第25話:真意不明
ゼロスは大きく目を見開き、クロイツェルは嗤った。
「……君はあの子を、どう導くつもりだ?」
「何の話やボケ」
血飛沫を上げるクロイツェルの身体。しかし、男は倒れながら笑みを浮かべていた。肉を切らせて、骨を断つことが出来たから。
目的通りに、
「ようやった。これで、仕舞いじゃア!」
災厄の騎士ゼロスの腕を断ち切っていたのだ。これで剣を封じることが出来た。そこにウルが歯ぎしりしながら、最強最大の火力を叩き込む。
剣無くば――
「……やってくれる」
紅き雷がゼロスの半身を消し飛ばした。圧倒的な力の奔流、これがこの時代における単独の人間が成す最大の威力であろう。
間違いなくそれは災厄の騎士を穿ち、討ち果たすものであった。
だが、
「なっ⁉」
消し飛んだ右半身、その断面より覗くのは明らかに人成らざる者の心臓。
「マスター!」
「わかっておる!」
テュールに言われるまでも無く、ウルは追撃を加えるが、
「無駄だ」
その一撃は、ゼロスの持つ心臓を破壊するには至らなかった。そもそも、それが出来たならこんな状況にはなっていない。
封印するしかなかったものが、そこに在るのだ。
「お前に私は倒せない」
その心臓を中心に、ゼロスの身体は再構築されていく。あれだけ強く、技量も卓越し、さらに不死身の身体を持つ。
その様はまさに――
「イドゥンの心臓、確かそれは――」
「アルテアン、いや、今はイリオスか。あそこで私が回収した。封印は強固であったが、だからこそ破られる心配すらしていなかったのだろう。未だ、あの国は心臓を失ったことにすら気付いておるまい。お前たちが気づけなかったように」
「あの、闘技大会の、日、ですか」
「そう言うことだ」
魔王イドゥンそのものであった。さすがのウルも顔を歪める。肉を断ったクロイツェルにこれ以上を求めるのは酷。かと言って老いた、いや、老いずともウルとテュールでは端から勝ち目などない。
「わしらの負け、ですな」
「勝ち負けを語れるほど、今の貴様が何を知る。私は今日、眼を得た。それで目的は達成している。今、ここにこうしているのは、ただの余興だ」
「……ぬう」
真意が読めない。かつての先達が何を考えているのかがわからない。おそらく、情報がまるで足りていないのだろう。考える材料がない。
だから、惑う羽目になる。
「カスが……ここで間抜け面しとるんは、あのカスのことが気になったんやろ? くく、災厄の騎士も、くひ、弟子の成長は気になるらしいなァ」
「……何の話だ?」
「あのガキは僕の兵隊にしたる。贅肉を削ぎ落とした、僕だけの盾や。時代遅れの設計図やなく、僕の手で弄り倒したる。壊れるか、成るか……どっちにしても不幸やけど、しゃーないわなァ。それが『騎士』ってもんやろ?」
血を吐きながら、嗤うクロイツェルに対し、
「私はただ、我らのように騎士と成るべく生まれた者以外が、がらんどうの者が、騎士を詰め込んだらどうなるのか、それが知りたかっただけだ」
冷徹にゼロスは言い放つ。
「なら、あれは僕の玩具や」
「好きにしろ」
気づけば断たれたはずの腕が、握っていた剣がゼロスの元に戻っていた。まだこの男は底を見せていない。真意も、何もわからない。
「ウル、ウーゼルに伝えておけ」
玉座に置いたメラの首を、ウル目がけて放り投げる。
「まだ騎士のつもりならば、己が足で歩け、と。労を惜しむから若き芽が摘まれてしまうのだ、と」
「それを摘んだ貴方が言われるのですか?」
「……どちらにせよ、その子は死んでいた。私に殺されるか、サブラグの騎士に殺されるか、どちらでも同じこと。差配の誤りだ、ウーゼルのな」
「サブラグ、何の、話をされておるのですか⁉」
「惜しい才能だった。あと十年あれば……そう思う」
そう言ってゼロスは姿を消した。残されたウルたちはただ立ち尽くす。大きな謎と、敗北感だけが其処に残っていた。
○
「がぁぁあああああ!」
血を吐き、吼えるクルス。
その圧に、僅かに災厄たちは後退するも、すぐさま逆に踏み込んでくる。
『■■!』
『■■■!』
先ほどと同等の相手との二対一。先の戦いで見出した点は見えない。ただ受け、しのぎ、終わりの時を待つばかり。
悔やまれる弱さ。足りぬ力に、彼は歯噛みする。
せめて身体が万全ならば――
「誰か!」
それでも、体は死すとも、心は死せず。灰色の眼は刹那を見据える。
「誰か、クルスさんを、助けて、ください!」
少女の祈りは――
○
ダンジョンに入った三人はいくつかの群れを倒しながら進んでいた。
「妙なダンジョンだな。って言えるほど知識はねえけどよ」
「ええ。明らかにおかしいでしょう。これだけ進んでいるのに、誰一人市民に出会わない。王都アースで発生したダンジョンなのに……ありえませんわ」
ディンもフレイヤも不可解な状況に首をかしげていた。正直、何人、何十人かの死体は転がっているだろうと想像していたのだ。抗う術を持たない民間人がダンジョンの発生に巻き込まれ、中に取り残されてしまったケースでの生存者は、よほど幸運なものぐらい。大体の者は魔獣に殺されてしまう。
だが、ここには人の気配がない。魔獣たちもこちらを発見すれば襲ってくるが、積極的に動き回り獲物を見出そうと言う雰囲気は感じ取れなかった。
どこか穏やかな空気すら漂っている。
「……何か聞こえた」
「ん?」
「女の子の声。それと――」
「ああ、確かに聞こえる。うめき声みたいな――」
「魔族の声、急ぎますわよ!」
三人は急ぎ、駆ける。
まさかそこに、
「なっ⁉」
「クルス!」
「……!」
クルス・リンザールがいるなど、考えてもいなかった。それ以上に、明らかに獣級ではなく、兵士級を二体相手取り、ギリギリだが受け切っている。
それはもう、一人前の騎士に相当する実力である。
「まだ、だ。まだ――」
だが限界は目前。ゆえに彼らは迷わず――
「おいこら、誰の親友に手ェ出してんだ?」
戦闘に移行する。
憤怒の表情を浮かべる炎雷の担い手。ディン・クレンツェの剣と災厄の怪物の剣が交差する。彼にしては珍しく、本気の怒りに満ち満ちていた。
強烈な破壊音と共に両者、鍔迫る。
「己が咆哮で居場所を告げるとは愚か極まりましたわね。此処より先、二人には指一本触れさせませんわ。フレイヤ・ヴァナディースの名に懸けて!」
ルビー色の炎が災厄の道を阻む。怒りを燃料に美しき炎は火勢を強めた。倒れ伏す学友と市民と思しき少女を守りながら、二人の援護に徹する。
「兵士級、楽しみだ」
銀の閃光と災厄の剣が衝突する。天才、イールファスが普段見せない獰猛な笑みを浮かべていた。相手の戦力への興味、期待。倦怠を超えて天才は嗤う。
血濡れの友、意識を失う友の近くに倒れ伏す兵士級を見て、イールファスはさらに笑みを深めた。やはり、足る者であったと、彼は有頂天であった。
今日はとてもいい日だ、そう思ったから。
だから――
「これは、どう?」
『■ッ⁉』
敵の攻撃を回避しながら、同時に攻撃へと移る。信じ難い体勢から剣が繰り出され、そのまましなるように敵を断つ。不十分な体勢と釣り合わぬ剣。
柔軟に、速く、鋭く、
「意外と大したことない」
天才の剣が奔る。
そして――
「ルァァアア!」
『■■⁉』
ディンの破壊力満点の剣も、圧巻の進撃を見せていた。力を押し付け、優位を奪う。押して押して押し潰す剣こそが、本気の彼の持ち味。
完全な上位互換が現れたからアスガルドにやって来た。
それが無ければログレスでも上位、下手をすると一位であったかもしれない。世代最高を前にやる気を、心を焼き尽くされ、調子を下げなければ――
今は奮闘した友のため、無心で全力の剣を振るっていた。
「今、ですわね!」
二体の兵士、その攻撃が重なる瞬間、フレイヤは二人より前に出て、二体の攻撃を盾で受け止めた。その瞬間が、
「「今!」」
フレイヤの作った隙、である。そこを二人が突き、断ち切った。本来であれば兵士級二体の討伐など、学生であれば素晴らしき戦績であり喜ぶべきことなのだが、三人は誰も喜ぶことも無く、
「大丈夫か! クルス!」
「酷い怪我ですわね。よく、守りましたわ」
「死んだ?」
「「死んでない!」」
彼らが駆け付けた瞬間、糸が切れるように倒れ伏した学友に駆け寄っていた。意識のない彼の鼓動を確認し、とりあえずディンはほっと一息をつく。
「フレイヤ、クルスさんは、大丈夫なのですか⁉」
「……っ、貴女様は!」
彼に守られた少女は、『知り合い』であるフレイヤに取り乱しながら、問いかけた。自分を守ってくれた『騎士』が無事なのかどうか、を。
そして、程なく、ダンジョンは崩壊し、姿を消した。
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