第8話:選び、踏み出す

 ウルはイリオスの国王と共に夜景を眺めながらワインを飲み交わす。

「陛下が唾を付けた子に手を出してしまい申し訳ない。この埋め合わせはどこかで必ず致しましょうぞ。ユーダリルの名に懸けて」

「構わぬよ。大戦の英雄に頭を下げられたのでは、たかだか一国の王なぞ何も言えん。祖母の代より、我々は貴殿らに守られてばかり。気にされるな」

「守らせて頂いておるのです、陛下。それが騎士の在り方でしょうに」

「そうか。ふむ。ところでリンザールと言う子、貴殿ほどの男が出張るほどの才能がある子なのか? その辺りの審美眼はなくてのぉ」

 ウルは少し言葉を選びながら、

「わしも知りたいと思うのです。何故、あの子なのか、を」

「……?」

 複雑な胸中そのままを口に出した。正直ウルの世代と、魔導が発達した現在では騎士の資質に関してもかなり様変わりしている。百年前であれば、クルス・リンザールの資質では入学する前に足切りされていただろう。

 貧弱な体に、貧相な内蔵魔力。当時の基準であれば持たざる者、である。

 だが、騎士の鑑と謳われた男が鍛え、この時代に最適化した最強格の騎士もまたあの子に興味を示している。あの子が何者なのか、何者になり得るのか。

 それはまだ、旧き時代のウルには見えていない。


     ○


「よろしくお願いします!」

 ウルの前で頭を下げるクルスは、真っ直ぐと前だけを見つめていた。色々と考えた結果、アスガルド行きを決めたのだろう。そこにはもう迷いはない。

「なれば、わしらが責任を持って君を鍛えよう」

 ウルはクルスに手を差し出し、クルスはそれを恐縮しながら握る。

「つかぬことを聞くのだが、君の師匠にご挨拶は出来ぬかの? 色々と聞いておきたいこともあるのじゃが」

 ウルの言葉に、クルスは少しぽかんとなる。

 そして、

(あれ?)

 自分が『先生』の姿が見えないことに対し、何一つ疑問すら抱いていないことを『思い出した』。あれだけお世話になった相手である。普通は挨拶がしたいと思うはずなのに、ウルに言われるまでは全く思い至らなかったのだ。

 自分がとても薄情なのか、それとも――

「す、すいません。その、『先生』が今どこにいるのか、わかりません」

「……ふむ」

 クルスの奇妙な様子にウルは眉をひそめる。

 もう少し何かを聞き出そうと、口を開いた瞬間――

「なんや、このカスをアスガルドが引き取るんか。母校の施しの心に、僕は涙が出そうやわ。改めてひどい身体やなぁ。貧相過ぎやよ、自分」

 突然クルスの頭を鷲掴みされ、宙に浮く。

「ッ⁉ あ、いた」

「評価出来るんは贅肉がないことだけ。他はゴミや」

「クロイツェル、放すんだ」

 ウルが止める前に、クルスの頭を掴み上げるクロイツェルの腕をテュールが掴み、力を込めて警告する。クロイツェルの腕が、ギシギシと軋む。

「くく、まだそんな目ェ出来たんやねぇ。現役に戻ったらどうや?」

「放せ」

「はいはい」

 クロイツェルはクルスを下ろす。それを見届け、テュールは腕を放した。

「すまないね、クルス君。私はテュール・グレイプニル。アスガルドで教師をしている。そして狼藉を働いた彼がレフ・クロイツェル。我が学園の卒業生であり、ユニオン騎士団の一角だ。まあ、騎士を名乗るには少々礼儀が足りていないようだが」

「は、礼儀なんぞどうでもええ。強さだけが騎士の全てや」

 ユニオン騎士団、その名にクルスは驚愕する。

 連盟都市ユニオンにて旗を掲げし騎士団。それがユニオン騎士団である。世界中から図抜けた人材が集い、世界で唯一、国家の枠組みを超えてミズガルズという大枠を守るための組織なのだ。御三家であっても年に一人、輩出すれば御の字。

 ログレスが国立最強の騎士団だが、ユニオンは世界最強の騎士団となる。まあ、その役割は国家を守るそれとは大きく異なるのだが。

「そうだ。この書類を親御さんに見せてサインを頂いてきて欲しいのだが」

 テュールから書類を手渡され、クルスは複雑な表情となる。

「あ、あの、父は読み書きが出来ないので、その」

「そうなのか。それは困ったなぁ。どうしますか、学園長」

「了承を得るのが肝要じゃ。わしが口頭で伝え、承知して頂こうかの」

「学園長が、ですか?」

「……何をたくらんどるんや、爺」

「大したことではない。二人は先に戻っておれ。わしはちょっくらゲリンゼルに向かう。案内を頼めるかの、クルス・リンザール」

「は、はい!」

 なし崩し的にウルと共にゲリンゼルに戻ることとなったクルス。そう決めたウルにクロイツェルは一瞥を送るも、この老人からは何も出ぬと考えたのか、そのまま踵を返す。数歩歩いた後、はたと立ち止まり――

「リンザァール、一個だけええこと教えたる」

 クルスの方へ視線を向けた。蛇のような眼が、クルスに絡みつく。

「騎士を騎士足らしめるのは、狂気や。人間のまま騎士に成れると思うたら大間違い。端から人間を超越しとる天才以外は、狂気を以て壁を超えなあかん」

「きょう、き」

「クロイツェル。それは極論だ」

 テュールがそれは違うと言うも、

「死ぬ気で這い上がれ。そうしたら僕が……騎士にしたるわ」

 レフ・クロイツェルは断言し、クルスへと伝える。蛇の道を、騎士に成りたくば求めよ、と。今のクルスにはまだ早過ぎる。

 今のクルスには足りないものが多過ぎるから。だが、もし備えたなら、皆に追いついたなら、彼は知るだろう。

 追い越すには、超えるには、狂気が必要なことを。

 今はまだ、先の話であるが。


     ○


 クルスやアスガルド一行の様子を物陰から窺う人物がいた。

「……ああ、クソ、そういうことか。イールファスが出てくるわけだ」

 ユニオン・ナイトの隊長格。世界でも十指には入るであろう最強クラスの騎士。そんな彼とアスガルドが接触した。彼の母校であり、恩師でもあるウルと同期でタッグを組んでいたテュール、ここまでくれば偶然ではないだろう。

 アスガルドは大きな武器を手に入れたのだ。

 メガラニカのスカウトは顔をしかめる。イールファスを持ってきたことを、もっと不思議に思うべきだった、と。

「現役バリバリの隊長格を、アスガルドは講師として引き抜いたのか」

 イールファスがこの大会に出たのも彼にアスガルドが誇る天才を見せつけるため。順当に考えれば彼を気に入ったから、クロイツェルは仕事を受けた。

 そう考えるのが自然である。

 だが、スカウトの脳裏にチラつくもう一つの解。

 ありえない話であるが――

「編入する彼、いや、ありえないな。そんなレベルじゃない。だが――」

 この場で謎の枠とクロイツェルを結び付ける者はいなかった。何故なら、そうしてしまうと彼がクルスを入学する条件で講師を請けたことになるから。

 それはありえない話である。現段階の完成度を見れば、そうなる。


 夏の終わり、ミズガルズ中の学校関係者を激震させた事件、レフ・クロイツェルをアスガルドが口説き落とした件は波紋を呼んだ。これでアスガルドは最高の宣伝文句を手に入れたのだ。現役ユニオン・ナイト、隊長格に教えを乞える学校だ、と。

 その意図まで汲み取った者はいなかったが。


     ○


 魔導列車を乗り、再度ゲリンゼルに向かう。

 道中――

「何て名前?」

「え、と、クルス・リンザールです」

「俺はイールファス・エリュシオン」

 何故かこちらに付いてきたイールファスとクルスが向かい合っていた。

「よ、よろしくお願いします」

「同学年」

「は、はあ」

 じぃっと自らを見つめる目は対面の座席を確保してからずっと続いている。知らぬ間に対戦相手であったイールファスに興味を持たれていたのだが、彼自身どうにも意思疎通が得意でないのかただただ不気味に映ってしまう。

「同学年だから敬語は不要って意味じゃよ、クルス君」

「あ、そうなんですね」

 ウルが通訳してくれていなければ意味を掴めず、虚無の沈黙が続くところであった。イールファスは意に介してもなさそうだが。

「これからよろしく、イールファス」

「ん」

 そして始まる、沈黙の時間。イールファスという男、自分から話す性分ではないのだろう。ただじぃっとクルスを見つめ続けている。何が面白いのか、景色を見てようがウルと話そうが、ずっと見つめ続けているのだ。

 ちょっと怖い、とクルスは思っていた。

「そ、そう言えばイールファスはルナ族なんだね」

「ん。クルスはノマ族。黒髪は珍しい」

「そうなの? 俺たちの村はノマ族でみんな黒髪だからなぁ。他は違うんだ。そう言えばフレンもジュリアも髪色が違ったなぁ」

 ミズガルズには主に三種類の人型の生物が暮らしている。

 一つはノマ族。様々な髪色や瞳の色をしており、体躯も地域によって長短様々。最も多様な種族であり、数も多いのがノマ族の特徴。大陸全体の八割がノマ族であり、種族内に統一性がないこともありノマ族というよりも地域性を尊ぶ傾向が強い。

 クルスやフレン、ジュリアはここに当てはまる。

 一つはソル族。赤き髪と黄金の双眸が特徴であり、体躯は三種族の中で最も大きい。もちろん個人差はあり、ノマ族より小さいソル族、というのも存在するが。全体の一割強、種族や地域性にかかわらず強いモノを尊ぶ傾向にある。

 純血は少ないがウル、テュールなどはソル族の血が混じっている。

 一つはルナ族。銀の髪と銀の双眸、褐色の肌が特徴である。体躯は三種で最も小さく俊敏さに長けている。細く、枝のような体躯であるが力はそれなり。一割に満たぬ少数種族ゆえ、ルナ族同士の種族のつながりを大切にしている。

 イールファスは純血のルナ族で、クロイツェルは混血である。

 かつての時代はもう一つ、存在していたのだが――

 ちなみにノマ族の寿命は七十年、八十年程度だが、ソル族やルナ族は純血種であれば三百年から五百年ほど生きる長命な種族である。ただし、時代も下るごとに純血の数も減り、そうでなくとも寿命自体減少傾向にあるらしい。

 イールファスは珍しい純血のルナ族。長めに切り揃えられた髪は銀髪で、月光の如し色合いを見せる。褐色の肌とのコントラストが美しい。

 中性的な雰囲気も相まって男と言われなければ見惚れてしまいそうである。

 まあクルスの場合は夢を断たれかけたため、見惚れるとかはなかったが――

「……んー」

「どうしたの?」

「友達」

「……そ、それは、ありがとう」

「ん」

 出会ってさほど経っていないのに友達認定されたクルス。彼自身、地元ではエッダのみ、他はフレンやジュリアだけなので、距離感というのはよく分かっていないが、これは明らかに早過ぎるし近過ぎる、と思っていた。

「ふっはっは、あのイールファスの友達、か。大物になりそうじゃのぉ」

「なる。四人目」

「……ほほう」

「ん」

 会話の内容が全くつかめないクルスは押し黙っていた。

 これが都会の会話、ついていける自信が秒速で減退してしまう。

「そ、そう言えばさ、イールファスの成績って、どうなの?」

 実は気になっていたイールファスの序列。強さがぴか一なのは嫌でも理解したが、座学とかに関してはわからない。ゆえに聞いてみた次第である。

「んー、ふつう」

「そ、そうなんだ」

「首席じゃよ、イールファスは。座学も優秀、強さはぶっちぎり、わしらの自慢じゃ。まあ、この子に関してはわしら大したことなんぞしとらんがの」

「そ、そうなんですね」

 普通に首席、もう目線が高過ぎてびっくりしてしまう。

「と、ところでさ、イールファスはなんでついてきたの?」

「ひま」

「そ、そっかぁ」

 何とも言えない珍道中。出発前には英雄と学校の首席に囲まれてゲリンゼルに戻ることになろうとは考えもしなかった。

 一行はまったりとゲリンゼルへ向かう。

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