第29話:騎士剣ショッピング

「すっげぇ」

 王都アース最大の魔導量販店アマダ、その一角に並べられた騎士剣の数々を見て、クルスは口をあんぐりと開けていた。今までそれほど意識したことはなかったが、学校でも皆それぞれ違う騎士剣を提げていた。様々な種類があるのは自明。

 だが、理屈ではないのだ。

「これが全部騎士剣だ。燃えるだろ?」

 どや顔のディンにクルスはぶんぶんと首を縦に振る。

「む、胸が熱くなってきたよ!」

「男の世界」

 どこで調達したのか棒付きキャンディーをほおばりながらイールファスも彼らに同調する。デリングも無言で頷いていた。

 普段、取り立てて趣味が合う四人でもないのに、騎士剣がずらりと並ぶこの光景を前には同じ気持ちを抱いていたのだ。

 もしかするとこの光景が世界平和への架け橋に、なるわけがない。

「こ、この中から選んでいいのかな!?」

「「「駄目」」」

「……え?」

 まさかの三人同時の否定にクルスは衝撃を受ける。

「これは観賞用だ」

「え、でも値札がついて……ッ!?」

 クルスは騎士剣に下げられた値札を見て、戦慄する。明らかに最もグレードの低いエントリーモデルのコーナーであるにもかかわらず、どの騎士剣も平気で二十万リアを超えているのだ。以前、騎士団研修と言う名のバイトで六万リアを稼ぎ出したクルスであったが、その時もあまりの高額報酬に卒倒しかけたほどである。

 何故ならクルスの実家の年収は五十万リア。エントリーモデルの騎士剣三本も買えない。物価が違い過ぎた。さすが騎士団、太っ腹だなぁと思っていたが何てことはない。必需品もバカ高かったのだ。目玉が飛び出るほどに。

「か、買えない。ちゅ、中古とかあるのかな?」

「騎士の魂であるところの騎士剣を中古で、だと?」

 クルスを鋭い眼差しで睨むデリング。普段のどろどろした嫉妬の炎ではなく、これに関しては素面でお怒りの様子。

「中古ショップはあるけど……さすがに俺も騎士剣を中古でそろえるのはおすすめしないなぁ。ああいうとこを利用するのは騎士崩れ。団入りを目指す御三家の学生が握るもんじゃねえよ。見る奴が見たら一発でわかるしな」

「安物買いの銭失い。下に見られる」

 ディン、イールファスからもぼろくそに言われてしまう。

「で、でも、高いよ」

「イリオスが金出すんだろ?」

「それでも限度ってものが――」

 ディン、首をかしげる。

「……イリオスってそんなに金なかったっけ?」

「いや。国の規模に対してかなり豊かなはずだ。魔導関係の特許もかなり保有しているから、寝ていてもそれなりに稼げているはず」

「だよなぁ。腐っても魔導発祥の地だし、それ以前もあれだろ、コロシアムとかこう、ピンク系の店が結構外貨を稼いでいたとか」

「……知らん」

「嘘つけむっつり」

「殺すぞ」

 ディンとデリングの言い合いにクルスはついていけず、呆然と見守るしかなかった。イリオスが金持ちだからと言って、こんな高い買い物を母国とは言え無関係な他人におごってもらう、と言うのはクルスの中では非常識であったのだ。

 そう、

「ってかクルスはよぉ、イリオスの王女を――」

「ディン」

 デリングが制止する。が、時すでに遅し。

「王女様? この前あいさつしたけど」

(し、しまった! そうか、認識の齟齬だ。口封じされた俺らはクルスが王女を守ったことを知っている。今回の件は当然恩返しも入っている。なら、それなりのもの買わないと逆に失礼、と当たり前のように思っていたが――)

 この中で唯一、当事者でありながら状況を把握していないのは皮肉なことだが、確かにいきなり母国が支援する、だけでは恐縮してしまうのも無理はない。

 とは言えきちんとした騎士剣を買うなら――

「クルス。田舎者のクルスは知らないかもしれないけれど、都会は物価が違う。騎士剣を買っていいと言われたなら普通のやつを買うべき」

「へ、そんなに物価違うの?」

「そう。これは格安コーナー。騎士を夢見る騎士の家以外の子が剣を握る時に利用する、ぐらい。俺たちはここじゃ買わない。それが普通。当たり前」

 普段無口なイールファスが畳みかけるように普通やら当然やらを連呼する。無知なクルスは「そ、そうなのかぁ」と徐々に洗脳されるしかなかった。

 ちなみに、確かに都会と田舎では物価は違う。が、根本的に騎士剣は高い買い物である。一般家庭がほいほい買えるようなものではない。

 それが例え、エントリー(入門)モデルであっても。

「普通ならこの辺り」

「この辺、りィ!?」

 イールファスが指差したのは一振り百万リア近くする逸品であった。特価、とでかでか書かれているが、何が特価じゃと言いたくなる値段である。

 リンザール家二年分に相当する。

「あー、まあギリこの辺だわな。ちょっと造りが安いけど」

「俺なら買わん」

「確かに。もう少しグレード上げたいよなぁ」

「……」

「クルス、普通普通」

「……君たちが金持ちってだけじゃなくて?」

「騎士の普通」

「ほ、本当にィ?」

 さすがのクルスも騙され辛くなってきた。本当のところは彼ら全員ドのつく金持ちの家に生まれている。ディンも勘当同然でアスガルドに来たとはいえ金銭感覚はそのままであり、その辺はデリングと大差ない。

「金額を気にするな、クルス」

「そ、そういうわけには――」

「リンザール。騎士剣は騎士の生命線、安物買いは命を捨てるに等しいぞ」

「うっ」

「お金のことは忘れて。ほら、ここにカタログがある。一緒に見よう」

「う、うん」

 クルス陥落。イールファスと並びカタログに目を通し始める。ふう、と汗をぬぐうデリングとディン。内情を知る彼らにとって安物買いなどさせられるわけがない。王家を馬鹿にしているのか、と受け取られかねないから。

「しっかし、量販店なんて久しぶりに来たけど面白いもんだな」

「……二十万リアで騎士剣が買えるのは知らなかった」

「俺も俺も」

 クルスから離れ、店内を見て回るディンとデリング。普段、彼らはこういう場で買い物などしない。この店で最も高いグレードは二百万リアほど。彼らの感覚ではそれでも安い、と思ってしまう。ちなみに二百万リアはアース郊外での一人暮らしの生活費一年分ほどである。騎士とはまあ、そういうものなのだ。

「エンチャント時代は基本一点物で二百万ぐらいがエントリーモデルだったろ?」

「今とは多少物価も違うだろうがな」

「そんな変わらねえだろ。まあ、魔導技術様様だな。今は騎士剣も下のグレードは工場で生産される時代ってな。じいちゃんが嘆いてたよ」

「……上の世代は受け付けまいな」

「敷居が下がる! って。悪いことじゃないと思うけどなぁ」

「善し悪し、だな」

 名門出の二人にとってこういう場は新鮮であった。魔導技術の発展が良くも悪くも下げた敷居。良いこともある。悪いこともある。

 どんなことにも二面性はあるのだ。

「お、これ良いんじゃねえか?」

「カタログか?」

「Build To Order、BTOだってよ。へえ、今こんなのあるんだ。部品を自分で選んでカスタマイズできる、ね。面白ェ!」

「基盤、刃の材質、柄、握りの径……これだけ指定できるのか」

「おお、こりゃ良い値段するわ。さすがオーダーメイド。安くはねえなぁ。金額は伏せてクルスに見せようぜ!」

「……そうだな」

 ディンはBTOのカタログを手にクルスの下へ駆けていく。浮かれる彼の背を眺め、デリングは苦笑する。普段使わない量販店、ディンが浮かれるのはきっと自分と同じ気持ちであるのだろう。名門ゆえ、このような場に足を運ぶことは許されなかった。ただそこにいるだけで格が落ちる、と思われるから。

 今は学友の付き添いと言う言い訳がある。

 子供の頃、一度だけ父にねだったことがある。この量販店がオープンする、と言う話が耳に入り、どうしても訪れてみたかったのだ。

 デリングは軽く、頬に触れる。

『恥を知れ!』

 下賤に交わるな、と父に殴られた記憶がうずく。痛みはとうに消えても、心の傷は消えない。実際にデリングは今の今まで、この場所には来なかった。

 学園に入り、ある程度の自由を得てもなお。

「ええ!? こんなに色々あるの!?」

「俺も初めて知ったぜ。いやぁ、基盤だけで百種類近く。目眩がするな」

「どれが良いんだろ?」

「わからん! イールファスはわかるか?」

「わからない」

「デリングは?」

 クルスから声を掛けられ、デリングはふっと笑みをこぼしながら、

「見せてみろ」

 ひと時の、学生時代だけの自由とは言え、今を謳歌する。今だけは彼らと共に、存分に父の言う朱に交わろう。

 それが学生の特権なのだから。

「……わからん」

「で、デリングも?」

「……すまん」

「ま、まあしゃーない。オーダーする時ってざっくり好み言って、あとはプロにお任せって感じだもんな。まさかここまで細かいとは」

「店員に聞くべき」

「それが妥当だわな」

 店舗に置いてある騎士剣なら握ったり、軽く振り回したり、頼めば魔力を伝導することも出来るだろう。だが、部品を自らの知識で組み立てるとなるとそれらすべての知識が必要になる。そして彼らはプロにお任せ派、深い知識はない。

 まあ実は――

(……全然わからねえわけじゃねえんだが、自分のならともかく友達の騎士剣を自信をもってこうすべき、と言えるほどの知識はねえ。責任取れねえしなぁ)

(……わからないわけではない。騎士剣のカタログを見るのは趣味だからな。だが、趣味レベルで口を出して良い領分ではない)

(全然わかんない。あ、飴溶けてなくなった)

 約一名を除き多少なりとも知見はあった。が、胸を張ってこうだと言えるほどの知識は持ち合わせていなかったのだ。

「ただまあ、店員にも当たり外れはあるよなぁ」

「そのあたりは仕方がないよ。俺よりは絶対詳しいし」

「そりゃあそうだけど、んん」

 自分で連れて来て言うのもなんだが、こういった店に一流の騎士は来ない。彼らも其処をターゲットにはしていないだろう。ディンの引っ掛かりは其処である。クルス・リンザールと言う騎士がどのレベルに達するかはわからない。

 だけど、折角なら――

「なら、俺の行きつけに行くか?」

「デリングの?」

「ああ。色々と教えてもらうことはできるだろう」

「へえ。ナルヴィの御用達か。敷居が高そうだ」

 デリングの提案にディンは驚く。フレイヤのこともあるし非協力的だと思っていたのだが、それはそれ、これはこれであったようだ。

「……買えるかはわからん」

「こ、ここより高いの?」

「いや、値段の話ではない。リンザールの器の話だ」

「……へ?」

「客を選ぶ店だからな」

「……そ、そんなお店がこの世にあるの?」

「ある。まあ、俺やクレンツェがいれば門前払いはされんさ」

「……こわぁ」

 とりあえず魔導量販店のカタログを貰えるものはすべて片っ端から入手し、一同はデリングの案内で彼の行きつけとやらに向かうこととした。

 道中、

「さ、さっきからチラチラと変な値段が目に入るよぉ」

「気をしっかり持て。魔導時計は高いんだ。仕方がねえ!」

「リンザール家の十年分、二十年分がそこらへんに転がっているよぉ」

「クルス超面白い」

「この場にいるだけでいつか死にそうだな」

「あ、ああ、あ」

 明らかに王都アースの中でもぶち抜けて格式高いエリアに足を踏み入れたクルスは雰囲気だけで満身創痍であった。金持ちのオーラを持たざる者は立ち入るべからず、と言わんばかりの圧に、勝手に押し潰されかかっていた。

「ここだ」

「おお。雰囲気あるねえ。老舗って感じだ」

「良い匂いがする」

「うわぁ、高そう」

 もはや高そうとしか言えなくなったクルスはさておき、アスガルドの歴史が詰まっていそうな赴きある外観は確かに一見さんを弾き飛ばすような見た目であった。まあ、デリングは当然だがディンもイールファスもこういう店の方が慣れている。

 なので躊躇いなく入店する。

 その瞬間、クルスは謎の圧を感じた。

「いらっしゃいませ。おや、デリング御坊ちゃま。ご無沙汰しております」

 店内は先ほどの量販店に反してそれほど大きくなかった。店内にも基盤などの部品はあれど、完成品はひと振りとしてない。

 おそらくは全てオーダー。既製品はないのだろう。

「学友の騎士剣を拵えてもらいたい」

「これまた珍しい」

 店内には店主が一人。すらりとしたスタイルに優雅な身のこなし。

 そして何よりも、

(あ、この人、騎士だ)

 クルスが見てもわかるほどに洗練された立ち姿。一目で彼が騎士、騎士に準ずるものであることが理解できた。

「ようこそ、アスガルドで最も古き魔導剣専門店アヌへ。皆様の魂を見定めさせていただくは、私十五代目ルフタと申します。以後、お見知りおきを」

 深き大海のような瞳を持つ男、ルフタは仮面のように張り付いた笑みを一同へ向ける。店内に入った瞬間から感じていた何かは、彼の視線であったのだ。

 その眼は――器を見る。

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