第30話:足りぬ者へ
「実に素晴らしい器です。さすがはデリング御坊ちゃまのご学友。僭越ながら私、垂涎と言わざるを得ません。ソル族特有の頑強な肉体、ルナ族特有の細くしなやかなる骨肉。双方ともに測らずとも香るかぐわしき内蔵魔力は実に素晴らしい!」
店主ルフタの賞賛を聞き、三人が目を見開く。
「すまないルフタ。騎士剣を所望しているのは彼らじゃない」
「……?」
「こちらの男だ。騎士科三年、クルス・リンザールと言う」
「……ふぅむ」
ここで初めてクルスを認識したかのようなルフタは露骨にテンションが下がる。彼の目にはクルスが上客には映らなかったようである。
「ううむ。これは、実に難しい」
クルスの全身をなめるように見るルフタ。が、表情は曇りゆくばかり。
「失礼ですがリンザールの名、浅学の身には聞き覚えがございません。どちらのご出身なのでしょうか?」
「あ、イリオスの――」
デリングはクルスが答えようとするところを制して、
「騎士の家出身ではない。だが、マスター・ユーダリルの推薦で入学した者だ」
必要なことだけを答える。
「……重ね重ね失礼いたします」
ルフタは突然クルスの身体を触り始める。気色悪い手つきではないが、流れるようなボディタッチにはびくりと慄いてしまうのも無理はない。
ただ、デリングらは終始真面目な顔である。
(……都会じゃ当たり前なのかな、こういうの。服屋でもされたし)
「肉は痩せ、骨格もしなやかであるが細い。ただ、肉に柔軟性があり、骨と合わせ故障し辛い所は美点。しかし、それだけ。それ以上は何も、感じない」
ルフタは申し訳なさそうにデリングの方を見る。
「デリング御坊ちゃま」
「いや、構わんよ。買えないことは織り込み済みだ」
この店は客を選ぶ。一流の騎士に成り得る器以外に騎士剣を拵えることはない。素材としてクルスは彼の目には魅力的に映らなかったのだろう。
それは仕方がないことである。
御三家に通う学生でも上位勢以外はここの客としてはみなされない。一応確認しておきたかった部分もあるが、本命はBTOなどのカタログをプロの目から見て色々知識を貰いたい、其処がデリングの本筋であった。
「申し訳――」
だが、
「あ、あの、くすぐったいんですけど」
手のひらを触り、断りの言葉が止まる。
「……剣を握り始めてどれぐらいですか?」
「……よ、四年と少しです」
「……ほう。なるほど。いや、しかし、それを加味しても柔らかい。相当手の内が柔らかく、手首の稼働域、柔軟性も抜群。なるほど、なるほど、受け止める騎士ではなく受け流す騎士……手だけならマスター・グレイプニール以来の逸材に映る。ただ、これは素養と言うよりも、唯一の長所を伸ばしたという感じか」
「ど、どうも」
先ほどから小言だが割と罵倒され続けていたのに、突然褒められ始めて照れるクルス。ルフタは手のひら、指先、其処から逆算し腕、肩、胸、背中、改めて触れる。
「ふ、くく、なるほど。これは実験ですな。持たざる者が騎士足りうるか、と言う。なんと悪辣で、残酷で、哀しいことか。であれば――」
ルフタは苦い笑みを浮かべながら、
「入学の際に健康診断を受けられましたか?」
「あ、はい」
「そこで魔力を測定したと思うのですが、参考までに数値を教えて頂きたい」
「……え、えと、いくつだったかなぁ。よくわからなくて覚えて――」
「78」
覚えていなかったクルスに代わり背後のイールファスが答える。ディンとデリングは何故お前が知っているんだ、と言う視線を送る。
「血液採取後の測定は魔法科の仕事。妹がデータを横流ししてくれた」
「……聞かなかったことにしよう」
「ああ。それが賢明だな。それにしても低く出るとは思っていたが――」
「……78,か」
機密であり個人情報漏洩の証言を聞き流しながら、二人は顔をしかめる。78と言う数字、それがもたらす残酷な事実を。
「かつて魔導革命以前の世界では内蔵魔力こそが騎士の才能、その大部分を占めていました。アスガルドが誇る英雄、勇者リュディアは千を超える数値を記録した、とも言われています。まあ、当時とは測定の精度が違いますが」
現在生存中の人間での最高値はウル・ユーダリルの五百前後と言われている。が、勇者リュディアも含めこれは特異体質、身体機能異常者の話。現在、平均値は徐々に下降していると言われているが、騎士志望者全体の平均値はおよそ百。上位校、団入りの騎士であれば百二十、三十辺りが平均となるだろう。
ディン、デリングは百八十前後、イールファスで二百、家系的に騎士家の中でも図抜けているフレイヤは二百五十弱、この辺りが常人の限界値とされていた。
これがサラブレッド、騎士家が騎士を排出し続ける最大の理由であった。クルスも一般人の中では低いわけではないのだ。ただ、サラブレッドの中に混じると劣る、と言うだけで。まあ、それが決定的な違いだったのは――
「……」
「おや、不安にさせてしまいましたかね。魔導革命以前ならばいざ知らず、今どきの騎士団でそこを重視しているところはありませんよ。武器、道具の革新、魔導革命は騎士の足切りラインさえ変えてしまったのですから」
遥か昔の、百年前のお話である。
ルフタはおもむろに棚の方へ向かい、細長い梱包された箱を取り出す。それを紐解き、箱の中に入っていたのは――
「魔導技術の粋。これが導体です。魔導の祖、エレク・ウィンザーは半導体と名付けたそうですが、いつの間にか半は消えました。まあ、なくても通じますので」
「導体を生で見るの、初めてです」
クルスはじっと導体を見つめる。細長い銀の棒に透明な膜が張り、その膜の中に何重にも迷路のような道が駆け巡っている。自然界では見たことがない。
実に不自然な物体であった。
「導体は裏方ですからね。魔導製品の大半にこれと似たものが必要に応じた形状、サイズで組み込まれています。騎士剣は大体この形状になるでしょうか。剣のサイズ、形で多少の前後はありますが……この導体を芯材としてこれまた用途に応じ金属で包み、加工し刃となります。あとはこの先っちょ部分、金属で覆わずに飛び出したここをこれまた導体の組み込まれた柄に接続すれば、騎士剣の完成です」
ルフタは話しながら棚からそれぞれの工程における部品を取り出し、クルスらに見せる。騎士剣の裏側、その構造を。
「エンチャントと導体の大きな差は魔力の保持になります。魔法技術であるエンチャントは基本的に魔力を流し続ける必要があるのに対し、導体は発現のトリガーとして魔力を流せばそれで運用可能です。まあ、これはそれなりの長期運用でもなければなかなか実感し辛い部分ですが……また魔力伝導の効率、ここも劇的に改善されました。この二点により騎士の内蔵魔力格差はかなり改善されました」
「内蔵魔力で切れ味って変わるんですか?」
「魔導剣、現行の騎士剣であれば其処に差異はありませんよ」
「……そうなんですね」
少しホッとするクルス。魔導技術の発展がなければ、例えば百年前ならばクルスは騎士を目指すことすら出来なかったかもしれない。少なくとも御三家、アスガルドの門戸を叩くことは絶対になかった。当時の名門の大半は魔力を測定し、一定値以下はどれだけ優秀な人材でも切り捨てていたから。
「素晴らしい講義だ。それで、肝心の用向きに関してはどうかな?」
「おっと、これは失礼を。マスター・リンザール。僭越ながら貴方様を当店の客人として、この十五代ルフタが認めさせて頂きます」
「え、と」
「よかったな、リンザール。ようやく買い物ができるぞ」
「そ、それはよかったよ」
いまいち状況を飲み込めていないクルスであったが、デリングが少しホッとしている様子を見て、本当にフレイヤが絡まないと凄く良い人だな、と思った。
「クルス様。ご予算はございますか?」
「予算、その――」
「彼の祖国、イリオスが出す。予算は考慮しなくて構わんよ」
「え!?」
「承知いたしました」
デリングが勝手に話を進めた。クルスは「い、いいのかな」と慄いているが、どうせ考えても完成品がなく、当然値札も存在しない店内では考慮しようがなく、また財布であるイリオスの懐具合もわからないので流されるまま、であった。
「クルス、ここは乗っとけ。俺も言われるまで気づかなかったが、ここがアスガルドのアヌってんなら買えただけでステータスだぞ」
ディンが呆然とするクルスの肩を組み、耳元で囁く。
「そ、そんなに?」
「ああ。いくら金を積まれようが足る者以外には絶対商品を売らねえんだ。どんな名門の出でも個人を見る。ナルヴィだろうがヴァナディースだろうが、な」
「……マジ?」
「マジもマジよ。それが元でヴァナディースとは絶縁関係だとか」
「うわぁ」
ひそひそ話をする二人を尻目に、ルフタはクルス・リンザールの肉、骨の感触を思い出し、刻み込む。本来なら、受けない仕事。それでもやるからには最善を尽くす。それがアヌの、ルフタを襲名した者の使命であるから。
工業化著しい魔導界隈。騎士剣もかなり工場製でも良いものが出来てきたのもまた事実。されど、未だ技術の介在する余地はある。
それがある限り、最高を打ち鍛えるのが彼の使命。
(刃は出来るだけ軽く、しなやかに。水銀とのアマルガムを検討すべきか。素材は銀、では少し重い。チタン、いや、思い切って蒼銀(ビスマリル)の在庫を使うか。ふふ、硝子細工のような脆さはあれど、比類なき軽さとしなやかさを……いかんな、これも実験だ。彼の設計者を笑えない。しかし、なるほど、これは面白い)
客人に背を向け、ルフタは歪んだ笑みを浮かべる。彼の設計者が何を考えたのかはわからない。それは闇の中である。
だが、ルフタはその中に好奇心を見る。何もかも足りぬ者を騎士とするためには、何を与え、何を捨てさせるべきなのか、その膨大な思索を見出した。
あのか細い体に『騎士』を詰め込めるのか――
「色々と質問したかったが、ああなってしまえばどうしようもない」
「これで客商売やってんだから凄い話だぜ」
「そうだな。しかし、だからこそブランド化したとも言える」
「確かに。んじゃ、出ようぜ」
「ああ」
ディンとデリングは店を出ようとする。
「え、と……まだ買ってないけど」
「材料があっても騎士剣の製作には時間がかかる。完成したら学園に送ってくれるはず。あとはプロにお任せ」
「あ、そうかぁ」
庶民が持つ買い物の概念とは異なるやり取りに混乱しながら、イールファスの説明でクルスは何とか飲み込むことが出来た。
今日は色々なことがあった。自分の想像もしたことがないような世界を満喫したと言える。魔導量販店の賑やかさ、老舗専門店の厳粛さ、どちらもゲリンゼルにはなかったものである。手にはカタログがあって、後日凄い店らしいところが剣を造り、送ってくれるらしい。とんでもない一日だった。
だけど、
「でよぉ、ログレスでもこの時期は寒中水――」
「……気が滅入るな」
「俺、海嫌い」
「普段は好きだけどこの時期は」
「……同感だ」
ルフタの視線、自分が端から排除されていたあの眼やイールファスの口から出た数字に対するディンたちの表情。無駄に目端が利くから、見えてしまった。
自分に才能があると思ったことはないけれど、才能がないと明確に突き付けられたこともなかった。むしろ、最近はようやく勉強も軌道に乗ってきて、何とかなるんじゃないか、と思えるようになってきたところである。
だが、今日、騎士を見るプロから忌憚のない意見が出てきた。嫌味ではない。それぐらいはわかる。四人を見て、一人は知己で二人を称賛した。
その列に自分は――
「なあクルスは泳げ――」
振り返った三人が一瞬、硬直してしまう。クルスは今、自分がどんな貌をしているのかわからなかった。
「あ、ごめん。何の話?」
咄嗟に笑ったけれど、それがきちんと笑えていたのかもわからない。
「……あそこの店主は誰にでも辛口だ。むしろ認められたことを誇ると良い。アヌの剣を握った騎士は皆一流になると言うしな」
「そりゃ縁起良いや。つーかいきなりとんでもない所に連れて行き過ぎだろ。もうちょい手心ってもんをなぁ」
「店員が信頼できないと言ったのは貴様だぞ。だから俺は信頼できる人物を紹介したに過ぎない。認められずとも意見は貰えたはず」
「それはまあそうなんだが」
「っていうか飯行こうよ。イールファスもお腹空いただろ?」
自分のせいで妙な空気になったのでクルスは話を切り替えようとする。
「はらへ」
イールファスはそれに応えた、わけではなく彼はシンプルにお腹が空いただけ。
「おっし。じゃ、デリングのおごりでメシ行こうぜ!」
「割り勘だ」
「なら、マスター・ユーダリルの行きつけが良い」
「何だそれ!?」
「興味深いな。英雄の行きつけとは」
「あはは、あそこか。それなら俺も出せるよ。みんなで行こう!」
「おー!」
「「……」」
「ノリ悪いなぁ、二人とも」
「よくわかんない」「知るか」
「あはは」
雰囲気を持ち直し、四人はウルの行きつけへ向かう。辿り着いた先でデリングが「た、立ち食い? ひ、品格が」と慄いていたのだが割愛。
まあ結局育ちざかりなので全員モリモリ食べたのだが。
○
『やっほー』
「お楽しみでしたか」
『何。内緒話をするなら賑やかな方が良いと思っての。知己の店から通信機を借りておるのだ。して、何か用かの?』
テュールは朽ちた剣を撫でながら、
「クルス・リンザールの剣が故障しました」
ようやく繋がった通信で報告を開始する。
とある、重要案件について――
『ほう。年代物であるからな。まあ、適当に学生支援の名目で買ってやればよかろう。なに、必要経費必要経費』
「その件は問題ありません。騎士剣が壊れたことをイリオスの騎士に聞き咎められ、恩返しを兼ねて支援させてほしい、と」
『それは安くない首輪をつけられたのぉ。まあ、彼にとっては良いことか。国立の団入り数を稼げるのであれば、わしらとしても嬉しい』
「問題は……壊れた剣の状態です。彼から預かってすぐ、劣化が急激に始まりました。現在の状態はもう、とても騎士剣と呼べるものではありません」
『……壊れたのはいつじゃ?』
「おそらく、アースでのダンジョン発生後、事件解決後でしょう。戦闘では問題なく使えていたはず。その後は起動する機会がなかった、か――」
『少し前までは使えておった、か。あまり根掘り葉掘り聞きたいことではないの。子どもは存外察しが良い。気取られても困る。どちらにせよ加速度的に劣化が始まったのはあの子の手を離れてから、なのじゃな?』
「はい。それは間違いありません」
『……災厄の騎士に育てられた子、か。少なくとも何かしらの繋がりはあるのだろうな。弟子と師の間に……難しいのぉ』
災厄の騎士、ゼロス・ビフレストの弟子、クルス・リンザール。彼らの間に如何なる繋がりがあるのか、どこかではっきりさせねばなるまい。
ただ、今は――
「それでマスター・ウーゼルには――」
『うむ。会えた。詳しいことはまた、直接話そうぞ』
「はっ」
他にも案件を抱えているのだ。先日の事件、ユニオン騎士団の妙な動き、世界の裏側で何かが動き始めている。遠くの火事と笑ってはいられない。ユニオン騎士団は世界中を股にかける騎士団であり、彼らのことは世界全てにかかわるのだ。
『クルス君の件、くれぐれも内密にの』
「心得ております」
様々な事柄が入り組み、真実は何も見えぬ闇の中。誰が正しく、誰が間違っているのか。そもそも正しいとか間違っているとかがあるのか。
『では、しばらくユニオンを観察したのちぬるりと戻る。しばらくは任せた』
「イエス・マスター」
多くを知らねば、真実など見えようがない。
朽ちた剣は何も言わず、時を取り戻すかのように錆び、欠ける。
○
「芯材は、ああ、これにしよう。何故かピンときた。先々代が残した、百年前の半導体、その初期ロット。本来、当時最高の騎士が握るはずだった始まりの魔導剣。彼もまた一流どころにしては内蔵魔力が少なかったらしい。彼がこれを内蔵した魔導剣を握っていれば、もしかすれば戦死することもなかった、かもしれませんね」
刃の素材を決めて、クルスの特性、騎士としての完成形を考えながらうろうろしていた時、棚の奥に眠っていた箱が輝いて見えた。
直感が告げる。これにすべきだ、と。
「相変わらず素晴らしい純度。深い青みがかった色合いが実に美しい。何度見てもこれが初期生産品とは思えない。構造はともかく品質は今でも十二分。エレク・ウィンザーはクリーンな環境にとことんこだわったと言う。彼もまた謎の多い人物、その二人が共に手を取り合って作り上げた間に合わなかった最終兵器を――」
ルフタは微笑む。こういう時はいい仕事ができるのだ。
「騎士に成るべきではない子が継ぐのだから……時代と言うものは面白い」
最古の導体に現在の技術を注ぎ、最新を超える。クルス・リンザールには過ぎたるもの。だが、そうでなければ彼が騎士に成ることなど無い。
師、環境、物、最高を取り揃えて初めて、スタートラインなのだから。
実験の一助に、持てる全てを注ぎ最高の一振りを――
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