第52話:夏来たる

「……何を話していたんですか?」

「おお。小生意気な方の後輩。その前に言うことあるんじゃねえの?」

 クルスと別れたティルをエイルが呼び止める。物陰に隠れ、クルスには絶対に見つかるまいと言う鉄の意志が見え隠れしていた。

「おめでとうございます。で、私『の』後輩に何か用ですか?」

「あっちが俺を慕って話したいってな」

「嘘つけ」

「……意外とけち臭い奴だな。いいだろ後輩の一人や二人」

 エイルの鋭い視線にティルは肩をすくめる。

「いくつか質問をされたんで返しただけだよ。取る気はねえから安心しろ。ってか、お前が思っているよりあの後輩君はお前にぞっこんだから心配すんなって」

「……そ、そうですかね」

「嬉しそうにするな気色悪い。で、お前こそ何の用だよ」

「特にないですね。私の後輩に悪い虫がつかないように見張っていただけです」

「キモ」

「煩い格好つけ野郎」

「くく、最後まで憎まれ口か。まあ、お前は俺のこと嫌いだったもんな」

「天才が嫌いなんです。昔から」

「俺が天才、ねえ」

 ティルは苦笑いしながらエイルに視線を向ける。

「ユニオン目指すのか?」

「ええ。まあ」

「ま、お前なら受かるだろ。面接とか得意そうだし」

「……得意ではありますね」

「夏は?」

「少し考えがあるので旅に出ます」

「……へえ。評価命の女とは思えん進路だ。まあ、頑張れよ」

「どうも」

 二人は別に仲良しではなかった。昔からどちらかと言えばそりが合わない。まあ、苦手意識を持っているのは常にエイルの方であったが。

「あ、そうだ。一つ伝えておくわ」

「何ですか?」

 伝えるべきか伝えぬべきか、少し悩んでいたこと。自分がその眼で確認したことではないので、胸に留めておく気ではあったのだが――


「第十二騎士隊には気を付けろ」


 こうして話す機会が巡って来たのなら伝えておく。

「ユニオンの? 一番評判の良い隊じゃないですか。それに――」

「だな。だから鵜呑みにする必要はないが、一応其処に所属していた人の遺言だ」

「……メラ・メル殿」

「頭の隅に置いとけ」

「……はい」

 戦死したティルの幼馴染のお姉さん。彼の伝手でエイルはユニオンナイトの実力を、本当の天才を知った。ずっと嫌味だと思っていたのだ。ティルが言う、自分は凡人だと言う言葉が。だから、彼が嫌いだった。

 だけど、その言葉に偽りはなくて、そんな人物でも戦死する世界で。

「ああ。あともう一個」

「多いですね」

「よく立ち直った。イカした先輩になったようで安心したよ」

「……大きな、お世話です」

「だな」

 手をひらひらと振りながらティルは去っていく。その背を見つめ、エイルは小さく息を吐く。ずっと嫌いだった目の上のたんこぶ。

 今だって別に好きじゃない。だけど、彼が後輩である自分に何だかんだ言いながら気を使ってくれていたのは事実で、傲慢だった自分に付き合い無茶を通させてくれたのもまた彼のおかげ。今の倶楽部ヴァルハラがあるのは彼の献身ゆえ。

 だから、

「ご卒業、おめでとうございます」

 小さな声で、真心を込めて、エイルは彼を送り出す。


     ○


 夏、それは自由の季節。青春の盛り、熱い日差しが嫌でも高揚感を高めてくれる。学生ならば皆、この日の到来を待ち望んでいた。

「えー、学園長からも一言お願いします」

「夏を謳歌せよ! 以上!」

「では解散」

 学生の心を忘れぬウル学園長による世界で一番短い学園長もとい校長先生のお話を終え、とうとうこの日、この時がやって来た。

「夏休みだぁ!」

 騎士だって貴族だって魔法研究者だって、誰だって夏休みは嬉しいものである。バカンスへ赴くもよし、勉強に費やすもよし、社会勉強に仕事をしてみるもよし、旅に出るもよし、何をしてもいい。何もしなくてもいい。

 それが学生の夏休みである。

「じゃあなあ、クルス」

「夏休み明け、目にもの見せてやるぜ」

 すでに荷物をまとめ終業式を終えた今日から学園を出る者もいれば、一日置いて明日学園を出ていく者もいる。一応、寮を引き払う期限は明日まで。

 それまでは――

「げえ、リッターだ」

「ふふ、残念でしたわね」

「マスター、リッター以外をください!」

「これだよ、これ」

「嘘ついたらチューしますよ?」

「……」

 暇を持て余した倶楽部ヴァルハラの面々は騎士抜きに興じていた。騎士抜きとは四種の模様が刻まれた十三の数字が振られたカードの中に一枚、災厄の騎士が混じっているのでそれを押し付け合う、何処かで聞いたようなことがある遊戯であった。

「こっちです」

「ありがとマスター大好きー!」

「……くそぅ」

 クルス、五連敗。現在、卓を囲むのはエイル以外のクルス、フレイヤ、アマルティア、イールファナの四名である。本来、これは運勝負なのでクルスばかりが負ける道理はない。ただ、今回は相手が悪かった。

 この三人、異なるやり口でクルスを敗北へ追いやるのだ。

 まず、アマルティアは見ての通り脅しを多用してくる。クルスが色恋に弱いことを見抜き、それを積極的に押し付けることでクルスを敗北へと追いやる。

 悪気はあるのかないのか――最近はあるような気がする。

 そしてフレイヤとイールファナ、こちらはもう普通に弱い。弱いくせに超負けず嫌いなのだ。普段優雅に気高く振るまうフレイヤも勝負事はすぐ顔に出る。騎士に触れた瞬間、笑みをこぼし、それ以外は露骨にしゅんとする。クルスは罪悪感のあまり、フレイヤの笑顔を取って敗れてしまう。あのどや顔が憎い。

 イールファナも最初に出会った頃なら無表情、ポーカーフェイス(なんとミズガルズにも今回のプレイングカードを使ったポーカーはあるのだ。フシギダネ)の前に機微を読み取ることは出来なかっただろうが、今は普通に読み取れてしまう。

 彼女もまた結構顔に出るタイプなのだ。そしてフレイヤ同様死ぬほど負けず嫌い。フレイヤと同様に彼女の愉悦を優先し、クルスは敗北を重ねる。

 そして同じどや顔である。

「手応えがありませんわね」

「クルス、弱過ぎ」

「リッター引いても引かなくても勝てる天才的手法でっす」

「……もう、疲れた」

 夏休みを前にとんだ冷や水を浴びせられ、すっかりと消沈したクルスであった。もうあと数回続いたら、多分耐えきれずにガチで勝ちに行くと思う。

「あ、そう言えばマスター!」

「なに?」

「前に言っていたお泊り会のこと、ちゃんと考えてくれました?」

「お泊り、なに?」

「お泊り会でっす。私の家すっごく大きいので、どこでも寝泊りできるんですよ? しかも別荘の方ならなななんと、山もあります!」

「あ、ああ。そんな話もあったような。あの話ってどうなったんだっけ?」

 クルスの記憶ではアマルティアとイールファナの不毛な言い争いの末、ハピナスと言う魔境へ連れていかれて――正直その夜の印象が強く全て忘れていた。

「私の中ではマスターが来る、で決まりました」

「……そ、そんな話にはなって無かったと思うけど、その、俺予定入っちゃった」

「「え?」」

 アマルティアと何故か驚くイールファナ。同じ騎士科ゆえ知っているフレイヤは当然驚かないが、二人はとても驚いていた。

「め、メガラニカで学生アシスタントを、その」

「嘘吐きー! ここに嘘吐きがいまーす!」

「……何故、アシスタント?」

「アシスタントならお金も貰えて、食事も住む場所も手に入るから。それに他の学校がどんな勉強をしているのかも見れるし」

「……そう」

 クルスの眼をもってしてもイールファナの表情は読めない。何か色々な感情が入り組んでいるのは見て取れるが、その複雑さゆえによくわからなかった。

「なら、仕方ない」

「諦めちゃダメです! ここは押しましょう! 一緒に押せば行けまっす!」

「……駄目。私で我慢して」

「ぶー!」

 ふくれっ面のアマルティアをなだめるイールファナ。彼女にしては珍しくクルスの味方に付いてくれるようであった。

 と言うか、

「私、で?」

「ハピナスの研究棟が急遽、機材搬入と配管等々の据え付けも含めて工事が入るから行く当てを失った。だから、アマルティアのところに泊めてもらう」

「あ、そうなんだ」

「三人で遊べるんですよ! 毎日、楽しいですよー!」

「二人いれば交互に勉強をさせられる、はずだった」

「べん、きょう?」

 はて、とばかりに首をかしげるアマルティアをさておき、クルスは申し訳ないことをしちゃったな、と報告が遅れたことを反省していた。

 二人とも自分を気遣ってくれたのに――

「マスター。秘蔵のちょうちょコレクションもありますよー。楽しいよー」

 たぶん、気遣ってくれたと思いたい。

「ごめん。二人とも」

「……ぶぅ」

「別にいい。アシスタント、頑張って」

「うん」

 誠意ある謝罪でどうにかこうにかアマルティアも収まってくれた。これで一件落着、まあ実は確定していないので家なき子に戻る可能性は十分あるのだが。

 と言うか履歴書の出来が出来だったのでむしろその可能性の方が高い。

「あ、でも、もし受かって無かったら、お世話になろうかな」

「!?」

「合否があるの?」

「そうみたい。倍率とかは全然わからないんだけどね。周りもアシスタントやろうって思ったことある人がいないから」

「そう。いつわかるの?」

「寮は引き払っているから会場の方に届けてもらおうかなって」

「ああ。あの野蛮な殴り合いの」

「拳闘、ね」

 ちなみに夏休み頭、クルスにはかねてより其処だけ予定が入っていた。拳闘倶楽部コロセウスの面々と共にユニオンで開かれる学生大会へ出場するのだ。

 合否の届け先はその会場に指定していた。

 この後、あちらの倶楽部にも顔を出し壮行会の予定も入っている。

「なら、落ちることを祈ってます!」

「アマルティア」

「ファナちゃんは三人でちょうちょ探したくないんですか!?」

「ちょうちょは、別に探したくない」

「かー、これだから!」

「クルスにこの一年。お世話になったでしょ?」

「うっ」

「成功を祈ってあげるべきじゃない?」

「ふぐっ」

 アマルティアの脳裏に過るのは全く、これぽっちも楽しくなかった二年間の日々。皆から馬鹿にされ、下に見られ、ちょうちょだけが友達だった。

 だが、倶楽部に招かれて、二人の友達も出来て、それで――

「う、うう。合格、祈ってますぅ」

「ありがと」

「でも、落ちたらおうち、いつでも来ていいですから」

「そうさせてもらうよ」

 これにて完全に一件落着。

 クルスはほっとして、

「そう言えばフレイヤは夏休み、どこへ行くの?」

 かねてより疑問であった彼女の予定を聞く。びく、と彼女にしては珍しい何とも言えぬ歯切れの悪い様子。言うべきか、言わぬべきか、迷っているようにも見える。

「クルスは無知。フレイヤぐらいの成績なら、三学年以上は行先なんて決まっている。フロンティアライン、其処で各学校の上位層が各騎士団のサポートをする。イールファスも其処へ行く。フレイヤもきっとそう」

「そうなんだ。確かディンも其処に行くって言っていたような。フレイヤも同じなのか。そしたらデリングやミラもか――」

「……行かない」

「へ?」

「行き、ませんわ。フロンティアラインは」

「……?」

 クルスだけではなくイールファナも首をかしげる。それだけ上位校の成績上位者はフロンティアライン、これは鉄板のルートであったのだ。

 だが、

「お兄様に危険だからと反対されて行けず……ただ、その、丁度今年、成績上位者向けに面白い試みがありましたの。なので、其処へ応募して」

「へえ。そんなのあるんだ。どこで何をするの?」

 今年は少しだけ割れた。そのための一手を打ったのだ。

「……メガラニカの、サマースクール」

 私立の星、メガラニカが。

「い!?」

「「おい!」」

「わ、わたくしの方が先でしたのよ! クルスが真似しただけで」

「落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ」

「ノーカンノーカン! やっぱりマスターは私の家にしましょ、ね!」

「……この、流れは」

「だ、だから、言いたくありませんでしたの」

 流れ、逆流。折角まとまった話がより悪化した。この混沌は遅れてきたエイルがなだめるまで続いたと言う。


     ○


「あー大忙しだね」

「そりゃもう。今年は勝負の夏ですから」

「頑張ろう」

「はい!」

 メガラニカは今、入試やサマースクールの準備に追われていた。今年、メガラニカは夏の当たり前を覆すために大胆な一手を打ち込んだ。調整が難航し発表に遅れたこともあって、想定よりも参加者は多くない。

 だが、参加者の質は確かである。

 例年行っているクラスとは別のアッパークラス向けのスクール。

「ピコさん。これ見てくださいよ」

「どうしたの?」

「アスガルドから、アシスタント募集の履歴書なんですが」

「どれ」

「酷いでしょ? 御三家と言うのも本当かわかりませんよね、これじゃ。三学年が資格などの箇所で空欄が多いのはともかく、他の項目も、と言うか先生って――」

「……」

 ピコ、と呼ばれた男はその履歴書を見て驚き、そして笑みを浮かべて考え込んだ。これはまた奇縁、履歴書の体裁はともかく志望理由などはしっかりとしたものが書かれていた。騎士科の学生なら当たり前だが文法もしっかりしている。

 だが、彼の『経歴』を考えたなら――

「ピコさん?」

「彼、通しておいてくれないかな」

「え、良いんですか? 今年も応募多かったですし、もう足りていますけど」

「個人的に興味があるんだよね、この子」

「あ、ピコさんの知っている子だったんですか。わかりました」

「うん。よろしく」

 ピコ、メガラニカ騎士団所属で現役の騎士、かつ講師とスカウトも兼ねる男であった。一年前、イリオスで見た少年がどうなったのか、知りたいと思う。あれから個人的に彼の人となりを調べた。故郷にも変装して赴いた。

 そして知ったのだ。あの子が生きてきた環境はとても騎士を排出するようなものではなく、彼の現状とあまりにもそぐわないことに。

 あのゲリンゼルで、あの家に生まれて、御三家の学生をしている。

 今、彼がどう成ったのか、座学も含め興味があった。

 最近、騎士の家出身ではない学生などいくらでもいるが、あそこまで劣悪な環境で生まれ育った者はそう多くない。まともな学は求められず、理解も得られない。騎士どころか職業の選択自体が存在しない閉じられた世界。

 あそこで生まれ育った彼のことを知りたいと思うのは変なことであろうか、とピコは思う。ずっと気になっていた異端児、ようやく見ることが出来るのだ。

 堂々と、自分たちのテリトリーで。

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