第4話:評価

「へえ、面白い子たちだね。スタディオン、は噂の子か。ドレークとリンザールは知らないなぁ。それにしてもゼー・シルト、古風な型を使う子だ。今時珍しいし、主流じゃないからもう一つ武器は欲しい所だけど……でも、騎士にとって一番重要な集団戦が出来るってのは評価高いよ」

 クロイツェルに断りなく隣に座るアスガルド王立学園の教師テュール。

 クロイツェルは露骨に顔をしかめるが、彼は慣れたものとばかりに意に介す気配すらない。この蛇のような男を付き合っていくならこれぐらいの図太さは必要なのだ、と男の態度は語る。まあそれを蛇がどう思っているのかは知らないが。

「雑魚ばかりやから何の秤にもならん。僕なら一秒で全員殺せるわ」

「大人げないって言うんだよ、そういうの。ただ、完成度が高いのはあの二人だけど、目を引くのはあの子だね。イリオスの、リンザール、か」

 テュールは選手の名簿を見て難しい表情をしていた。

「凄まじく歪に育てられている。たぶん、攻め方なんてほとんど教わっていないんだろうね。とにかく堅守だけを叩き込まれた形。だから迷いなく受け、捌くことが出来る。集中力の高さも良い。師は、ビフレスト、どこかで――」

「ちゃうわ。あのガキの強みは眼や」

 クロイツェルの言葉、ではなくクロイツェルが興味を抱いたことにテュールは驚く。彼が他人に興味を抱くことなどほとんどない。

 興味を持つとすれば己と同じ天才か、使える駒か――

「確かに。視野が広い。判断も早いね。あまり集団戦の経験がある風にも見えないけど、どう鍛えたのかな、あれは。うん、確かに眼も武器だ」

「……ムカつくわ」

「何が?」

「設計図が透けて見えるやろ」

「……ああ、そういうこと。まあ、あれだけ歪だとわかりやすいね。丁寧過ぎる土台は後々載せるべきものすら露にする。完成系が見えるし、そう組み立てろと指示されているような気分にもなる。教師としては複雑だ」

「僕なら、従わんよ。僕なりに組み上げたるわ」

(……驚いたな)

 テュールの目的は明日、アスガルドの秘宝を彼に見せることで、ある依頼を通すことであった。そのためにわざわざ秘宝と学園長まで引っ張り出している。

 だが、もしかするとその必要すらなかったかもしれない。

(……今から、枠を作れるか?)

 あの子がクロイツェルを口説く材料となりうるかもしれないから。


     ○


「お父様、あの人、ひらひらと蝶みたい!」

「うむ、確かになぁ」

 貴賓席より見下ろすはイリオス王国の国王並びに家人たち。闘技場大好きな国王はあまりこういうのが好きではない娘が、眼を輝かせているのを見て相好を崩す。これを機にこういうのを好きになって、外遊先でも一緒に娘と闘技場巡りとかしたいなぁ、などと公私混同なことすら考えていた。

 ただ、

(ゲリンゼルのリンザール、か。聞いたことのない名であるな。あれだけ出来る子なら間違いなく騎士の指導が入っておろうし、あの辺境の地にそんな人物がわざわざやって来るとも思えん。隣の村なら、いや、百年以上前の話だ)

 自国の若き才能が煌めくさまを見て、どういうことだと眉をひそめてもいた。ここに集まるような子は、志望先と折り合いがつかず浪人を選択した者や、今の環境に満足できず上を目指す者たち、つまりはそれなりに意識の高い子が多い。騎士を志望する者全体の中では平均ぐらいの実力は皆備えていた。

 その中であれだけやれる子なのだ。

 このイリオスと言う狭い国で無名と言うのは考え辛い。

「ううむ、わからん」

「何か言いましたか、お父様」

「むふ、何も言っておらんよ。ほれ、またリンザール君が」

「うわぁ」

 娘の喜ぶ顔を見て、父は決意した。

(うちの学校、枠残っておったかの? まあいっか、わし国王だし作ればいいや)

 公私混同を。

 まあ、折角出てきたご当地の才能、狙わぬ理由はないのだが。


     ○


 しかし、如何に王が意を決したとしても、イリオスの騎士学校は蔑称『駅弁』と呼ばれるクラスの学校である。ちなみに由来は百年前もたらされた平和により、騎士学校を持たぬ国が一斉に建てた歴史浅めの学校を、それらがある主要な都市には大体魔導列車の駅があるため、そう呼ばれるようになったそうな。

 つまり、ブランド力がない。

 そしてそれなりのブランドを持つ騎士学校が唾を付けたなら、

「経歴に難ありだが」

「一騎打ちも見たいな。そこで判断しよう」

「うちに枠残っていたか? どうせ上二人は取れん。御三家、もしくは準御三家が掻っ攫っていく。だが、あの子はさすがに彼らも取るまい」

「ゲリンゼルとやらを至急調査だ。リンザールがどういう家かも知りたい。いつまで? 馬鹿言え、至急と言えば至急だよ! 明日には大会終わるんだぞ!」

 イリオスが取ることは不可能。その辺りは非常にシビアな業界である。もし彼が掘り出し物であるのなら、必ず確保する。

 もし卒業し、きっちり団入りする人材と成れば、スカウトとしての評価はうなぎ上り、であるから。有名な人材を取るのも評価の内だが、やはりスカウトの花と言えば無名の逸材を発掘し、ぶっこ抜くことにある。

 彼らの眼は今、爛々と燃えていた。


     ○


 クルスを穴だと笑っていた一人が、そのクルスを前に顔を歪めていた。筋量も、魔力量も、合算した『力』は自分の方が上、速さも出力が元になる以上、自分の方が勝るのが道理である。実際に追えてはいるのだ。

 だが、

「――ん、で、なんで」

 目の前には川が流れている。何処にでもあるような小川が。手を伸ばし、流れを断ち切ってやろうと剣を振るうが、さらりと水は流れていく。抜けるように、染みるように、流れがせき止められることはない。

 水の如し。こんな型、彼らは学んでこなかった。今の騎士の主流は攻めの型ばかりで、あまり守りに重きを置いた型は求められない。彼らの目標が団入り、騎士団に入ることである以上、主流でない廃れた方など学ぶ意義は薄かった。

 しかし、いざ目の前にして思う。

「どうやったらこいつ、崩れるんだよォ!」

 守りに徹した鉄壁の騎士、対人におけるその厄介さを。


     ○


「兄さんの評価は?」

 メガラニカのスカウトに、そこの学生である少年が問う。

「んー、フレン、ジュリア、クルス、この並びは変わらないかな。良い人材であるのは一目瞭然だし、叶うなら全員欲しい。と言うかフレン君が欲しい。でも、実際には難しいし、二人の内どちらかと言うなら、やはりジュリア君を選ぶよ」

「集団戦の主導権を握っているの、クルスって子だけど」

「目で合図しているのが、仲間を動かす意図でやっているなら序列は変わるけど、あれはあくまで汲み取っている方に依存しているし、あれを能動的なアイコンタクトとは呼べないな。結果としてそうなっているのと、そうしているのとじゃ天地の差だ。言語化出来ないスキルはね、無いのと一緒」

「なるほど」

 メガラニカの学生は『あの二人』を振り回すクルスを見て、苦笑いを浮かべていた。一対一ならば容易に崩れないし、視野も広いのか中々複数人で捕まえることも難しい。ただ、それほどスタミナがないせいか、少しずつ追いつかれることも増えてきた。さすがの鉄壁も複数人相手では苦しくなる。

 そこで彼はピンチです、という眼を仲間に向けるのだ。

 それをフレンとジュリアは汲み取って動く。そうすることでうまい具合にチームが回るのだ。結果として、二人がクルスに振り回されている形。

 あれを意図して出来るようになれば、騎士としての評価は跳ね上がる。騎士の仕事は基本的にチームワークが主であり、そこに強いのは明確な評価対象。

 面白い人材であろう。あんなにも歪なのに、騎士として欲しい素養に関しては明らかに作為が見受けられる。歪なのに丁寧、その矛盾が面白い。

 ただ、夏の終盤と言うのが非常に悪いタイミングであった。せめてもう少し前ならば、いくらでも枠を作る方法はあったと言うのに。

 欲しくても取れない学校は少なくないだろう。

 私立の名門、メガラニカもまた同じ。


     ○


「ひぃ、ひぃ」

「ちょっと見直したと思ったら意外とスタミナないわね、クルス」

「ずっと追われっぱなしなんだよ、リーダーだから」

「学校に通うならスタミナは付けておいた方が良いよ。どの学校でも真っ先に鍛えるところが其処だからね」

「入れたら頑張るよ」

「何言ってんのよ」

「そうそう」

 クルスの背中を守りながら、フレンとジュリアは苦笑する。

「間違いなく声がかかるよ。今日の出来なら」

「経歴がネックだけどね。でも、中堅校ぐらいならいけるんじゃない?」

「うん。僕もそう思う」

 二人の評価にクルスは驚いていると、

「それまで!」

 丁度予選が終わった。フレンとジュリアが大いに荒らし回り、後半はきっちりバテ始めたクルスを守り抜いた盤石の組み立てである。

 間違いなく今日この場にいる者の中では最高評価であっただろう。

「ま、あたしらもクルスのおかげでやれるとこ見せられたから、感謝しとくわ」

「チームワークも一番だったからね。あまりこういう形式の大会は無くて、個人技は今までの大会でも見せられたけど、今日みたいなのは見せられてなかったから」

「明日は個人技、頑張りましょ」

「三人とも志望する学校に行けるようにね」

「う、うん」

 実力を認められ、距離感も近くなりクルスもまた笑みを浮かべた。予選を通ったのも嬉しいが、当たり前のように騎士を目指す二人に認められたことの方が嬉しかったから。通用したことと併せて、クルスは一人グッとこぶしを握る。

 騎士への道が、見えた気がした。


     ○


「クロイツェル、君はリンザール君をどう見る?」

「さっき言うたやろ」

「総評だよ。最後まで見ての」

「……クソカス以下の半人前。一人で立てん奴は騎士やない」

「まだ学生ですらない子に、随分と厳しいじゃないか」

 テュールのフォローに耳も貸さず、クロイツェルは立ち上がる。その姿を見てテュールは考え込む。さて、どうしたものか、と。


     〇


「うわー、ここが、ホテルって奴かぁ。初めて来た」

「まあまあだね」

「そこそこのグレードで良かったー。あたし安物のベッドじゃ寝れなくて」

「…………」

 田舎者目線ではめちゃくちゃ豪華なホテル。お祭り好きの国王の計らいによって、選手は都市内でも有数のホテルに宿泊出来るようになっていた。クルスからすれば夢のような場所だが、そこは名門のボンボンと豪商の娘、感想がまるっきり異なる。

 哀しいほどに。

 だが――

「……クルス」

「なに、フレン」

「あそこを見てごらん」

「なになに……んなッ⁉」

 男には――

「どうしたの、二人とも真剣な顔をしてさ」

「「食べ放題って書いてある!」」

 共通点もあるのだ。

「……明日試合よ?」

「「くっ!?」」

 我慢するしかないのか、と膝を屈する男二人。育ち盛りの少年にとって食べ放題など夢みたいなもの。そこに貴賤はない。しかも、何か豪華そうな食事がずらりと並んでいるのだ。クルスにとっては楽園のようなもの。食べ過ぎて明日動けなくなる事態は避けたいが、出来る限り味わいたいのは本音。

 ギリギリの勝負になる、彼らはごくりとつばを飲み込む。

「ったく、これだから男子は」

「……ジュリア」

「今度はなに? 変なこと言ったらぶつ、よ」

 フレンとクルス、ついでジュリア。三人の視線が一つに吸い込まれていた。

 視線が動かせない。同い年ぐらいに見えるのに――

「あれ、御三家の連中だぜ」

「嘘だろ? いつもは成績下位の連中が来るのに、完全に上位勢だろ、あれ」

「終わりだ。アスガルドに至っては……クソったれ」

 圧倒的な雰囲気。自信に満ち溢れており、他の者を歯牙にもかけないオーラがあった。今日得た自信など、彼らを前にすれば何の意味もないと知る。

 御三家、ミズガルズ大陸に無数存在する騎士学校の中で最高峰の学校である。

 最優、ログレス王立騎士学校。

 次点、レムリア王立学校。

 そして三番目、アスガルド王立学園。

 誰もがうらやむ超名門校、その学生が明日参戦するというのだ。いくつかの学校の生徒が招待選手として本選から参加するのは例年通りであるが、今年の面子は洒落になっていなかった。何故ならこの闘技大会、この世代にとって最大の目的はその学校に編入する切符を手に入れることであり、すでにそこに在籍する者たちにとっては何の意味もない大会であるはず。まあ学校の宣伝程度。

 上位校のトップクラスなど本来出てくるはずがない。

 それなのに――

「去年のサマースクールではお世話になったからな、イールファス」

「ああ、一年前の借りを返しに来たぞ。遥々レムリアからな」

 名門ログレス。レムリアの成績上位者。加えて――

「…………」

 その中心にいるのはアスガルド王立学園、二年主席。三年次も主席が確約されている天才、イールファス・エリュシオン。

 ルナ族、銀髪銀眼、褐色の肌が特徴の種族であり、ミズガルズでマジョリティであるノマ族と比較して俊敏だが、その分力が劣る種とされている。

 が、そんな種族差、どうでも良くなるほど彼は圧倒的な雰囲気を持っていた。

「……?」

 イールファスは首をかしげていた。何故意識されているのかもわからないし、そもそも彼らの名前も正直うろ覚えである。

 そんな雰囲気が伝わったのか、

「……目にもの見せてやる」

 ログレスとレムリアの学生の鼻息も荒くなる。彼らには彼らしか映っていなかった。未だ学校も定まっていない半端者たちのことなど歯牙にもかけていない。

 目に入ってすらいない。

「ったく、相変わらず御三家って感じだな。超上から、ムカつくよなぁ」

 そんな中に食い込むは――

「メガラニカのテラ!? く、こいつも出てくるのか」

「いつだって怖いのは下から、だぜ。なあ、イールファス」

「……好きにすればいい」

 私立騎士学校の星、メガラニカ私立騎士学院。御三家が全て国立である中、それに次ぐ就職実績を残すメガラニカは間違いなく四番目の星であった。

 むしろ今のアスガルドよりか上なのでは、と言われることもあるほどに。

「俺は予選見てきたけど、あの三人も結構やるぜ。特にスタディオン、俺の好みは茶髪のジュリアちゃんだけどな。上ばっかり見てると、足すくわれるんじゃねーの」

「「ありえない」」

 彼らは見下ろすように視線を向け、そう言い切る。

 その視線に対し、

「……舐めた眼向けてくれちゃって。上等じゃん」

「……示すだけだ。自分の実力を」

 ジュリアもフレンも闘志を漲らせた目を向けていた。彼らにとっては上位勢との戦いはむしろ望んでいたことである。彼らに勝てば御三家への道が拓ける。

 絶好の機会であった。

「…………」

 しかし、クルスは圧倒されていた。ログレスやレムリアの学生もそう、後から現れたテラと言う学生も見るからに自分よりも強そうである。

 すでに最上位に位置する学校に所属する者。所属しているだけで世代トップクラスですと告げているようなもの。御三家、それに準ずる生徒というのはブランドを背負っているのだ。長きに渡り積み上げてきた確かな実績を。

 それにもう一人――

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