第45話:想定外の出来事

「アスガルド王立学園先鋒、エイル・ストゥルルソン圧巻の二枚抜き!」

「さすが御三家、格の違いを見せつけていますね」

「グリトニル騎士学校は意地を見せられるかどうか」

 騎士学校対抗戦、第一回戦の先鋒を務めるはアスガルド五学年の首席、エイル・ストゥルルソンであった。如何なる相手であろうが緒戦と言うのは緊張するものだが、エイルは緊張とうまく付き合い、最高のスタートを切ることが出来た。

「出番くれー」

「勝ち抜きの歯痒いところだな」

「次は俺が先鋒な」

「じゃんけんだ」

 次鋒リカルド、大将ロメロ、先生は実力に大きな開きはなく、自分たちでオーダーを決めていいと言われたのでじゃんけんで決めた。全員が先鋒を務めたがったし、その重要性も認識している。ここが勝ち切って、勢いに乗る。

 エイルは気合を入れる。調子はすこぶる良い。心境も心地よい緊張感に包まれており、状態としては最高を持ってくることが出来た。

 後輩との約束を守る。期待されていなかった自分たちが優勝トロフィーを持ち帰ったら、きっと学園はどよめくし、後輩は喜んでくれるはず。

 だから――

「グリトニル騎士学校、大将――」

 エイルはこの一回戦、三枚抜き去るつもりであった。

 だが、

「アセナ・ドローミ」

 その瞬間、全身が総毛立つ。

 彼女は大きかった。身長は会場の、男も含めたすべての人間より大きく、骨格も相応のものがあり、薄く脂肪の載った層の下には分厚い筋肉がこれでもかと搭載されているように見えた。とても同じ人間とは思えない。

 こんな目立つ人間、今までどこにいたと言うのか――

「せ、先生、あれ」

「……開会式にも参加させていなかった。隠していたのか。グリトニルは今日まで……こんな、化け物を!」

 騎士ならば誰でもわかる。あの娘はヤバい。

「すまない。ストゥルルソン。私の、私たちの、調査不足だった」

 癖のある長い白髪が逆立っているような気がした。

 そして、大気が爆ぜる。

「ッ!? エンチャント!」

「エンチャントォ!」

 人間離れした体躯、人間離れした魔力、突然変異の怪物が牙を剥く。

 その姿は、まさに白き魔狼のようであった。


     ○


「集中しろ、クルス!」

「あっ」

 手を滑らせ、危うく『滑落』しそうになるクルスは何とか片手と両足の三点でこらえ、顔面を蒼白にしている下のアンディこと三十位を巻き込まずに済んだ。

 現在、課外講義として馬で遠乗り、そのまま山登りをして親睦を深めよう、と言う内容の講義と言っていいのか、レクリエーションと言うべきか、何とも言えぬ内容に出発前、皆はこれまた何とも言えぬ表情をしていたものだが、目の前の山肌、と言うよりも絶壁を見ればレクリエーションではないことなど一目瞭然であった。

 騎士たるもの、如何なる悪路も踏破せよ。と言う指導要領に則った傾斜九十度、をたまに超過する絶壁のロッククライミングである。

 皆、騎士学校の学生であるため命綱など無い。

「こ、殺す気か!」

「ご、ごめん」

 三十位の罵声が飛ぶも、これに関しては完全にクルスが悪い。ひょいひょいと先頭を征くディンの声がなければ今頃大惨事であっただろう。

 とは言え、

「田舎育ちならちゃちゃっと登れ」

「俺の田舎にこんな壁はないよ」

 彼らもまた騎士学校に通う超人たち。普段全員が超人のため気づき辛いが、初見の絶壁を難なく踏破する身体能力と身体を扱う技術はさすがの一言。

 こういう講義が多いログレス出身のディンは別格としても、身軽にひょいひょい段飛ばしで登るイールファスやミラ、最小手数で優雅に登る道筋を模索し、その通りに踏破するデリングやフィンなどアプローチはそれぞれ違うが、苦戦している者はほとんどいない。クルスもこの頃集中力に難があるため注意されたが、普段の彼であればやはり難なく登っているだろう。これに苦戦しているのは――

「……無様、ですわ」

 なんと学年二位のフレイヤであった。理由は単純、絶壁を登るのに身体の一部が邪魔をし、上手く登ることが出来なかったのだ。まあ、出来ないなりに持ち前の身体能力をフルに活用し、無理やり登ってはいるのだが。

 たぶん、この講義の風景をゲリンゼルの人間が見るだけで腰を抜かす程度には、実は彼ら騎士学校の学生、特に御三家クラスの学生は常人とはかけ離れた存在であったのだ。その中で競争している彼らにとってはだからどうした、と言う話だが。


     ○


 絶壁を登り切り、少し開けた岩場で昼食を取る三学年一行。皆普段通り、もしくは夏季休暇を目前にして少し浮かれた空気もある中、

「……」

 クルス・リンザールだけは浮かない様子であった。その理由は夏季休暇の予定が決まらないことや、成績が最下位だったこと、色々とあるのだが、一番は対抗戦の結果、であろう。エイルたち代表者はまだ学園に戻ってきていない。

 戻って来た時、どんな顔をして会えばいいのかわからない。

「クルスよい、ピリッとしねえな」

「……ディン」

「ほれ、最高に美味しいレーションだ」

「これ、口の中ぱさぱさになるよね」

「水で無理やり流し込むのが騎士の流儀ってな」

 ディンから渡されたアスガルド王立騎士団謹製、携帯レーションをクルスは頬張る。予想通り過ぎる水分を持っていかれる感覚に顔をしかめる。

「先輩のことが気になるのか?」

「……悪い?」

「悪くはねえ。でも、帰って来た時には普通に接してやれよ。それが紳士ってもんだ。そんな顔してたら余計傷つけるぜ?」

「わかってるよ」

 レーションをかじり、クルスはさらに顔をしかめた。このレーションが悪い、とでも言わんばかりに。その姿にディンは苦笑する。

「まあ、よかったじゃないか。犠牲者第一号のことなんてもう、世間は誰も覚えてねえよ。アセナ・ドローミの年だ。それ以外は全部端役だった」

「まだ、グリトニルは優勝していないよ」

「するさ。今年、彼女を止められる人材なんていない。いたら、其処が優勝候補、ド本命だったはずだ。本命不在の大会、それ用のルール、その結果がアセナ劇場ときた。騎士連盟は今頃裏でぶっ叩かれてるんだろうなぁ」

 アセナ・ドローミは全てをぶち抜いた。三回戦までは他二人が戦って、敗れたあとアスガルドにしたような三タテを決め、四回戦以降は注意でもあったのか彼女が先鋒で全てを抜き去った。準御三家のラー、御三家のレムリアも。

 そして今日、おそらくは最優をも――

「……勝ち抜きじゃなければ、アスガルドの勝ちだった」

「それは言いっこなし。とりあえず調子戻しておけよ。あと、今は自分のことを考えろ。夏休み、もうすぐだぜ」

「わかってるよ」

「……わかってねえから言ってんだっての」

 ディンはため息をついてクルスのそばから離れる。敬愛する先輩の敗北、相当堪えたのだろう。正直、ディンにはその感情はわからない。確かにクルスに言う通り、ルールに後押しされた点は大いにある。星の取り合いなら彼女はともかく、グリトニルがアスガルドを、他の御三家クラスの学校を抜ける理由はない。

 だが、結局何処かでは比較されることになるのだ。就職はもちろん、別の団に入ったとしても騎士の世界は存外狭い。必ず、何処かで道は重なる。

 今優劣がつくのか、あとに優劣をつけることとなるのか、その違い。

 加えて、世の中に出れば一つ二つの違いなど誤差。全世代が競い合う相手である。たかが一つの世代の頂点、そんなのが何人もいるのが騎士の世界なのだ。

「どうした? クレンツェ」

 そんなことを考えているディンにデリングが声をかけた。

「……いや、身近にそういう化け物がいるのに、あいつは鈍感だなぁと思ってさ」

「……まだ見えていないんだろう。彼我の差が」

「その辺はわかっていると思うんだけどなぁ」

「現時点ではない。互いの伸びしろの話だ」

「あー、そういうことね。それはまあ、そうかもな」

 彼らの目の前には、何故か「おいっちに」と準備運動をする天才の姿があった。アセナ・ドローミがどれほどの才人かはわからない。結果から見て怪物なのは間違いないのだろうが――果たしてどちらの方が器は上なのか。

 そしてどちらにせよ、其処は自分たちでは届かぬ山巓である。

「来年はユニオンの志望者、減るだろうな」

「そうだな。対抗戦で心を折られる者は、少なくないだろう」

「……」

 ディンは顔を歪め、唇を噛む。自分がログレスを去り、アスガルドに来た原因。目の前の天才と並び称される真の天才。

 其処から逃げた先にも、結局同じ才能の壁はあった。その二つが厳密に同じとディンは思わないが、自分では届かぬと言う意味では同じであろう。

 自分が年上ならばともかく、全くの同じ世代であるから――

「……それにしても妙だな」

「何が?」

「刃傷と思しき跡が多いと思ってな」

「……確かに。なんだ、ここ」

 デリングとディンはこの岩場の風景に違和感を覚えた。誰も気づいていない、と思ったが気づいている者はすでに警戒態勢に入っていた。ミラやフィンは岩場の壁沿い背中を預け、死角を削っている。フレイヤも珍しくバテているが違和感自体は最初から抱いていたようで、サクッと栄養補給を済ませていた。

 何よりも――

「……イールファスのあれって」

「……だろうな」

 天才、イールファスは一人、先ほどからずっと嬉しそうに準備運動を続けていたのだ。もっと早くに気づくべきであった。

 あの天才が気分上々、と言うことは――

「!?」

 突如、天才の、皆の目の前に、大剣を担いだ謎の人物が現れた。身を包むマントに仮面、隙間より見えるのは鎧に身を包んだ姿。

「エンチャント」

 謎の人物は大きな剣を抜き放つ。天翔ける雷が如し色合いの大剣、謎の騎士は大きさを感じさせぬほどの鋭い振りでイールファスのいる場所を薙いだ。

「エンチャント」

 天才は笑いながらそれをかわす。誰も、登場すら呑み込めていなかったと言うのに、イールファスだけは笑顔で、易々と反応して見せたのだ。

「何だ、こいつ!」

「違う。クレンツェ!」

「……ッ!?」

「こいつら、だ」

 彼らのいる岩場よりさらに上、其処には突如現れた人物と同じ装いの者たちが、十人ほどずらりと並んでいた。

 そして彼らは一斉に――

「エンチャント」

 剣を抜き放ち、昼休憩を取っていた三学年一行を襲う。

「おいおい」

「皆、気を付けろ! 全員、手練れだぞ!」

 デリングの警告が響く。三学年の皆もまた、すぐさま騎士剣を抜き放つ。何がどうなっているのか、それはわからない。だが、急襲されたことは事実。彼らは騎士に成ろうと言う者たち、自分の身は自分で守らねばならない。

「何がどうなってるんだ!」

 クルスもまた、皆に倣い剣を抜く。

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