第20話:冬の騎士団体験

 期末試験、学生にとっては憂鬱な期間である。出来る学生ですらそうなのだ。

 当然、出来ない学生にとっては――

「おお、しっかり死んでるな。クルス」

「ああ、しっかり元気さ、ディン」

 絶望の期間であった。当然の如くほぼ全科目で最下位となった騎士科三学年総合得点ぶっちぎり最下位の男、クルス・リンザール。

「でもよ、同じ最下位でも最初とは全然違うじゃねえか。ブービーのお尻は見えた。夏の進級試験までには何とかなりそうじゃね?」

「そうかなぁ? まだ次から百点以上離れてるけどね、はは」

「そ、そう落ち込むなよ。右も左もわからない状態から成長しただろ。しかも実技なんてあれじゃん。拳闘はもちろん、剣闘だってビリ脱出だろ?」

「うん、まあ、ビリを脱出しただけだけどね、へへ」

「結構様になってたぜ、ソード・スクエア。最近飛躍的に良くなったよな。フォームだけなら相当改善されたと思うぜ。あとは、押し引きなんだがなぁ」

「どーせ攻めのセンスはないですよ」

 拗ねているクルスだが、実は結構手応えを感じてはいた。途方もない差だったのが足元くらいは見えてきたから。こうなってくると頑張ることは苦でなくなる。

 追いつけ追い越せの精神である。

「ぶっちぎりのビリのくせに余裕だな、あいつ」

「ほんとほんと、まぐれで実技試験勝ったからって調子に乗ってんだよ」

「どうせ来年にはいなくなる奴だしさ」

 だから、陰口を叩かれたってへっちゃらなのだ。

「あれこそ気にすんなよ。余裕があるなら陰口なんて叩かねえよ。クルスのおかげで落ちる枠が一つ埋まったって思ってたら抜かれそうで焦ってんのさ」

「まだまだ、なんだけどなぁ」

「あいつらはそう思ってないって話。ま、そんなことは置いといて、ダンスパーティまであとわずか、だ。そろそろ動き出さねえと隅っこにいる羽目になるぜ」

「俺はそれでいいかなぁって思ってるんだけど」

「バッキャロー!」

 ディンの拳がクルスにさく裂する。本気ではないが結構強めであった。

「いいか、前にも言ったがダンスパーティはこの学校の名物なんだ。出来る奴は皆、パートナーをしっかり調達してくる。しかもあれだぞ、アスガルドの騎士団とかお偉いさんとかも顔を出すんだ。目立てば入団への足掛かりにもなる」

「ダンスパーティが?」

「まあ就職に関してはぶっちゃけ眉唾だけど、平和な時代の騎士にとってダンスも重要なスキルだぜ、マジな話。いい相手を見つけるのは至難の業だが、相手も見つけられないのは論外、だ。俺はやるぜ、必ずやってみせる。去年みたいな地獄はもうこりごりだ。クルスも、早いとこ手を打っとけよ」

「ま、まあ、当てはある、かな」

「……友情はここまでのようだな、さらばクルス」

「ちょ、待ってよディン!」

 昏い炎を瞳に湛えたディンが去ろうとして、はたと止まる。

「あと、ダンスパーティ前にあれだぞ、冬期休暇中の講義選ばないとだからな。もちろん、選択講義だし取らなくても問題ないけどよ」

「うへぇ、忘れてた。地獄の基礎特訓講座取らないと」

「あれやめとけよ。せっかくの機会なんだし、俺と一緒に騎士体験行こうぜ。本物の騎士団の仕事を体験できるんだぞ。名門アスガルド王立騎士団だぞぉ」

「うう、そりゃあ魅力的だけど、今俺がやるべきことは基礎な気が」

「おいおい、騎士になるのが目的だろ? 騎士体験以上に優先すべきことなんてないさ。しかも、お金まで稼げるんだぜ? 欲しいだろ、お金」

「う、ぐぐ、確かに、お金は、欲しいです」

「行こうぜぇ、クルスぅ」

「うう、わかったよ」

 クルス・リンザール、お金の魔力により陥落。


     ○


「私は毎年、男役で親友と踊ってるんだ、すまないね」

「イールファスと」

「私毎年空いてるんですけど、今年だけ友達が来るので埋まっちゃいましたー」

 クルス・リンザール、早速当てが外れる。

「あ、あああ」

 正直、アマルティアはいけるかな、と思っていた。日頃世話もしているし、ちょうちょマスターとしての尊敬もあったはずだし。

 だが、現実は無情であった。

「……何でわたくしに聞きませんの?」

「いや、だってフレイヤはデリングとでしょ?」

 聞くまでもないだろう、とクルスは隅で頭を抱え続ける。

「あれ、デリング君って確か」

 エイルが何かを言いかけるが、

「まあ、空いていたとしてもわたくしが貴方を誘うようなことは万に一つもありませんけれど。そもそも、くだらぬ行事に現を抜かす余裕が貴方にありまして?」

 フレイヤの言葉でかき消える。

「ん、まあ、その通りだね。よーし、男クルス・リンザール! ダンスパーティのことは忘れて精進しよう! 騎士体験も控えているし、気合入れなきゃ」

 カラ元気を振り絞り立ち上がるクルス。その眼は悲哀に燃えていた。

「……基礎特訓やめたの?」

 イールファナが声をかけてきた。

「あー、ディンに押し通されてね。お金も貰えるし、貴重な体験だからって。あれ、どうしたの、フレイヤ。顔がなんか、真っ赤だけど」

「別に、何でもございませんわ。ただ、一度言ったことを曲げる不届き者のことを想うと、怒りが沸々と湧いてきますの。おほほほ」

「へえ、大変だね」

「稽古をつけて差し上げましょう。表に出なさい」

「え、でも今からファナのサルでもわかる魔導学講座を」

「順番が前後するだけですもの。よろしいですわね、ファナ」

「無問題」

「では、表に出ましょうか」

「う、うん。何か怒ってるの?」

「全然、怒っていませんわ」

 クルスを引きずるようにフレイヤは倶楽部ハウスから出て行った。

 残された三人はため息をつく。

「フレイヤちゃん、怒ってたよね?」

「激怒」

「んー、これは中々面白くなってきたねぇ」

「何で怒ってたんだろう?」

「意図不明」

「いやー、面白い面白い」

 はて、と首を傾げる二人と色々察して笑みを深めるエイル。

 そんな中、倶楽部ハウスの外では――

「ちょ、ま、待って、早過ぎ、や、やめ――」

「覚悟ォ!」

 クルスの哀れな悲鳴が轟いていた。

 その様子を木陰から覗く一人の男。クルスが虐められているにもかかわらず、その男の眼には彼に対する敵意が渦巻いていた。


     ○


 冬期休暇、学生たちは帰郷するなり、日ごろの疲れを取ったり、遊んだり、好きなように過ごす期間であった。そんな中でも真面目な学生は講義を取って、単位の取得に努めている。その中でもぶっちぎりに真面目な学生が――

「ようこそ地獄の一丁目、この五日間を濃密なものにしましょう!」

 地獄の基礎特訓講座なるものを取る。

 自ら望んで取ったはずなのに絶望の表情を浮かべているのはデリング・ナルヴィであった。基礎講座取る意味あるのか、というほど優秀な学生なのだが。

(くぅ、先生は嬉しいです。あれほどの成績を取りながら、まだ基礎を積み上げたいと。あえて基礎を積むと。そういうことですね。先生、頑張りますよ!)

 デリングの参戦で気合十二分な教師であったが、

「何故、いないんだ、フレイヤ」

 当の本人は一緒に講座を取ったはずの相手がいないことに絶望していた。

 そんなことになっているとは露知らず――

 騎士体験の方に彼女は参加していたのだが。


     ○


 王都アース、王宮の一角で騎士学校の学生たちが来賓の対応、ウェイターや警備などを兼ねた雑務を繰り広げていた。体験とは名ばかりの、雑用である。

「ディ、ディンめ。よくもだましたなァ!」

 ぷんぷん怒るクルスであったが、ディンの話は決して嘘ではない。この手の仕事も騎士の範疇なのだ。むしろこのご時世、こう言った雑務の方が騎士の仕事としてウェイトは大きくなりつつある。特に貴族付き、であればほぼこのような仕事であろう。

 ゆえに、ある意味でこれはこの時代における正しい騎士体験であったのだ。

「背筋を正しなさい。歩く時は焦らず優雅に、そして素早く!」

「無茶言うなぁ」

「皆やってますわよ。まったく、こんなことならわたくしが鍛えておくんでしたわ。高貴なる者の振舞いが全然なっていませんもの」

「すいませんね、平民どころか貧農出身ですよ、俺は」

「実戦ですわよ。今、わたくしたちを見て学びなさい」

「わかってるさ」

 クルスにとって一番差を感じるのはこういった席での、当然のように彼らが行っている立ち居振舞いであった。ただ立つだけでもスラっとしなやかに。音も無く滑るように歩き、足先から指先、頭のてっぺんまで優雅さがあふれている。

 あのディンだってこういう場では――

「お注ぎ致します」

「あら、ありがとう」

 腰に手を当て、すらりとした姿勢から瓶の底を持ち、美しい軌跡を描いて器を満たす。一枚の絵になるような所作なのである。ディンなのに。

 生まれた時から当たり前のようにそう生きてきた者と、こんな景色を知ることもなかった者とでは隔絶の差が生まれてしまう。

 必死に見様見真似でしのいでいるクルスだったが、繕っている感じは丸出しであっただろう。実際に、たまにクスクス笑われている気もする。

 フレイヤもそう。地元の名家出身である彼女は何度となく呼び止められ、世間話に興じていた。酒を注ぎ、話の相手をし、来賓を楽しませる。

 己とは雲泥の差に笑えてくる。

 マナーなどは騎士科の講義でも存在し、学園長自らが皆に教えている。クルスもその講義は取っているし、表面上のやるべきことは押さえている。来賓たちを王宮にまで案内するパレードではミスなくこなせた。それは講義が生きた。

 だが、やはりふとしたところで違いは出てしまう。

「あら、フレイヤ、お久しぶり!」

「ご無沙汰しております、殿下」

 とある少女の足元に跪くフレイヤ。そのまま会話に興じ始めた。

「あのちびっこ、アスガルドの王女様だぜ。第二王女だ」

「マジ?」

「マジマジ。ちらっと顔は見たことあるんだわ。ちなみに隣のちびっこもどっかの王女様だろーな。じゃねえと隣に立ってるわけねえし」

 するりと現れたディンが驚きの情報を伝えてきた。

「はー、すごいね、ここ」

「ためになるだろ? ここにいる人らの顔もさ、いずれ頭に入れとかなきゃいけないぜ。騎士たる者、隙を作っちゃいけねーのよ」

「……騎士道は果てしないなぁ」

「まだまだ序の口だよ。さーてお仕事お仕事っと」

「待って、ディン」

「ん?」

「ここって帯剣しちゃダメだよね?」

「当たり前だろ、今更何言ってんだよ」

「じゃあ、今入ってきた人、なんであんな堂々と槍を背負ってるの?」

「ハァ?」

 クルスが指さした先、誰も視線を向けていないところに一人の女性がいた。長い槍を背負い威風堂々と歩く姿は存在感の塊なのだが、歩く音と気配を消しているため誰にも気づかれていなかった。ぎょろり、とクルスと視線が交錯する。

「ほう! 私に気付いたか! よく見ているな、学生!」

 とてつもなく大きな声量でクルスに語り掛けたかと思うと、その女性は瞬きの間にクルスの眼前に立っていた。圧倒的存在感、全員の視線が集中する。

「俯瞰、よォく見えているぞ! まあ、私も隠密行動はこの通り苦手でな! まともな騎士相手ではバレてしまうのだ。ふはは、少年はまともな騎士になる素質があるぞ! 将来は私の部下になるかもしれんな、あっはっは!」

「何者だ!」

 学生ではなく本物の、アスガルド騎士団が彼女の周りを囲む。一糸乱れぬ動き、さすがの練度であったが、それを見て女は嗤った。

「ユニオン騎士団第十二騎士隊所属ゥ、メラ・メルだ!」

「ゆ、ユニオン・ナイト!?」

「メル家の天才か」

「何故、アスガルドに」

 ざわつく周囲をよそに、アスガルドの騎士たちは警戒を強める。如何にユニオン・ナイトとはいえ、この場で臆するは騎士の恥。

「槍をこちらに渡して頂きたい」

「断る、と言ったら?」

「……拘束させてもらう」

 メラは「あっはっは!」と大笑いし、

「アスガルド騎士団は一流だな! ジョークだけは!」

 手刀一閃、一人の騎士を気絶させ、囲みを容易く突破する。目にも止まらぬ早業。騎士たちはごくりとつばを飲み込む。

「ふむ、騎士団は二流だが、学生は一流が混じっているな! 関心関心! 二人、か。私の動きをしっかり見逃さなかったな、褒めてやろう!」

 メラの視線の先には来賓用の食事をつまみ食いするイールファスがいた。

「私を止めたければそちらの団長を出さねばな! ユニオン・ナイトは主要国家の騎士団長と比肩する。君らも知る通り、だ!」

 威圧しているわけではない。本当にただ、事実を述べているだけなのだ。普通に立っているだけ。それなのに、勝手に皆威圧されてしまう。

 これがユニオン・ナイト。

「どういうつもりだ、メラ・メル」

 その前に立つのは元アスガルド騎士団団長テュール・グレイプニル。

 学生たちの引率として彼は此処にいた。

「おお、マスター・グレイプニルか! これは失礼をした! だが、私の来訪は既に連絡済みのはずだ! なるべく早く向かうと伝えてありますので!」

「……ユニオンからその文書を送ったのはいつだ?」

「二日前ですな!」

「文書を抜き去っているんだ、君は」

「ほう! 魔導列車も私の快足には勝てなかった、と。あっはっは!」

「海を隔てたアスガルドじゃ遅配はよくあることだよ。それで、その文書は誰に宛てたものなんだ?」

「王ですな!」

「……ユニオン騎士団からアスガルドの王に直接、だと?」

 テュールが驚いている最中、騒ぎを聞きつけアスガルド騎士団現団長などを含む王直近の騎士たちがこの場に馳せ参じた。

 テュールを見て驚き、メラを見て愕然とする。

「……随分と早いご到着ですな、メラ・メル殿」

「ああ! さっさと用向きを済ませたいと伺ったのでな! 私が来た!」

「何故、このような目立つ形で」

「アスガルドと我らの密命なのは存じている! 実際にここまでは気取られなかった! そのまま奥に向かおうとしたら学生に気取られたのだ、許せ!」

 現騎士団長は絶句してしまう。ユニオン騎士団が曲者揃いなのは皆が知るところ。天才集団ゆえの協調性のなさも誰もが知っている。

 だが、ここまで明け透けなのはなかなかいないだろう。

「密命、か」

 テュールは顔をしかめていた。それを見てメラは笑う。

「そう、密命です。第七の副隊長殿にもどうぞ宜しくお伝えください」

 小さな、テュールにしか伝わらない声量でメラは必要なことを語った。そのまま彼女は現団長らと共に奥へと消えていく。残された騎士団、来賓、学生たちは何とも言えぬ複雑な心境であった。ユニオン騎士団が絡む以上、何かがある。

 しかし、関わることと藪蛇になる可能性が高い。

 触らぬ神に祟りなし、誰もが気になっているが誰も口に出さない奇妙な光景が生まれていた。クルスもまた気になっていたが、仕事へと戻る。

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