第54話:輝ける男
「……いい加減元気出せよ、デリングよぉ」
「俺は、元気だ」
歯を食いしばり、涙をぬぐいながら強がるデリングに対しディンはため息をつく。傍から見ると美少年が愁いを帯びた表情に見えるらしく、客席の出入り口を不自然なほど往復する女性陣の視線にさらされる身にもなって欲しい、とディンは思うのだ。王都アースでフレイヤは一度実家へ戻り、日程調整してからメガラニカ入りすると聞かされたデリングは其処からずっとこんな調子である。
船で大陸へ渡り、ユニオン組とログレス組に分かれて列車に乗り、その車中であるにもかかわらずこの調子なのだ。
まあ、ようやく少し落ち着いてきたが。
「そしてこれはいつ入り込んできたんだ?」
「……気づいたらいた」
「……」
二人の目の前、二人掛けの席で横になるイールファスを見て、二人は首をかしげる。そう言えばいなかったな、と思ってはいたのだ。ただ、船の中でも見当たらず早く出たのか、遅く出るのか、どちらにしろ再会は現地と思っていたのだが、ぬるっと現れてここに居ついていた。猫のような男である。
「……はぁ」
「ったく女々しい奴だな。これから戦場だぞ。そりゃあ三学年が前線張ることはないだろうけど、万が一の危険は常にあるんだ。もうちっと危機感をだなぁ」
「……貴様に女々しいと言われたくはないな」
「お、なんだなんだ? やるかぁ?」
「……拳闘大会」
デリングがその言葉を発した瞬間、ディンのおふざけ顔が固まる。
「その話題がリンザールとメルから出る度、貴様は一歩身を引き会話を遠ざけていたな。まるで何かから身を守ろうとしているかのように」
「関係ないだろ。今はフロンティアラインのことを――」
「ソロン・グローリー」
「……」
「まだ心は逃げているようだな」
「っ!?」
ディンは無意識に腰へ手を伸ばす。デリングもまたそれに応じ剣に手を触れた。互いにいつでも抜ける状態。一触即発。
「俺はいつものことだ。切り替えられる。が、貴様はどうだ?」
「……」
普段、決して暗い一面を見せぬ明るい男。得てしてそう言う者にこそ傷が、裏があるものである。この男にとってはそれが輝ける男である、と言うだけ。
彼らの世代が誇る――
「んん、ソロンの話、してた?」
二人の様子には触れずイールファスが起き上がり質問する。
「俺、あいつ嫌いなんだよね」
だから自分の前であいつの話をするな、と暗に言い含める天才。二人は目を見合わせ、互いに息を吐きながら敵意を解いた。
「初耳だな。お前たち『三人』は仲が良いと思っていたぞ」
「ノアは嫌いじゃない。でも、ソロンは嫌い」
「理由を聞いても?」
「別に。ただ、俺とあいつは似ているから。それだけ。あいつも俺のことは嫌いだよ。昔からそうだったから」
「「……」」
初めて聞く情報に二人は戸惑っていた。イールファスの好き嫌いが激しいのは何となくわかる。この男は常に極端であるから。
だが、彼は違うのだ。むしろこの男の対極と言ってもいい。二人の記憶にある人物像も似ている要素を探す方が難しいような気がする。
それでもある意味最も近しい存在である男がそう言っているのだ。
「とりあえず、まあ、突っかかって悪かったな」
「いや、俺の方こそ」
水を差され冷静になった二人は仲直り。水を差した男はすやすやと入眠していた。相変わらずの自由気ままさである。
○
共和都市ユニオン。元々長らくミズガルズの中心地として最も栄えていた都市であり、今もその流れを汲み富や名声が集う場所でもある。
ただ、騎士団が都市を奪取した際、他国との調停により都市の面積が厳密に定められており、拡張の余地はなくなった、と思われていた。
が、
「すっげえ」
「田舎者。ま、ここはミズガルズでも異質だから仕方ないか」
横の制限は厳しくとも縦の制限はない、とばかりにこの都市は上へ上へと伸びていった。魔導革命により建築技術が向上し、さらに都市の高さは増すばかり。
騎士団も政を司るが経済活動に関しては各企業の良心に一任しており、小さな政府を貫き続けた結果、良心の果てにこの高層建築物の群れが完成した。
クルスが今まで見てきた中で凄い、と感じたのは祖国の王都、アスガルドの王都であったが、それらは所謂当時の風情を残した街並みであった。当然、歴史的価値など様々な要因で見劣りするものではないが、単純な高さを競うのであればユニオンのそれは何倍、建物によっては十倍以上の差が生まれるほど圧倒的であった。
その中でもひときわ高い塔が――
「あれがユニオン騎士団の本拠地ね」
「あれが、秩序の象徴かぁ」
タワー・オブ・オーダー、秩序の塔と呼ばれるそれは世界を見渡すための象徴として三百年前に魔法技術の粋を結集し建造された建物である。その高さは長らく本来あり得ない高さの建物とされてきたほど。
まあ最近は抜こうと思えば抜ける、ぐらいの認識になってきたが。
現在はその周りに競うように高い建物が立ち並び、都市自体が階層化しつつあった。かつての低い建物を補強して足場とし、さらに高い建物を作り上げる。
全体を見ると継ぎ接ぎ感も見えてくる。
「列車も高架を走るんだね」
そんな都市であるため、移動の足である都市内の列車もまた様々な高さで交差しながら蜘蛛の巣の如く建物を結び付けている。
「最新式の魔導列車よ、これ。線路自体に魔力の流れを作って、その流れに列車を載せている、らしいわ。詳しいことはよくわからないけど」
「……いつか魔導学の講義に出そうだね」
「あー、統括教頭なら出しそう。原理の方を、だけど」
「後で調べとこうか」
「調べて教えて」
「はいはい」
小さな政府に徹する騎士団のおかげで自由を謳歌する各企業の技術競争最前線がここユニオンなのだ。とにかく最新のものが集まる。
そのトップが古き歴史を持つ騎士団なのだから不思議な話であろう。
「みんなもう着いてるかなぁ?」
「着いてるんじゃない?」
「……随分他人事だね」
「別にぃ。間に合うからいいじゃない」
「……何とか、ね」
クルスがジトっとした目で隣のミラを見つめるのには理由がある。
それは少し前、王都アースから船で港へ着き、其処からユニオン方面行の列車に乗った時に起きた事件である。リカルドを除く大体の倶楽部メンバーと一緒に列車へ乗り込んだのだが、途中の駅で突然ミラがクルスを引っ張り列車を降りたのだ。
皆、驚愕した。クルスはもっと驚愕した。
その理由が、
『んー、このスイーツ美味しい!』
『あまい』
有名な菓子の店がある駅だと思い出し、どうしても食べたいから、だったから。付き添い(クルス)と共に降りた、と彼女は平然と語る。
その店はとても有名で、しかも大体昼前には閉まる。その日は当たり前のように閉まっていて、列車に戻ろうとクルスは言ったが「もう行ったし一泊ね」とミラは言い切った。一泊する金が勿体ない、と言うか途中下車でもきつい、とクルスは抗弁したのだが「じゃあ私が出すから」の一言で封殺。
友人におごられるわけにはいかない、と謎の見栄でただでさえ金のないクルスは涙を飲み、一泊分の宿代を捻出したのだった。
唯一の救いはミラが安宿に興味を示したこと。ガチガチのマットも、ぺったんこの布団も彼女にとってはカルチャーショックだったらしく何故か上機嫌だった。クルスは普通にふわふわのベッドでふかふかの布団にくるまりたかったのだが。
そして、当然の如く朝一の並びに彼女の姿はなかった。起こしても起きず、仕方なくクルスが列に並び、彼女の分も確保していたのだ。
『苦しゅうない』
『早く行こう。ね』
『うむうむ』
こんな感じの出来事がさらにもう一度、歴史は繰り返される。財布も窮地だが大会が間に合うかどうかも少しばかり怪しくなっていた。
クルスは彼女をあの手この手で急がせた。彼自身としては早く現地入りしてウォーミングアップや出場選手の確認など色々やりたかったのだ。
だが、そんな時こそ逆を行くのがこのモンスターである。
あれがしたい。これが欲しい。あっちへ行こう。こっちが良い。
その結果が今。
「なに?」
「別に、何でもございません」
「ぶは、拗ねるとめちゃ不細工じゃん」
「……ぐぬ」
まあ、実際に彼女の言う通り大会の開幕には間に合っている。自由気ままであったようで、きちんと時間のことは頭にあったのだろう。
問題はその使い方にあるのだが。
「ミラは大会、やる気あるの?」
「あるに決まってんでしょ」
「なら、早めに現地入りしとく方が良かったんじゃないの?」
「早く行こうが遅く行こうが一緒。普段の積み重ねが出るだけなんだから付け焼刃で調子崩す方が嫌なの。理想はピタリ、其処でリラックス出来てたら、最高」
「……それはまあ、わからなくもないけど」
「あんたの馬鹿面のおかげで今結構最高に近いから」
「そりゃどうも」
「にしし」
わかっているのかいないのか、未だに彼女のことはクルスにはよくわからない。ただまあ、調子はすこぶる良さそうなのでその点はよかったね、と思う。
「ってか、私にとって拳闘の大会は就活だからやる気あるの当たり前じゃん」
「拳闘が? 確かに箔にはなるって聞くけど」
「あれ、言ってなかった? 私、第一志望は徒手格闘専門の騎士団だから。こういう大会での実績は成績よりも大事なんだけど」
「……初耳も初耳だよ。って言うかそんな騎士団があるの?」
「もちろん。あんた本当にもの知らないわね。帯剣を避けたい催しでの要人警護とか、閉所での戦闘が予想される場合とかは徒手にも需要があんのよ。ダンジョン攻略をオミットした比較的新しい形の騎士団ね」
「へえ」
「昔から拳が一番好きなのよ。槍より剣、剣より拳ってね」
「まあ好きならいいんじゃない」
「むふ。よく言った。この私の名を知りながらそれで良しとした馬鹿者はあんたが初めてかもね。あんたが無知で馬鹿でよかったよかった」
「……いつか泣くよ、俺」
「おーよちよち」
「やめい!」
てっきり彼女は国立志望、アスガルドの騎士団に入りたいからマグ・メルから移ったのだと思っていたが、どうやらまるで見当違いであったようである。
と言うか、
「あれ、じゃあ、アスガルドを選んだ理由って」
「前言ったでしょ。バルバラ先生がいるから。あの人も徒手専門の名門騎士団に所属していたし、色々と教えてもらいたいなぁ、って」
「……前に聞いたのは好きとか憧れとか、そんな感じだったと思うけど」
「同じじゃん?」
「ニュアンスが違うよ、全然!」
「細か。モテなさそう」
「うるさいよ」
話を聞けば聞くほど、倶楽部での熱の入れ方や拳闘の講義で見せる本気度など合点がいくことばかりであった。特にバルバラとの交流に関しては憧れの人物と言う点を差し引いたとしても彼女の進路に大きな影響を与えるだろう。
元団員のコネクションが目の前にあると言うことなのだから。
「なら、勝たなきゃね」
「当然」
「目標は優勝?」
クルスはミラが「当然」と返すと思い問いかけた。
だけど、
「は?」
その反応はクルスが期待したものではなかった。
「……あんた、知らないの?」
「な、何がだよ」
列車が徐々に速度を落とし、慣性の重みが彼らにかかる。
それが消えた時、
「着いたわね。じゃ、見に行きましょ」
「何を?」
「今年『も』優勝する男を、よ」
ミラは列車を降りてクルスを誘う。普段、負けず嫌いでちょっとでも他人が勝ろうものならキーキーうるさいのがミラ・メルであったはずなのに――
「見ればわかるから」
彼女の眼にはどこか、諦めの色があった。
その理由は会場に入ってすぐ、
「あっ」
クルスの目に飛び込んできた。会場の景色、周囲の人、モノ、そう言ったノイズは全部、あの男の輝きを前に消え、ただ一人の引力がクルスの視界を占拠した。
桁が違う。
「あれがソロン・グローリー。私たちの世代でおそらく、最強の男よ」
ソル族の血が混じっている証拠の赤い髪、肌は少し浅黒く日に焼けた色合いであり、其処からも太陽の匂いが香り立つようであった。筋肉質で手足が長く、がっしりとしつつしなやかも持つ身体は一種の芸術にも見えた。
「……」
完全無欠。
「私は、私たちは、あの男が敗北した姿を知らないの。意味、わかるでしょ?」
常勝不敗の輝ける男。会場の視線を一身に受けて君臨する。
『三強』最優の男、ソロン・グローリーをクルスは知る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます