第6話:スカラ・シップ
肩を落とす二人を、一人が慰めながら彼らは会場の隅にいた。
フレンとジュリアはクルスと違い勝ち進んだ。だが、ジュリアは途中でメガラニカのテラと当たり敗退。目的としていたレムリアの学生と当たることも出来ずに、しかもテラには完封されてしまった。まあ、そのテラがレムリアの学生を打ち破ってくれたのだが、それはもうジュリアの評価には何の関係もないだろう。
『悪いね、ジュリアちゃん。君へのアピールとして勝たせてもらったよ』
『ちぐじょう』
レムリアへのアピールならず。そもそも枠を残しているのかも不明だが、おそらく彼女にレムリアがスカラを出すことはない。彼女としては実家の太さもありスカラである必要もないのだが、入学許可とて同じこと。
枠のあるなし、正直望みは薄い。
だが、逆にフレンは、
『く、そ』
『しッ!』
目的であったログレスの学生を打ち破り、自分の実力を示したのだ。これには会場の皆も、ログレスのスカウトも驚いただろう。
まさか最優の学校、その上位層を下すほど力を付けていたとは。これで駄目ならフレンには最初から目がなかったのと同じこと。さすがに今年はいけそう、なので比較的彼は落ち込むことなく済んでいた。ただ、結局イールファスにいいとこなしで敗れ去ったので、彼は彼で結構落ち込んではいたのだが。
まあ、二人に比べたら全然マシであろう。
クルスはこの世の終わりのような顔で俯いて、先ほどから一切顔を上げていない。仕方がない。相手が強過ぎたのだ。
実際、この本戦はイールファスの独壇場と言っても良かった。
ジュリアが負けたテラもかなり食い下がりはしたものの、明らかな力の差に最後は圧倒されてしまっていた。フレンも同じ。クルスが負けるのも仕方がないだろう。
負けたこと自体はいい。
問題は何一つアピールできなかったことにある。
隠された実力などこの場では何の意味もない。見せつけねば意味がないのだ。ただでさえクルスは経歴の面で難があるのだから。
「……ホテルに戻ろう。明日、スカラの発表がある」
「あー、クソ。まあ過ぎたことは仕方がない。あたしの実力不足、やっぱり力の差はあったわ。悔しいけどね」
「大丈夫だよ、クルス。たぶん、スカラは貰える。イールファスに負けたことで評価が落ちることはないさ。彼はちょっと、強過ぎた」
「うん。ごめん、立つよ」
「その意気だ」
三人は立ち上がり、前を向く。
「……でもなぁ、瞬殺されたの俺だけなんだよなぁ」
「……それは彼の、やる気の問題だと思うけどね」
ぶつぶつ言うクルスに聞こえないように、フレンは呟いた。イールファスとの対戦時間で考えれば、計測したわけではないがクルスが最も短かった、はず。ただ、内容を鑑みるに、最もやる気を見せたのもまたクルス相手だけであった。
ジュリアを下したテラ相手でさえ、
『俺相手じゃ笑えないか、イールファス』
『……?』
傍目にはいい勝負に見えたが、対戦相手であったテラの表情を見るに不満はあった様子。それはフレンも同じ。
初戦の圧は最後まで、なかった。
「今日はガッツリ食べよう。限界の先まで」
「……そうだね」
「あたしもやけ食いしよ」
とりあえず彼らを癒すのは、ホテルの食事食べ放題のみである。
○
メガラニカ私立騎士学院。
ミズガルズ最大の宗教組織メガラニカ教会をバックボーンに持つ騎士団の付属校であり、私設騎士団としては最高の環境と就職実績を誇る私立の星である。
潤沢な資金力と積極的なスカウトで逸材の発掘にも力を入れている。
「二枠、使えないですかね?」
「無茶言うなテラ。取れて一人だ。もう第八中月(夏季終盤)、どこの学校もあらかた枠は使っているはずだ。名門ほど、な」
選手であったテラと向かい合うはスカウティングの責任者であり、メガラニカ私立騎士学院の教師であった。
「取るなら?」
「ジュリア・ドレーク。二学年の首席殿はどう思う?」
「俺のお気にはジュリアちゃん」
「顔だろ?」
「それが五割、残りは戦闘スタイル、ですかね。レムリアのノアみたいなスピード型、わかりやすくて華もある。逆手持ちも洒落てますし、うち向きでしょ」
「ああ、今の世の中、人気も実力の内だからな。当初の目論見通り、彼女を取るさ。競合するとすればマグ・メル辺りか……あそこは学校の格では負けるけど、設備面では勝てるから……たぶん何とかなると思う。思いたい」
「レムリアは?」
「んー、取らないだろ。彼女の実力は及第点だろうけど、座学の弱さも知れ渡っているからね。何よりも、ノアとタイプが被っているから」
「下位互換、か。あいつ相手じゃ仕方ないけど」
「そう。そこがお前たち世代の苦しい所だな」
結局のところ一等賞が決まっている世代なのだ。三人の一等賞、御三家がいて、彼らの下にテラたちのような準御三家がずらりと並ぶ。
本来なら世代トップとされるレベルでも、一つ下に見られてしまうのだ。
「もう一人の子はなぁ」
「面白いとは思いますけどね。たぶん、イールファスがかすかにでも感情を見せたの、あの戦いだけだから。ほんと、ムカつく話だけど」
「興味深い攻防ではあったよ。テラの言う通り、ただの瞬殺とは私も思っていない。実力のある子なんだろう。ただ、それを客観的に示すものが足りないし、推す理由も薄い。実績があれば……別だけど」
当たり前の話。貴重な枠を『たぶん』では使えない。
「華も、ないからなぁ」
「ああ、もう少し勝ち進んでくれたら、話は別だったけど。どちらにせよ、うちのカラーじゃなかったと思うがね」
「ですねえ」
巡り合わせ、時の運、学校のカラー、様々な要素が絡み合って学校側は判断するのだ。この子は将来大成するか、就職実績を上げられる人材になり得るか、を。
だからこそ、高い入学金や授業料を代わりに払ってまで、より良い人材を集めているのだ。所詮この世は相互に利益がなければ回らないもの。
「でも、誰も買わなければ買い、じゃないすか?」
進学、就職、どこでもそれは変わらない。
「ま、軽く裏技を使っては見ようかな。機会があれば」
そして裏口があるのもまた、世の常である。
○
表彰式、と言いつつ誰も順位は気にしていなかった。
重要なのは自分の進路を占う入団、スカラシップ授与の発表である。今の学校よりもより良い環境を掴み取れるか、それとも現状維持か、編入希望組の心境もさることながら、クルスなどは入学がかかった発表である。
皆、人生を変えるためにここにいる。
まあ一部――
「くぁ、ねむい」
そもそもスカラシップを希望していないイールファスなどは眠たそうにしていたが。自分の優勝トロフィーを貰う時ですら半分寝ていたのだから、仕方ない。
「では、お待ちかね。スカラシップ授与の発表に移らせて頂きます」
会場が騒然とする。とうとう、この時が来たのだ。
すでに上の世代、騎士団への入団許可授与の発表は幕を閉じた。
ここからは編入組とフレンたちの――
「ログレス王立騎士学校、スカラシップ――」
いきなり本命。学生たちが息を呑む。
名が出てきたということは該当者がいたということで――
「フレン・スタディオン!」
最優の学校から名指しされたのはフレンであった。とうとう、彼は辿り着いた。悲運と苦難の果てに、希望の学校への切符を得た。
思わず溢れる歓喜と共に、彼は思いっ切り拳を握る。
「おめでとう。君の、ますますの成長に期待する」
「精一杯、頑張ります!」
この光景を見てうな垂れたり、ため息をついたり、肩をすくめる学校関係者たち。おそらく彼らは皆、フレンを求めてスカラシップを出していたのだろう。
実際にここから怒涛の勢いで――
「ブロセリアンド王立学園、フレン・スタディオン」「ドゥムノニア国立騎士学校、フレン・スタディオン」「ラー王立国際学校以下同文」
等々、凄まじい勢いでフレンにスカラシップが集中する。正直、今回は学校関係者も読めないところであった。ログレスの動向次第、あそこが札を入れねば名門の秀才が手に入る。そのための賭けであった。が、ログレスが唾をつけた以上、フレンの進路は確定した。今読み上げられたところも名門ではあるが、最優には当然劣る。
そもそもが相思相愛、付け入る隙はない。
「王立マグ・メル学院、ジュリア・ドレーク」
「はい」
とうとうジュリアも呼ばれた。本人はさも当然のような面であるが、口元には笑みが隠し切れていない。やはり、選ばれると言うのは嬉しいものなのだ。現在、多くの学校を保留としている彼女であっても。クルスは必死に笑みを作って拍手をした。二人の戦友が、騎士への道を踏み出したのだ。
不貞腐れたままでは格好悪いだろう。
気持ちよく送り出そう、クルスはそう思った。
どんどん、スカラシップ授与者が壇上に上がり、呼ばれていない者たちは俯き、顔を歪めていた。選ばれた者、選ばれなかった者、悲喜交々。
「イリオス王立騎士学校、クルス・リンザール」
「……⁉」
「やったな、クルス」
「おめでとさん」
地元の学校だが、クルスもまたスカラを得た。これで騎士の道が拓けたのだ。少なくとも、もう何者でもない状態でゲリンゼルに戻ることはなくなった。
これでもう、あの閉じられた世界から離れることが出来る。
それが嬉しかった。
「共に研鑽出来ることを祈っているよ」
「はい!」
クルスは涙が出そうになるのをこらえていた。本当に、『先生』と出会うまでは何もない人間だったのだ。夢も、希望も、明日への展望も、何も――
それが今、騎士の入り口に立っている。
こんなに嬉しいことはない、と彼は思う。
それからクルスやジュリアも何校か呼ばれ、選べるような立場になった。予選のおかげ、二人がいたおかげだとクルスは思う。
良い大会だった、と思う。
「――以上が、全授与者となります」
こうしてクルス・リンザールは騎士への道を歩み始めることとなった。
○
「初めまして、わしの名はウル・ユーダリル。アスガルド王立学園の学園長を務めている者じゃ。クルス・リンザール君」
閉会式後、皆が会場から立ち去る段階でクルスは一人の老紳士に呼び止められた。御三家、アスガルド王立学園の学園長である。
フレンとジュリアは顔を見合わせる。
「は、初めまして。その、お会いできて光栄です、マスター・ユーダリル」
田舎の小僧でも知っている大戦の英雄である。緊張しいのクルスはまたもお腹が痛くなってしまった。胃の当たりがキリキリと痛む感じである。
「あっはっは、そんなに肩ひじ張らずともよかろうに。今となってはただの老いぼれ、道楽で子供たちを教えている爺よ。さて、今回は君に悪いことをしてしまった。うちの秘蔵っ子、イールファスをとある男に見せたくて無理やり引っ張り出したのだが、多くの道を阻んでしまったようじゃ。君もまたその一人、許してほしい」
「いえ、そんな、弱い俺が、悪いので」
「ただ、正直言って、イールファスの参戦があっても基本的には順当な評価であったと思う。あの子によって見込みなく敗れた者は、やはり上がり目はないのじゃ」
「そう、ですね」
「見込みなく、じゃよ。君は濃密な三合をわしらに見せてくれた。わしらはイールファスの価値を知っておる。あの子が本気を出した時、普通の子がどうなるのかも、じゃ。しかし、君は善戦したのぉ。わしらの見込みを超えて」
「しゅ、瞬殺でしたが」
「わしらはそう思っておらん。そこが大事でな……どうかの、アスガルドに来てみぬか? 今でこそ御三家の中ではあれじゃが、結構名門じゃよ」
いきなりの誘いにクルスは顔を上げる。
同時にフレンとジュリアもまた顔を合わせ、驚愕していた。まさか、あのウル・ユーダリルが直々に現れ、ただ一人の生徒を勧誘しているのだ。
そんな話、聞いたことがない。
「だが、今年の夏、我が校はフル・スカラシップの枠をすでに使っておる。こればかりは学園長でも曲げられぬのでな、それを与えることは出来ん。が、貸与、という形であれば別。しっかりと残り四年学び、騎士に成ってから返済してもらう形じゃ。例としてこの国、イリオス王国の騎士に成れば、五年もあれば完済できよう。まあ体の良い借金じゃ。あまり耳障りは良くなかろうて。わしも出来れば嫌じゃしな。だが、それで良ければ我が校は君を迎え入れる用意がある。それに、名門アスガルド王立騎士団への入団が決まれば全額チャラ、じゃ。どう、素敵じゃろ?」
名門、御三家のアスガルド。まさか、あんな無様に敗退した己にこのような誘いがあろうとは、クルスの頭の中には微塵もなかった。
「無論。君はフル・スカラも得ておる。条件はそちらの方が良かろう。あとはまあお友達と相談するなりして、明日までに判断してくれたなら、それでよい。いい返事を期待しておるよ、クルス・リンザール君。ではの」
颯爽と去っていくウルの背を見つめながら、クルスは嬉しい悩みに頭がおかしくなりそうだった。まさか、地元の学校のみならず、御三家からも声がかかったのだ。こんなに幸せでいいのだろうか、と混乱してしまうのも無理はない。
「とりあえず、おめでと」
「あ、ごめん、ジュリア」
御三家を目指し、そこに辿り着けなかった者の前で喜び過ぎた、とクルスは申し訳ない気持ちになる。だが、その頭をジュリアは張り倒し、
「あたしが狙っていたのはレムリア。勝手に申し訳なさそうな顔しないでよ。言っとくけど、最近じゃ御三家と準御三家の格差もなくなりつつあるし、勢い的には抜きそうな学校もあるんだから、そこまで差はないわよ。あたしはスカラだし」
胸を張って言い切る。本音もあるのだろうが、クルスに気遣わせないため、と言うのもあるだろう。言葉はきつめだが、根は優しいのだとこの数日でクルスも理解していた。ゆえにクルスもまた彼女の厚意に乗っかる。
「とりあえず、ホテルに戻って作戦会議だ。時間がないからね、各自資料を持ち寄って進路を考えよう!」
「いい案だけどさ、言い出しっぺが考える必要ないのウケるわ」
「……それは、まあ、そうだけど」
「お、俺からも頼むよ。俺、学校のこと全然わからないし」
「仕方ないわね。最後まで世話の焼けるクルスちゃんだこと」
「任せとけ! 無駄に業界知識はあるからさ」
本当にいい友達と巡り会えた。クルスは心の底からそう思った。
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