばされた。呆気に取られていたエイルであったが、よく見ると見覚えが――

「……ゲェ! エイル・ストゥルルソン!」

「あ」

 エイルが自己紹介をする前に、少女のデカい声が敷地全体に響き渡る。

 その瞬間、

「む!」

 廃墟の教会、もとい学校から巨大な影がにょっきりと現れる。その人影、とは思えない大きさの何かがエイルを遠くで視認し、

「むふ!」

 どたどたと凄まじい足音、圧でエイルに向かって来る。身構えるエイルであったが、随分と遠いのに相変わらずの馬鹿みたいな人間離れした速力で、

「エイル・ストゥルルソン!」

「もが!?」

 エイルに突進、抱き着いてきた。ぐりぐりと匂いを擦り付けるかのような所作は犬を彷彿とさせるが、愛玩動物と見るにはあまりにも巨大である。

 超大型犬、みたいなものか。正直抱き着かれている方は生きた心地がしない。

 圧が尋常ではないから。無邪気なのは見ての通りだが。

「久しぶり! 元気だった!? そこの山で遊ぼう!」

「……あ、遊びに来たわけじゃないよ」

「でも遊ぼ」

「す、隙間時間ならね」

「……?」

「私は君を学びに来たんだ、アセナ・ドローミ。君は夏、学校で過ごすと聞いた。だから、私はここに来たんだ。アポイントはないけれど」

「よくわかんないけどわかった。先生に頼んでくる!」

「あ、ありがとう」

「そうしたら遊ぼ!」

「……あ、ああ」

 エイルはユニオン騎士団へ挑戦するため、自分のトラウマと向き合うため、就職のための夏を捨てる覚悟でこの土地へやって来た。皆が羨む名門アスガルド王立騎士団の研修を蹴り、徒労に終わるかもしれないここを選んだ。

 グリトニル騎士学校。

 直近の対抗戦を制覇した、新進気鋭の騎士学校、であるはず。

 なのだが、

「やべえよ、カチコミだ!」

「熊用の罠かしら? それとも鹿?」

「んなもん目の前で仕掛けてもかかるわけねえだろうが馬鹿!」

「……馬鹿? 誰に口利いてんだシャバガキ」

「テメエだボケ」

 そのはず、なのだが――

「う、うわ、御三家の学生だ! ありがたや、ありがたや」

「これ先生」

「あ、あはぁ。一応先生です、はい」

 廃墟と手作り感満載の広場。自信なさそうな先生。背後で喧嘩をおっぱじめる沸点が低過ぎる学生たち。これが騎士学校なのか、とエイルは混乱していた。

 あまりにも、何もかも、アスガルドとは違い過ぎる。

「先生、いいでしょ!」

「でも部外者はなぁ」

「私の友達だぞ!」

「ならいいかぁ」

「やったー!」

「……良いんだ」

 御三家首席、エイル・ストゥルルソン。騎士学校の深淵を見る。

 果たしてこの旅が身になるのか、今は誰にもわからない。すでにエイルはちょっぴり後悔していた。そして思ったよりアセナの距離感が近い。

「は、は、は!」

「……お手」

「わん!」

「……よしよし」

「むふぅ」

 近過ぎる。

 実家の庭で飼っている犬を思い出し、エイルは静かに後悔を噛みしめた。すでに対抗戦とのギャップで色々と込み上げて来ていたのだ。

 夢であれ、と思ってもどっこいこれが現実。

 頭痛が痛いエイルはただ天を仰いだ。


     ○


「……」

 魔導列車の前でバッタリと遭遇する面々。拳闘大会を経て、急ぎこの夏の目的地であるフロンティアラインに向かうのだから、こうなるのは必然であった。

「ふーん、あんたもフロンティアなんだ。私に負けたのに」

「……まさか拳闘で勝ったからって、私を越えたと勘違いしているわけではありませんよね? 槍を握れば手も足も出ませんよ、貴女じゃ」

「負け惜しみ?」

「いいえ、ただの事実でしょうに」

 平静を装いきれていないマリを煽り倒すミラ。ちなみに彼女自身、槍のマリに勝てないのは重々承知している。自らの領域で勝っていればそれで良いのだ。其処にまで踏み込んでくるから姉が嫌いなのであって。

「今年は随分厳しかったな」

「もうちょい俺らに花を持たせてくれてもいいだろ。おかげで顧問から説教だよ」

「それ。めちゃくちゃ怒られた」

「初戦だけだもなぁ、手緩かったのはさ」

 御三家、準御三家の面々。やはり中心にはこの男、

「……悪かったね。格好良く負けさせてあげられなくて」

 ソロン・グローリー。

「ソロン、その言い方は」

「君もだろ、アスラク。俺にいつもどおりが通用しないのがわかっているのに工夫もなくそうした。他の皆も同じ。勝つ気なら、当然隠し玉の一つは二つあるべきだ。ここにいる面々は大体、去年もいた。成長はしても、工夫はなかったね」

「……それは」

「本気で勝つ気があるかどうかなんて、対峙している俺が一番わかっている。初戦だけだったよ。俺に勝つ気があったのは」

 普段、誰にでも笑顔を振りまく男の、仮面の下には公平ゆえに冷たさが隠れていた。この場にいる皆が絶句する。王者が抱えていた怒りに触れて――

「今の実力は問題じゃない。すぐにわかるさ。そこの優劣が明暗を分ける、と。勝つ気がないならせめて口を閉ざせ。不愉快だ」

 ソロンだけが知っている。自分から接近したこともあったが、あの後自分に助言を求めてきたのも彼一人であった。食事のこと、トレーニングのこと、その眼はきちんと自分を見据えている。見ればわかる。

 今後も教えて欲しいと乞うたのも彼一人。

 上達の神髄とは才能でも、環境でもない。それらも大事な要因ではあるが、最も重要なのは目標設定である。如何なる才能を持っていてもそれが低ければ相応にしかならず、何も持たずとも其処へ向かい歩み続けたなら、何処に在ろうと向上し続ける。本気で目指すのなら、恥も外聞も必要ない。

 ここに一つ、目指すべき世代の頂があるのだから。乞うべきなのだ。

 それが本気であれば、ソロンは喜んで応える。

 何故そんなことも出来ない、とソロンは思う。彼はやった。自分も先生方に対し同じことをやって来た。だから今の自分がある。

「ぐうの音も出ませんね」

「……今は、ね」

「……あの恥さらしな決勝の後でよく言えますね」

「うっさい!」

 いつもと違うソロンに戸惑う者たち。しかし王者の本質は何も変わらない。ただ、今はクルスに穿たれた仮面のひびから、零れ出ているだけ。

 王者は孤高。ひとりぼっちは寂しい。だから、求める。自らと共に並び立つ者を。いや、その先へ向かわんとする者を。

 そうでなければ頂点相応など、ありえないから。

 クルスが素晴らしいのは、今のソロンの先を見ているから。『先生』を知り、レフ・クロイツェルを知り、そしてウーゼルをも知った。

 其処が素晴らしく、だからこそソロンは有頂天となる。クルスの視線を自分に向けること、それはとてもやりがいがあることだから。

 共に目指そう。騎士の頂を。

 外野の意見などどうでもいい。すぐにわかる。

 その高き眼を持つ者だけが辿り着ける山巓が、あるのだと。

 まあ、一人、

(……君のじゃない。俺のだ)

 自分と同種の、噛み合わぬ『雑味』がいるのだが――


     ○


 クルスはメガラニカに向かう魔導列車を待っていた。ユニオンからは近く、列車に乗る時間は少ない。新しい場所に緊張するが、同時にワクワクもする。

 きっとジュリアにも久しぶりに会えるだろう。一年、きっと彼女も成長しているはず。再会が楽しみであった。

 そんなことを考えていると列車が来た。

 ユニオンは大都市であるため降りる客も多い。皆が降り切ったら乗り込む。田舎っぺのクルスも列車のマナーはすでに履修済みであった。

 その降客の中に、

(あ、凄い人たちだ)

 秩序の騎士と思しき者たちが混じっていた。見るからに強そうな騎士たちの中心に、さらに際立って見える男がいた。

 図抜けている。視線が嫌でも吸い寄せられる。

 そして、眼が逢った。

「……」

「……あ、ぎ」

 その瞬間、膨大な怒り、絶望、憎悪、負の感情が脳を焼き、強烈な頭痛と吐き気を呼び起こす。クルスは地面に倒れ、謎の感覚に苦しんでいた。

「大丈夫かい?」

「あ、すいません。その、いきなり、体調が」

「……人の身体は不思議だからね。そういうこともある。君、目的地は?」

「め、メガラニカです」

「なら、便は沢山ある。少し休み、他の便にしなさい」

「は、はい」

「駅の者には私から話を通しておこう。なに、別に怪しい者ではない。私の名はレオポルド・ゴエティア。ユニオン騎士団第十二騎士隊の隊長だ」

「じ、自分は、アスガルドの、クルス・リンザール、です」

「御三家の。ふふ、有望だね。さあ、お休み」

 男が手をかざすと、ふっ、とクルスの意識が途絶える。

「医務室へ」

「イエス・マスター」

「……どうされましたか?」

「……イドゥンとの繋がりがあった」

「であれば、この少年」

「いや。アスガルドならばアースの一件がある。その時縁が結ばれたのだろう。愚かなことだ。この子の髪にかつての幻想を見たか。哀しいかな、あれはもう夢を見るだけの存在でしかない。千年の恩讐を忘れた不忠者」

 レオポルドはクルスを抱き、立ち上がり、

「だが、おかげで捕捉できた」

 レオポルドの眼、ぎょろりと蠢く。それは何処かを、遠くを見ていた。クルスとの繋がりの先に潜む、逃げ続ける愚かなイドゥン。

 かつての力を失い、成すべきことすら忘れた哀れな騎士、であった者。

「見つけた」

 男は歪んだ笑みを浮かべた。

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