第46話:実戦形式

 いきなり始まった山岳戦。開けた岩場とは言え、足場はあまりよくない。其処に十人ほどの謎の騎士が襲い掛かって来たのだ。嫌でも混乱するだろう。実際に大半の学生は正常な状態ではなく、連携もクソもない状況であった。

 だが、そんな中でも――

「はは!」

 イールファスは関係ないとばかりに一番に現れた、一番強い相手と戦う。身の丈ほどの大剣を軽々と振り回し、巧みに操る謎の騎士も凄いが、その剣劇の嵐の中を余裕綽々で掻い潜っていくイールファスもまた凄まじい。

「……小癪ゥ」

 懐まで潜り込んできた小さな天才。其処は大剣と言う長い武器の急所でもあった。が、これまた謎の騎士もさるもの。ぐるりと大剣を外側に回し、下段より円を描き迎撃して見せた。その奇襲を受け、両者の距離が開く。

「楽しい」

 滅多に見せないイールファスの笑顔。戦いの喜びと、緊張感、様々な感情が入り混じったそれを浮かべ、彼は型を解いた。

「イールファスが型を捨てた」

「……本気か」

 型破り、とは彼のためにある言葉である。天才が天才たる所以、それがこの無形の状態にある。元々天才、されど彼が理合を学び、ここに帰ってきた。

 理を得た無形、真の型破り。

「今日、倒す!」

「生意気な」

 イールファスの強みは生来の超反応にある。人よりも明らかに秀でた神経伝達の速度、これが先読みを必要としない、後出しによる後の先を生む。さらにこれまた生来の柔軟性が無茶な回避を、其処からの攻撃を可能とするのだ。

 見て、かわす。かわし、攻撃する。

 攻防の基本をあり得ないタイミングで、あり得ない姿勢で、彼だけが出来る。だからこそ天才なのだ。どれだけ読もうが、対策を積もうが、この男は全て見てから天才だけに許された『適切』な対応をするだけで良いのだから。

 しかし、

「まだまだ、だ!」

「っ」

 謎の騎士はそれと渡り合う。ただ速く、ただ強く打ち込み続け、天才を容易くは寄せ付けない。己が剣を押し付け、天才の剣と拮抗する。

「……今の時代珍しい大剣使いで、あいつと渡り合う、ね。なーんか俺、この状況わかっちゃったかも。つーわけで、その、何とかならんすかね」

「ならんね」

「そーですかっと!」

 ディンも目の前の騎士と一対一で渡り合う。正直、彼もそれなりに自信はある方だが、さすがに簡単ではない、とディンは顔を歪めた。

「後ろの君らもどうぞ」

 一対一では物足りぬ、背後の三学年にまとめて来いとのたまう騎士。

「余裕、すね」

「まあ、結構余裕だよ、実際のとこ」

「……」

 その傲慢に対し、ディンの本気が牙を剥く。

「やりゃ出来んじゃん。つーわけでよろ」

 それを悠々受け止めている間、

「あいよ」

 後ろの二人を、騎士の仲間が一蹴しのしていく。やはり練度が桁違い。戦力は三倍近くあったのに、続々と倒され削られていく。

「せ、先生!」

 三学年の誰かが随伴する教師へ救いを求めるも――

「……仕方ない。少し手助けを」

「それは甘やかし過ぎ」

「へ?」

 エメリヒ先生はあとから現れた騎士に突っ込まれ、崖から転落してしまう。その騎士も一緒に落ちて行ったが、あれは無事なのだろうか。

 とにかくもう、先生の助けも期待できない。

「背中合わせで陣形を保持しろ! 戦えぬ者は俺の後ろへ下がれ!」

「わたくしが前衛を受け持ちますわ」

「任せる」

 デリング、フレイヤは皆を統率し戦える状態を形成した。上位陣は彼らに合わせ、すぐさま昏倒した者たちを守りつつ陣形を整えていく。

「前衛、ね。俺らも侮られたもんだ」

「ぐっ!?」

 フレイヤの構える盾に、勢いよく突っ込んできた騎士。その圧に若干気圧されながらも、其処は気合で踏ん張る。

「優秀優秀。だが、あの人ほどじゃねー!」

「ッ!?」

 何かと比較され顔を怒りと羞恥に赤らめるフレイヤ。其処からはもう原初の戦い、力と力のぶつかり合いである。

 ヴァナディースの優位性、生まれ持ったもう一つのフィジカル、魔力を存分に膂力へと変換し打ち合うのがヴァナディース家の流儀であった。

 上位陣でようやく互角、と言うよりも押されている状況。

「あれ、君はやる気ない系?」

「普通にあるけど。だから、面倒だし壁を背にしてんじゃん」

「あー……そのマインド、変えた方が良いよ」

「……」

「客観的に見てさ、自分だけを守る騎士ってこっちからしても攻める理由がないんだよね。其処のぼーっとした子も。勘が良く腕が立つ。だけじゃ騎士失格だ」

 言うだけ言ってミラに背を向け、他を襲いに行く騎士。

 その先には――

「……っ」

「悪いね、かわいこちゃん」

 リリアンが状況を飲み込めきれぬまま、剣を構えて立っていた。その周りには三十位他、何人かの下位グループが「きゅう」と昏倒していた。

「わ、私だって!」

 騎士と一合、二合、三合と打ち合い、完全に崩されてしまう。基礎スペックが違う。技術が違う。何もかもが違い過ぎる。

 実力差に愕然としてしまう。

「よく頑張っ――」

 その騎士の後頭部に怒れるミラの飛び蹴り、いわゆるドロップキックがさく裂した。格好をつけて紳士的に昏倒させようとした騎士の頭が地面に突き刺さる。

「誰に偉そうな口きいてんのよ!」

「……いたーい」

「リリアン、挟むわよ。死ぬ気でこらえなさい」

「え、あ、うん」

「ムカつくけどこいつ、今の私よりも強いから。援護、お願い」

「が、頑張る!」

「そうそう。騎士なら連携しなきゃな。個人技だけのやつに就職先はないぞっと。よーし、お兄さん、ちょっと本気出しちゃおうかな」

 ふわりと、まるで重力を感じさせぬ所作で起き上がった騎士。抜けたところもあるが、この場でもあの大剣使いに次ぐ実力に見えた。

 先生を拉致った人物は例外。

 そんな混沌とした状況の中、クルスは状況を掴めずに戸惑うばかりであった。突然襲撃され、続々と倒れ伏す仲間たち。殺意はないのか全て気絶させられていることもまた、クルスの中で迷いを生む。

 周囲が見えているせいで、余計に何が何だか分からなくなっていたのだ。

 其処を――

「隙だらけ。迷いだらけ」

 女性の声がする謎の騎士が咎めに来た。咄嗟に剣を抜き迎撃するも、腕の差は明確。見る見るうちに劣勢へと追い込まれていく。

「ここが戦場なら君、とっくに自部隊は全滅。他の部隊が奮戦しているところを横目に呆然と立ち尽くしている。あるまじき醜態だね」

 流麗な剣捌き。しなやかで、それでいて鋭い。

「成る気あるの、騎士に」

「……っ」

 今日に限らない。対抗戦で先輩が敗れてからずっと、クルスはぐちゃぐちゃな気持ちを抱えて、集中も乱れがちだった。今日もそれは見受けられた。

 調子が悪い。気持ちの整理がつかない。飲み込めきれない。

 コンディションは最悪。

 そんな状況で謎の襲撃を受けたのだ。迷いもする。

「クルス・リンザール! 集中なさい!」

 迷い、惑い、ぐちゃぐちゃな状況下で、クルスの耳朶にフレイヤの声が飛び込んできた。期せず、それはあの人の声にリンクする。

『集中』

 その瞬間、クルスの頭の中から全てが消える。エイル先輩のこと、対抗戦の結果、才能と努力、集中できない自分、おめでとう、よく頑張った――

 全部、消す。

「……へえ」

 残ったのは剣。それを握る己。そして、体は自然とゼー・シルトの構えを取る。

 其処に迷いは欠片もない。

「クルス!」

 ディンは交戦中、目の端に親友の変貌をとらえた。彼だけではない。フレイヤも、デリングも、ミラも、リリアンも、皆が、それを見る。

「ゼー・シルト。逆にセンスあるね!」

 女の騎士は臆せず突っ込んできた。先ほどと寸分たがわぬ流麗さ、鋭さ、速さ、力での打ち込み。だが、それは音もなく空振る。

「やるゥ!」

 なら、本気だとばかりに騎士は加速する。だが、クルスはそれを迷わず捌く。捌く、捌く、捌く捌く捌く捌く捌く。

 徐々に皆の視線が、クルスに集まってきた。

「……そう。これがアスガルド編入の理由ってわけね」

 知らぬ者は驚愕し、知っている者もまた万全の彼を見るのはほぼ初めてであった。堅守と呼ぶにはあまりにも薄く受ける。柔らかく受ける。流れに逆らわず、むしろ流れに乗っかるかのような捌き。独特である。

 それでいて崩れない。むしろ安定感すらある。

 襲撃してきた騎士たちの動きが止まる。視線が謎の編入生、その真価へと向く。

「こ、の、先輩を舐めんじゃない!」

 堅守で焦らし、『策』を凝らし踏み込ませた上での――

「刺ィ!」

「ちょ!?」

 極上のカウンター。仮面が斬れ飛び、鮮血が散る。

「あ、ぶなぁ」

 女騎士は額に嫌な汗をにじませながら後退、クルスから距離を取る。クルスは動じず、どっしりとゼー・シルトで待ち構えていた。

「……視線のフェイント。この私が誘われたか。生意気女を思い出すね」

 女騎士に先ほどまでの余裕はない。フェイントの扱い方が誰かさんを思い出すような小賢しさ。恐るべきは三学年がそれを取り入れ、実戦に投入したこと。

 真剣でのやり取り、生死のはざまで易々とそれを成す。

「やり辛い」

 警戒を厳に、緩い手は打てない。

 それを横目に、

「……なるほど。あれがエイルのお気に入り、か」

 イールファスと渡り合っていた騎士が彼から距離を取る。

「……?」

「悪いなイールファス。もうちっと遊んでやりたいが、今日の目的はお前さんじゃねえんだ。俺は後輩の後輩君の面倒を見なきゃならん」

「……」

「そうぶーたれるなよ。あと半年もしたら俺じゃ歯が立たなくなるさ。胸を張っていいぜ。俺に勝てんと思わせたのは、メラさん以来だ」

 そして、急旋回し――

「横取りして悪いな、オレーシャ」

「はいはい」

 クルスと対峙していた女騎士と入れ替わる。

「それ、使っちゃダメなんだろ、クルス・リンザール」

「……あっ」

 騎士の指摘を聞き、クルスは自分が禁じられたゼー・シルトを使っていることに今更気づいた。慌ててソード・スクエアに構えを変えようとするも――

「テュール先生からの伝言。今日、この時よりそいつを解禁してもいい、とさ。存分に使え。その上で知れ。先輩の偉大さを。テメエの弱さを」

 騎士がそれを制止する。と言うよりも、体が勝手にゼー・シルトの構えを取った。取らされた。目の前の男が醸し出す、得も言われぬ圧を前に。

 空気が重い。

「後輩君よ。俺が――」

 男は仮面を脱ぎ捨てる。仮面の下から出てきた貌は、馬鹿みたいに整ったとんでもないレベルのイケメンだった。だが、何処かでクルスは見たことがある。格好いいと思うよりも先に、もっと、何か、滑稽なものが垂れていたような――

「俺こそが、アスガルド最強だ」

 轟音と共に、クルスの眼前へ迫る。

「ッ!?」

 あまりにも速く、あまりにも強く、あまりにも重い何か。

「まあ、学生の中では、だがな」

 その言葉と同時に、岩ごとクルスのいた場所を横薙ぎに払う。受け、流したクルスの腕がじんと滲む。この重さを、クルスは知っているような気がした。

 人間離れしたそれは――

「ティル・ナだ。んじゃ、よろしくゥ!」

 アスガルド王立学園、最終学年首席、ティル・ナ。六学年最強の男、つまりアスガルドの学生の中で最強の男が、クルスに牙を剥く。

 稲光の如し大剣が力で、来た。

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