第28話:騎士剣、壊れてた

 手紙が届く前、新学期が始まる前の年明け早々、クルス・リンザールの悲鳴が早朝のクソデカ原っぱことイザヴェル平原に響き渡った。近くで同じく早朝の訓練をしていたデリングはびくりと驚く。ちなみにディンは行方知れずである。

「あ、あああ、あああ」

 悲壮感たっぷりに崩れ落ちるクルス。それを横目にデリングは無視しようと思っていた。あの男は自らにとって不倶戴天の敵。あの悪夢(デリングにとって)のダンスパーティの夜、悪魔たちに魂を売る羽目になったのもあの男のせいなのだ。

 だから無視する。そう決めた。

「うぼぁあああ」

(……何なんだ、うぼぁ、って?)

 ただ、哀しいことに彼はフレイヤと同じく、

「……何事だ、リンザール」

 ノブレスオブリージュが染みついた男であったのだ。

「あ、ふぐぅ、け、剣が」

「剣?」

「起動しないィ」

「……まあ、どう見ても年代物だからな」

 魔力を流しても、うんともすんとも言わない騎士剣。『先生』からの餞別であり、クルスにとってとても大事なもの。デリングが借りて、自らも魔力を流してみたりと、色々確認してみるも、騎士剣に反応はない。

 おそらく回路が破壊されたのか、消えてしまったのか、どちらにせよ――

「買い替えだな」

 そうするしかない、とデリングは結論付ける。フレイヤらの発言を信じるならば、兵士級との一戦が致命傷となったのだろう。

 元々骨董品、現役で使えること自体が奇跡であった、とも言える。

「修理は?」

「今の騎士剣と規格が違い過ぎる。半星紀前ならいざ知らず、今では魔法学の産物であるエンチャント技術も廃れ、技術者も絶えた」

「……つまり?」

「買い替えだ」

 デリングによる無情な一言がクルスを貫いた。

 クルス、男泣き。


     ○


 クルスはテュール先生へ相談するために彼の部屋へ訪れていた。デリングが学校側に相談すべきだ、と言ってくれねばもう少し右往左往していたはず。

 こんこん、とノックすると、

「誰かな?」

 扉の奥からテュールの声が返ってきた。

「騎士科三年、クルス・リンザールです」

「……入りたまえ」

 少し間を置き入室するよう返事が来る。クルスが恭しく扉を開けると、其処にはテュール以外にも一人、まさに歴戦の勇士と言わんばかりの騎士がいた。

「あ、来客中でしたか。すいません、出直します」

「構わぬよ。君がゲリンゼル出身の子か」

「は、はい!」

 帰ろうとするクルスを制したのは来客の方であった。

「私はマリウス・バシュ。イリオス王立騎士団の副団長を務めている」

「げ、ゲリンゼルのクルス・リンザールです!」

 国立騎士団の副団長。最近少しは騎士の世界を理解し始めたので、さすがにその凄さがわかるようになっていた。ごく一握りの枠に入ったエリート。そこからさらに選別され、勝ち抜いた者たちだけが役職持ちとなる。

 まあ、テュールもかつてはそうだったのだが。

「よろしく頼むよ。卒業後、共に働けることを祈っている」

「あ、ありがとうございます。恐縮です」

 マリウスと握手を交わしながらクルスは緊張して流してしまったが、彼の発言は相当大きいものであった。騎士団の人事権をそれなりに持つであろう男からの勧誘、とも取れる言葉。これもまた一種のコネ、である。

「それで用向きは何かな?」

「あ、はい。その、大したことではないのですが……騎士剣が壊れてしまいまして。その、どうしたものか、と」

「……客人の前でする話ではないね」

「あ、すいません」

「私が見てみよう。対応に関しては追って連絡するよ」

「は、はい!」

 クルスはテュールに剣を渡し、一礼してからそそくさと部屋を後にする。まあいくらクルスが世間知らずでも、名門校の教頭と国立騎士団副団長の話し合いの邪魔をするわけにはいかない、ぐらいの節度はあるのだ。

 明け透けな彼を見送り、

「申し訳ない、バシュ卿。あの子の粗相は我が校の至らなさによるものだ」

「いえ。彼には言えませぬが、我々は彼に感謝してもし足りぬ立場です。まさかあの御方に我々の目を盗み、外へ繰り出す行動力があったとは……危うく一生ぬぐえぬ傷を負うところでした。あれは、世辞のつもりではありませんぞ」

「……随分と気の早い」

 テュールは苦笑する。この男が冗談を言わぬ性質なのは、騎士団時代からも同盟国として付き合いのあるテュールは知っている。加えて王女の意向もあるかもしれないが、イリオスはかなり本気でクルスのことを狙っている模様。

 それこそ卒業さえすれば、成績すら問わぬほどの本気度を感じる。

 とは言え、そんな甘い蜜を今の段階で彼に知らせるわけにはいかない。クロイツェルでなくとも教育によくないのは明白である。

 それなりの負荷は必要なのだ。騎士を打ち鍛えるためには。

「騎士剣、買い替えになりますかな?」

「ええ。残念ながら。魔族の攻撃を受け過ぎていたように見えますね。エンチャント技術は刃の表面に魔術式を刻み、魔法薬を塗布する形になる以上、上手く攻撃を受けねば容易に削れ、消耗し、機能不全に陥る」

(まあ、劣化を見る限り、すでに使えなかったものを無理やり使えるようにしていた、とも見えるが。以前、もう少しきちんと見ておくんだった)

 ウルはじっくり見ているはずだが、こうして見てみると彼が使える判断をしたとは思えない風化ぶりである。見比べるために彼の帰還を待つ必要があるだろう。

 場合によっては皆、化かされていた可能性すらある。

「エンチャント……随分とアンティークな騎士剣ですな」

「……ええ。師から譲り受けたとか」

 つい話過ぎたとテュールは煙に巻く。丁度この剣、調査がしたかったのだ。災厄の騎士に繋がるかもしれない、重要な物品である。

 彼の手を離れるのならば良い機会であろう。

「騎士剣の件、提案があるのですが――」

「……」

 提案を聞きながら、テュールは何とも言えぬ表情となる。

 イリオスの副団長の厚意、ではないのだろう。どうやらテュールが思うよりもずっと、クルスの故郷は本気で彼を取りに来ているのかもしれない。

 今の彼に騎士としてそれほどの価値があるとは思えないが――

(何も持たぬ子が、早々に太いコネを得たものだね)

 どうやら運は持ち合わせているようであった。


     ○


「さあ、来たぜアース! 買うぜ騎士剣!」

「俺より前のめりだ」

「何故俺が」

 二日後、テュールから驚きの提案を受けたクルスはディン、デリングと共に列車に揺られること二時間。王都アースにやってきていた。

 何故このメンツなのか、話は一日前に遡る。

『イリオス王家が異国の地で頑張る君を応援したいと騎士剣の購入資金を出してくれることになった。見返りを求めぬ善意だ、受け取りなさい』

『は、はい!』

『購入の際は信頼出来る友人を連れて行くと良い。安い買い物ではないからね。変なものを掴まされぬよう、細心の注意を払うこと。良いね』

『イエス・マスター!』

 と言うくだりがあった。まさかタダで騎士剣が買えるとは夢にも思わなかったクルスは有頂天になる。まあ、タダより高い物はないのだが、そういう酸いも甘いも知るのはもう少し大人になってから、であった。

 とりあえず信頼できる友人、と言うことでまず、

『何かしら?』

『じつはかくかくしかじかで』

 フレイヤに相談した。一瞬ディンのことも脳裏にかすめたが、今彼は行方不明だしそもそも彼よりはフレイヤだろう、と真っ当な判断をしたのだ。

 だが、

『不純異性交遊の匂いがした!』

『リンザール!』

 白昼堂々ショッピングデートの相談など『彼ら』が許すわけがない。今のクルスは『彼ら』にとっては目下、最大の要注意人物である。『彼ら』は校内の至る所に休暇関係なく根を張る闇の組織。容易く突破は許さない。

『話は聞かせてもらったぜ』

 闇の組織の一員である行方不明だった友人、ディンはクルスとフレイヤを裂く形で割って入る。ついでに何故かデリングも割って入ってきた。

 その行動にフレイヤは蛇蝎を見るような眼で二人を見ていたのだが、生憎二人ともその視線には気づいていなかった。

『え、どうやって!?』

『癖になってんだ。女との会話を盗み聞くの』

『……え、キモ』

 フレイヤもより嫌悪の色が強まる。当然デリングは気づいていない。

『剣は男の魂だ! そして男の友情は不滅! 女の意見なんて聞いちゃいけねえ。安心しな、切符はこいつのおごりだ。なあ、相棒』

『……おごり? 相棒?』

『俺とデリングがクルスに騎士剣の良し悪しってのを教えてやるぜ!』

『……ご勝手に』

『あ、待ってよフレイヤ!』

 みたいなことがあった。

 まあ、彼らなら間違いなく騎士に関しては信頼できるし、ありがたい話ではあるのだが、出来ればフレイヤと一緒がよかったな、と思うのは仕方がないことであろう。いや、まあ、付き合ってくれたかは別の話ではあるのだが。

 ただこう、いい口実だったのになあ、と思うわけで――

「疚しさが顔に出ているぞ、リンザール」

「え? そ、そんなことないよ」

「ちなみにフレイヤを頼るのは間違いだ。彼女は盾も含めて全てヴァナディースお抱えの技師に依頼している。自分で購入したことも、しようとしたこともない」

「そうなの?」

「ああ。十八回同様の誘いをしたことがある。全て興味ないと断られたからな」

「……」

 十八回もしたからじゃ、とクルスは内心思い浮かべるもぐっとこらえた。喧嘩したらデリングには勝てないし、そもそも今のクルスは丸腰である。

 せめて騎士剣がなければ彼の逆鱗には触れられない。

「俺の統計じゃそもそも騎士剣自体に興味のある女子は稀だ。服には死ぬほど金をかけるが、騎士剣は使えれば良いってのがほとんど。たまにデコる馬鹿もいるけど、機能に関しては気にしない。男は違う。ギアのカタログを、其処に記載されているスペックを見るだけで一日潰せちまう生き物だ。そうは思わないか、クルス」

「……う、うん」

 有無を言わせぬディンの圧。正直、人それぞれだろ、とクルスは思うのだが、やはり今は丸腰なので逆らわない。女絡みのディン、フレイヤ絡みのデリングに正気を期待する方が間違っているのだ。彼らは平気で抜く。

 ここが王都のど真ん中であっても。

「騎士剣は騎士の、いや、男の魂だ。そう思うだろ、イールファス」

「うん」

「え!? イールファス?」

「来ちゃった」

「俺が呼んだ。前乗りだ。男の友情に抜け駆けはなしさ」

「その通り」

 アスガルド王立学園三年騎士科男子のトップスリーが雁首をそろえる事態。嬉しいことのはずなのだが、妙なプレッシャーが芽生えたのもまた事実。

「安心しろ」

「俺たちが」

「最高の騎士剣を選んでやる」

「……ありがとー」

 妙な連帯感を備えた三人組。この三人そんなに仲良かったかな、とクルスは首をかしげた。ただ、数時間後クルスは知る。

 男の子にとって騎士剣は――架け橋であるのだと。

 男の子同士のショッピングデート、開幕。

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